新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 18話
第八章【綿菓子攻撃】①
月光軍団の包囲網はますます分厚くなるばかりだ。
多勢に無勢、しかも、エルダたちが捕らえられていてはベルネもスターチも思うように手が出せない。ついに周囲を月光軍団に取り囲まれてしまった。
アリスの部隊、十二人は逃げ場を失った。
そこへ、シュロス月光軍団隊長スワン・フロイジアが颯爽と姿を現した。参謀のコーリアス、副隊長のミレイが左右を警護している。
百余人対十二人の勝負は決したのだ。
フィデスが捕虜に跪くように促し、エルダたち三人は地面に膝を付いて屈みこんだ。お嬢様もパテリアに手を引かれて連れてこられた。ベルネやロッティーは一角に追い詰められて剣を突き付けられている。
参謀のコーリアスは敵の人数が少ないことに不審を持った。せいぜい十人足らずではないか、こちらの十分の一にも満たない。さらに周辺の捜索を続けるように指示した。
「残存部隊は十二人、その内、この三人を捕虜にしました。戦闘員などは数名だけだと思われます」
フィデスが捕虜を示し、副隊長補佐のアリス、指揮官のエルダ、輸送隊の隊長カエデであると官職を明かした。
「輸送隊の隊長とは、なかなかの獲物ね」
隊長のスワン・フロイジアは馬を下りて捕虜を謁見した。
守備隊の隊長はまだ見つかっていないが、抵抗していた部隊を取り押さえることができた。しかも、副隊長や指揮官もいるとなれば捕虜としては十分だ。これでシュロスへ凱旋できる。
「指揮官に尋ねるわ、守備隊の隊長はどこに行ったの」
「退却しました。私たちは最後尾でしんがり部隊を任されたのです」
スワンにはたったの十二人でしんがりが務まるとは思えなかった。しかも、エルダも副隊長補佐も軽装備の具足しか着けていない。その背後にいる二人はメイド服である。
「そこにいるのはメイドのようだが、それも退却要員なの」
「見習い隊員たちです」
こんな者たちに撤退の最後尾を任せて逃げ出すとは、カッセル守備隊の隊長はよほど慌てていたのだろう。
こうなれば、生かすも殺すも、十二人の処遇はスワンの意のままである。捕虜として連れ帰るのは副隊長補佐など三人だけで十分だ。戦闘員の兵士はここで首を刎ねる。メイドや見習い隊員は放置しておけば野垂れ死にするに違いない。
なんと慈悲深いお仕置きだろうか。
スワンは指揮官のエルダに興味を覚えた。色白で美しい顔をしている。指揮官という地位ならばローズ騎士団への立派な手土産になる。いや、騎士団に手渡してしまうのではもったいない。むしろ、自分のモノにしたいくらいだ。この女なら幾らでも使い道があるだろう。召使い、あるいは美人奴隷にしてもいい。
スワンは参謀のコーリアスに指示してアリス、エルダ、カエデを縛りあげた。
「それでは処分を言い渡す。指揮官たちは捕虜として連行し、兵士は処刑する。メイドはここに捨て置く、運が良ければカッセルに帰れるだろう」
「お願いがあります」
指揮官のエルダがスワンに顔を向けた。
月光軍団のフィデスやナンリはお嬢様を見逃すと約束してくれたはずだ。
「私たち三人は捕虜になっても仕方ありませんが、他の者は助けていただきたい」
「ダメよ。私たちが勝ったのだから、なにをしようと構わないでしょう」
参謀のコーリアスがエルダの背中を蹴った。捕虜の分際で隊長に口答えするとは何事か。こういう奴らには見せしめが必要だ。コーリアスは捕虜にした三人を痛め付けるように命じた。手始めにコーリアスがエルダの髪を掴んで引きずり回した。ミレイはカエデの脇腹を蹴りあげ、ジュリナはアリスに平手打ちを叩き込んだ。
捕虜にするのでなかった・・・月光軍団のトリルはこの状況に胸が痛んだ。
お嬢様を捕まえたのは他ならぬ自分たちだった。もし、荒野の戦場に置いていかれたら、とうてい命は助からないだろう。戦闘員の兵士はともかく、お嬢様だけでも助けてあげたい。
何とかしてくださいと、すがるような視線をナンリに送った。
ナンリが軽く頷いた。
「コーリアスさん、せめて、お嬢様と名乗っている者だけでも助けようではありませんか。指揮官たち三人を捕虜に取ったことだし、メイドならば見逃してもいいのではないでしょうか」
ナンリはカッセル守備隊のお嬢様を見逃して助けるように進言した。だが、参謀のコーリアスはそれを退けた。
「誰であろうと敵を見逃すなどと、そんなことはできない。この者たちの処分は隊長が決めたことよ」
「よし、あたしたちが相手だ」
このピンチに、カッセル守備隊のレイチェル、マーゴット、クーラの三人が果敢に飛び出した。
「誰だ、お前たちは」
「レイチェル、マーゴット、クーラ。人呼んでカッセルの三姉妹」
「聞いたことない」「知らない」「帰れ」「ひっこめ」
月光軍団からはヤジが飛ぶ。
「そうですか、まあ、デビューしたばっかりなので、知名度は低いかも」
「マーゴット、あっさり認めちゃダメよ、ここで魔法でしょ」
「おっと、そうでした。あたしの魔法で月光軍団を吹き飛ばしてやるんだ。いいか、怒涛の綿菓子攻撃を見せてやる」
マーゴットは天を仰ぎ、空を指差し、その手を地面に向けた。すると、足元から白い煙がモクモクと湧き出した。
「縁日の綿菓子」
そう言って、ポケットからザラメを取り出して白い煙に投げ込む。とたんに煙はグルグル回りだし、綿菓子どころか竜巻のように大きくなっていった。月光軍団の兵士が竜巻の威力で後ずさりを始めた。
捕虜になっていたアリスは、今度こそはと、マーゴットの魔法に期待した。
しかし・・・綿菓子が大きくなったまでは良かったのだが、魔法をかけたマーゴット自身が竜巻に巻き込まれてしまった。
「うひゃ、助けて」
「マーゴット」
「あちゃ~」
マーゴットの足を掴んだレイチェルとクーラも竜巻に吸い込まれた。
「ああ~」「ヤバい~」「目が回る~」
グルグルと回転しながら三姉妹は遥か空の彼方へと飛んでいった。
またドジを踏んだ、マーゴットの魔法はあんな程度だ・・・アリスはうなだれた。
「さあ、兵士の処刑を執行する。先ずはお前からだ」
ジュリナがロッティーを引きずり出した。
「待って、待って。あたしは間違って戦場に置いていかれたんです。いわば被害者なんです」
「つべこべ言うんじゃない」
ロッティーの言い訳など通用するはずもない。
「それとも、いっそのことまとめて弓の的にしてやろうか」
ジュリナの命令で月光軍団の隊員が弓を構える。それを見てベルネが両手を広げてお嬢様の前に立ち塞がった。
「あたしが弓の的になってやる」
絶体絶命のその時、月光軍団の隊列の後方から叫び声があがった。
アリスが上空を仰ぐと、白い雲がこちらに向かってくるのが見えた。風に流されているのではない、雲が飛んできたのだ。
近づくにつれ雲は低空飛行になった。そこには綿菓子の竜巻とともに飛んでいった三姉妹の姿があった。
「キャッホー」「お待たせしました」
雲を操縦しているのはマーゴットだ。身体を傾けると雲が回りだし、月光軍団の真上で旋回を始めた。
「よーし、空から攻撃するぞ。空中戦だぁ」
レイチェルが雲の塊を手に掴んで月光軍団の隊員に向かって投げつけた。石礫ならぬ「雲礫」だ。
ビュン、ガツン。
ぶつけられた隊員は弓を捨てて頭を抱え込む。レイチェルはここぞとばかりに雲を千切って投げつけた。さらにクーラが木の枝で叩きまくった。月光軍団の隊員はたちまち混乱し、味方同士でぶつかり合って転がった。
帰って来た三姉妹の逆襲だ。
右に左に空飛ぶ雲を操るマーゴット。空中戦で形勢が逆転した・・・と思ったのだが、しだいに雲の動きが遅くなり、グラグラと揺れだした。
ブーン、グーン・・・グン、ブシュッ
「あれ、おかしいな」
マーゴットが見ると、レイチェルの座っているあたりの雲がすっかり薄くなっていた。
「レイチェル、雲、食べてるの? 」
「だって、おいしいんだもん、お腹すいてるし」
「そりゃあ、綿菓子だもの、おいしいに決まってる」
レイチェルは千切って投げ付けていただけでなく綿菓子の雲を食べていたのだ。
「あたしも食べる」
クーラも綿菓子をモグモグ食べ始めたので、ますます雲がスカスカになっていった。
「足元に注意して」
マーゴットが言ったときには手遅れだった。雲の隙間からレイチェルがストンと落ちた。
「うわ、落ちるー」
ガツン
レイチェルは月光軍団のジュリナの上に落下した。その弾みで捕らえていたロッティーの首から手が離れた。このチャンスを見逃すはずがない、リーナが駆け寄ってアリスやエルダの縄を切って救出した。
雲から降りた、というか転落した三姉妹が守備隊と合流した。
「やったー」「大成功」
三姉妹の活躍で、守備隊の十二人は月光軍団の包囲網を破って逃げ出すことに成功した。
<作者より>
本日もお読みくださり、ありがとうございます。章題がズレていたのを修正しました。
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