ローマ空港から飛行機が離陸した時は、定刻を1時間以上も過ぎていた。
急ぐ旅ではないのだが、マドリッド空港での乗継時間が2時間しかないことが気になり、客室乗務員に乗り継ぎ便に間に合うか聞いてみた。
すると、「微妙ですが、ご心配なく。万が一乗れなくても、マドリッド~バルセロナ間の便は頻繁にありますから。マドリッド空港へ到着したところで、係りがご案内します」という返事。
予想通り、マドリッドには1時間半遅れで到着し、乗り継ぎ便の出発時刻間際となった。乗り遅れるか否かの瀬戸際の時刻である。・・・が、トランジットロビーに入っても案内役の係員はどこにもいない。仕方ないので、ロビーにあったイベリア航空カウンターで、乗り継ぎ便の搭乗券を提示し「この便の出発ゲートはどこでしょう。時刻を過ぎていますが、まだ間に合いますか」と聞いた。
搭乗券を一瞥したカウンターの職員は「隣りで新しいチケットをもらって」と一言。私の英語が稚拙だったのか、質問には答えてくれなかった。
隣りのカウンターに行って再び搭乗券を出すと、カウンターの職員はパソコン画面を操作して確認してから、空白だった搭乗券のゲート番号欄に、大きく「23」と書き、何語かで(たぶんスペイン語)空港内の番号表示を指差した。
出発時刻はすでに過ぎている。が、出発が遅れているということかもしれない。そういえば、ローマ発の便も1時間以上遅れたのだから。
仕方なく、足早に23番ゲートに向かう。マドリッド空港は複雑な構造になっていて、乗継だけなのに入国審査と出国審査ゲートを通った。イタリアからスペインに入国するので入国審査はわかるが、バルセロナに向かうのにどうして出国ゲートを通るのだろう。トランジット(乗継)のために出入国審査を経るのも初めてだ。もしかすると間違えているのかも、などと疑問は深まりながらも解決する術もゆとりもなく、ゲートを示す番号と矢印だけを追って空港内を移動する。
出発時刻を30分も過ぎた。ようやく23番ゲートが見えた時、まさに乗客の最後のグループが乗り込もうとしているところだった。飛行機はまだそこにいる。
搭乗券をゲートの職員に手渡しながら、ふと気付いたことがあって聞いた。「ローマからの便は30分前に着いたばかりですが、私の荷物はこの機体に移されていますか」
チケットを機器に挿入した職員は、顔を上げちょっと考えてから、笑顔で「Maybe(たぶん)」と一言だけ答えた。そうだ、乗継荷物は特別急いで移動させるように、システマティックに考えられているに違いない。
・・・などというシステマティックな配慮は何もないことが、バルセロナ空港に到着してわかった。
待てども、ターンテーブルに荷物が出てこない。不思議なことに、いつまでも引き取り手のない荷物がぐるぐる回っていたが、バッグパックは出てこなかった。やがて、別便の荷物が出始めたので諦めて、イベリア航空のバッゲージクレームへ向かう。初めての経験だ。映画『かもめ食堂』の、もたいまさこさん演じる女性が、スーツケースが出てこなくて何日もヘルシンキに滞在しているシーンが思い出され、何となく浮かれた気分になった。
<クレームカウンター>
「乗継時間が30分ですか、それは無理ですね。通常、荷物の積み替えには2時間は必要です。」とイベリア航空の地上職員はあっさり言った。
電話とパソコンで荷物の所在を確認した後、「荷物は、まだマドリッドにあるようです。通常、明日の最初の便に乗せるはずですから宿泊先と連絡方法を書いてください。宅配便でお届けいたします」と慣れた対応。
そして、「申し訳ありませんが、今日はこれをお使いください。明日の午前中には宿泊ホテルにお届けできるはずです」という言葉と共に、宿泊グッズの入った小さなバッグが目の前に置かれた。
バルセロナの最初の宿を予約しておいてよかった。「これから宿を探す」状況は事態を複雑にする。が「ホテル」ではなく、学生寮を「ホステル」に活用している季節宿。レセプションのオープン時間も限られているに違いない。荷物はちゃんと届くのだろうか、ふと心配にはなるが、だからと言ってその時点で善処できることは何もない。むしろ、重いバッグを背負わずに身軽に空港から市内に移動できることは幸運だ。もう夜も遅い。一晩だけの不自由なのだから。
軽やかな気持ちでホステルにたどり着き、ぱりっとした白いシーツの上に、受け取ったバッグを広げてみると、身だしなみを大切にするスペイン人の一端が伺える中身が詰まっていた。こんなプレゼントをいただけるなら、荷物の迷い子も悪くない。などと思いながら、シャワーを浴び、入っていた爽やかな柑橘系オーデコロンをふりかけてみる。
〔一泊グッズ(女性用)〕
・XLサイズのTシャツとお揃いのボックス型パンツ
・ブラシ
・ブランドのオーデコロン
・発汗を抑える香りスプレー
・ニベアクリーム
・シャワーキャップ
・石鹸
・歯ブラシセット
・マウスウォッシュ(口臭防止うがい薬)
・生理用品
・ソーイングセット(裁縫セット)
・室内スリッパ
・靴磨き
・埃落としブラシ
・・・しかし、甘い気分は翌日に吹き飛んだ。「午前中には届く」と言われた荷物は、翌夕方になっても現れなかった。学生寮の若い受付スタッフが心配し、何度か空港に電話を入れてくれたのだが、「すでに荷物は配達に出ているはずだが、今どこにあるかはわからない」と頼りにならない応答。「だめよ、航空会社なんてどこも不親切。一介の乗客のことなど、ぜんぜん親身にならないのよ」と彼女は、嫌な思い出があるかのように言った。
結局、荷物の配達が気になり、何もできずに一日が終わった。パソコンも使えない。
空港で渡された荷物紛失に関する説明書をじっくり読むうちに、紛失のお詫び言葉や対応事項が書かれた末尾に、「もし、3日待っても届けられなかった場合は・・・」という但し書きがあることに気付いた。
3日も!いや、もしかすると、もうどこかのチリになっているかもしれない。
そう考えると、「あれだけは手持ちバッグに入れておくべきだった」というものが数点思い浮かんだ。
一つがパソコンの電源コード。どこでも付属品として販売しているとは限らない。バッテリーが切れてしまえば、本体だけでは役に立たない。それから、データ保存のDVD、様々な写真データと銀行の暗証コードが入っている。
バッグパックの中身の多くは、旅先で購入したり代用品で補えるもの。もちろん、思い出の品や着慣れた服がなくなるのは悲しいのだが。
結局のところ、その日夜中にバッグパックはレセプションに現れた。どうやら、複雑な構造の学生寮の別の場所に届けられ、1日放置されていたらしい。ともかく、一安心。
これを教訓に、手持ちバッグの中身を再検討することにしよう。
急ぐ旅ではないのだが、マドリッド空港での乗継時間が2時間しかないことが気になり、客室乗務員に乗り継ぎ便に間に合うか聞いてみた。
すると、「微妙ですが、ご心配なく。万が一乗れなくても、マドリッド~バルセロナ間の便は頻繁にありますから。マドリッド空港へ到着したところで、係りがご案内します」という返事。
予想通り、マドリッドには1時間半遅れで到着し、乗り継ぎ便の出発時刻間際となった。乗り遅れるか否かの瀬戸際の時刻である。・・・が、トランジットロビーに入っても案内役の係員はどこにもいない。仕方ないので、ロビーにあったイベリア航空カウンターで、乗り継ぎ便の搭乗券を提示し「この便の出発ゲートはどこでしょう。時刻を過ぎていますが、まだ間に合いますか」と聞いた。
搭乗券を一瞥したカウンターの職員は「隣りで新しいチケットをもらって」と一言。私の英語が稚拙だったのか、質問には答えてくれなかった。
隣りのカウンターに行って再び搭乗券を出すと、カウンターの職員はパソコン画面を操作して確認してから、空白だった搭乗券のゲート番号欄に、大きく「23」と書き、何語かで(たぶんスペイン語)空港内の番号表示を指差した。
出発時刻はすでに過ぎている。が、出発が遅れているということかもしれない。そういえば、ローマ発の便も1時間以上遅れたのだから。
仕方なく、足早に23番ゲートに向かう。マドリッド空港は複雑な構造になっていて、乗継だけなのに入国審査と出国審査ゲートを通った。イタリアからスペインに入国するので入国審査はわかるが、バルセロナに向かうのにどうして出国ゲートを通るのだろう。トランジット(乗継)のために出入国審査を経るのも初めてだ。もしかすると間違えているのかも、などと疑問は深まりながらも解決する術もゆとりもなく、ゲートを示す番号と矢印だけを追って空港内を移動する。
出発時刻を30分も過ぎた。ようやく23番ゲートが見えた時、まさに乗客の最後のグループが乗り込もうとしているところだった。飛行機はまだそこにいる。
搭乗券をゲートの職員に手渡しながら、ふと気付いたことがあって聞いた。「ローマからの便は30分前に着いたばかりですが、私の荷物はこの機体に移されていますか」
チケットを機器に挿入した職員は、顔を上げちょっと考えてから、笑顔で「Maybe(たぶん)」と一言だけ答えた。そうだ、乗継荷物は特別急いで移動させるように、システマティックに考えられているに違いない。
・・・などというシステマティックな配慮は何もないことが、バルセロナ空港に到着してわかった。
待てども、ターンテーブルに荷物が出てこない。不思議なことに、いつまでも引き取り手のない荷物がぐるぐる回っていたが、バッグパックは出てこなかった。やがて、別便の荷物が出始めたので諦めて、イベリア航空のバッゲージクレームへ向かう。初めての経験だ。映画『かもめ食堂』の、もたいまさこさん演じる女性が、スーツケースが出てこなくて何日もヘルシンキに滞在しているシーンが思い出され、何となく浮かれた気分になった。
<クレームカウンター>
「乗継時間が30分ですか、それは無理ですね。通常、荷物の積み替えには2時間は必要です。」とイベリア航空の地上職員はあっさり言った。
電話とパソコンで荷物の所在を確認した後、「荷物は、まだマドリッドにあるようです。通常、明日の最初の便に乗せるはずですから宿泊先と連絡方法を書いてください。宅配便でお届けいたします」と慣れた対応。
そして、「申し訳ありませんが、今日はこれをお使いください。明日の午前中には宿泊ホテルにお届けできるはずです」という言葉と共に、宿泊グッズの入った小さなバッグが目の前に置かれた。
バルセロナの最初の宿を予約しておいてよかった。「これから宿を探す」状況は事態を複雑にする。が「ホテル」ではなく、学生寮を「ホステル」に活用している季節宿。レセプションのオープン時間も限られているに違いない。荷物はちゃんと届くのだろうか、ふと心配にはなるが、だからと言ってその時点で善処できることは何もない。むしろ、重いバッグを背負わずに身軽に空港から市内に移動できることは幸運だ。もう夜も遅い。一晩だけの不自由なのだから。
軽やかな気持ちでホステルにたどり着き、ぱりっとした白いシーツの上に、受け取ったバッグを広げてみると、身だしなみを大切にするスペイン人の一端が伺える中身が詰まっていた。こんなプレゼントをいただけるなら、荷物の迷い子も悪くない。などと思いながら、シャワーを浴び、入っていた爽やかな柑橘系オーデコロンをふりかけてみる。
〔一泊グッズ(女性用)〕
・XLサイズのTシャツとお揃いのボックス型パンツ
・ブラシ
・ブランドのオーデコロン
・発汗を抑える香りスプレー
・ニベアクリーム
・シャワーキャップ
・石鹸
・歯ブラシセット
・マウスウォッシュ(口臭防止うがい薬)
・生理用品
・ソーイングセット(裁縫セット)
・室内スリッパ
・靴磨き
・埃落としブラシ
・・・しかし、甘い気分は翌日に吹き飛んだ。「午前中には届く」と言われた荷物は、翌夕方になっても現れなかった。学生寮の若い受付スタッフが心配し、何度か空港に電話を入れてくれたのだが、「すでに荷物は配達に出ているはずだが、今どこにあるかはわからない」と頼りにならない応答。「だめよ、航空会社なんてどこも不親切。一介の乗客のことなど、ぜんぜん親身にならないのよ」と彼女は、嫌な思い出があるかのように言った。
結局、荷物の配達が気になり、何もできずに一日が終わった。パソコンも使えない。
空港で渡された荷物紛失に関する説明書をじっくり読むうちに、紛失のお詫び言葉や対応事項が書かれた末尾に、「もし、3日待っても届けられなかった場合は・・・」という但し書きがあることに気付いた。
3日も!いや、もしかすると、もうどこかのチリになっているかもしれない。
そう考えると、「あれだけは手持ちバッグに入れておくべきだった」というものが数点思い浮かんだ。
一つがパソコンの電源コード。どこでも付属品として販売しているとは限らない。バッテリーが切れてしまえば、本体だけでは役に立たない。それから、データ保存のDVD、様々な写真データと銀行の暗証コードが入っている。
バッグパックの中身の多くは、旅先で購入したり代用品で補えるもの。もちろん、思い出の品や着慣れた服がなくなるのは悲しいのだが。
結局のところ、その日夜中にバッグパックはレセプションに現れた。どうやら、複雑な構造の学生寮の別の場所に届けられ、1日放置されていたらしい。ともかく、一安心。
これを教訓に、手持ちバッグの中身を再検討することにしよう。
しかし、こうしてトラブルに遭遇した様子を読ませていただくと、ワインさんの冷静沈着な対応と、語学力、交渉能力の高さがうかがい知れますね。
まだまだ「旅の途中」、十分体調に気を付けて楽しんでください。