NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

愛の行方23. リハビリに関わる人

2010-03-24 16:04:38 | 愛の行方
美佐が入院して2か月余り過ぎた。
街は新緑が美しくケヤキやイチョウの樹を覆い、歩道に涼しい影を落としていた。
ゴールデンウィークも間近のある日、麻衣は何時ものように美佐のいる病院を訪れた。
部屋に美佐がいないのでリハビリ室を覗いてみた。
何人かの患者がいて、平行棒の間をそろりそろりと歩いていたり、滑車に付いた紐を引っ張っていたり、肩に赤い光の出る電気を当ててもらっていたり、脚に器具を装着してもらっている人達がいた。
美佐はと見ると、椅子に掛けて白衣を着た男性に右側の肩や腕をマッサージしてもらっていた。
麻衣は部屋へ戻り、洗濯物を整理しながらリハビリが終わるのを待った。

暫くすると歩行器を押しながら、美佐が一人で部屋へ戻ってきた。
「お母さん、随分良くなったわね。よく頑張ったものね。」
「ええ、凄い回復力でしょう。もうすぐ一人で歩けそうよ。」
美佐はまだ少しぎこちない口調で、自慢げに笑顔で答えた。
「今、リハビリ室でマッサージをしてくれていた人、いつもの女性と違うわね。」
「ああ、あの方は理学療法士さんで、あの方にも何時もお世話になっているのよ。」
麻衣の問に美佐は答えた。
「へえ、理学療法士さんね。」
この職業は以前から聞いたことがあった。
「あのリハビリ室にもいろんな資格を持った人がいるのね。
去年お婆ちゃんのお見舞いに、お母さんと老人ホームへ行ったとき、張り絵や折り紙を教えていた人がいたでしょう。
あの人も作業療法士さんなんだって、この前伯父さんが言ってたわ。」
麻衣はだんだんリハビリに関わる人達に興味を持ち始めた。

美佐の汚れた衣類を入れた紙袋を持って、麻衣はエレベータの前で扉の開くのを待っていた。
「麻衣じゃないか。」
突然背後から声がした。
振り向くと高校の同級生克実が、ポロシャツの普段着姿で立っていた。
「どうしたの。こんな所で。」
と驚いて訊ねると、
「麻衣こそどうして、ここにいるんだ。」
エレベーターの扉が開いたので中に乗り、1階のロビーの長椅子に二人は掛けた。
麻衣が母の病気の顛末を話した。
克実の方は、彼の母が家の階段を踏み外し、右足を骨折して昨日入院したとのことだった。
「明日は金曜日だし、もう一日休暇を取っているんだ。
明日、麻衣の仕事が終わったら会わないか?」

翌日、仕事を終えた麻衣は約束の喫茶店へ向かった。

愛の行方.24 決心

2010-03-24 16:00:49 | 愛の行方
そこは病院近くの、白い壁に尖った屋根のある瀟洒な建物で、中に入ると克実が既にコーヒーを飲みながら待っていた。
向かいの席に着いて麻衣もコーヒーを注文した。
麻衣が先に口を開いた。
「私、今の勤め辞めようと思っているの。」
「辞めて結婚するの?」
克実は大きな目を見開いて麻衣を見た。
「うーうん。違うのよ。」
麻衣は笑いながら首を横に振った。
「実は私、やっと自分でやりたいと思えることを見つけの。それで勤めを辞めてその勉強をしたいの。
今頃からなんだけど、あの時やっておけば良かった、なんて後悔だけはしたくないのよ。」
「それで、なんの勉強?」
克実は怪訝そうな表情で訊ねた。
「作業療法士よ。」
「作業療法士?」
おうむ返しに彼は言った。
「私も母や祖母が入院や老人ホームに入って、そんな職業があることを初めて知ったのよ。」
心や体に障害を持っている人に、身の回りのことがスムーズにできるようにリハビリの手助けをする仕事なの。
運動機能の回復とか、手先がうまく使えるようにするとか、そんな仕事みたい。」
「ふ~ん。遣り甲斐のある仕事のようだけど、その資格を取ったら病院で働けるの?」
「資格が取れたらだけどね。
病院とか老人ホーム、保健センターなんかね。
それで先ず、専門学校に入ろうと思っているのよ。
学費も今まで働いて貯めてきたものを使うつもりなの。
これから受験の勉強をしなくては。」
「あ~あ、今日俺は麻衣にプロポーズをしようと思って来たんだけど、この様子じゃダメだな。
だけど麻衣がこれから勉強をして資格を取るのなら応援するよ。
学生でも落ち着いたら結婚出来るかもしれないしね。」
「ありがとう。」
麻衣は克実の優しさが嬉しかった。
「俺も今、実家から離れて暮らしているんで、いづれ両親も歳を取ってくるし、こちらの支社に移れるように転勤願を出しているところなんだ。」

克実が傍にいてくれたらどんなに心強いだろうと麻衣は思った。
しかし今、自分は男性のことは忘れて自分自身の道を歩もうと決心したところだ。
彼を失いたくはないが、もし待ちきれなくて愛想を尽かされたとしても、麻衣には目標を持って生きていける自信が付いていた。

                   完