かおるこ 小説の部屋

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連載第47回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-17 13:25:47 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 19話

 第十一章【捕虜の取調べ】②

 フィデス・ステンマルクが通されたのは隊長室だった。スワン・フロイジアが使っていた部屋だ。もう亡くなっているので部屋の主は不在となった。そこを騎士団が使用しているらしい。それだけでただならぬ雰囲気を感じた。

 部屋に入ってきた時からすでに足元が危うかった。背が高く、長い脚だけに余計にそれが目立つ。
 これがローズ騎士団なのか。確かに美人だ。キリリとした顔、つり上がった眉、目力が半端ではない。
 副団長ビビアン・ローラは椅子に座ったが、すぐに椅子が固いと言って立ち上がった。
「レモン」
 入り口に立っていた二人のメイドのうち小柄な方を呼んだ。
「椅子よ、椅子。ウイッ、いつも言ってるでしょ、レモン、気が利かないねえ」
 このメイドたちは騎士団が連れてきたのだろう、シュロスではこれまで見かけたことがなかった。ローラが命じるとメイドのレモンは床に膝と両手を床に付いた。
 フィデスが何が始まるのかと訝しく思っていると、ローラはメイドの背中に跨った。
「おっと・・・とっ」
 勢いが良すぎてローラがバランスを崩した。
「椅子が動くって、バカ、そんなことは聞いてないれす」
 人を椅子にするとは、自分の召使いだとしても何と酷いことだ。
「立ってないで、あんたは、そこ」
 参謀のマイヤールが床を指す。フィデスには床に座れと言うのだ。これも屈辱的な仕打ちだが、メイドを椅子替わりにする異常な状況を見せられては受け入れざるを得なかった。カッセルで貴族のお嬢様が床に座り、捕虜のフィデスと対等な目線で話してくれたのを思い出した。
 フィデスは言われるままに膝を折って床に座った。目の前には椅子にされているメイドが、そしてローラの長い脚があった。

「ローズ騎士団副団長、ビビアン・ローラ様よ。頭が高い」
 参謀のマイヤールに言われて頭を下げた。
「月光軍団副隊長フィデスです。カッセル守備隊に捕虜になっていましたが・・・」
「お黙り、誰が口をきいていいと言ったの」
 いきなり咎められてビクッと震えた。
「は、はい、すみません」
「お前、よくヌケヌケと戻ってこれたわね。負けたうえにだよ、ウ~イ、捕虜になって、あのさ、恥ずかしくないの」
「申し訳ありません」
「捕虜になっていたっていうのは、ウ~イ、その、ほんろうかって訊いてんの」
 本当と言うつもりが呂律が回らなくなって「ほんろう」になった。
「ローラ様は、本当に捕虜になっていたのかと尋ねているのよ」
 参謀のマイヤールがローラの言ったことを通訳した。
「元気そうだし。だって、月光軍団の参謀や部隊長は大怪我してるのに、捕虜が無傷だなんておかしい。そうですよね、ローラ様」
「そういうことれす。向こうでさ、何してたの。捕虜なんて鎖で縛られるとか、拷問とかさ、監獄にぶち込まれちゃうんじゃないの」
 鎖、拷問、監獄、どれもこれもローラが自分でやっていることだ。
「炊事や農作業はさせられましたが、縛られることはありませんでした」
「あれ、縛られなかったんだってさ。そりゃあ、良かったですねえ。ふふん、それでもって、帰る時は馬車に乗せてもらったって言うじゃあ~りませんか。こっちなんか散々だった、川にドボン・・・」
 酔いが回ってきて自分たちが山賊に襲われて川に転落したことまで喋るところだった。
「何でもございません・・・捕虜にしては、やけに良い待遇だったらしいから、あんたが羨ましくなっちゃったぁ」
 ローラが伸びあがった拍子にレモンがバランスを崩した。
「おおっと・・・椅子が揺れるから、ちょっとばかし目が回っちゃいました」
 ワインで酔っているのだが身体がフラつくのをレモンのせいにした。

「ダメだよコイツは・・・そこの、その新入りに交代」
 もう一人のメイドが手招きされた。
「ミユウ、ご指名だよ。雇われてそうそうにローラ様の椅子になるんだから光栄だと思いなさい」
「はい」
 メイドのミユウがレモンの側に膝を付いた。
「レモンさん、あたしが代わります」
「ありがとう、ミユウちゃん」
 ミユウはレモンと同じように椅子の姿勢をとったが、慣れていないのでどことなくぎごちない。ローラがミユウの背中に座り直した。
「あっ、うくく」
 初めての経験にびっくりして呻いたものの、ミユウは何とか椅子の格好を崩さずに踏みとどまった。レモンよりは身体能力がありそうだ。
「そうです、新入りはこれくらい頑張りましょう」
 ローラはミユウを押し潰すかのようにグイグイと揺すった。
「潰れないように頑張ってよ、お前には期待しちゃっているんだから、いいメイドだよね~」
「はいっ・・・」
 ミユウは顔を歪めながらも懸命に耐えている。
「あ、ありが、とう、ござい・・・ます」
 フィデスは椅子にされた二人目のメイドの顔に何となく見覚えがあった。カッセルで捕虜になってすぐの頃、エルダが部屋に連れてきたメイドがいた。その後は顔を合わせることはなかっが、四つん這いになっているのはカッセルで見たメイドのような気がする。カッセルからシュロスへ流れて来たのだろうか。
 それにしても、酷い取り調べの仕方だ。パテリアのことが心配になった。パテリアは別々に事情を訊かれているのだ。問い詰められて、酒場に行ったことなどを話してはいなければいいのだが。

「副団長、取り調べを続けてください」
「ヤメた。だって、のんびりしてたところへいきなり帰ってくるんだもの、もっとワインを・・・」
「それでしたら、尋問は切り上げて、手短にご採決を」
 参謀のマイヤールはローラがすっかり酔っているので手短にと催促した。
「ええと、誰だっけ、この人、そうれした、州都の監察官だった。お前、こっちのこと探っているんだよね。スパイだってことはとっくにバレバレだ」
 スミレと聞いて椅子になっているミユウがピクリとした。
 フィデスもそれを聞き逃さなかった。
 州都から監察官が来ているようだ。おそらく月光軍団の敗戦の調査が目的だろう。州都の軍務部による尋問、調査であれば素直に応じるところだが、王宮のローズ騎士団から取調べられるのにはいささか疑問がある。
「副団長、監察官ではなく月光軍団の副隊長です。先ほどは・・・カッセルでの捕虜の期間に待遇が良かったというところまで訊き出しました」
「そうだ・・・やっぱり守備隊のヤツと楽しくお喋りして帰ってきたんだ。待遇がいいのは、裏切り者だからでしょう。やっぱり敵国でご親切にされたんだね」
 フィデスはバロンギア帝国の同胞に裏切り者と言われるのは心外だ。
「祖国を裏切るようなことはしていません」
「バカ、お前、アレ、戦場でアレを見逃しただろう・・・ウッヒ」
「カッセル守備隊の見習い隊員を助けたことよ」
 マイヤールが言った。
「そ、それはですね」
 フィデスは返答に詰まる。
「ほら、それだ。大当たりぃ」
 ローラがパチンと手を叩いた。
「何でも知ってるんだよ、こっちは。ウップ・・・敵を助けちゃったら裏切り者なんだよ。ゼンゼン反則で規律違反だって、さあ」
 ローラが前屈みになったのでフィデスに酒の匂いがする息が掛かった。
「あたしは、ワインなんか・・・飲んでないですよ~。お酒飲んで、違反しちゃって、何か文句ございましゅか」
「いえ」
「だからさ、正直に言ってごらん、敵を見逃したんでしょう」
 参謀のマイヤールが念を押した。
「カッセル守備隊の撤収部隊に甲冑を着ていない兵が数人いましたので・・・」
 お嬢様の顔が浮かんだ。
「アイツもそんな言い訳してた・・・すぐバレたくせに、ほら、お前の子分の、ええと、また忘れた。ちょっと飲みすぎたかなぁ、ナ・・・」
「部隊長のナンリですよ」
 参謀のマイヤールからナンリの名を聞いてフィデスは動揺を隠せない。
「ナンリはどこですか」
「聞いてなかったの? 規律違反で牢屋にぶち込んじゃったんだ。さっき言ったじゃん」
 ナンリが投獄された・・・聞き間違いではないのか。どうしてそんなことが起こるのだ。
「ナンリに会わせてください。私の部下です」
「どうしますか、副団長」
「いいれすよ、とことん会わせてあげちゃおう。というか、お前も同罪だから、仲良く牢屋に入っていればいい」
 ローラが人間椅子からふらふらと立ち上がった。
 椅子になっていたメイドがスッと起き上がった。その目付きはメイドにしては鋭く輝いていた。
     
 壊れかかった鉄格子の奥・・・ジメジメした暗い穴倉。岩肌が剥き出しの壁、天井からはポトリと水が滴っている。
 ナンリは長いこと使われていなかった土牢に放り込まれていた。
 何日経ったのか分からない、昼か夜かも定かではない。首輪を嵌められ、鎖で壁に繋がれている。自由になるのは一日に一回の食事の時だけだ。それがすむと、また鎖で縛られる。
 まるで獣だ。
 髪はバサバサになり服は擦り切れて、身体はどす黒く汚れた。唯一の救いは、騎士団のメイドのレモンが毎日食事を運んでくれることだ。焼き印を押し付けられた背中の痛みも和らいできた。もう一人のメイドが塗ってくれた薬が効いているのだ。本当に州都の外科医イサンハルのような名医だ。
 こんな身体でも治癒力は残っているようだ。このまま死んでなるものかと歯を食いしばった。

 ビビアン・ローラは機嫌よく鼻歌を歌っている。フィデスは後に付いて兵舎の裏手を歩いた。その先に何があったかを思い出してぞっとした。
「ここだよ」
 灰色のレンガの壁の前で立ち止まった。壁には腰までの高さの穴が開き、錆びて壊れた鉄格子が取り付けてある。階段は風化して崩れかけていた。地下牢へと続く階段だ。
 ナンリは地下の牢獄に入れられているのだ。フィデスでさえ一度も足を踏み入れたことのない地下牢に・・・
「ここよ、先に行きなさい」
 ローズ騎士団参謀のマイヤールに促されてフィデスは慎重に階段を下りた。一歩踏み出すたびに、その先はますます暗くなる。澱んだ空気、籠った湿気、すえた臭いが鼻をつく。
 こんなところにナンリがいるのか。
「・・・」
 薄暗い牢獄に何かが蠢く気配がした。
「うっ」
 鎖で繋がれ地面に転がっている人間。下を向いているので顔は見えない。
「・・・ナンリ」
 震える声で呼びかけると顔を上げた。
「 ? ? 」
「ああ、ナンリ」
 髪は乱れ顔は土で黒く汚れているが、間違いない、それは部下のナンリだった。

 ナンリが信じられないといった眼差しでフィデスを見つめた。言葉にはならず、動物のようなうめき声を発するだけだ。フィデスに近づこうとして踏ん張ったが鎖に引き戻され無様に倒れた。
「何でこんな酷いことをするのです。出してください、ナンリをここから出して・・・」
「出すわけないじゃん。お前も入るんだよ」
 ローラが階段の上から怒鳴った。

 ナンリは何度も格子戸の方を見た。
 しかし、そこには、その姿はなかった。今のは見間違いだったのだろうか。
 混濁した意識の中で、一瞬だけフィデスの姿が映し出された。
 カッセルに捕虜にされていたフィデスが帰ってきた。捕虜を勤め上げて生還したのだ。無事だったろうか、怪我はしていないか。
 こんなところにいる場合ではない。牢獄から出なければ・・・
 ダメだ。
 首が締まり、身体は繋がれたままだった。冷たい土間に岩の壁、絶望的な状況は何も変わらない。
 ・・・今のは、夢か、幻だったのか。
 そうだ、幻だ・・・
 フィデスさんなら、すぐにでも救い出してくれるはずだから。

<作者より>

 本日もお立ち寄りくださいまして、ありがとうございます。

 さて、【フィデスの独白ー1】で、フィデスは監獄入れられていました。しかし、捕虜となったカッセルでは、むしろ厚遇されたのでした。どこか矛盾しますね。ということは・・・



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