新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 2話
第一章【宣戦布告】②
ローズ騎士団と月光軍団の合同軍がシュロスの城砦を出陣した。
騎士団は30人、月光軍団は40人、合わせて70人の兵力だ。親衛隊である騎士団は王宮を留守にはできない、新たに増員したものの30人が限界だった。シュロスの城砦には留守役として文官のニコレットなど数人を残してきた。人数は限られているが、それを補うために王宮の軍隊から強力な爆弾を取り寄せた。爆弾は弩級を使用して発射するタイプと、小型化して細い筒状にしたものとがあった。守備隊は凶暴な攻撃をすると知ったローラが爆弾で対抗しようとしたのである。
騎士団の副団長ビビアン・ローラは、投獄していたフィデスとナンリを牢屋から連れ出した。この二人には特別な使い道を用意してある。敗戦の責任を償わせるためだ。戦場に幾つも死体が転がっていても何の不思議もない。
月光軍団の参謀コーリアスと副隊長のミレイも陣に加わった。二人は自ら道案内の役を買って出た。敗戦の罪を軽くしてもらおうとローズ騎士団にすり寄ったのである。それは表向きの話で、コーリアスは守備隊のエルダから受けた屈辱を晴らし、その命を奪うことが目的だった。月光軍団の陣営には下働きとしてトリル、マギー、パテリアも従軍している。荷物の運搬や食事の世話が仕事だ。同じく世話係の中にはメイドのレモンとミユウの姿もあった。さらには、東部州都軍務部所属のスミレ・アルタクインも参陣していた。
宣戦布告をして出陣したもののローズ騎士団はいくつもの不安材料を抱えていた。
一つは辺境の地に不慣れなことだ。山や川の地形、街道の経路、変わりやすい天候まで、これらをよく知っている月光軍団のコーリアスやミレイに道案内を頼らざるを得ない。
二つ目は王宮が恋しくなってきたことである。団員の中にはシュロスの逗留が長引いて、王宮へ帰りたいと言う者がでてきた。ローラ自身、いつまでもこんな辺境の城砦にいるのは決して本意ではない。
それだから短期決戦で戦闘を終結させなければならない。もし、守備隊が城砦から出てこないようなら国境を拡充するだけでもよいのである。ローズ騎士団副団長のビビアン・ローラは、無抵抗の国境を侵略しルーラントの領土にバロンギア帝国の皇帝旗が翻る光景が目に浮かべた。
「皇帝旗が足りなくなったら、どうしよう」
ローズ騎士団と月光軍団の隊列はシュロスを後に街道を進軍し、最初の宿営地に到着してテントを張った。宿営地はシュロスの城砦からそれほど進んでいない地点であった。月光軍団の荷運びが遅れているためだ。月光軍団の隊員は徒歩で従軍していた。トリルとマギーはズシリと重たい荷物を背負っている。騎士団のためにこき使われ、おまけに戦いになったら人間の盾にするぞと言われてはやる気が上がらなかった。
「あーあ、重いよ」
「肩にズシリとくる」
これでも少し軽くなった方だ。メイドのミユウが二人の荷物を引き受けてくれたのだ。
「騎士団の犠牲は嫌だっ」
「その前に荷物で潰されそう」
「また、ミユウに担いでもらおうよ」
「あの子は怪しいと思ってたけど、案外いい人だわ」
ミユウは自分の身長より高い『背負い籠』を担いで元気に先頭を歩いていた。それに比べ、心配なのはパテリアだった。ローズ騎士団に鞭で打たれてからすっかり元気がなくなってしまった。
二人は立ち止まって休憩した。道端にはキノコがひょっこり頭を出している。
「これ毒キノコじゃないの」
「うん、いかにも毒々しい」
「騎士団の食べ物に混ぜて食わしてやりたい」
「あの副団長に効き目があるかな・・・あっちの毒の方がキツイかも」
*****
シュロスの城砦に留まったフラーベルは久し振りに気が休まるのを感じた。
ローズ騎士団と月光軍団が出陣していったシュロスの城砦は、ようやく平穏な日常を取り戻していた。騎士団では文官のニコレット・モントゥーなど数名が留守部隊として残っているだけだった。副団長のビビアン・ローラの姿が見えないだけでもホッとする。
静まり返った事務室の奥で、フラーベルはニコレットと並んで寝台に座っていた。いったんは重ねられた指をふりほどいたが、ニコレットに引き寄せられて肩にもたれた。耳に息がかかり、そして首筋にキスをされた。
「フラーベルさん・・・こうしてみたかった」
ニコレットが長い脚をフラーベルの脚の間に滑らせた。長くてきれいで、ほどよい肉付きの太もも。二人とも揃って美脚だ。ふくらはぎが擦れ、太ももが交錯して絡み合う。
あっと、声を出したのはニコレットの方だった。フラーベルの右脚がニコレットの太ももの付け根に当たっている。
「私、謝らなくちゃいけないと思ってるんだ」
思いがけない言葉にフラーベルは耳を疑った。
「シュロスに滞在してお金を出してもらって、それなのに、ナンリさんやフィデスさんを投獄したでしょう。今になってみると気の毒なことしたと思うわ」
王宮からローズ騎士団が来て、こんなに優しい言葉をかけられるのは初めてのことだ。
「仕事とはいえ少しやり過ぎだった、ごめんね」
騎士団のニコレットが謝罪の言葉を口にした。フラーベルはとたんに心が晴れてくるような気がした。
「フィデスさんやナンリは無事に帰ってこれるのですか」
「そうね・・・今度こそカッセル守備隊に勝たなくちゃ。ローラさんなら勝てる。だけど、勝利には月光軍団の協力が必要だわ。フィデスさんたちを従軍させたのはそのためなの。きっと、全員で凱旋してくるわよ」
フラーベルの手前、そう答えたのだが、ナンリやフィデスが二度と帰れないことはニコレットも参謀のマイヤールから聞かされていた。
「私もそう信じてます」
「そうしたら、二人を釈放してもいいけど。それには・・・分かってるわよね、フラーベルさん」
ニコレットは脚を開いて太ももの付け根をフラーベルの膝に密着させた。
「あなたの恋人はナンリさん、そうだったわね」
フラーベルは小さく頷いた。
「何時だったか、ナンリさんの名前、うわ言のように繰り返してたのを聞いちゃった」
ローラに痛めつけられて気絶した時のことだろう。目を覚ますとメイドが介抱してくれていたがニコレットにも聞かれていたのだ。怒られるのと覚悟した。
「ナンリさんが羨ましい。だって、きれいなフラーベルさんと愛し合えるのだから」
今度は身体を入れ替えてフラーベルの上に覆いかぶさってきた。
ニコレットに逆らってはいけない。ナンリに知られたら気を悪くするかもしれないが、これも二人を助けるためだ。
フラーベルが、留守部隊で残ってくれて感謝してると言うと、ニコレットは、うれしいと言ってしがみついてきた。さすがは王宮の親衛隊とあって、ニコレットの美しい顔、均整の取れた身体、ツヤツヤした髪にはうっとりしてしまう。
「好きです、ニコレットさん」
フラーベルは、ミユウというメイドから言われたことを思い出した。
『スミレさんからの伝言です。ニコレットさんとはできるだけ親密になっておいてください』
〇 〇 〇
その頃、カッセルの城砦では・・・
城砦の門から出てくるのは商人か農夫くらいで、守備隊の部隊が出陣する気配はみられなかった。村芝居の一座が幟旗をはためかせて出ていったかと思うと、入れ替わるようにして貴賓用の馬車が横付けになった。馬車には純白のドレスに着飾った娘が乗り込んだ。お付きも数人いる。そこへボロを纏った村娘たちが近づいたが、従者にすげなく追い返された。おおかた菓子でもねだったのだろう。
軍隊の動きと言えば、兵士や工夫たちが城壁の点検をしたり、突入を防ぐ柵を修理しているくらいだ。どうやらバロンギア帝国のローズ騎士団に恐れをなして籠城作戦をとろうというようである。村芝居の一行が出て行ったのはカッセルの城砦に見切りを付けて早々と逃げ出したのかもしれない。
カッセルの城砦を出た貴賓馬車は鬱蒼とした林の中で停車した。乗っているのは四人。貴族の娘マリアお嬢様とお付きのアンナの二人。守備隊のスターチとロッティーは召使いに扮している。
「早く脱いでください、お姫様ごっこは、もう終わりです」
ロッティーがマリアお嬢様を急がせる。
「脱いだら、そこの戦闘服に着替えて・・・ほら、もたもたしないっ」
今度はスターチに怒鳴られた。
そこへ村芝居の一行もやってきた。派手な衣装を着たのはベルネだ、珍しく着飾ったので恥ずかしがっていた。村芝居の馬車には隊長のアリスと司令官のエルダが乗っていた。
守備隊は変装して密かにカッセルの城砦を抜け出していたのだ。いつぞやのように、バロンギア帝国の偵察員が探っているかもしれない、それを欺くための変装だった。
「全員、揃いましたか」
アリスが声を掛けた。
「三姉妹がまだです」
「あの三人は・・・歩きだったものね」
三姉妹は乗り物ではなく徒歩での行軍だった。
しばらくすると、レイチェル、マーゴット、クーラの三姉妹が歌を口ずさみながら、のんびりと歩いてきた。
「タラッタ、ラララ、タッタララ、花を召しませ、ラッタッタ」
クーラが雑草の束をベルネに差し出した。
「おっと、ベルネさんはカエルが大好物だったわね」
「またカエルか。それよりステーキがいい、牛飼いの娘たち」
「これでも、正体がバレないようにしてるんでございます」
三姉妹は麻の上着と長いスカートにエプロンを掛けただけの質素な服を着ている。辺境でよく見かける村の娘に扮しているのだ。
マリアお嬢様はというと、いつまでも脱いだドレスを丁寧に畳んでいた。
「お嬢様お急ぎください。そんな調子では日が暮れますよ」
またしてもロッティーに突っ込まれた。
「その衣装、どうするのですか。まさか戦場に持っていくのではないでしょうね」
「あら、召使いのロッティーさん、もちろん持っていきますのよ」
「それだけで馬車の半分を占めているではありませんか。武器や食料は置くところがありません。ドレスを積み込むのならお嬢様は歩いてください」
「歩けだなんて酷い召使いだわ」
馬車の陰に集まって作戦会議となった。
「奇襲攻撃」
と、エルダが言った。
「こちらは十一人だけだから、まともに正面から当たったのでは勝機はありません。奇襲攻撃をかけ宿営地に突撃します。そのために、前日の夜に食べ物に薬を混ぜて身体を弱らせてください」
「毒は任せてね」
魔法使いのマーゴットの出番だ。
「毒ではなくて薬です。あまり効き目が強く出ない程度に調合してください」
食べ物に混ぜる薬はローズ騎士団だけに効果が現れるようにしたい。とはいえ、食事に混入すれば全員の口に入ってしまうのは避けられない。エルダは毒ではなく腹痛を引き起こす薬草にしてと念を押した。
敵の宿営地に潜入して薬を混入するのはレイチェル、マリアお嬢様、アンナの三人に決まった。お嬢様では心もとないが、戦闘に参加するよりは危険が少ない役目を当てた。奇襲攻撃部隊としてベルネ、スターチが敵陣に突入する。マーゴットとクーラも騎士団の顔を知っているので奇襲攻撃に加わる。レイチェルを奇襲部隊からはずしたのは、もう変身させたくないというエルダの思いだった。
「狙うのはローズ騎士団だけです。突撃したら騎士団を襲い、王宮に帰ることを承諾させてください」
バロンギア帝国の皇帝と繋がりの深い騎士団は国境から退却して王宮へ帰ってもらうだけでよいと言うのだ。
エルダの意見には隊長のアリスも大いに賛成である。騎士団が退去して帰ってくれればとりあえず戦闘は回避できる。月光軍団とは、お久しぶりですとか、先日はどうもなどと旧交を温めるだけですむだろう。
ところがエルダは、
「フィデスさんとナンリさんの居場所を捜索し消息が知りたいんです」
と、本音を漏らした。
ローズ騎士団が撤収すればフィデスとナンリの様子も知れようというものだが、二人が従軍しているかどうか、そこまでは確かめる術がない。
そこへ新たな荷馬車が到着した。手綱を引いているのはリーナだった。
「三人を積んできました」
「ご苦労様」
アリスが幌を捲ると、守備隊の前隊長リュメックとイリング、ユキの三人が乗っていた。監獄からは出したが、逃げられないように馬車の中でも厳重に縛り上げてある。
「騎士団が帰るのを拒否したら交渉の道具として使うわ。こういう時のために生かしておいたのよ」
エルダが冷たく言い放った。
「交渉を有利に運ぶため敵に差し出す。それが、あなたたちの役割というもの」
アリスにはこの三人を敵に引き渡したらどうなるか容易に想像がついた。前回の敗戦の恨みを晴らすためにシュロスでは間違いなく処刑するだろう。それを分かっていてリュメックたちを敵に渡すのだ。
そして、前隊長の部下であったロッティーもエルダのやり方に背筋が寒くなる思いがするのだった。
気に入らない者は味方でも抹殺する。フィデスのためには危険を覚悟で敵陣に突撃するというのに・・・
「こいつらの見張りはロッティー、あなたよ、いいわね」
「は、はい」
おとなしくエルダに従うロッティーであった。
<作者より>
本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。
第三巻は戦場のシーンが続きます。
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