新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 4話
第三章【チュレスタでの出来事】①
チュレスタ超特急と言いたくなるほどの速さで温泉街に着いた。
「「「ありがとう、山賊屋さーん」」」
三姉妹が声を揃えて言うと、馭者の山賊がシーッと唇に指を当てた。
「小さい声で言ってくれ。山賊と知られたら商売がやりにくいんだ」
馭者台に座っていた首領のミッシェルが振り返った。
「あんたたち、帰りも乗せてやろうか、しばらくは温泉街の外れに停まっているよ」
「こっちは温泉客の懐を狙うって寸法さ」
「黙っていろ」
首領のミッシェルが余計なことを言うなと髭面の山賊を睨んだ。
「帰りも頼むよ、馬車に乗せておくれ、山賊のやまちゃん」
「やまちゃんだと、そんな呼び方するなら、お前たちなんか二度と乗せてやるもんか」
「そんなー、レイチェルが嫁に行きたいって」
「言うてない」
レイチェル、マーゴット、クーラの三姉妹は月光軍団との戦いに勝利したご褒美にチュレスタでの休暇を与えられた。カッセルの城砦には戻らず、温泉でゆっくり過すのだ。途中の山道で山賊に捕まったが、それは以前レイチェルを襲った山賊だった。チュレスタの温泉に行くところだと言うと馬車に乗せてくれた。
「山賊に知り合いがいるとは」
「それも、山賊の嫁だったなんて」
「違いますねん。嫁なんか、なりとうないわ。あたしより、ベルネさんの方がいいじゃん」
「ベルネさんは嫁というよりは女山賊だね」
そうこうしているうちに温泉宿の通りにやってきた。道の両側には立派な構えの宿が立ち並んで客引きの呼び込みが賑やかだ。月光軍団から奪った作業服に着替えているけれど、それでも髪はボサボサ、顔も日に焼けている。戦場帰りの三姉妹はどことなく引け目を感じた。この先、エルダから渡された路銀で間に合うかどうか心配になってきた。早く宿を決めて温泉に入りたいのだが、宿の客引きは薄汚い三姉妹には声をかけてくれない。
大きい宿は諦めてこじんまりした宿を見つけ、今夜の宿泊を頼んだのだがここも断られてしまった。
「あかん、断られてしもうた。団体さんが来るからどこも満室なんだって」
「レイチェルの話し方がおかしいからだ」
「すんまそん」
レイチェルは変身した副作用が現れて話し方がヘンになっている。宿屋の主人に怪しまれてしまった。
「あーあ、また野宿か」
「せめて温かい食べ物が欲しいなあ」
三人が、どこかに泊めてくれる宿はないかと、何度も通りを行ったり来たりしていると・・・
「あんたたち」と呼び止められた。
やっと声を掛けられたので振り向いた。
「「エリオットさん」」
そこに立っていたのはカッセル城砦のメイド長エリオットではないか。
「久しぶり~」「おっと、おっと、エリオット」
「あんたたち、会えてよかった」
「聞いてよエリオットさん。あたしたち勝ったんだよ。守備隊は月光軍団に勝ったんだよ」
「見せたかったでござるよ。三姉妹の大活躍を」
「みんな無事だったかい。怪我なんかしてないだろうね」
「この通りピンピンしてます」
「敵の兵隊は何十万人もいて、あちこちから矢は飛んでくるし大砲で撃ちまくってくるし、マジで凄かったんだから」
クーラは戦闘の様子を百倍くらい大げさに言った。
「あたしが尋ねているのはお嬢様のことだよ。怪我でもしていないかと心配なんだ」
「何だ、あんなに頑張ったのに」
「だから温泉でまったりしにきたんだよ」
「そうでありんす。あたしたちのお陰様で勝ったみたいなもんです」
「そういう時はお陰様とは言わないのよ。敵に勝ったというのも、指揮官のエルダさんの作戦が的中したんでしょ」
「ピンポ~ン」「大当たり」
「ところで、レイチェル、何だか喋り方がおかしくないかい」
「かわいそうに、大砲の弾丸が頭に命中したんです。だから今みたいに訳の分からないことばっかり言ってるんです」
「話は変わるけど、何でエリオットさんがここにいるの」
「やっと本題に入れた。待っていたのよ、あんたたちが来るのを」
「泊るところを予約してくれてたんだ」
「宿が見つからなくて困ってたのよ」
「で、どこに泊まるの」「ヤッター、お風呂だ」「布団で寝られるぞ」「枕投げだ」「焼き肉食べ放題」「ケーキは別腹」
「バカ者。お嬢様ではあるまいし、あんたたちには布団も肉も贅沢だ。ケーキなんかあるわけない」
「あれれ、何か変だな」
「いいかいよくお聞き。ここでは大きな声で『勝った』と言ってはだめだよ」
エリオットが声を潜めた。
「なんでまた、そんなご注意を」
「明日、バロンギア帝国のローズ騎士団がこのチュレスタの温泉に来るんだよ」
「ローズ騎士団!」
クーラが叫んで慌てて口元を押さえた。
「そうさ、月光軍団の次はローズ騎士団ということよ」
「ギクッ・・・ボーゼンとする」
「あたしが一足先にチュレスタに来たのはエルダさんの指令なのさ」
「どこかで聞いたことがあるような話だわ。あたしたちもエルダさんにここへ行けと言われた」
「やっぱり、言った通りだろう」
「ということは・・・もしかして、まさか」
「そうだよ、ようやく分ったみたいだね。あんたたちはお客様ではなくて、温泉宿のメイドとして働くのよ。宿に潜入してローズ騎士団のことを探るってわけさ」
「最悪」
「メイドになるんだから、まずはその服から着替えなさい・・・それ、カッセル守備隊の軍服じゃなさそうだね」
「これ、月光軍団からいただいたの。新品だよ」
「エリオットさん、私たち、着替え持ってないんですけど」
「任せなさい、メイド服ならちゃんと用意してきた」
「「手回しが良すぎる」」
三姉妹は温泉で寛ぐどころか、メイドになってローズ騎士団の動向を調べることになった。
<作者より>
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レイチェルたち三姉妹がエリオットと出会ったこの場面、この様子を別の角度から見ている人物が・・・