かおるこ 小説の部屋

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連載第27回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-23 13:15:33 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 27話

 第十二章【戦いの結末】②

 アリスとロッティーがテントに近寄った。雷の直撃を受けた月光軍団の隊員の服は焼け焦げている。すでに死んだようにしか見えなかった。
 テントの中でも雷が光った。テントの中にはエルダがいるのだ。
「エルダさん」と呼びかけたが返事はない。
「ぎゃっ」
 テントの中でまた稲光りがした。

 今のはいったい何だろう・・・月光軍団の部隊長ナンリは目を疑った。

 カンナがテントを捲ったとき、エルダの足がチラリと見えた。その足には「蓋」があったのだ。蓋が開いてピカッと光り、雷が飛び出してカンナに命中した。カンナは空から落ちた雷に撃たれたのではない、エルダの左足に撃たれたのだ。
 蓋の付いた人体などあるわけがない、だが、確かに見たのだ。
 カンナが心配だ。しかし、助けに行きたくても縄で縛られているのでは動けなかった。

 そのころ・・・崖の下では、地下世界の住人ニーベルがレイチェルを抱きかかえていた。
 レイチェルは変身が解けて元の姿に戻り、あどけない顔でぐっすり眠っている。レイチェルを変身させ、エネルギーを消耗させて命を奪うのが目的だった。しかし、今回は不首尾に終わった。レイチェルは敵の兵士の血を吸い尽くして栄養を補給したのだった。木の枝に見るも無残な死骸が引っかかっていた。
 ニーベルはレイチェルを肩に担いで急な崖の斜面を一歩、また一歩とよじ登った。
『レイチェル・・・』『どこにいるの、返事して』
 遠くからレイチェルを呼ぶ声が聞こえた。
 レイチェルを横たえさせるとニーベルは再び崖の下へと降りて行った。

 レイチェル発見を知らせようと宿営地に舞い戻ったリーナだったが、テントの異常事態を見て立ちつくした。アリスに子細を尋ねると、月光軍団が反乱を起こしたものの、その隊員は雷の直撃を受けたということだった。地面には服が焼け焦げた隊員が倒れていた。
「テントにエルダさんがいるの」
 ロッティーがテントを指差した。テントの中にも落雷があったとみえて屋根の頂上が黒く焼け焦げていた。これでは中にいるエルダの命も心配だ。リーナはアリスたちを下がらせてテントの布を捲った。
「エルダさん、無事か」
「ああ・・・」
 テントの片隅で指揮官のエルダが膝を抱えていた。その顔は蒼白で、怯えたように目を見開いている。
 エルダは無事だった。
「よかった」アリスがテントに飛び込んでエルダと抱き合った。
「エルダさん、レイチェルが見つかったよ、無事だった」
 リーナがそう言うとエルダの顔に赤みが射した。

 レイチェルはマリアお嬢様と手をつなぎ、三姉妹のマーゴットとクーラに囲まれていた。
「コイツ、心配かけやがって」
 ベルネがレイチェルの頭を叩いた。めっぽう手荒い歓迎だ。
「どひゃー、痛いでおます」
「喜べ、生きている証拠だ」
「みんなにどつかれてしまいましたねん」
「頭の打ちどころが悪かったのね」
 レイチェルの言葉遣いがおかしいのでクーラが笑った。
「それで喋りかたが変なのか、それじゃもう一発ぶちかましてやるか」
「かんにんどすえ、痛いでごわす」

 指揮官のエルダはテントの中で休んでいたが、元の姿に戻って返ってきたレイチェルを見て這い出してきた。
「レイチェル」
「エルダさん」
「無事で帰ってきてくれて、よかった」
 エルダはレイチェルを抱きしめた。
「ごめんね、レイチェル」
     *****
 カッセル守備隊の帰還が始まった。
 月光軍団の装備品からバロンギア帝国の帝国旗と月光軍団の旗を没収した。勝利した証拠に月光軍団の旗を持って凱旋するのだ。他にも二台の馬車、金貨、作業着などを奪い取った。レイチェルたち三姉妹は汚れた服を脱いでシュロス月光軍団の作業服に着替えた。
「大きさ、ピッタリじゃん」
 三姉妹は新しい服に袖を通して喜んだ。

「みんな、集まって」
 エルダが号令をかけた。
「よく頑張ってくれました。おかげでカッセル守備隊は月光軍団に勝利しました」
「おおー」「勝ったぞ」「やったー」
「全員揃って、カッセルに・・・カッセルの城砦に凱旋しましょう」

 ロッティーはカッセルに帰れると決まって喜びもひとしおだった。しんがり部隊の役目どころか、大成果を挙げることができた。これで、隊長のチサトに認められ復職が叶うだろう。一時はエルダを見捨てて逃げようとしたが、思い留まって良かった。逃げていたら今度こそ負け組になるところだった。

 一方、敗れたシュロス月光軍団は惨めだった。ナンリが点呼を取ると、残っているのは七十人あまりになっていた。隊長のスワン・フロイジアと魔法使いのカンナが死亡し、ミレイやコーリアスは大怪我を負った。トリルやマギー、パテリアたちは無事だったが、二十人ほどが行方不明になっていた。無事にシュロスへ逃げ落ちてくれればいいのだが。
 守備隊の見習い隊員でお嬢様と呼ばれている者が負傷者の手当てをしてくれていた。ナンリも「大丈夫ですか」と声を掛けられた。弱々しい隊員に慰められてますます悔しさがこみ上げてきた。

 指揮官のエルダが来た。
「ナンリさん、撤退の指揮を執るといいわ。そう思って、あなたには手を出さなかったのよ。感謝しなさいね」
 撤収部隊の指揮を執らせてもらえることには感謝せざるを得ない。
「捕虜を貰っていきます。一人はフィデスさん、あとは・・・あの子にしようかな」
 エルダが若手の隊員パテリアを指した。フィデスを捕虜にされたうえ、パテリアまで攫っていくという。しかし、ナンリは力なく頷くしかなかった。
「フィデスさんとパテリアですか・・・二人のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「いいわよ、お願いはしっかり聞いておく」
 エルダがナンリの耳元に寄った。
「私からもお願いがあるんだ」
 そう言って左足をトントンと叩いた。
「さっきのこと、黙っていてね・・・私の秘密、そう言えば分かるでしょう」
 稲妻を発射した左足のことだ。
「無事に捕虜を返して欲しかったら、このことは忘れなさい」
 捕虜になったフィデスとパテリアのことを思えば、ここは知らぬふりを通すしかない。
「エルダさんの秘密・・・何のことでしょうか」
「ふふふ、それでいいわ。思った通り、あなたは良くできた人ね」
 敵の指揮官に褒められても少しも嬉しくなかった。
「ナンリさん、私の部下になってくれないかしら」
「部下・・・カッセル守備隊に入れということですか」
 何を言い出すのだ、この女は。
「そうよ、だって、ローズ騎士団がシュロスに向かっているんでしょう。もし、ローズ騎士団と戦いになったら、その時には、あなたがいれば心強いんだけど」
 エルダの口からローズ騎士団の名が出た。
 ローズ騎士団がシュロスの城砦に来ることを知っていたのか・・・
 ナンリは愕然とする思いだった。
「こっちもかなりの被害を受けたから、すぐには戦いたくない心境だけどね」

 それからナンリは捕虜になるフィデス・ステンマルクと別れの挨拶をした。お互い、この仇を返す日まで無事でいようと誓い合った。
 シュロス月光軍団は死亡したスワン・フロイジアとカンナに白い布を被せ冥福を祈った。これにはカッセル守備隊も一緒に手を合わせてくれた。

 しばらくしてカッセル守備隊の馬車が動き出した。
 馬車にはお嬢様が乗り込み、フィデスとパテリアも乗せられた。二人を丁寧に扱ってくれたのでナンリは安堵した。 

 歩き出したエルダは立ち止まって振り返り、月光軍団に向かって手を合わせた。
 スワンとカンナ、あの二人は、私が殺してしまった・・・

「隊長」
 馬車に乗り込んだエルダが呼び掛けた。
「アリスさん、今日からカッセル守備隊の新しい隊長になってください」
「あたしが隊長ですか、それはどうも」
 隊長と言われてもピンとこない。
「隊長、さっそくですが、一つ命令を出していただいてよろしいでしょうか」
「はいはい、何でしょう」
「頑張ったご褒美として、三姉妹をチュレスタの温泉に行かせてやりたいのですが」
「はい、司令官殿」
 アリスは迷わずエルダを司令官と呼んだ。

  ・・・・・

 <作者より>

『新編・辺境の物語』 第一巻 カッセルとシュロス(前編)を終わります。ここまで、お読みいただきまして誠にありがとうございました。
 第二巻 カッセルとシュロス(中編)へと続きます。第二巻はミステリー仕立てになっております。

 



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