かおるこ 小説の部屋

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連載第41回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-10 14:34:46 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 13話

 第八章【忍び寄る魔の手】①

 月光軍団の参謀と副隊長は屈服させた。部隊長という標的も・・・
 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラはスワンに代わる標的を手に入れて満足だった。ナンリを身代わりにして、死んだスワンの分までたっぷりといたぶってやることにした。月光軍団に対する裁判と処罰は簡単に終った。月光軍団を支配することなど考えていたよりも容易いことだった。
 とはいえ、このまま王宮へ帰るわけにはいかない。ビビアン・ローラは失った名誉を回復するために、カッセル守備隊と一戦交えることを決断した。
 王宮の親衛隊、ローズ騎士団の名を遍く辺境に知らしめるのだ。
 カッセル守備隊と戦って徹底的に叩きのめしてやりたい。そうすれば名誉も自信も回復できる。山賊に不覚を取り、鳥に驚いて川に落下した。逆さ吊りになってみっともない姿をさらけ出してしまった。あの屈辱だけは何としても晴らさなければならないのだ。
 しかしながら、金貨も武器も衣装までも奪われたとあっては、今すぐ撃って出ることはできなかった。武器や軍服を王宮から届けてもらうことにした。とりあえず必要なのは当面の資金だ。辺境で金がないのは悲惨過ぎた。

 ローズ騎士団は兵舎の食堂を独り占めして食事をしていた。
 テーブルの上には、イノシシ肉の燻製、ソーセージ、新鮮なトマトやブロッコリーが載っている。料理は洗練されているとは言い難いが、野菜や果物は採れたてで鮮度が良く、王宮で供されるものよりはずっとおいしい。しかし、辺境のワインは褒められたものではない。苦いし、濁っている。副団長のローラは王宮の透き通った甘いワインが恋しくなっていた。
 ローラはイノシシの肉をフォークで突き刺した。
「経理は何と言ってるの。ちゃんとお金出すんでしょ」
「城砦の経理担当者は、戦費も嵩んでいて何かと大変そうでした」
 そう答えたのは滞在費用の交渉に当たったニコレット・モントゥーである。
 ニコレットは文官のフラーベルにはきついことは言えなかった。それというのもフラーベルがあまりにも美しかったからだった。フラーベルの顔を思い浮かべた。フラーベルは騎士団のメンバーにしてもいいくらいのきれいな顔立ちだった。色白の美人で均整の取れた見事なスタイルだった。シュロスに駐留する間、フラーベルが夜の相手を務めてくれればいいと思った。それだから費用の要求は控えめにしておいたのだ。
「甘いよ。相手の都合なんて気にしないの。その経理も監獄行きにして、金庫の金を全部いただこうよ」
「副団長、経理には自発的に出させましょう。私も同じ文官ですから、もう一度、説得してみます」
「言ってもダメなら一発ぶっ飛ばす」
 副団長のビビアン・ローラが文官のフラーベルを痛め付けろと言ったのでニコレットは内心穏やかではなかった。
「カッセル守備隊だって爆弾でぶっ飛ばしてやるわ」
 ローズ騎士団が王宮に手配した物の中には強力な爆弾兵器も含まれていた。
     *****
 兵舎の中をあちこち探し回っていたフラーベルは図書室で州都から来たスミレ・アルタクインを見つけた。
 スミレはランプの灯りを頼りに書類を書いていた。報告書だろうか。ナンリを探していると言うと、ここにはいないと首を振った。
「取調べられているとしても、ちょっと長すぎるわ。心配だから事情を訊きに行きましょう」
「騎士団は食堂にいるということでした」
 二人で食堂に行くことにした。
 スミレが取り調べはきつくなかったかと尋ねると、フラーベルは相手も文官なのでこちらの状況に耳を傾けてくれたと言った。
「スミレさんはローズ騎士団と顔を合わせても大丈夫ですか・・・軍務部の監察業務に差支えませんか」
 フラーベルの心配はもっともだ。
「できれば会いたくない・・・」
 そう言ってスミレが封書を見せた。
「軍務部の上司に報告しておこうと思って。州都までは郵便馬車があるでしょう」
「ええ、明日の早朝に定期馬車が出ます。州都への直行便ですから翌日には到着しますよ」
「よかった、ちょっと急ぎでね」
 ところが、二人が行ってみると食堂に騎士団の姿はなく、メイドが一人で片付けをしているだけだった。フラーベルが挨拶に行ったとき騎士団に怒鳴られて右往左往していたメイドだ。メイドはすまなそうに「宿に引き上げた」と言った。どうやらナンリへの聴取はすんでいるようだ。それなら解放してくれてもいいはずだ。
 スミレは悪い予感がした。

 二人が食堂を出ようとしたところへローズ騎士団のマイヤールが入ってきた。
 スミレとの間に険悪な空気が漂う。
「レモン、ワインを取ってきなさい」
 レモンと呼ばれたメイドが倉庫に行った。
 マイヤールがフラーベルに向き直った。
「あなた経理の人だったわね。ちょうど良かった、副団長が直々に話があるそうよ。一緒に来なさい」
 おそらく費用の要求だろうが、その件はすでに文官のニコレットに事情を説明してある。ニコレットはシュロスの財政状況が苦しいことを理解してくれたと思ったのだが・・・
「そっちは、あんたも事務方なの」
 マイヤールがスミレに訊いた。
「はあ、私は・・・」
 月光軍団の隊員であると言えば嘘をついたことになってしまう。スミレは事実を答えるしかないと思った。
「私は、東部州都の軍務部から来ました」
「軍務部?」
 軍務部と聞いて騎士団のマイヤールが怪訝そうな表情をした。
「何の用で来てるの」
「それはですね・・・」
「もしかして月光軍団の尋問だったりして」
 マイヤールはスミレの任務が騎士団の監察であるとは気付いていない。月光軍団の調査だと思っているようだ。
 その勘違いに乗ることにした。
「東部州都の軍務部に所属するスミレ・アルタクインという者です。このたびの戦いについてシュロス月光軍団の査察のために参りました」
 これは嘘ではない。敗北した月光軍団を取り調べるのは州都の軍務部の仕事だ。聞き取り調査や今後の立て直し策を練る必要がある。上司に当てた手紙にも、騎士団の監察業務に加えて月光軍団の調査もしていると書いておいた。
「私は騎士団の参謀のマイヤール。私たちの方が先に月光軍団を尋問してるから、あなたはその後にしなさい」
「戦場から戻ってきた者に戦時の状況を聴取したいので・・・部隊長のナンリという者を探しております」
 スミレはそれとなくナンリの居場所を聞き出そうとした。
「ナンリ・・・ああ、アイツか」
 騎士団のマイヤールはナンリの居所を知っている様子だ。
「ナンリはいまどこにいるんですか。まだ取調べが続いているのでしょうか」
 フラーベルが心配そうに言った。
「ええと、それより・・・ワインはどうしたのかな」
 話をワインにすり替えられてしまった。
 マイヤールが奥の扉に向かって「早く」と叫ぶと、メイドのレモンがワインのビンを二本抱えてきた。
 このままではフラーベルが連れていかれてしまう。
「私もお供してよろしいでしょうか」
 スミレを無視してマイヤールはワインのラベルを見ている。
「あら、なかなか上等そうなワインじゃないの。ここでは苦くてマズいものばかり、これなら副団長が喜ぶわ」
 マイヤールはメイドからワインのビンを受け取るとフラーベルの胸に押し付けた。
「ナンリのことを知りたければ付いて来なさい・・・でも、スミレ、あんたはダメ」
 スミレを押し退けた。
「州都の軍務部には関係ないことよ」 

 

<作者より>

 すみません、いろいろ手違いがありまして、何度か投稿し直しました。どこまで投稿したのか分からなくなって混乱しました。

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。


連載第40回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-08 13:59:26 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 12話

 第七章【横暴なローズ騎士団】②

 コーリアスとミレイを調べただけでビビアン・ローラは飽きてきた。
「戦場の話は聞くのもイヤ、金とワインの方が大事だわ」
「経理の責任者にはニコレットを向かわせてあります。留守番役の事務方ですので、副団長が直々に調べる必要もないでしょう」
 答えたのは参謀のマイヤールだ。
「そうだった。それじゃあ、もう終わりだ」
「お疲れのところ、あと一人残っています」
「次は誰を調べるの」
「退却の責任者、ナンリという部隊長です」
「部隊長、そんな下っ端、どうでもいいじゃん」
 王宮の親衛隊の副団長からみれば、辺境の軍隊の部隊長などは、遥か下のそのまた下の階級である。通常であれば直に口を聞く相手ではない。しかし、参謀のマイヤールは、先に調べた参謀の証言との整合性を調べるためには部隊長の尋問が欠かせないと言った。

 長く座っていたら腰が疲れてきた。いつもは柔らかいソファーに座っているのに、ここではガタついた木製の椅子でおまけにクッションも固い。
 いいことを思い付いた。ローラは召使いのレモンを呼んだ。レモンを四つん這いにさせて即席の人間椅子にしたのだ。背中に腰を下ろしてみると、レモンの背中はちょうどいい椅子になった。
 そこへ部隊長が部屋に入ってきた。
「うっ」
 ローラはギクリとした。
 鎧兜は外しているものの、部隊長のナンリは戦場帰りの異様な雰囲気を漂わせていた。何人も斬り殺してきたに違いない。人殺しとはこのことだと震え上がった。ここで暴れられたら皆殺しにされそうだ。ナンリが敵に見えた。
 レモンの背中から落ちそうになり慌てて髪を掴んだ。
「お、お前は誰だ・・・そうだった、ぶ、部隊長か、座れ」
 威厳を保とうとして床に座れと命じた。
 そこには奇妙な光景が出来上がった。
 床に跪くナンリ、その前には人間椅子のレモン。レモンの背中にはローラが座っている。ローラはお尻に力を入れてグイグイと揺すった。小柄なレモンは潰れてはいけないと必死になって手足を突っ張っている。
「うくっ・・・う、あひっ」
「王宮と違って、ここの椅子は固くてさ。だから、コイツに跨っているの」
「ああっ、ひぇぇぇ」
 ローラが揺するのでレモンの腕がブルブルと震えた。
「コイツは召使い、奴隷とも言うけど。これぐらいしか役に立たないわけ。そうだよね。ええと、コイツは」
 動揺してとっさに召使いの名前が出てこなかった。
「レモンですよ」
「そうだ、レモンだった」
 ローラはレモンの髪をグッと引っ張った。
「ほら、レモン、しっかりするんだ」
「うっ・・・ひぇぇぇん」 
「ふん、こんなヤツ」
 ナンリを睨んで召使いを屈服させている様子を見せつけてやった。レモンを人間椅子にしたのでナンリよりも優位に立つことができている。
「面白いでしょう」
「はあ、それは・・・」
 ナンリは返事に窮した。召使いを椅子替わりにするとは、人を人とも思わないやり方だ。四つん這いで懸命に耐えているレモンが気の毒になった。泣きそうになっている。だが、ここで同情したらレモンにはさらに酷い仕打ちが待っているだろう。
 ローラが人間椅子に座ったまま取調べが始まった。

「さてと・・・お前は無傷のようだけど」
 参謀のマイヤールはナンリが怪我を負っていないことを不審に思った。
「ひょっとして逃げ回っていたの? この卑怯者は」
 思いがけない追及を受けてナンリは戸惑った。敗戦を叱責されるのは当然としても、決して逃げていたのではない。フィデスとともに守備隊の副隊長を捕虜にした、敵の戦闘員と互角に渡り合った。困難な状況で退却を指揮し、一人の脱落者も出さずに帰還を果たしたではないか。それなのに、いきなり卑怯者と罵られたのだ。とんだ誤解である。あのとき戦場にいた者に尋ねてくれれば疑いが解けるはずだ。
「どうか他の者にお尋ねください、あたしが逃げていたというのは・・・」
「黙れ。参謀も副隊長も重傷を負っているというのに、お前はどこも怪我していないようだ」

 ナンリを標的にするか・・・

 ローラはスワンの代わりに、この女を標的にすることにした。負傷した者を虐めるのは少し気が引けるが、部隊長のナンリは無傷である。しかし、相手は相当に力が強そうだ。何か理屈をつけ非を認めさせ、そして自由を奪ってからでないと太刀打ちできそうにない。
「コイツは嘘をついている、さっき尋問した者と証言を照らし合わせなさい。いいわね、マイヤール」
 コーリアスを呼ぶようにと参謀のマイヤールに命じた。
 マイヤールが部屋を出て行ったので、ローラとナンリ、それに召使いのレモンだけになった。
 途端にローラは息苦さを覚えた。ナンリの身体から発せられる気迫に圧倒された。それもあきらかに血の匂いが混じっている。今にも飛び掛からん勢いだ。マイヤールを行かせたのは失敗だった。ローラも部屋から逃げ出したくなった。
「おひっ」
 ナンリが膝を立てたのを見てローラは声を上げてのけ反った。その拍子に、椅子にしていたレモンが耐え切れなくなって肘を着いた。
「バカッ」
 ローラは立ち上がってレモンの尻を蹴った。レモンはゴロンと転がってナンリの足にぶつかった。
「す、すみません」
「大丈夫ですか」
 レモンが起き上がるのを助けようとナンリが手を差し伸べた。だが、レモンは四つん這いのままローラの足元に這って行くのだった。

 しばらくして参謀のマイヤールが月光軍団のコーリアスを連れてきた。
 いいところへ戻ってきてくれた。ローラはナンリの圧力を受けて、もう少しで助けを呼ぶところだった。
「この隊長が・・・」
 誤って隊長と言い間違えた。
「無傷なのはおかしいと思わないか、コーリアス」
 ローラの尋ね方は、いかにもナンリを陥れようとしている言い方だ。
「戦場で逃げていたんでしょ」
「いえ・・・それは、ないと思います」
 一緒に戦ってきたコーリアスがきちんと証言してくれたのでナンリはホッとした。これで疑いが晴れるだろう。
 しかし、机の下の見えないところでマイヤールがコーリアスの足を蹴って合図を送った。蹴られたコーリアスはローラの顔色を伺った。
「あ・・・ただ、いえ、その、思い出しました。敵を、守備隊を・・・」
「敵をどうしたの」
「いえ・・・そうでした、敵を助けるのを見ました」
「本当か」
「見習いみたいな隊員がいまして、隊長は道端に放置すると決めたのですが、ナンリはカッセルへ逃がそうと・・・はい、ナンリの上官の副隊長フィデス・ステンマルクも一緒になって敵を見逃してました」
 ローラはニタリと笑った。これはいい追及の材料になる。事前に参謀のマイヤールが吹き込んだのだろう、これこそ役に立つ参謀というものだ。
「そうか、ナンリ、敵を見逃したのね」
 一応、本人にも問い質した。
「はい、本隊が逃走した後に、残された部隊の副隊長たちを捕虜にしました。そこに、鎧も身に着けず武装していない隊員がいました。メイドとして連れてきた見習い隊員だというので、それなら逃がしてもいいと思いました」
 見逃したことは恥ずべき行為ではないのでナンリは素直に答えた。
 しかし、ローラが畳みかける。 
「敵を見逃したなんて、とんでもない裏切り行為じゃないの」
「はあ」
「メイドの格好をした戦闘員だったとは考えなかったのか」
「あれは戦闘員には見えませんでした」
「黙れ、お前のやったことは軍の規律違反だ、重大な規律違反だ」
「は、はい」
 ナンリはガックリと肩を落とした。
「捕虜になった副隊長はお前の上官だっていうじゃない。まったくダメな奴らだわ。今ごろは、カッセルの城砦で拷問されてるでしょうよ。残酷な仕打ちをした守備隊のことだから、とっくに殺されているかもね」

 これしかなかった・・・コーリアスはうなだれて部屋を出た。
 ローズ騎士団の参謀から、監獄に入りたくなければナンリに責任を押し付けろと諭されたのだ。事実、フィデスとナンリは敵の見習い隊員には手を出そうとしなかった。それからというもの、守備隊は二人には手加減していたような気がしていた。助けた見返りだったのだ。それに比べてエルダをいたぶった自分は容赦なく鞭打ち刑にあってしまった。保身のためには騎士団に言いなりになるしかなかったのだ。

 どうしてこんな展開になってしまったのだろう。
 これではまるで軍事裁判だ。州都の軍務部に裁かれるなら致し方ないが、騎士団に裁く権利はないはずだ。州都軍務部のスミレはナンリの話を親身になって聞き、お嬢様を見逃した一件も、自分でもそうしたと同意してくれたのだった。
「処分を言い渡す。顔を上げなさい」
 ローラに言われてナンリは我に返った。
「シュロス月光軍団は敗北し壊滅的な損害を被った。そればかりか、偉大なバロンギア帝国の名を貶めた。ナンリ、並びに、お前の上官のフィデスが守備隊を助けたことにより敗北したのだ。その罪は重大である。敗戦の責任を取らせ、当分の間、牢獄へ監禁する」
「・・・」
「分かったら返事をしなさい」
「はい」
「監禁だけでは済まされないと思え」

 

<作者より>

 ご来訪いただき、まことにありがとうございます。


連載第39回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-07 14:05:17 | 小説

 

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 11話

 第七章【横暴なローズ騎士団】①

 

 バロンギア帝国ローズ騎士団が襲われた。山賊に荷物を奪われ、副団長のローラをはじめ、参謀や隊員たちは川に落ちてずぶ濡れでたどり着いたのだ。

 月光軍団の文官のフラーベルは、挨拶を兼ねて宿屋にお見舞いに行ったのだが面会は叶わなかった。騎士団のメイドがオロオロしているのを目の当たりにして、声を掛けることもできずに引き揚げるしかなかった。月光軍団の序列からいえば参謀のコーリアスか副隊長のミレイが真っ先に駆け付けなければならないのだが、二人は怪我を理由に医務室のベッドから動こうとしなかったのだ。

 もう何に怒っているのか分からないくらいローラは荒れていた。
 輸送隊を襲ったのは山賊か野党の類だった。しかも、ローズ騎士団は山賊と戦うことなく水鳥に驚いて川に転落したのだった。醜態を晒してしまっただけでなく、金貨や衣装まで何もかも奪われ、大切な皇帝旗と団旗を紛失するという大失態を冒した。
 自分たちは泥まみれで恥をかいた。月光軍団は勝手に出陣して大敗した。山賊を野放しにしている、着替えがない、宿が狭い、寝台が固い、食事が不味い、召使いが・・・
 ビビアン・ローラはワインが苦いと言ってグラスを投げつけた。召使いのレモンが割れたグラスの破片を拾い集めている。山賊に襲われた時、レモンは最後尾にいたので川に落ちることはなかった。それがまた癪に障る。
「どいつもこいつも、まったく頭にくるよ。接待役を呼べ、いったい何をしてるの」
「挨拶に来たようですが、追い返せとのことでしたので」
 騎士団の参謀のマイヤールが言った。
「そうだった、隊長のスワンは何をしているんだ、怒鳴り付け・・・」
 と言いかけて口をつぐんだ。
「スワンは一撃で死んだようですよ。相当にひどい状態だったとか」
「ローズ騎士団の制服を見せつけてやろうと思ったのに。これじゃ面白くない」
 シュロスの城砦へ着いてみれば、月光軍団の隊長スワンは戦闘で命を落としていた。スワン・フロイジアを見下す楽しみを奪われてしまった。これでは、わざわざ辺境まで来た意味がないではないか。
 このままで王宮に帰ったのでは逃げ帰ったと揶揄されるだろう。それでなくてもシュロスの田舎者に笑われてしまった。そもそも、衣装や金貨を失ったのでは帰るに帰れない状態だ。さっそく王宮へ手紙を送り金と衣装を手配したが、届くまではシュロスの城砦に留まるしかなくなった。

 それならばと、失墜した威厳を取り戻すために月光軍団を厳しく取調べ、責任者を処分することにした。軍の手続きがどうのとか、まして、州都で裁判にかけるなどと悠長なことは言ってられない。自分で刑を言い渡すのだ。
 ローラの言う処罰とはスワンの代わりに誰かを標的にして虐めることだった。
 それにしても何と無残なやられ方であろうか。
 団員が聞き取ったところでは、スワンは激しい出血で死んだそうだ。副隊長や参謀は鞭でめった打ちになった。あらためてカッセル守備隊の残虐さ、辺境の恐ろしさが身に染みた。
 帰還した月光軍団の中で高位な幹部は参謀と副隊長だった。もう一人の副隊長は捕虜にされた。文官のフラーベルも副隊長ではあるが、こちらは出陣していない。フラーベルには滞在中の接待を滞りなくやってもらわなければならない。フラーベルの対応は騎士団の文官のニコレットに任せた。

 ローラは手始めに参謀のコーリアスを取り調べることにした。
 兵舎の一室、元隊長室に陣取り、自分は椅子に座ってそっくり返った。コーリアスは床に座らせた。
「出陣した理由から説明してもらおうか。私たちが到着する日時などはあらかじめ伝えてあったでしょうに」
 コーリアスは返答に詰まった。騎士団の来訪を避けるための出陣でしたと答えようものなら、厳しいお仕置きが待っているだろう。エルダに叩かれた傷が癒えないうちに牢屋にでも押し込まれかねない。
「正直に言え」
 副団長ビビアン・ローラに睨みつけられてコーリアスは縮み上がった。
「あとで他の隊員にも訊くからね」
「それは・・・隊長が、出迎えよりは・・・」
「何だと」
「すみませんでした。隊長がローズ騎士団様のお出迎えをしたくないと言ったのです」
 参謀のコーリアスは死んだ隊長のせいにした。隊長のスワンが騎士団を避けたいがために出陣したのであるから、本当のことを喋ったまでだ。
「そんなことだろうと思った」
 ローラが吐き捨てた。
 まったく愚かな判断をしたものだ。その挙句にこんな大損害を出してしまったのだから、スワンは死罪に当たる・・・というか、もう死んでしまったのだが。
 ローラは戦闘の経緯について、さらにコーリアスを問い詰めた。
 コーリアスが言うには、当初、月光軍団はカッセル守備隊との戦いを圧倒的に優位に進めていたということだった。守備隊の本隊を壊滅させ、敵の隊長はしんがり部隊を残して逃亡した。その部隊も追い詰め、指揮官などを捕虜にして引き上げようとした。この時点で負傷者はほとんどおらず、月光軍団の勝利は確定的だった。
「指揮官はまったく弱くて、痛め付けたら泣き叫び、最後は気絶したくらいです」
 コーリアスがエルダを宙吊りにして気絶させたときの様子を身振り手振りを交えて話した。
「ああ、なるほど、宙吊りか。面白いわね・・・でもないか」
 笑ってばかりはいられない。ローラ自身が山賊に襲われた時、網に絡めとられて恥ずかしい格好を晒したことを思い出した。

 敗戦の状況調査に話を戻した。
 ところが突如として状況は一変、守備隊の反撃を受けて隊長は戦死、コーリアスを含め副隊長たちも負傷したのだ。
「その時の戦力は月光軍団が優位だったんでしょう」
「こちらは百五十人ほどで、敵は十人か十二人でした」
「バカをお言い、たった十人に負けたの」
 ローラはますます頭に血が上った。僅か十人ほどの敵を追いかけていたのなら、一人ずつ倒していけば征伐できたはずだ。
「いきなり襲われたのです。襲ったのは正体不明の怪物でした」
「ふん、怪物だって?」
 責任を逃れるために怪物を持ち出すとは何事だ。
「黒い鎧兜の恐ろしい怪物でした。隊長は怪物の爪で顔を掴まれ、血だらけで死にました」
 血だらけと聞き、その姿を思い浮かべて気分が悪くなった。
「怪物は敵の守備隊も襲ったの?」
 参謀のマイヤールが尋ねるとコーリアスは首を振った。
「いえ・・・敵は無事のようでした」
「月光軍団だけが狙われたのなら、その怪物とやらは守備隊の回し者だったとでも言うの」
 怪物に敵と味方が区別できるはずはない。その怪物というのは、全身を覆う鋼鉄の鎧に身を固めた敵の戦闘員だったのだろう。王宮の倉庫の片隅で埃を被っていそうな遺品だ。
「お前の怪我、それも怪物のせいにするのか」
 ビビアン・ローラが問い質した。
「これは、降参した後で、敵の指揮官に鞭で打たれました」
 参謀の負傷は戦闘中のものではなく、降伏した後で怪我させられたという。守備隊の指揮官はかなり残忍な女のようだ。
「降参したんだから、参謀の地位は剝奪する」
 これで参謀は支配下に置いたようなものだ。
 次に副隊長のミレイを尋問したところ、こちらも概ねコーリアスの話と一致していた。コーリアスとミレイは降格させることにした。

 ナンリは医務室で包帯の交換を手伝っていた。
 フラーベルが騎士団に呼び出されたのだ。食事や衣服、宿の割り振りなどを打ち合わせているのだろう。
 ローズ騎士団が襲われたのは想定外のことだった。迎えに行かせたトリルによると、川を渡る途中で山賊に攻撃されたということだった。山賊の狙いは金貨やワインだけだったようで、騎士団の団員は襲われなかった。しかし、騎士団は水鳥の羽ばたきに驚いて川に転落したという。王宮の近衛兵は実戦には慣れていなかったのだ。
「山賊たちは警備兵や工兵になって隊列に紛れ込んでいたみたいで、一緒になって金品を奪っていきました」
 トリルの話は遅れて到着した警備兵の話とも符合していた。山賊が輸送隊の警備兵に成りすましていたのだ。山賊の仕業にしてはいかにも手際が良すぎると思った。スミレによると、チュレスタには守備隊の三姉妹が潜入していた。おそらくエルダの命を受けてローズ騎士団の様子を伺っていたに違いない。三姉妹と山賊、両者がどこかで繫がっていたとしたら・・・

 しばらくしてフラーベルが戻ってきた。
 隊長が死んだとあっては、副隊長のフラーベルは月光軍団の代表者と見られても仕方なかった。もっとも、フラーベルは文官だから、敗戦については参謀のコーリアスが釈明させられることになる。案の定、フラーベルが事情を訊かれたのはローズ騎士団の事務方らしき団員だった。
「奪われた資金の補充を求められたわ」
「厳しく言われはしなかった? 」
「それが意外と優しくて、州都が用立てた分をなんとか穴埋めしてくれないかと頼み込まれちゃった」
 フラーベルを取り調べたのはローズ騎士団の文官のニコレット・モントゥーだった。それほど厳しい口調ではなく、資金の要求は強く迫られたがそれも予想の範囲内だったという。
 ところが文官のフラーベルに続いて部隊長のナンリが呼び出された。

 

<作者より>

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連載第38回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-06 14:45:48 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 10話

 第六章【スミレとナンリ】②

 予定の時刻を過ぎたがローズ騎士団の到着は遅れていた。
 フラーベルは城門の前で騎士団を迎えた。
 敗戦の後始末に追われているところに、今度は騎士団の来訪で頭が痛い。スミレの話ではチュレスタの温泉では宿屋を何軒も借り切って、かなりの贅を尽くしていたという。辺境のシュロスの宿をみたら不満が出ることだろう。いっそのこと、シュロスを素通りして州都へ行って欲しいくらいだ。戦後の出費は嵩むし、さらに、騎士団の接待の費用が掛かってしまう。州都にも金銭の要求があったというから、ローズ騎士団は当面の資金は確保していると思われる。その件でスミレは、騎士団は金遣いが荒いくて州都の金庫が空っぽになったと憤慨していた。州都から来た監察官のスミレはナンリの後輩だけあって、何かと月光軍団の味方になってくれそうだ。


 シュロスの城砦の前には王宮から来るローズ騎士団を一目見ようと、大勢の人が集まっていた。しかし、なかなか到着しないので群衆からはヤジも聞こえてきた。
 出迎え役として、国境の川に架かる橋にトリルとラビンを派遣してあるが、連絡はまだない。
「見えましたっ」
 櫓の上から見ていた物見の隊員が叫んだ。
 いよいよ騎士団のご到着だ。フラーベルもナンリは身体に気合を入れた。
 人々がざわつきだした。これまでとは違って期待を込めた歓声が湧いた。
 王宮からの華やかな一行を迎えるはずだったが・・・
 真っ先に駆け込んできたのは使者として送り込んだトリルだった。
「大変です、ローズ騎士団が何者かに襲撃されました」

   〇 〇 〇

 ローズ騎士団が温泉でまったり過ごしている時、守備隊の三姉妹とメイド長のエリオットは密かに作戦を開始していた。
 三姉妹の一人レイチェルは、マーゴットが調合した薬を混ぜた酒を騎士団の馬車の警備兵や工夫に飲ませた。すぐさま効き目が表れて腹痛を起こす者が続出した。そこで新たに馬車を運転できる者を雇ったのだが、それが山賊だったのである。
 騎士団の一行が国境の川に差し掛かったのを見て、山賊の首領ミッシェルが襲撃の合図を出した・・・

 ・・・チュレスタを出発したローズ騎士団は金銀の鮮やかな飾りを施した馬車に乗り込んだ。
 シュロスに向かうにあたって鎧兜の装備は胸当て肘当てなど最小限しにした。この日のために用意したピンクの上着、太もも丸出しのスカート。これこそ美人の証し、王宮の香りだ。辺境の田舎者に見せ付けるにはもってこいの衣装である。
 ほどなくして国境沿いの橋に到着した。橋を渡れば、そこから先はバロンギア帝国の領土である。川岸の向こうには帝国旗を掲げた出迎えの一団が見えた。月光軍団の使者であろうか。文官のニコレット・モントゥーが先頭になって橋を渡り、出迎え役の兵に指示を出す。

 頃合いを見て、副団長のビビアン・ローラと参謀のマイヤールが乗った馬車が木製の橋を渡り始めた時だった。
 後方でドッと喚声が上がった。荷馬車が襲撃を受けたのだ。襲ってきたのは山賊だった。山賊は手際よく金貨や銀貨を積んだ馬車を襲い、着替えを積んだ馬車を焼き払った。輸送隊の護衛や工夫たちは応戦するどころか山賊とともに荷物を略奪していった。工夫たちが山賊の一味であったとは知る由もない。
 奇襲攻撃に驚いたローズ騎士団は輸送の部隊を見捨てて馬車を走らせた。橋を渡り切れば文官のニコレットと月光軍団がいる。そこまで行けば加勢を頼めると思ったのだ。

 ところが、橋の中ほどに差し掛かったとき一斉に水鳥が飛び立った。鳥の大群と羽ばたきに驚いて馬が立ち上がった。馬車がグラリと傾き、副団長のビビアン・ローラは扉から投げ出された。
「うっひぇ」
 後から落ちてきた参謀のマイヤールとぶつかり、もつれあって川の中に転がり落ちた。ローラはドボンと川底に沈んだ。何が起きたか分からない。浮き上がったローラは土手に這い上がろうとした。そこに魚を獲る網があったので掴んだのだが、それがワナだった。
「うああっ、きゃあ」
 ローラは網に絡めとられた。網の一端が支柱に結ばれていたので空中高く吊り上げられる。網の目に挟まった長い脚をバタバタさせ空中で無様な姿を晒した。
「何よ、これ、ど、どうなっているのっ」
 ビリッ
 右脚が網の目を突き破った。身体が沈み、大きく開いた股に縄の結び目が食い込む。
「つはぎゃぁ、おっひいい」
 両脚が網を破った。落ちてはいけない、必死で網を繋いである縄を引っ張った。そのせいで縄が緩み、身体がズルズルと下がった。
「誰かぁ、たはっ、たぁ、助けてぇぇ」
 ローラはクルリと半回転し逆さ吊りになった。頭が下になり、目の前に地面が迫ってくる。あせって暴れるとブランコのように揺れだした。薄絹のピンクの衣装は千切れ、マントが下がって顔に覆い被さった。ローラは空中で艶めかしい姿を披露してしまった。
「ふぎゃああああ」
 ボキッ
 網を吊っていた支柱が重みに耐え切れずボキンと折れた。ローラは土手に滑り落ちて、斜面をゴロンゴロンと転がった。寸でのところで踏みとどまったが転がる勢いは止められない。
 ドッボーン
 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは頭から川にダイブした。またしても全身ずぶ濡れ、水草に足を取られてズルンと転び、水中で手足をジタバタさせるしかなかった。

 ローズ騎士団の参謀のマイヤールは用水路の柵にしがみついた。手を伸ばして土手の草を引っ張ると身体や持ち上がった。これで助かると思いさらに強く引くと草が抜け、反動で水路の桶に頭から飛び込んだ。
「・・・ぎゃああ」
 水路の桶に待っていたのは大量のヒキガエルだった。
「ぶっ、カエルだあっ」
 もがけばもがくほどヒキガエルのプールに引きずり込まれる。ぶよぶよしたカエルの腹が顔にベットリくっついた。ピンクの衣装の中にまでカエルが侵入し、身体中がヌルヌルになった。
「キエェェェ、ゲェェェ」
 気持ち悪い、生きた心地もしない。悲鳴を上げて泣き叫んだ。マイヤールの美しい顔にもヒキガエルが張り付く。さらに一匹、また一匹、次々にカエルが顔面にぶつかった。
「ウゲゲゲ、ゲブッ、ブヒェェェ」
 ゴボボ
 美人のマイヤールはカエルの大群の中に沈んだ。

 出迎え役の月光軍団は戦闘態勢を取ったものの、敵味方の区別がつかないので応戦することをためらった。
「副団長を助けなさい、誰か」
 文官のニコレットが叫ぶ。月光軍団のトリルとラビンは敵を追うのをやめて騎士団の救出に向かった。
「早く、助けてぇ」
 恥も外聞もなくローラは泣き喚く。月光軍団が投げた縄を掴み、ようやく土手に引き上げられた。
「ウゲェ・・・ゲェェェ」
 ローラは泥水を吐き出した。
 参謀のマイヤールは四つん這いになってブルブル震えた。衣装の襟から大きなカエルが、口からはオタマジャクシが飛び出した。
「もう・・・勘弁してッ」
 副団長のビビアン・ローラ、参謀のマイヤールを始め、ミズキ、ハルナ、シフォンたちは全身泥まみれになってしまった。騎士団自慢の銀の鎧は外れ、特注のピンクの衣装と白いマントはビリビリに破れた。馬車に積んであった衣装は燃やされたので着替えることもできない。せっかく温泉できれいに磨いたのに泥水に浸かって元も子もなくなってしまった。
 ローラは月光軍団が用意した荷馬車に乗せられ、ずぶ濡れでシュロスの城砦にたどり着いたのだった。

 歓迎会は一転して屈辱の場に変わった。王宮の親衛隊ローズ騎士団のローラは、泥塗れのみっともない姿で月光軍団の前にへたり込んだ。
「あはあ・・・お助けを」
 見物の群衆からはドッと笑い声が上がった。
「三姉妹・・・というか、これもエルダの仕業だ」
 ナンリは小さく呟いた。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 連載第33回で三姉妹たちが襲撃作戦の計画を立てましたが、少し間を置いて、今回、ようやく繋げることができました。ここは、映画やドラマで使われる回想シーンのように書きました。


連載第37回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-05 13:26:21 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 第二巻 中編 9話

 第六章【スミレとナンリ】①

 月光軍団は三日を費やしてシュロスの城砦へ帰還した。出陣した兵のうち戻ってこれたのは八十三人、幹部で無事だったのはナンリだけだった。

 兵舎の病室は負傷兵で溢れていた。
 ナンリは医務室の廊下でじっと蹲っていた。怪我を負ったミレイやコーリアスを病室に入れ、負傷者の手当てに目途が付いたところで力が尽きてしまった。足も腰も踏ん張ることができないし、目は霞み頭がズキズキと痛んだ。
「ここにいたのね、ナンリ」
 フラーベルだった。城砦へ帰ってきてからフラーベルとはまだゆっくり話ができていない。
「ナンリが無事で良かった・・・私、心配で」
 フラーベルと抱き合っていると、帰ってきたという実感が湧いてきた。とたんに眠気も襲ってくる。
 よく無事で退却できたものだと思う。一人の脱落者も出さずにシュロスの城砦までたどり着いたのだ。その点はカッセル守備隊の指揮官エルダに感謝している。エルダはこう言った、撤退の指揮を執りなさい、だからナンリには手を下さなかったと。
 エルダは残虐なことをしたが、思い返すとそれも人を選んでいるかのようだった。自分を含め、敵の見習い隊員を見逃した者は戦闘終了後も無事であった。それに引き換え、守備隊のメイドや見習い隊員にきつい処分を下したミレイやコーリアスは暴行の的になった。
 捕虜も選んで連れて行ったのかもしれない。
 遠い空の下、フィデスさんは無事だろうか、パテリアはさぞかし寂しがっていることだろう・・・

 バロンギア帝国の州都軍務所属のスミレ・アルタクインは、ローズ騎士団よりも一足先にチュレスタを発ってシュロスの城砦へ向かった。騎士団の浪費の有り様を月光軍団に伝えようとしたのだ。守備隊に敗北した残務処理で騎士団の接待どころではないだろう、何かアドバイスはできないかと馬を急がせた。
 ところが、シュロスの城砦に到着したスミレが見たのは予想以上の惨状だった。月光軍団の隊長は戦死、参謀と副隊長は重症を負っていたのだ。
 居合わせた隊員にナンリの居所を尋ねると病室にいるということだった。病室と聞いて心配したが、ナンリは看護や治療に当たっているらしい。スミレが士官学校時代からの知り合いだと言うと、トリルという名の若い隊員は幾つかの重要な情報を教えてくれた。
 スミレは病室から出てきたナンリを呼び止めた。
「ナンリさん」
「おおっ、誰かと思ったら、スミレさんではありませんか」
 幸いにもナンリは大きな怪我は受けていないようだった。
 しばらくぶりの再会ではあるがスミレは挨拶もそこそこに、
「隊長には誠に残念な事でした」
 と悔やみの言葉を述べた。
「恐れ入ります。重大な損害を出してしまい申し訳ありません」
 ナンリが頭を下げた。
「ナンリさんはご無事で様子でなによりです」
「まだ報告をしていないのに、こんなにも早く州都の軍務部から派遣されてくるとは、それだけ責任を感じています」
「私が来たのは、この戦いの結末というよりも、むしろ・・・」
「というと・・・例の件ですね」
 ナンリの言葉にスミレは黙って頷いた。

 二人は兵舎の二階の図書室に行った。
 敗戦の混乱状態に置かれた城砦では図書室を利用する者などいない。ここならゆっくり話ができそうだ。
 図書室の壁には造り付けの本棚が設けられている。本棚に収められている本は古い物が多く、ところどころ隙間が空いていた。棚の隅には王都で発行されている新聞の束が無造作に積まれていた。隣の小部屋には木の樽が置かれているのが見えた。ワインの樽だ。ワインの樽は荷物を運ぶのにも利用されている。州都からこの樽に本を詰めて運んできたのだろう。

 スミレ・アルタクインはマントを脱ぎ、壁の吊るし金具に掛けた。軍務部所属とはいえ、軍服ではなく任務に合わせて白いシャツとスカート姿である。
 窓際の長椅子に並んで座るとフラーベルが紅茶を運んできた。
「フラーベルです。事務を受け持っています」
 フラーベルは文官らしく色白で美しい。
「州都の軍務部のスミレ・アルタクインです。ナンリさんにはお世話になっております」
「お世話になっているのはこっちの方だ。士官学校の後輩だけど、今ではずっと地位が高い」
 ナンリが言った。
「取り調べはお手柔らかにお願いします、スミレさん」
 文官のフラーベルはスミレが敗戦の調査に来たのだろうと思った。
「ご安心を、私が来たのは月光軍団の取り調べではありません・・・ここに来る前はチュレスタに滞在していました」
「ということは、ローズ騎士団に関する仕事ですね」
「そうです。なにしろ、州都にも多額の追加費用が求められましたのでね」
「こちらも、もともと城砦の財政状況は芳しくないところへもってきて、今度は接待ですので頭を痛めているところです」
 文官のフラーベルが窮状を訴えると、スミレは何でもお手伝いしますと申し出た。
「他にもいろいろお力になれるかもしれません、ナンリさん」
「ちょうど良かった・・・戦場での話、聞いてくれますか」

 それからナンリは月光軍団の出陣の経緯から戦闘終結までを語った。今回の敗戦に関して、いずれ州都の軍務部に呼び出されるだろう。遅かれ早かれ軍務部の耳に達するのである。
「今回の戦いは、カッセル守備隊の陣容が整っていないということもあったのですが、むしろ、王宮からローズ騎士団が来ると知って・・・」
 守備隊は司令官が不在で戦力が低下しており、敵を叩くには良い機会だった。だが、隊長のスワン・フロイジアの意向は、初めからローズ騎士団の出迎えを避けるために出陣するという点にあった。いざ戦端が切って落とされると、序盤は月光軍団が圧倒的に優勢だった。守備隊の隊長を追い詰め月光軍団の勝利は目前だった。ところが、しんがり部隊の指揮官を捕らえて帰還しようとしたとき、どこからともなく現れた黒ずくめの騎士によって形勢が逆転してしまった。隊長のスワンは命を落とし、参謀は負傷し、副隊長のフィデス・ステンマルクがカッセルに捕虜になった・・・
「・・・僅か十人ほどの敵に負けてしまったのです」
 話しながらナンリは何度か言葉に詰まった。捕虜になったフィデスの話になったときは一段と無念さを滲ませた。
「詳しく話してくださり、ありがとうございます」
「黒ずくめの騎士のことは信じてもらえますか。間近で遭遇したのだが、まるで怪物のようだった」
「そうですね・・・かつて、地下の世界に暮らす一族がいたと聞いています。この世には得体の知れないものが存在しているのでしょう」
「他の部隊の隊員が、その黒づくめの騎士が地下に潜ったのを見たと言っていました」
「ナンリさんのことですから、遭遇した怪物を剣で追い払ったのでしょう」
「それが・・・死を覚悟したのだが、どういうわけか、怪物の方から身を引いたようだった」
 ナンリはあの恐怖の体験を思い出して天井を睨んで考え込んだ。

 しばらく沈黙が続き、スミレは、
「今の話にはなかったけれど、ナンリさんは敵の指揮官たちを捕虜にしたのに若い隊員の手柄にしようとした、そうですよね」
 と話題を替えた。
「捕虜にはしたのだが、すぐに逃げられてしまった」
「守備隊の見習い隊員に寛大な処置をしたことも聞きました」
「スミレさんは、どこでそれを知ったのですか」
「トリルちゃんといいましたか、病室まで案内してもらうついでにいろいろと話をしました」
「お喋りだな、あとで注意しておきます」
 少しだけナンリの表情が緩む。
「見習い隊員というのは、お嬢様と呼ばれていた隊員のことです。敗走するしんがり部隊に、武装していない隊員が含まれていたので驚きました。着ていたのはメイド服だったのです。あれでは戦闘どころか、逃げるのにも足手まといだったでしょう。気の毒に思ったから、早くカッセルに帰れと言ってやりました」
「なるほど・・・私でも、たぶん同じように見逃したでしょう」
「あれを斬ったら、その方が軍法会議に掛けられそうだ」
 弱い相手を斬り捨てるようなことは忍びなかったのだろう。ナンリの強さと優しさの表れである。
「最後に残った部隊は戦闘員は数人だけしかおらず、お嬢様の他にも三人組の軽装備の者がいました」
「三人組? 」
 スミレの眼が光った。
「そうだ、三姉妹と名乗っていた。それがどうかしましたか」
「ナンリさん、偶然かもしれませんが、チュレスタの温泉で三人組の女の子を見かけました。その三人はバロンギア軍の作業着を着ていたようでした」
「チュレスタに三姉妹か・・・撤収前に工兵の作業服なども奪われたので、それに着替えたとも考えられます。ですが、チュレスタに行くよりは、一刻も早くカッセルに引き上げるはずです」
「その三姉妹の一人が騎士団の宿泊している宿のメイドになっているとしたら、どうでしょう・・・」
「ううむ、三姉妹をチュレスタに送り込んだのか・・・」
 ナンリが唸った。
「敵の指揮官はエルダといったが、すでに、ローズ騎士団がシュロスに来ることを掴んでいた。チュレスタに立ち寄る情報も事前に得ていたかもしれない」
「それは・・・カッセル守備隊の指揮官がナンリさんに話したのですか」
 スミレは驚いた。さらに尋ねると、ナンリがそれを聞かされたのは撤退する直前だったという。
「とはいえ、守備隊も大きな損害を出しているので、騎士団とは戦いたくないようでした」
 スミレはますます不審に思った。カッセル守備隊の指揮官は、何故、騎士団の一件をナンリに話したのか。自分たちの偵察能力を誇示したかったのだろうが、これでは手の内をさらけ出すようなものだ。ナンリを信用していなければ話せない内容である。見習い隊員を見逃そうとしたことへの感謝なのか。
「そろそろ、ローズ騎士団が到着の時間です」
 文官のフラーベルが言った。

 

<作者より>

 本日もお立ち寄りくだり、ありがとうございます。

 今回分もほぼセリフ劇といった感じですね。私は会話を書くとき、できるだけ相手の言葉に反対しないよう、そして、大声を出さないよう心がけています。