かおるこ 小説の部屋

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連載第55回 新編 辺境の物語 第三巻 

2022-02-26 13:15:32 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 後編 4話

 第二章【薬草鍋】②

 カッセル守備隊はローズ騎士団の食べ物に毒を入れようとして月光軍団に見つかって・・・

「それで、お嬢様はここで何をしているんですか」
 突然話が変わり、トリルがお嬢様に尋ねた。
「まさか、戦いに出てきたんじゃないでしょうね」
「正解。私たちは戦争をしにきたのです」
「お嬢様が戦うのですか、それなら喜んで降参しましょう」
「よし、全員、ギロチンにしてあげるね。先ずはレモンから」
「レモンはギロチンになりたいわ」
 いつになく明るくはしゃぐレモンである。
「こんな近くまで偵察に来ているだなんて、ローズ騎士団に見つかったらどうするんです。ゼッタイに捕まっていましたよ」
 トリルの言う通りである。騎士団に発見されていたら偵察は失敗していただろう。もちろん、トリルには騎士団に告げ口する気はさらさらなかった。
「それはね、この野菜をみんなに食べてもらおうと思って来たのよ」
 お嬢様にしてはなかなか上手い言い訳をした。作戦の大事な要(かなめ)、薬をしみ込ませた青菜を鍋に混入できるかどうかの分かれ目だ。
「守備隊の人が差し入れですか。一応、敵なんですけど」
「下手な変装までしてくるとはゼッタイ怪しい」
 やはり敵国同士だ。友情なんて芽生えるわけがない。作戦を見破られてしまったのでレイチェルは戦う覚悟を決めた。懐に隠し持った短剣を探る。それに呼応してミユウも戦闘態勢をとった。
 ところが、戦場の緊張感など少しも持ち合わせていないお嬢様がこう言った。
「怪しくなんかありません。この葉っぱには、たっぷりと毒をかけてあるのです。これを騎士団に食べさせて・・・」
 アンナが慌てて口を塞いだのだが手遅れだった。お嬢様は一番大事な秘密を漏らしてしまった。
「ああ、いえ、その、お嬢・・・もう、大バカお嬢様は、なんということを言ってしまったのですか」
「私たちの食事に毒を入れようとしたのね」
「あーあ、バレちゃったじゃないですか。お嬢様のせいですよ」
「うっかりしてました」
「それは、つまりですよ、騎士団だけに食べさせればいいんです。パテリアちゃんたちには無理に食べなさいとは言いませんので」
 アンナが何とかその場を取り繕うとしたが、
「だめだわ・・・また出直してきます、ほら、お嬢様」
 と、お嬢様の手を引っ張って逃げようとした。
「トリルちゃんたち、今の話は聞かなかったことにしといてね」
「アンナ、まだ大切な任務が残っているではありませんか、この毒を・・・」
「お嬢様、作戦は失敗したんです。早く逃げないとヤバいんです」 

 レイチェルがお嬢様の背中を押して立ち去ろうとしたとき、
「待ってください」
 月光軍団のトリルが呼び止めた。
「ギクッ」
 ここで捕まればローズ騎士団に引き渡されてしまう。捕虜になり、暴行も覚悟しなければならない。奇襲作戦は失敗して守備隊は敗北である。
「それ、本当に毒がかけてあるんですよね」
「毒というよりは素晴らしい薬です。腹痛に効き目のある薬草・・・ちょっとお腹が痛くなるくらいなんですよ」
 痛くなる薬草とは毒なのだが、アンナは薬であることを強調した。
 トリルとマギーは何やら囁き合っていたが、
「いいわ、それ、入れてください」
 と、薬の掛かった草を食事に混入してもいいと返事した。
「いいんですか、これ薬草、いえ、本当は毒なんですけど」
「ゼンゼンかまいません。意地悪な騎士団に仕返しがしたくって」
 トリルは自分たちも毒キノコを食べさせようとしたくらいだから、守備隊が毒の野菜を用意してくれたのは大歓迎である。
「ほら、私の言った通りでしょう、これでアノ作戦も成功よ」
 お嬢様は得意顔になった。
「アノ作戦・・・毒草の他にもまだ作戦があるんですか」
「もちろんですよ、この毒で体調を悪くさせておいて、こっちは、バシーっと奇襲攻撃をかけるんです」
 調子に乗ったお嬢様は奇襲攻撃の情報まで漏らしてしまった。
「お嬢様、あなたはどこまで世間知らずなのですか」
「はて、何かいけないことを言いましたっけ」
「全部です、全部いけません。いいですか、事前に教えてしまったら奇襲攻撃になりません。突然だからこそ奇襲なんです。これではフィデスさんとナンリさんを助ける計画だって、うまくいくかどうか心配になってきました」
「でも、ローズ騎士団にバレなければいいんじゃないの」
「さすがはお嬢様」「確かにそうです」「賛成」「黙っていようね」「明日が楽しみ」
 お嬢様の失言が功を奏して守備隊と月光軍団の双方がまとまった。一人、ミユウだけは脱力感に見舞われるのだった。
「それじゃ、お嬢様、炊事場へ行って毒を入れましょう。こっちですよ」
 トリルが案内しようとすると、
「いえ、私はここまでです。だって、恐ろしい猛毒じゃないですか」
 肝心なところでは腰が引けるお嬢様である。
「あら、お嬢様、極秘作戦のために来たのではなかったのですか」
「危険な仕事はレイチェルに任せるわ。この私に万一のことがあったら、それこそルーラント公国の一大事よ」

 ミユウにとっては、ますます驚くことばかりだった。
 カッセル守備隊は奇襲攻撃を仕掛けてくる。偵察隊は食べ物に毒を混入させ、弱らせておくために忍んできたのだった。本来ならば対抗策をとらなければならないのに、トリルたちは敵の作戦に同調してしまった。騎士団に恨みがあるとはいえこれでは裏切り行為だ。
 だが、本当に騎士団だけを標的にするというのなら、毒の混入でも奇襲攻撃でも、やらせてみるのも面白いかもしれない・・・
「では、ここだけの話ということにしましょう」
 それぞれが握手し、すっかり話がまとまった。
「あなたも、よろしくね」
 お嬢様に手を差し伸べられた。ミユウはこれから戦う敵と握手などするつもりはなかったが、思わず握手してしまった。お嬢様のおかげで奇襲攻撃を探知することができたという感謝の意味である。
「私たちは騎士団だけを攻撃します。月光軍団のみなさんには手を出しません。攻撃が始まったら、安全な場所に避難しててください」
 ローズ騎士団だけを攻撃するのが狙いだとお付きのアンナが約束した。
「・・・そしてフィデスさんとナンリさんを探して救出したいのです」
 アンナがそう付け加えた。 
 フィデスとナンリを助ける! 
 ミユウは奇襲攻撃を歓迎したくなってきた。さっそく上司のスミレに報告しなくてはならない。
 
「食べる前に、言って」
 東部州都軍務部のスミレ・アルタクインはシチューのボウルを遠ざけた。炊事場の片隅で夕食のシチューを一口食べたところ、部下のミユウから腹痛を引き起こす毒薬が混ぜられているとを告げられた。
「安心してください。それには毒は入れてません。鍋は騎士団用と月光軍団用に分けましたので。もっとも、こちらには肉も入っていませんが」
「ミユウも食べたんでしょ、それなら安心だわ」
「いえ、私はスミレさんの後にします」
「毒見係か、私は」
 ミユウは守備隊の偵察部隊と遭遇した経緯を報告した。双方とも戦闘にならなかっただけでなく、まるで友達に再会したような雰囲気だったという。おまけに、月光軍団のトリルたちは騎士団の食べ物に細工することまで承諾したのだ。
「その場にいた私も驚きました、敵が偵察していたのですから。しかも、お互いに仲良く意気投合したのです。騙されていると思ったくらいでした」
 偵察の目的は食事に調合した薬を混入するためだった。その効果が表れたころに奇襲攻撃を仕掛けるという。薬だか毒だかの入った鍋は騎士団だけに食べさせた。月光軍団の隊員が食べたシチューには毒は入っていない。とはいえスミレの食欲は失せてしまった。
「毒を入れたからには奇襲攻撃をさせるしかないわ」
「攻撃隊はせいぜい五、六人でしょう、それでは副団長か参謀を捕獲するのが限界です」
 ミユウの話では守備隊の狙いは騎士団だけだという。
「あの女が慌てふためく姿を見てみたいものだわ」
 副団長のビビアン・ローラに辱めを受けた恨みは消えていない。思い返すたびに悔しくて腹が立ってくる。守備隊が騎士団を酷い目に遭わせてくれれば少しは気分が晴れるというものだ。スミレはローラがスゴスゴと退散する姿を想像した。
「ナンリさんとフィデスさんの監禁を解くことも希望が出てきた。なんとかして二人を取り戻したいわ」
「守備隊は自分たちの手で二人を助けだそうとしているようでした」
「ううむ・・・」
 スミレは首を傾げた。
 騎士団を撤退させるのも二人を救出するのも、その点では守備隊とは合致している。しかし、捕らわれているフィデスとナンリを解放するのはそう簡単ではないことだ。監視も厳しい。州都のスミレが頼んだところで騎士団が解放してくれる見込みはない状況である。
「奇襲のうえに救出作戦とは・・・無理があるなあ」
「何だか、ややこしい作戦ですね。敵である守備隊が騎士団から月光軍団を助け出そうというのですから」
「ますます分かりにくいわ。いったい、どっちが敵で味方なのか混乱してきた」
「少なくとも、あたしはお味方です」
「私たちはルーラント公国と戦う、つまりカッセル守備隊と戦うのが使命なのだ、ということを忘れないように」
「そこなんですが、月光軍団と守備隊は友達みたいで、一種の友情が芽生えているようでした。あれでは戦えません」
「フィデスさんを丁重に扱ったことといい、いつの間にか、シュロスとカッセルは友好国になったようだな・・・」
「守備隊が二人を助けようとしているのも友情なのですかね」
 見習い隊員を見逃して戦場で親切にされたくらいで、フィデスを助けようとするものだろうか。ミユウが思い出すのはカッセルの城砦で見た、司令官のエルダとフィデスが抱き合っている光景だった。
    *****
 そのころシュロスの城砦ではフラーベルとニコレット・モントゥーが抱き合っていた。
「ああ、ああ、フラーベル、フラーベル様」
 ローズ騎士団のニコレットは恍惚としていた。フラーベルの美しい顔、そして、伸びやかな太もも。何という甘美、この上ない幸せだ。
 ずっとこうしていたい。フラーベルのモノになりたい。いっそのこと、ローズ騎士団が帰還して来なければいいのに・・・そうしたら、この幸せが永遠に続くだろう。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 



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