かおるこ 小説の部屋

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連載第37回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-05 13:26:21 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 第二巻 中編 9話

 第六章【スミレとナンリ】①

 月光軍団は三日を費やしてシュロスの城砦へ帰還した。出陣した兵のうち戻ってこれたのは八十三人、幹部で無事だったのはナンリだけだった。

 兵舎の病室は負傷兵で溢れていた。
 ナンリは医務室の廊下でじっと蹲っていた。怪我を負ったミレイやコーリアスを病室に入れ、負傷者の手当てに目途が付いたところで力が尽きてしまった。足も腰も踏ん張ることができないし、目は霞み頭がズキズキと痛んだ。
「ここにいたのね、ナンリ」
 フラーベルだった。城砦へ帰ってきてからフラーベルとはまだゆっくり話ができていない。
「ナンリが無事で良かった・・・私、心配で」
 フラーベルと抱き合っていると、帰ってきたという実感が湧いてきた。とたんに眠気も襲ってくる。
 よく無事で退却できたものだと思う。一人の脱落者も出さずにシュロスの城砦までたどり着いたのだ。その点はカッセル守備隊の指揮官エルダに感謝している。エルダはこう言った、撤退の指揮を執りなさい、だからナンリには手を下さなかったと。
 エルダは残虐なことをしたが、思い返すとそれも人を選んでいるかのようだった。自分を含め、敵の見習い隊員を見逃した者は戦闘終了後も無事であった。それに引き換え、守備隊のメイドや見習い隊員にきつい処分を下したミレイやコーリアスは暴行の的になった。
 捕虜も選んで連れて行ったのかもしれない。
 遠い空の下、フィデスさんは無事だろうか、パテリアはさぞかし寂しがっていることだろう・・・

 バロンギア帝国の州都軍務所属のスミレ・アルタクインは、ローズ騎士団よりも一足先にチュレスタを発ってシュロスの城砦へ向かった。騎士団の浪費の有り様を月光軍団に伝えようとしたのだ。守備隊に敗北した残務処理で騎士団の接待どころではないだろう、何かアドバイスはできないかと馬を急がせた。
 ところが、シュロスの城砦に到着したスミレが見たのは予想以上の惨状だった。月光軍団の隊長は戦死、参謀と副隊長は重症を負っていたのだ。
 居合わせた隊員にナンリの居所を尋ねると病室にいるということだった。病室と聞いて心配したが、ナンリは看護や治療に当たっているらしい。スミレが士官学校時代からの知り合いだと言うと、トリルという名の若い隊員は幾つかの重要な情報を教えてくれた。
 スミレは病室から出てきたナンリを呼び止めた。
「ナンリさん」
「おおっ、誰かと思ったら、スミレさんではありませんか」
 幸いにもナンリは大きな怪我は受けていないようだった。
 しばらくぶりの再会ではあるがスミレは挨拶もそこそこに、
「隊長には誠に残念な事でした」
 と悔やみの言葉を述べた。
「恐れ入ります。重大な損害を出してしまい申し訳ありません」
 ナンリが頭を下げた。
「ナンリさんはご無事で様子でなによりです」
「まだ報告をしていないのに、こんなにも早く州都の軍務部から派遣されてくるとは、それだけ責任を感じています」
「私が来たのは、この戦いの結末というよりも、むしろ・・・」
「というと・・・例の件ですね」
 ナンリの言葉にスミレは黙って頷いた。

 二人は兵舎の二階の図書室に行った。
 敗戦の混乱状態に置かれた城砦では図書室を利用する者などいない。ここならゆっくり話ができそうだ。
 図書室の壁には造り付けの本棚が設けられている。本棚に収められている本は古い物が多く、ところどころ隙間が空いていた。棚の隅には王都で発行されている新聞の束が無造作に積まれていた。隣の小部屋には木の樽が置かれているのが見えた。ワインの樽だ。ワインの樽は荷物を運ぶのにも利用されている。州都からこの樽に本を詰めて運んできたのだろう。

 スミレ・アルタクインはマントを脱ぎ、壁の吊るし金具に掛けた。軍務部所属とはいえ、軍服ではなく任務に合わせて白いシャツとスカート姿である。
 窓際の長椅子に並んで座るとフラーベルが紅茶を運んできた。
「フラーベルです。事務を受け持っています」
 フラーベルは文官らしく色白で美しい。
「州都の軍務部のスミレ・アルタクインです。ナンリさんにはお世話になっております」
「お世話になっているのはこっちの方だ。士官学校の後輩だけど、今ではずっと地位が高い」
 ナンリが言った。
「取り調べはお手柔らかにお願いします、スミレさん」
 文官のフラーベルはスミレが敗戦の調査に来たのだろうと思った。
「ご安心を、私が来たのは月光軍団の取り調べではありません・・・ここに来る前はチュレスタに滞在していました」
「ということは、ローズ騎士団に関する仕事ですね」
「そうです。なにしろ、州都にも多額の追加費用が求められましたのでね」
「こちらも、もともと城砦の財政状況は芳しくないところへもってきて、今度は接待ですので頭を痛めているところです」
 文官のフラーベルが窮状を訴えると、スミレは何でもお手伝いしますと申し出た。
「他にもいろいろお力になれるかもしれません、ナンリさん」
「ちょうど良かった・・・戦場での話、聞いてくれますか」

 それからナンリは月光軍団の出陣の経緯から戦闘終結までを語った。今回の敗戦に関して、いずれ州都の軍務部に呼び出されるだろう。遅かれ早かれ軍務部の耳に達するのである。
「今回の戦いは、カッセル守備隊の陣容が整っていないということもあったのですが、むしろ、王宮からローズ騎士団が来ると知って・・・」
 守備隊は司令官が不在で戦力が低下しており、敵を叩くには良い機会だった。だが、隊長のスワン・フロイジアの意向は、初めからローズ騎士団の出迎えを避けるために出陣するという点にあった。いざ戦端が切って落とされると、序盤は月光軍団が圧倒的に優勢だった。守備隊の隊長を追い詰め月光軍団の勝利は目前だった。ところが、しんがり部隊の指揮官を捕らえて帰還しようとしたとき、どこからともなく現れた黒ずくめの騎士によって形勢が逆転してしまった。隊長のスワンは命を落とし、参謀は負傷し、副隊長のフィデス・ステンマルクがカッセルに捕虜になった・・・
「・・・僅か十人ほどの敵に負けてしまったのです」
 話しながらナンリは何度か言葉に詰まった。捕虜になったフィデスの話になったときは一段と無念さを滲ませた。
「詳しく話してくださり、ありがとうございます」
「黒ずくめの騎士のことは信じてもらえますか。間近で遭遇したのだが、まるで怪物のようだった」
「そうですね・・・かつて、地下の世界に暮らす一族がいたと聞いています。この世には得体の知れないものが存在しているのでしょう」
「他の部隊の隊員が、その黒づくめの騎士が地下に潜ったのを見たと言っていました」
「ナンリさんのことですから、遭遇した怪物を剣で追い払ったのでしょう」
「それが・・・死を覚悟したのだが、どういうわけか、怪物の方から身を引いたようだった」
 ナンリはあの恐怖の体験を思い出して天井を睨んで考え込んだ。

 しばらく沈黙が続き、スミレは、
「今の話にはなかったけれど、ナンリさんは敵の指揮官たちを捕虜にしたのに若い隊員の手柄にしようとした、そうですよね」
 と話題を替えた。
「捕虜にはしたのだが、すぐに逃げられてしまった」
「守備隊の見習い隊員に寛大な処置をしたことも聞きました」
「スミレさんは、どこでそれを知ったのですか」
「トリルちゃんといいましたか、病室まで案内してもらうついでにいろいろと話をしました」
「お喋りだな、あとで注意しておきます」
 少しだけナンリの表情が緩む。
「見習い隊員というのは、お嬢様と呼ばれていた隊員のことです。敗走するしんがり部隊に、武装していない隊員が含まれていたので驚きました。着ていたのはメイド服だったのです。あれでは戦闘どころか、逃げるのにも足手まといだったでしょう。気の毒に思ったから、早くカッセルに帰れと言ってやりました」
「なるほど・・・私でも、たぶん同じように見逃したでしょう」
「あれを斬ったら、その方が軍法会議に掛けられそうだ」
 弱い相手を斬り捨てるようなことは忍びなかったのだろう。ナンリの強さと優しさの表れである。
「最後に残った部隊は戦闘員は数人だけしかおらず、お嬢様の他にも三人組の軽装備の者がいました」
「三人組? 」
 スミレの眼が光った。
「そうだ、三姉妹と名乗っていた。それがどうかしましたか」
「ナンリさん、偶然かもしれませんが、チュレスタの温泉で三人組の女の子を見かけました。その三人はバロンギア軍の作業着を着ていたようでした」
「チュレスタに三姉妹か・・・撤収前に工兵の作業服なども奪われたので、それに着替えたとも考えられます。ですが、チュレスタに行くよりは、一刻も早くカッセルに引き上げるはずです」
「その三姉妹の一人が騎士団の宿泊している宿のメイドになっているとしたら、どうでしょう・・・」
「ううむ、三姉妹をチュレスタに送り込んだのか・・・」
 ナンリが唸った。
「敵の指揮官はエルダといったが、すでに、ローズ騎士団がシュロスに来ることを掴んでいた。チュレスタに立ち寄る情報も事前に得ていたかもしれない」
「それは・・・カッセル守備隊の指揮官がナンリさんに話したのですか」
 スミレは驚いた。さらに尋ねると、ナンリがそれを聞かされたのは撤退する直前だったという。
「とはいえ、守備隊も大きな損害を出しているので、騎士団とは戦いたくないようでした」
 スミレはますます不審に思った。カッセル守備隊の指揮官は、何故、騎士団の一件をナンリに話したのか。自分たちの偵察能力を誇示したかったのだろうが、これでは手の内をさらけ出すようなものだ。ナンリを信用していなければ話せない内容である。見習い隊員を見逃そうとしたことへの感謝なのか。
「そろそろ、ローズ騎士団が到着の時間です」
 文官のフラーベルが言った。

 

<作者より>

 本日もお立ち寄りくだり、ありがとうございます。

 今回分もほぼセリフ劇といった感じですね。私は会話を書くとき、できるだけ相手の言葉に反対しないよう、そして、大声を出さないよう心がけています。

 



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