かおるこ 小説の部屋

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連載番外編

2022-02-04 14:12:44 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 第二巻は場所があちこち移り変わり、従って、話も相前後します。少し分かりにくいところもありますのでいったん整理してみました。

 連載第29回【フィデスの独白ー1】で、月光軍団の副隊長フィデスは牢獄に入れられ、カッセル守備隊のエルダに助けを求めました。フィデスは敗戦から捕虜として連行されるまでの道中を振り返ります。ところが、連載第34回【フィデスの独白ー2】になると、監獄ではなく兵舎の一室を宛がわれていることが判明しました。エルダとは親しくなるし、マリアお嬢様とお茶をのんだりして待遇は良いのです。ここはちょっと辻褄が合いませんね。

 さて、カッセル守備隊のレイチェルたち三姉妹は城砦には戻らず、チュレスタの温泉に行きました。表向きは休暇でしたが、そこにはメイド長が待っていて、まもなくやって来るバロンギア帝国ローズ騎士団の偵察をすることになりました。レイチェルたちは山賊にローズ騎士団を襲撃させようと計画します。そして、ここではバロンギア帝国州都軍務部のスミレ・アルタクインもローズ騎士団を見張っていて、偶然にも三姉妹の姿を目撃します(連載第32・33回)。

 これより先、バロンギア帝国の偵察員ミユウは密かにカッセルの城砦にメイドに化けて潜入していました。ミユウは牢獄で囚人に襲われそうになった守備隊の司令官エルダを助けました。エルダに正体を見破られそうになるところをなんとか切り抜けて、フィデスと面会を果たします(連載第35・36回)。

 というわけで、次回から舞台はシュロスの城砦に移ります。

 シュロス月光軍団はナンリの指揮のもと、なんとか城砦にたどり着きます。そこへスミレがやってきます。再会を喜んだのも束の間、ローズ騎士団が到着する時間が迫ってきました・・・レイチェルたちはローズ騎士団に対してどんな作戦を仕掛けたのでしょう。

 

 


連載第36回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-03 13:56:47 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 8話

 第五章【偵察員ミユウ】②

 

 バロンギア帝国の偵察員ミユウは襲われたエルダを守った・・・

 どうしてそんな行動をとったのか・・・
 イリングは縛られている結び目を外してエルダを襲ったのだ。もし、ミユウが防がなかったらエルダは倒されていただろう。そしてカッセルでは新旧隊長グループで抗争が勃発するに違いない。しかし、混乱状態に陥った場合は月光軍団の捕虜の命は保証できない恐れがある。
 エルダはロッティーに捕虜を縛るように命じた。
「まさか、結んだ縄を緩めたりはしなかったろうね。ロッティー」
「し、してません」
 ロッティーの手がブルブル震えている。
「監督不行き届きよ、あとで厳しく取り調べるから覚悟しなさい」
 ロッティーがスゴスゴと出て行く。その背中に向かってイリングが「裏切り者」と叫んだ。イリングの縄を解いたのはロッティーの仕業だったのだ。

 エルダはまったく意に介した様子もなく、
「行きましょう」
 と、ミユウの手を掴んで鉄格子の外へ出た。引かれるようにして廊下を進み階段の前で立ち止まった。
「助けてくれて、ありがとう」
「メイドとして当たり前のことをしたまでです」
「そうかなあ」
 エルダが手を強く握ってきた。イリングを痺れさせた右手、稲妻を操れる指だ。
「お前、ただのメイドじゃないでしょう」


 握られた手がじっとりと汗ばんだ。手を繋いでいるのではない、エルダに捕まってしまったのだ。


「トレイを盾にしてイリングを引っ叩いた。あれは『防いだ』とは言わないわ。メイドにしては素早い、よく訓練された動きだった。たとえば・・・」
 ミユウは壁に押し付けられた。
「兵隊・・・それも極秘任務の偵察員か、スパイね」
 あっさり正体を見破られてしまった。しかし、簡単に認めるわけにはいかない。偵察員だと認めたら拷問と処刑が待っているのだ。
「わたしはメイドです。数日前に雇われたばかりでして」
「ウソ。月光軍団の偵察員でしょう」
 ギクリとした。
「違うか。こんなに早く送り込めるはずはないものね。ということは、騎士団、ナントカ騎士団のスパイなんだ」
 エルダが騎士団の名を口にした。王宮の親衛隊ローズ騎士団のことを指しているのだ。
 ミユウは黙ったまま首を振った。
「それじゃあ、バロンギア帝国の州都から来たということかしら」
 ズバリ当てられてしまった。
「ええと、シュロスがあるのは南部辺境州の州都だったっけ」
 辺境州までは当たっているが、南部などと引っ掛けてきた。答えに窮した。
「シュロスがあるのは東部州都だってことぐらいお見通しよ。所属はどこなの」
「ただのメイドです」
 ミユウはエルダと視線を合わせた。ここは絶対に引いてはいけない。嘘を言っていることを見破られないように司令官のエルダを見つめた。
「酒場で働いていたところ、守備隊が敗走してきてクビになりました。そこへみなさんが戻って来たのでメイドに雇われたのです」
「ああ、そう、だったら、私に感謝しなさい」
「はい、それはもう・・・」
「私たち、戦場から戻って来たのではなくて勝利して凱旋したのよ。月光軍団を壊滅させてやったわ。月光軍団の隊長は・・・」
「隊長は・・・」
 思わず引き込まれた。
「死んだわ」
 衝撃が走った。月光軍団の隊長が戦死したというのだ。
 バロンギア帝国東部州都の軍務部ミユウは、同邦の軍を壊滅させた司令官と一対一で向き合っているのだった。
「あら、顔色が悪いわね」
「それは・・・戦争の話には慣れていないもので」
「メイドに雇われたのは、私が勝ったおかげでしょう。もっと感謝してくれてもいいんだけど」
「メ、メイドの仕事をさせていただいて感謝しています」
 そう言うのが精いっぱいだった。
 完全にエルダに圧倒され、相手のペースに嵌ってしまった。汗が噴き出す。士官学校では常に平静を保つように訓練されたが、これが冷静でいられようか。
 エルダが左手を壁に付いた。顔がグンと接近する。息をのむほどに美しい顔だ。
 しかし、ミユウはエルダをしっかり見つめ、目を逸らさない。
「よろしい。感謝してくれたから、あなたを助けてあげる。だって、さっき、私を救ってくれたんだものね、ミユウは私の味方」
 助かったとひと安心したものの、今度は味方にされてしまった。
「付いてきなさい、いい所へ案内するわ」
 逃げるチャンスを失った。

 ミユウが連れて行かれたのは兵舎の二階だった。ここは幹部クラスの居室があるというのだが、まだ足を踏み入れたことはない。
「さっき、恥ずかしいとこ見られちゃったわね。囚人にちょっときつく言っただけよ」
 エルダが突き当りの部屋のドアをノックした。どうぞと声がしてドアが開いた。
「こちらはフィデスさん、月光軍団のお客様よ」
 月光軍団のお客様・・・
 ミユウは深々と頭を下げた。腰を折った姿勢で考えを巡らす。
 これまで掴んだ情報の通り、月光軍団の捕虜は兵舎の一室を宛がわれていた。それも幹部クラスが使う立派な部屋だ。扉が施錠してなかったところをみると軟禁状態でもない。捕虜を丁重に扱ってくれているので安心した。
 だが、この局面をどう乗り切ったらいいものか。これまで、シュロスの城砦には行ったことがないからフィデスとは面識がなかった。
 しかし、フィデスが気が付いてしまったら・・・
「顔を上げなさい」
 エルダに言われて恐る恐る顔を上げた。フィデスを見ずにエルダを見た。エルダは牢獄にいた時とは打って変わって優し気な顔つきになっていた。
「雇われたばかりで緊張してるみたいなの。フィデスさんからも声をかけてあげてよ」
 心なしかエルダの声が上ずっていた。
「新しいメイドさんね、ここではみんな親切だから、あなたもすぐに慣れるわ」
 どうやらミユウのことは知らないようだ。とりあえず危機は回避した。
「私は、私は・・・月光軍団の捕虜だけど、丁重に扱ってくれるの」
「ほら、捕虜は無事だった。安心したでしょう」
 エルダが手を放し、そして月光軍団のフィデスの手を取った。ミユウは解放されてホッとした。ところが、それだけではなかった。見ている前で、エルダはフィデスに抱きついたのだ。
 「一人にしてごめんね。私じゃないとできない重要な仕事があったのよ。だけど、少しでも離れると寂しくて」
 前隊長は牢獄に押し込めて虐待しているというのに、フィデスに対するこの態度は何事だろう。まるで恋人同士ではないか。
「おっと、メイドがいたのを忘れてた、もう帰っていいわ」
「はい、失礼いたします」
 捕虜は無事だと確認できたので、これで逃げられる。
 司令官のエルダからも、カッセルからも・・・
 エルダは、ミユウがバロンギア帝国の偵察員だと知りつつ、捕虜の無事を確認させてくれたのだ。
 お辞儀をして下がりながらドアを押して廊下に出た。
「・・・!」
 ミユウは閉まるドアの隙間から二人がキスをするのを見た。

 

 <作者より>

 本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。

 こういうセリフ劇、前から書いてみたいと思ってました。私が手本にしたのは真山青果の「頼朝の死」です。


連載第35回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-02 13:42:38 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 7話

 第五章【偵察員ミユウ】①

 カッセルの城砦ではミユウのことを怪しむ者はいなかった。
 凱旋して勝利に沸いている城砦に、バロンギア帝国の偵察員がメイドに化けて潜入しているとは誰も想像しないことである。メイドなので兵舎の中は自由に出入りできた。むしろ偵察活動としては深入りし過ぎたかもしれないくらいだ。仕事上、顔を覚えられては差し支えるので、守備隊の幹部や隊員にはあまり近づかないよう慎重に行動した。


 その幹部だが、凱旋のどさくさに紛れてカッセル守備隊の隊長が交代した。というよりは凱旋部隊の副隊長補佐だった者が新隊長の座を奪い取ったのだ。しかし、新しい隊長は人望がなく兵士からはアリスと呼び捨てにされていた。
 他には、自分は王女様だと言い張る娘がいて、周囲からはお嬢様と持ち上げられていた。お嬢様は見習い隊員でありながら個室を与えられている。勤務初日にミユウが覗いた二段ベッドの部屋に住んでいたのだったが、もっと大きい部屋に移った。引っ越しの時にはお嬢様のドレスを運ばされた。百合の花の刺繍が施されたみごとなドレスだった。確か、ルーラント公国の王室の紋章は「白い百合」だったはずだ。王室の紋章を使うのを許されているとなると、それなりに地位の高い貴族の出身であろうと思われた。
 守備隊を仕切っているのは司令官のエルダだ。これも指揮官から司令官に昇格した。エルダは煌めくような美人だった。透き通る白い肌、高い鼻筋、理知的な瞳。髪はきっちりショートカットにしている。その美しさに、敵ながら思わず惹きつけられそうになった。
 司令官に近づくのは慎重しなければと思い、先輩のメイドから情報を集めた。聞き込みを続けたところ、守備隊の人事を刷新したのは司令官の意向だった。前の隊長を解任して監獄に押し込んでしまったのだ。勝ったからといってやりたい放題、何でも好き勝手に振舞っているようだった。

 司令官も気になるが、それよりも大事なのはシュロス月光軍団の捕虜の安否である。
 捕虜になったのは二人で、月光軍団副隊長のフィデスと配下のパテリアだった。牢獄に押し込められているのではと案じたが、そうではなくて兵舎の一室に軟禁されているようだった。
 とりあえず捕虜が無事だと判明したのは朗報である。潮時を見てカッセルを抜け出しシュロスの城砦の月光軍団に報告することにした。
 だが、せっかく兵舎の奥深くまで潜り込んだのだから、偵察だけで済ませるわけにはいかない。守備隊の幹部を、できれば司令官か隊長を殺害して月光軍団の仇を討ちたい。
 しかし、ミユウは偵察は得意だが暗殺となると不得手だった。士官学校では暗殺の方法までは教えてくれなかった。というより、変装には熱心だったが、格闘技の訓練はサボっていただけだ。

 ミユウはパンとジャガイモをのせたトレイを運んだ。監獄にいる囚人、三人分の食事だ。囚人とは守備隊の前隊長たちである。古参のメイドがこの仕事を嫌がったので新入りのミユウが届けることになった。
 獄舎の入り口で足を止めた。奥の方から言い争う声が聞こえる。囚人たちが揉めているようだ。
 鉄格子の中で監視兵が囚人を蹴飛ばしているのが目に入った。外の廊下にも一人立っていて逃げられないように見張っている。投獄されているとはいえ前隊長たちなのだから、もう少し丁重に扱ってもよさそうだがと思った。
 倒れた囚人の頭を踏み付けたまま監視兵が振り返った。
「おっ・・・」
 それはカッセル守備隊の司令官エルダだった。
「ロッティーは外にいろって言った・・・」と言いかけてメイドだと気が付いた。
 エルダは両手を腰に当てた。
「メイドか」
 靴は倒れた女の頭に乗せたままだ。暴行しているのを見られたにもかかわらず、隠そうともしない、むしろ誇示しているかのようだ。
「食事を届けるように言われました」
「見かけない顔ね」
 エルダにはまだ顔を覚えられてはいなかった。
「初めてお目に掛かります。つい最近、雇われた者です」
「新入りに運ばせたのか。まあ、古くからいるメイドが、こんなところを見たらビックリするだろう」
 驚いたのはミユウの方だ。図らずも敵の司令官と遭遇してしまったのである。

 エルダが牢獄に入れと言った。ミユウは念のため廊下に立っている見張りに視線を送ってから、トレイを抱えて鉄格子の中に入った。それとなく見回して位置を確認する。捕らえられているのは三人、頭を踏まれているのが一人、他の二人は縛られて部屋の隅の壁際にいた。
「名前は・・・」
「はい、ミユウと申します」
「エルダ、ここの司令官よ」
 エルダはミユウが持っているトレイをひったくるように奪い取り、
「ありがたく食べなさい」
 そう言ってトレイを床に叩きつけた。パンは転がりイモは潰れた。
「あらら、手が滑っちゃったわ。コイツらには残り物でも食わせておけばいいのに、パンとイモなんてもったいないなあ」
 エルダはケラケラと笑っている。投獄されているのは元の上官たちだ。食べ物を床に投げつけるとはいくら何でも酷い扱いではないか。ミユウは床に落ちたトレイを拾い上げて小脇に抱え、転がったパンに手を伸ばした。
「余計なことはするんじゃない」
 一喝された。言い方もキツイがエルダの表情が険しくなった。
「私たちを戦場に置き去りにして逃げたんだもの、コイツらは裏切り者、卑怯者なのよ」
 足元に倒れているのが前隊長のリュメック・ランドリー、縛られているのは副隊長のイリングと部下のユキということだった。これが戦場から逃亡した者の成れの果てだ。
「廊下にいるのはロッティー」
 エルダが指差した。
「元は隊長の仲間だったの。だけどリュメックに見放されて一緒に戦場に置いてけぼりにされたわけ」
 ロッティーという見張りの兵は前隊長の配下だった。
「良かったでしょう、私たちの仲間になって。ロッティー、本当だったら、あんたも一緒に監獄に入っていたんだよ。それが今では城砦監督にしてあげたんだもの。感謝しなさい」
 やはり人事はエルダが好き勝手に決めているのだった。
「監督の仕事は囚人の見張り番だけどね」
 詳しい事情は知らないが、ロッティーという隊員にしてみれば幹部職に就いているのは幸運と言うべきだろう。その仕事が元の上官の監視役であったとしてもだ。これもエルダがその役目を押し付けたのに違いない。ミユウはますますエルダが残忍な女に思えてきた。
「隊長さん、おっと、前の隊長さん。お腹空いてるでしょう、早く食べなさいよ」
 司令官のエルダはリュメックを痛め付けることに嬉々としている。しかも、ミユウに背を向けていて無防備な状態だ。
 襲撃のチャンスだ。背後から襲いかかって司令官を殺害し、拘束された囚人を自由にする。そのあとで味方同士での闘いが始まるだろう。
 しかし、見張りのロッティーが邪魔だった。

 その時、
「エルダ、死ねっ」
 副隊長のイリングがエルダに飛び掛かった。
 ミユウはとっさに手にしていたトレイで防いだ。
 自分ではなくエルダを守った。
 ガツン
 ミユウが差し出したトレイが顔面に当たりイリングがひっくり返った。
「やったわね」
 エルダはイリングに跨って右手を首に押し付けた。
「ギャン」
 イリングが弾かれて壁際まで飛んだ。目には見えなかったが、まるで指先から稲妻が発射されたかのようだった。
「バカ、ぶっ殺されたいのか」
 エルダは右手を振っていたがミユウに気が付くと、
「ちょっとした魔法よ」
 と言った。
「ありがとう、ミユウ、あんたのおかげで助かったわ」
「お怪我はありません・・・か」
 語尾が掠れた。
 こともあろうに、バロンギア帝国の偵察員ミユウはカッセル守備隊の司令官を助けてしまったのだ。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 ミユウとエルダの初対面の場面です。今回を境に、物語の中心がカッセルからシュロスへと移り変わっていきます。ミユウはこの先、第五巻までずっと長く活躍します。

 


連載第34回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-01 13:40:04 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 6話

 第四章【フィデスの独白ー2】

 それから私たちの捕囚生活が始まりました。
 カッセルの城砦に連れてこられた最初の夜は牢獄で過ごしました。捕虜になったのですから覚悟はしていましたが、寝床には藁が敷かれていて、身体に掛ける布も用意してありました。食事はパンと温かいスープを出してくれました。おそらくこれもマリアお嬢様の心遣いなのでしょう。

 しかし、一夜明けたら、やはり捕虜の扱いでした。
 翌日、私たちは兵舎の広場に縛り付けられました。さっそく拷問を受けたのです。ところが、私たちだけではなく、マリアお嬢様とお付きのアンナさんも一緒だったのです。なぜ、この二人が縛られたかというと、兵士のベルネが出陣前にそう決めたからでした。ベルネは嫌がるお嬢様を無理矢理に縄で括り付けました。お嬢様は敵の悪い人よりもよっぽど怖いと泣いていました。

 縄が解かれると、私はアリスとエルダに呼び出されました。もう一人の捕虜のパテリアはベルネたちに連行されてしまいました。別々に取り調べられるのです。

 そこは兵舎の二階の奥で、広さや造りは幹部級の部屋のようでした。椅子や机があり、絨毯も敷いてあって暖炉も設えてあります。豪華な部屋ですが、どことなく殺風景な感じを受けました。
 私はエルダの足元の床に座らされました。
 勝ち戦さで凱旋し英雄気取りのエルダです。エルダは明るい顔をしています。うっすらと紅を引いているようです。
 開口一番、エルダは、自分は司令官になり、アリスは守備隊の新隊長に就任したと言いました。
「私たちを戦場に置いていった隊長は、その職を解いたわ。代わってアリスさんが隊長になりました」
「今日からはあたしのことは隊長様と呼んでね。凱旋将軍様でもいいわ」
 アリスは得意げです。
「就任おめでとうございます、アリス隊長様」
「キャハ、初めて言われた。だってうちの隊員は誰も隊長って言ってくれないんだもの」
 勝利したのをいいことに前の隊長を解職したり、二人はカッセルで何でもかんでもやりたい放題のようです。
「この部屋も前の隊長の部屋だったのよ」
 立派な部屋だと思ったのは隊長室だったからでした。では、職を解かれた前隊長は部屋を明け渡してどこへ行ったのでしょうか、疑問に思いました。
「前の隊長のことはこっちの問題だから、フィデスさんには関係ないことですけどね」
 ひょっとして、きちんとした手続きを経たのではなく一方的に解職したとか、それとも城砦から追放してしまったのかもしれません。
「フィデスさん、昨日はごめんなさい、牢屋に入れちゃって。今夜からこの部屋を使ってください。あなたのために急いで準備したのよ」
 私の聞き間違いかと思いました。何と、この大きな部屋を使ってもいいというのです。もう牢屋からは解放してくれました。ですが、急いで準備したというのが気になりました。掃除が行き届いているところをみると、隊長の持ち物などをすべて片付けてしまったのでしょうか。
 まさか、前の隊長の身柄までも処分・・・
 怖くなったのでパテリアのことを尋ねました。
「一緒に捕虜になったパテリアはどこへ行ったのですか」
「心配しないで、ベルネたちが町を案内しているわ。酒場に行ったか、屋台で盛り上がっているはずよ」
 パテリアが無事なようなので安心しました。
「うれしいわ。フィデスさんを捕虜にできて」
 エルダが覗き込みます。
「フィデスさん、私のモノになりなさい」
「・・・はい」
「私・・・フィデスさんのことが気に入ったんだ」
「はあ」
「フィデスさんが好きになったの」

 おかげでカッセルでの捕囚生活はむしろ楽しいものになりました。私たちはかなり自由を与えられました。部屋の扉は施錠されず監禁されることはありません。監視付きという条件でしたが、カッセルの城砦の中はどこへでも出かけてもよいと言われました。
 食事は食堂で守備隊の隊員と一緒です。メイド長が休暇をとって不在なのでイモの皮むきや皿洗いの仕事を与えられました。隊長になったばかりのアリスさんも「新しいメイドを雇ったのに」とボヤキながらカマドの掃除を手伝っていました。捕虜の生活に慣れてきたら畑仕事や水汲みなどをするように指示されました。それくらいの労働はシュロスの城砦でもやっていましたので平気です。
 これほど優遇されたのは、撤退の際に、私の部下のナンリが頭を下げてエルダさんに頼み込んでくれたからでした。いい部下を持って幸せです。しかもアリスさんの計らいで捕虜の期間は長くても二十日程度と決められました。それを聞いてパテリアと抱き合って喜びました。


 パテリアはスターチさんやお嬢様と一緒に酒場へ行ったそうです。女王様ゲームという遊びをして、マリアお嬢様が勝ったのでマリア女王様に出世しました。そうしたら、お付きのアンナさんに「十年早い」と言われ、結局は王女様ということで落ち着いたというのです。
 それでもマリアお嬢様は「私は王女様なのよ」と大喜びでした。
 ベルネさんは酒場の支払いをお嬢様に押し付けました。そこは貴族のお嬢様、ではなく、王女様はポンと全額を払ったそうです。

 

 翌日、私はパテリアを連れてマリアお嬢様の部屋に挨拶に伺いました。見習い隊員とはいえ、貴族のお嬢様には特別に個室が与えられていたのです。
 お付きのアンナさんがお茶とお菓子を用意してくれました。
 お茶が運ばれてくるとお嬢様は床に腰をおろしました。これには驚きました。私がこれまでに会った貴族の人たちはたいてい偉そうにしていて、部屋では椅子に座っていたからです。こちらは床に膝を付き平伏しなければなりませんでした。マリアお嬢様が平民と同じように床に座ってくれたことに感激しました。
 ところが、
「戦争で頑張ったから足がパンパンなのよ」
 と言って、こちらに足を投げ出しました。なんのことはない、床に座ったのは私に足を揉ませるためでした。
「はいはい、お嬢様」
 私はお嬢様の足を揉んで差し上げました。捕虜ですからこれくらいは仕方ありません。私が足を揉んでいるのにもかかわらず、パテリアはというと、お嬢様と並んでお菓子を食べています。その様子は仲の良い友達みたいです。
「お嬢様は戦場から帰って逞しくなりましたね」
「そうなんです、辺境に身を置くのも花嫁修業の一つです。なにしろ、宮殿にいた・・・いえ、お屋敷にいたころは一日中寝そべっていたくらいですから」
 アンナさんが言うようにお嬢様は辺境に花嫁修業に来ているのでした。
「ここでは花嫁修業ができていいですね」
「バッチリです」
 お嬢様は得意顔です。
 その傍らではアンナさんが裁縫を始めました。お嬢様の玩具、人形の首が取れてしまったのを胴体に縫い付けているのでした。壊れた人形を大切にして直しているのには感心しましたが、お嬢様はこれも人任せにしています。裁縫も花嫁修業の一つなのだけどと思いました。

 ・・・私はエルダさんと親しくなりました。
 親しくというのは、それは女性同士で愛し合ったのです。
 きれいな顔がすぐそこにあります。私は指でエルダさんの顔を、鼻を唇を触れていきます。なんと美しい顔でしょう。見ているだけで心がときめきます。
 エルダさんが私を抱きしめ、そして、唇を重ねてきました。
「ああ、フィデスさん、好きよ」
 敵として戦ってきた者が抱き合って愛し合うのです。それは、戦場にいた時には考えもしない夢のようなひと時でした。

 

<作者より>

 本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。第二巻は場面があちこちに飛びますので、分かりずらいところがあるかもしれません。

 今回掲載した部分で、マリアお嬢様が人形を修繕する場面、実際にはお付きのアンナに針仕事を任せているのですが、ここは後々の伏線になっております。次の第三巻で解決? しますので、それまでお待ちください。

 

 


連載第33回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-31 13:31:15 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 5話

 第三章【チュレスタでの出来事】②

 

 ローズ騎士団の隊列は動く宝石のようだった。
 銀色に輝く鎧兜に白いマントを翻し颯爽と歩く姿に、沿道からは歓声が上がった。
 副団長のビビアン・ローラを先頭に、参謀のマイヤール、副将格のシフォン、文官のニコレット、団員のハルナ、ミズキたちが続く。中でも今回の遠征を取り仕切る副団長のビビアン・ローラは一際目立つ美しさで周囲を圧倒している。金髪をなびかせ、自慢の脚線美を惜しげもなく見せつけていた。

 ローズ騎士団の一行が到着したチュレスタの町は賑やかだった。宿はどこも満室で三軒続けて断られてしまった。
 バロンギア帝国州都軍務部所属のスミレ・アルタクインは、温泉街の外れまでやってきた。そこには王宮から到着した荷馬車が駐屯していた。六台ほどの馬車が見える。情報によると騎士団の着替え、ワイン、菓子類などが積まれているのだった。ところが、馬車の見張り番は車座になって酒盛りをしているではないか。こんな緊張感に乏しいことでは困る、荷台には州都の金庫から運び出された金貨や銀貨も収められているのだ。
 ローズ騎士団の視察旅行には想定外の費用がかかっていた。チュレスタに宿泊するのに合わせて、州都の軍務部にも追加の費用を届けるようにとのお達しがきた。無理難題ではあるが、王宮の親衛隊からの要求では断ることはできなかった。
 そこで軍務部では調査のための監察官を派遣することになった。この役に指名されたのがスミレ・アルタクインだった。
 監察とはいえ、王宮の親衛隊に対して金銭の使い道の是非を指摘するようなことはできない。あくまでも動向を「観察」して報告するだけだ。なにしろローズ騎士団はどこにいても目立つので、否が応でも目に入って「観察」ができる。
 チュレスタに宿泊したのち、ローズ騎士団はシュロスの城砦へ向かう予定になっている。
 スミレが監察役に応募したのは、シュロスには士官学校の先輩のナンリがいるからでもある。ナンリは優秀な先輩であったが、士官学校を卒業後は辺境の城砦に勤務を希望した。お互い辺境州にいるものの会うのは久しぶりだった。

 チュレスタに来てみれば多額の費用の要求も納得した。隊員と世話係など三十人ほどだったが、宿屋を十軒も借り切っていたのだ。おかげでスミレは今夜の宿がまだ見つかっていない。
 そういえば、温泉街の通りで三人組の女を見かけた。近くで見たのではないけれど、三人が着ていたのはバロンギア帝国の軍服か、あるいは工兵の作業服のように見えた。キャアキャアと騒いでいたので、兵士ではなく、まして、騎士団を迎えに来ているのではないことは明らかだった。それでも、軍服が横流しされているとしたら、それはそれで問題だ。
 三人は客引きらしい女に声を掛けられて一軒の宿に入っていった。運よく宿が見つかったのか、あるいは下働きにでも雇われたのだろう。それより、今夜泊まるところを見つける方が先決だ。スミレはマントをしっかり羽織り、フードを被り直して宿を探すために歩きだした。

     *****

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは風呂上りに身体を揉ませていた。
 ここのマッサージ師は揉み加減が良く、つい居眠りしそうになった。王宮から帯同してきたメイドのレモンよりもずっと役に立つ。
「おっ、そこ、いい」
 ふくらはぎを押されて思わず声を漏らした。
「気持ちいい、こんなの初めて」
「ありがとうございます、わたしは東洋の指圧という施術を学びまして・・・」
 カッセル守備隊の三姉妹は、それぞれの持ち場に分かれてローズ騎士団の動向を調べていた。エリオットとクーラは宿の配膳係になり、レイチェルは馬車の世話係に潜り込んだ。
 マーゴットは得意の魔術を活かしてマッサージ師になりすました。寝台に寝ているのはローズ騎士団副団長のビビアン・ローラだ。美人でスタイルは抜群だが、どことなく険がある。
「お前を専属にしてもいいよ、レモンはクビにするわ」
 寝台の側では王宮から来たメイドのレモンがローラの脱いだ服を畳んでいた。

 そこへ参謀のマイヤールが入ってきた。マイヤールもローラに引けを取らない超絶美人である。
「ローラ副団長、シュロス月光軍団が・・・」
 マイヤールはマッサージ師に気が付いて、あっちへ行けと手を振った。
「月光軍団がどうかしたの。迎えに来たのなら待たせておきなさい」
「それが、ルーラント公国の軍隊と戦って、負けたという一報が入りました」
「なんですって! 」
 ローラは驚いて跳ね起きた。話の邪魔になるのでメイドのレモンも部屋の外へ追い出した。レモンが廊下に出ると先ほどのマッサージ師が立っていた。マッサージしていた時とは打って変わって眼光が鋭く、副団長のいる部屋の中を窺っているように見えた。

「それでどこの軍と戦ったの?」
「カッセル城砦の守備隊だそうです」
「私たちを出迎えもせずに、いったいどういう事よ」
 自分たちが来るのを知っていながら出陣し、しかも敗北するとは、スワンのヤツ、とんでもないヘマをやってくれたものだ。
「シュロスへ行ったら隊長を取り調べましょう」
「取り調べどころか牢屋に入れてやる、死刑でもいいくらい」
 ローラの顔がきつくなった。
「なんだっけ、その、敵の・・・ナントカ軍」
 頭に血が昇って月光軍団が戦った相手の名前が出てこない。
「カッセル守備隊です」
「それ、その守備隊とやらを叩きのめそう」
「副団長、いきなり戦うのですか。きれいな衣装が汚れちゃいますよ。それに、鎧兜や武器は軽装しか持ってないし」
 美人のマイヤールはローズ騎士団の衣装が汚れるのを気にした。
「急いでシュロスの城砦に行って対策を立てましょう」
「イヤ。温泉に入れなくなるじゃん。せっかくのんびりしていたのに休暇が台無しだわ。まったく余計なことしたものね」
「では、情報の収集は文官のニコレットさんに任せるとして、副団長は明日も温泉ですか」
「あたりまえ」

「・・・そんなこんなで、ローズ騎士団にも月光軍団の敗戦が伝わったのですが」
 三姉妹とエリオットはお互いの情報を持ち寄って作戦会議を開いた。マーゴットは立ち聞きしたローラとマイヤールの会話を報告した。
「明日も温泉でまったりするそうです。一大事だから急いでシュロスに行くかと思ったのですがね」
「おかげで作戦が立てられる」
「こっちは人数が少ないから、ゲリラ戦か奇襲攻撃でいこう」
「といっても、宿屋を襲撃するのは無理だ」
「そうだ、馬車だよ」
 レイチェルが閃いた。
「荷馬車が六台もあって衣装とかお金がぎっしり詰まってる。それを奪い取っちゃいましょう」
「荷物を横取りするか・・・それがいい。騎士団は困るだろうね」
「昼間からお酒は飲むし、豪勢な焼き肉パーティーやってるんだもの、お金が幾らあっても足りないわ」
「ところで、この四人で、どうやって馬車を襲うの」
「そこはね、山賊屋さんにやってもらうんです。ここへ来るとき出会った山賊屋さんが、温泉の湯治客の財布を狙うとか言ってたから、ローズ騎士団の馬車に金貨があると知ったらゼッタイにやってくれます」
「それがいい、さすがは山賊の嫁だ」
 作戦がまとまった。
 山賊たちをローズ騎士団の馬車の運転手として潜り込ませることにした。馬車の警備兵にマーゴットが調製した薬草を入れた酒を飲ませる。警備兵は体調不良になり、代わりの警備兵をかき集めなくてはならない。そこで山賊が採用され馬車の運転や警護に就くというわけだ。これで難なく荷物を奪いとることができる。

 レイチェルは温泉街の外れに潜んでいる山賊を尋ねた。
「奪うのはお金とお酒だけです。金貨や銀貨を手に入れれば、当分、仕事しないでも暮らせますよ。山賊屋さんのような危険な仕事はやめてください」
「任せておけ、レイチェル。やっぱりお前は山賊の嫁に向いてるわ」
 山賊の首領ミッシェルが荷物の強奪を請け合ってくれた。

    *****

 バロンギア帝国州都軍務部から派遣されたスミレのもとにも月光軍団が敗北したという情報が入った。真偽を確かめるべく、ローズ騎士団の荷馬車を警備する兵に尋ねたところ敗戦が事実であることが判明した。
 騎士団が来訪するというのに出陣していたとは何という誤った選択をしたのだろう。誰か止める者はいなかったのか。ナンリは大丈夫だろうかと、幾つもの疑問と不安がわいてきた。
 一刻も早くシュロスへ行きたい。ところが、ローズ騎士団は敗戦を知ってか知らぬか、予定通りもう一泊するようだ。

 スミレは騎士団の泊っている宿を監視した。
 メイドが玄関を掃除していた。例の三人組の一人だ。どうやら宿屋の世話係に雇ってもらったとみえる。そこへ他の二人が現れ、三人で何か相談していた。ときどき辺りを警戒して気にする怪しい素振りをみせた。もっと近くへ寄ろうとした時、玄関から騎士団の隊員が出てきた。非常事態にもかかわらず町へ繰り出そうというのだろうか。三人組は素早く身を翻して左右に消えた。その様子から、ただのメイドではなさそうだと思った。
 偵察しているのか・・・もしかしたら、ルーラント公国の偵察員だろうか。
 スミレは部下のミユウを思い出した。
 ミユウはカッセルの城砦に潜り込んで敵情を偵察しているはずだ。この時期にカッセルの城砦に潜入できたのは願ってもないチャンスである。
 偵察だけでなく、何か敵陣を混乱させるような策を取ってくれればいいのだが・・・

 

<作者より>

 東部州都軍務部に所属するスミレ・アルタクイン、以前にもちょっとだけ出ていましたが、本格的に登場しました。物陰からレイチェルたち三姉妹を見ている場面、ここではまだカッセル守備隊の隊員とは気が付いていません。