NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

寂しい部屋(9)

2012-02-28 20:45:24 | 寂しい部屋
 また春が巡ってきた。
何も手入れをしていない庭に、今年も一人ばえの様々な色の草花が次々と咲いている。
食事は近所のスーパーやコンビニの弁当で済ませているが、正代の居なくなった家は寂しい。
正代が家を出て行ってからは、茶道教室も花道教室も弟子たちが誰一人として来なくなった。
健吾は広い部屋にポツンと一人で座って考える。
<俺は何も悪いことをしていない。なのにどうしてこの部屋は寂しいのか>
辺りが暗くなってくると、以前娘の行儀作法を頼みに来た陶器店の女主人、真美の美しい姿が目に浮かんでくる。
毎夜、毎夜、健吾を誘うように目に浮かんでくる。
想い続けていていたある夜、ふと気が付くと陶器店の前まで来ていた。
店の灯りは消えブラインドが下りているので、店の横の路地を入って住居の玄関へ回ってみた。
店の方は木造の純和風建築だが、住居は茶色のレンガ風タイルが張った壁に、アルミサッシのドアで洋風建築だ。
玄関にガス灯のような形をした洒落た玄関灯が点いていて、チャイムのボタンが赤く光っている。
ボタンを押すとドアが開き、普段着の洋服姿で素顔の真美が出てきた。
「あら、先生。」
と少し驚いた表情をしている。
化粧気のない顔は、この前見た真美と違う人のように見える。
しかし長い髪をおろした姿が健吾の情欲を駆りたて、思うがままに真美の体に抱き付いた。
「キャー。」という悲鳴を聞き付けた真美の息子が、玄関に現れて健吾を突き飛ばした。
健吾は尻もちをつき、すごすごと家に帰ってきたが腹が立ってどうしようもない。
どうしてあんな息子に、手荒い仕打ちを受けなければならないんだ。
翌日も、その翌日も夜になると真美の姿が頭にちらつく。
また気が付くと陶器店の前に来ていた。
今夜もチャイムを鳴らす。
今度は真美ではなく息子が現れた。
「この色ボケじじい。帰れ。早く帰れ。」
大きな声で罵声を浴びせられ、怒り心頭に発した健吾は、
「家に火を点けてやるから覚えておけ。」
捨て台詞を残して帰ってきた。
寝室の布団に入っても、隣の娘の胸や尻、真美の体が頭を巡る。
 翌朝、目が覚めても食欲がない。
教室だった部屋に一人で座っていると寂しさが募ってくる。
ぼんやり外を眺めていると、庭木越しに赤や黄色の花が見える。
切り花が咲いても、花道教室で使うこともなくなった。
健吾の家の花瓶には一輪の花も飾られてない。
花畑の向こうに白いワゴン車が停まるのが見えた。
車の横に大きな字で<○○市福祉○○>と書かれているのが見える。
中から三人の男が出てきて、健吾の家にずかずかと入ってきた。
「さあ、老人ホームへ行きましょう。医師もいますしね。」
抵抗する健吾を無理やり車の中へ押し込んだ。
「老人ホームへ入らなくても、俺は一人で暮らせる。」
健吾は喚き暴れたが、両側の男たちに押さえられ、どうすることも出来ない。
健吾は車の中から後ろを振り返る。
生まれ育ち、正代と暮らした大好きな祖父からの家と、花の咲き誇る庭は小さくなって遠くへ去っていく。
「きっと また帰ってくる。」

             完     

寂しい部屋(8)

2012-02-24 20:40:16 | 寂しい部屋
 健吾は花道や茶道をこれまでと同じように教えることができて、生活も普通にしている。
ただ色情が異常に膨らんでいる状態で、これまで欲望を抑制していた理性のタガが一気に外れてしまったかのようだ。
正代は近所の人が外で立ち話をしているのを見ると、夫の噂話なのでは、と気をまわしてストレスが溜まりノイローゼになりそうだ。
いや、もうなっているかもしれない。
買い物も薄暗くなって、人影が見えなくなってから少し遠くのスーパーまで行く。
健吾と顔を合わせるのも話すのも嫌悪感が襲ってきて、彼のために食事を作ることさえ煩わしく思える。
もうこの人とは一緒に暮らせないと思うようになった。
悩んだ末に離婚届を取り寄せ、健吾の前に差し出した。
「お願いです。離婚をしてください。」
「急にどうしたんだ。」
健吾は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「あなたは病院へも行かず、私の忠告を聞き入れないで、まだ時々女の子の体を触っているでしょう。
今にセクハラで訴えられますよ。
もう恥ずかしくて一緒には暮らせません。」
「俺は自分のやりたいことをしているだけだ。
何も悪いことをしていない。」
やっぱりこの人の頭はおかしいと正代は思う。
「あなたのような色に呆けた爺さんと、もうこの家に一緒に居たくないのっ。」
正代は突き放すように言って、ボールペンと印鑑を離婚届と一緒に健吾の前に並べた。
「何を言う。俺こそお前のような煩い女と一緒にいたら頭が痛くなる。
出て行きたければ、出て行けばいい。」
健吾は顔を真っ赤にして怒り出した。
震える手で手荒く署名をして捺印し、正代の前に離婚届を放り投げた。
翌日、驚くことに健吾はこれまで貯めた預金の中から相当額を正代に分け与えることにした。
狂っているのかと思えば、金銭的なことはしっかりしている。
一人で自由に暮らしてみたいと思っていた正代も、自分を心配してくれているようにも見える夫が心配になってくる。
こんな状態で、この人を一人にして出て行くのは辛い。
悩んだ末の離婚の決断だったが、決心がゆらぐ。
長年住んだ家の中を見回すと、健吾と一緒に選んで買った家具類や置物、絵が正代を引き止めているようにも思える。
しかし、何時までも今の状態を続けていたら、こちらの精神も病んでしまいそうだ。
この歳になるまで夫を支えるだけで、他に手に職を持たない正代だが、経済的には健吾から分け与えてもらったものと年金で何とか生活ができる。
考えればいろんな思いが甦ってくるが、それらを断ち切って実家の兄が経営するアパートに入ることにして家を出て行った。


寂しい部屋(7)

2012-02-21 19:40:02 | 寂しい部屋
田舎のこの町でも、近頃はどの家も洋風になっていて、リビングやダイニング、それに子供部屋も椅子の生活になっている。
そのためか、生け花を習いにくる娘たちも正座が苦手で、花を生けている間はモジモジしながらも何とか正座をしているが、生け終わると途端に足を崩す。
健吾が老人と安心しきっているのか、ミニスカートで足を前に投げ出したり、膝を立てたり、横座りをしたりするので健吾は目のやり場に困る。
高校教師をしていた頃、受け持ちの生徒、奈々の揺れる大きな胸や、スカートで脚をあおっている生徒の白い太ももを見て、ムラムラした感情を持ったことがあったが、今のこの光景はそれどころではない。
娘の横に座って花の生け方を教えている時も、若い女性のむっちりとした腕が自分の腕に触れることがある。
化粧品の香りが甘く匂ってくる。
ドキッとはするが、それが嬉しくもあり、若い頃の懸命に抑えていた湧きあがる感情とはまた違った思いなのだ。
健吾の心の中で何かが少しずつ動き出していた。

 また一年が過ぎた。
最近、健吾は本を読むことが少なくなってきている。
教室のない日は、お茶やお花を教えている部屋で一日中ぼんやり庭を眺めている。
教室のある日はこれまで通りに教えてはいるが、娘たちの胸や脚を舐めるように見ることが多い。
頭の中に女性の肉体が渦を巻いて浮かんできて、他のことが考えられない。
女性の胸に触れてみたい、お尻を撫でてみたい、と毎日思うようになった。
ある日の茶道教室で、帰ろうと立ち上がった娘のお尻を触ってみた。
娘は「キャー。」と声を上げたが、健吾を責めるでもなく周りの皆と笑っていた。
次は花道教室で、娘の横に座って生けた花を直しながら胸に手を触れた。
ふっくらと張りのある胸は手に心地よい感触を与えた。
それからは時々、近所の娘や教室に通ってくる娘の胸やお尻を触るようになった。
親たちは昔からよく知っている健吾のことなので、警察に訴えずに健吾の家に直接苦情を言いに訪れるようになった。
その度に正代は平謝りに謝った。
健吾にそのような行為を止めるように忠告しても、
「俺は悪いことをしていない。」
と言うばかりで埒があかない。
正代は恥ずかしくて仕方がない。
外に出ると、人の目が自分を責めているようで、人に会うのが恐くて家から出られなくなった。
夫は病気を患っているのだろうと、病院で診てもらうことを勧めても健吾は取り合わない。
「俺の体のどこが悪いと言うのか。」
何度も言うと怒り出す。


寂しい部屋(6)

2012-02-17 19:54:51 | 寂しい部屋
 またたく間に5年が過ぎた。
茶道も花道も、教室には毎回7~8人の弟子が通って来る。
時には女性に混じって男性が来ることもある。
健吾の住む同じ町で、彼の家から700mほど離れたところに老舗の陶器店がある。
明治の初期からあるといわれるその店は、主が7年前に40歳代の若さでがんを患い急逝した。
若いので病気の進行が早く、肺がんと診断されて4カ月で他界した。
当時、中学生の娘と小学生の息子が二人いた。
その妻は、残された子供たちを女手一つで育てながら陶器店を続けていた。
珍しい品物を仕入れているのか人気があり、遠方からも客が来ているようだ。
たまに健吾もその店の前を通ることがあるが、中で和服を着た女性が客の相手をしているのを見ることがある。
茶道の教室を始める際に、一度だけ正代と一緒に茶碗を見に行ったことがある。
店の展示もセンスが良くて、若者が入る姿もしばしば見られる。
 その陶器店の女主人、真美が長女を連れて健吾の家を訪れたのは、庭にコスモスが咲いている頃だった。
土曜日の茶道教室が終わり、健吾と正代が次の花道教室のために机を並べている最中だった。
玄関に声がしたので正代が出て見ると、夕日がコスモスに反射して眩しく、二人の姿がぼんやりと影になって見える。
目が慣れてくると、一人はグレー地の中に薄茶色の草花をあしらった着物に、濃い茶色の帯を締めた40歳半ばの女性と、黒いミニスカートの若い娘が立っていた。
見覚えのある顔だが思い出せない。
「陶器屋の真美です。」
和服の女性が名乗って、正代はそうそう、茶器を揃える際にあの店にも行ったことがあると思い出した。
「ああぁ、あの時にはお世話になりました。
この方、お嬢さん?
大きくなられましたね。」
先生にお会いしたい、というので居間に案内した。
健吾が居間に入っていくと、畳の上に背筋をピンと伸ばし、両手を前に揃えた細身の母親と、同じ姿勢で座っている娘がいた。
母親が言うには、この娘を茶道教室に通わせるので、礼儀作法を教えてほしいとのこと。
親の自分が教えても、大学生になった娘は反発するばかりで、母親の言葉に耳を貸さないという。
それで他人様に厳しく教えてもらいたいのだと頼んだ。
店主が亡くなった時には小学生だった息子たちも、今では高校生になり、田舎を嫌って遠くの都会の大学進学を希望していて、こちらには戻ってきそうもない。
それでこの娘に陶器店の跡を継がせたいと考えている、と真美は語った。
美しい仕草でお辞儀をする真美を見て、健吾は心底「美しい女」と思った。
頭を下げた白い襟足に見えるおくれ毛が、何とも色っぽい。
驚くほどの美人ではないが、色白で細面の整った顔をしていて、何よりも仕草が美しい。
健吾は、教えましょう、と喜んで引き受けた。

寂しい部屋(5)

2012-02-14 22:22:00 | 寂しい部屋
 正代は、いつも自分の方に向いている健吾の目がうっとうしく、見張られているようで窮屈に感じていた。
夫が勤めていた頃のような自由が欲しいと思う。
最近は夫から声をかけられるとつい、つれない言葉しか口から出てこない彼女だ。
俳句・俳画の講座では殆どが彼女より年上の男女だが、それなりに遊び仲間としては楽しい。
仲間との旅行も、これまで家にいた時には経験しなかったような、ときめきや嬉しさがある。
時には年上の男性に誘われ、お茶をしたり、古寺や庭園を観賞したりすることもある。
それだけのことではあるが、夫と違う男性と遊ぶことに後ろめたさもあって、夫にはそれを話すことが出来なかった。

 健吾が定年退職して2年後、リホームした部屋で【花道・茶道教室】が始まった。
花道は水曜日の夜、茶道は土曜日の午後昼間に週一回ずつ教えることにした。
花道教室が始まると、その材料の花が必要になって、正代も健吾と一緒に畑を耕したり花の苗を植え替えたりして、花作りに精を出さざるを得なくなってきた。
「奥さん、珍しいわね。ご主人と一緒に畑の仕事なんて。
最近は滅多に花の手入れをされているのを見なかったので、もう畑仕事はに嫌になられたのかと思っていました。」
近所の主婦が興味深そうな顔をして正代に話しかけた。
「ええ、主人が生け花を教えるとなると、お花もたくさん必要ですから。」
そう答えながら、正代はその主婦の意味ありげな顔が気になる。
近所で、何か自分の噂をされているのでは、と憶測してしまう。
狭い町の中、夫以外の男性と遊ぶことに尾ひれを付けた噂が流れては、これまでのように遊ぶわけにもいかない。
今後は行動に気を付けなくては・・・
目的のある花作りは、健吾にとっても正代にとっても意欲が出る。
庭の花の多くは、低い草丈のグランドカバー用の花であったり、生け花に向かない一日花であったが、切り花用の花に徐々に変わっていく。
元来、正代は植物を育てることが好きな女性なので、また花作りに喜びが持てるようになってきた。
「ねえ、赤いお花が多すぎるんじゃないかしら。青いお花もあった方ががいいわね。」
「そうだね。また苗を買って来るとするか。次は種から育てないと費用が高くつくね。」
二人で作業する畑では会話が弾む。
正代は健吾がやる気を出して活き活きといている姿が頼もしく、彼にに対してまた元の笑顔が戻ってきた。
若い娘たちの集まるこの家は華やいだ声と雰囲気に包まれ、若い娘たちとお喋りをしている正代自身も、若返ったような錯覚を覚えて心が浮き立つ。
健吾は教師をしていた頃と同じように、花道・茶道教室の弟子から、「先生、先生。」と慕われ、この弟子たちが本当の娘のように可愛く思える。
花道教室の前日は、次の日の準備のために部屋を整えたり花の準備で忙しい。
何種類かの花を一束づつに揃える作業が終わって、健吾が夜遅くに寝室に入ると、正代は大きな口を開け、いびきをかいて既に寝ている。
眉間や額に皺が目立ってきた彼女の顔をしげしげと見る。
「正代も歳とったなぁ。」

寂しい部屋(4)

2012-02-10 19:43:07 | 寂しい部屋
 定年退職をして1年が経った。
ボランティアの仕事は毎日あるわけでもないので暇で仕方がない。
本を読んだり、花の手入れをしていても飽きてしまう。
最近は正代の買い物に付いていくと、濡れ落ち葉だと嫌がられる。
正代は行き先も告げずに、おしゃれをして俳句の仲間たちと出かけることが多くなった。
彼女の携帯にも頻繁に電話が入るようになり、健吾は一人取り残されたような寂しさを覚える。
どこかへ勤めに出ようかとも思うが、今更という気持ちもあり、家にいて何か良い過ごし方はないかと考えていた。
夕飯時に独り言のように呟いた。
「何かすることないかなあ。」
正代が苛立たしそうな顔をした。
「あなた、若い頃からお茶やお花を習っていましたね。
それって教えられないのかしら。」
健吾は、おお!と手を打った。
そうだ、花道と茶道の師範の免状を持っているのだ。
それを生かさない手はない。生け花に使える花や木は庭に有り余るほどある。

 早速、退職金を使って家の一部をりホームすることにした。
玄関を入った右側、庭の見える12畳の和室は元々は客室で、何かの行事に大勢の人が集まるとき以外は少々広すぎて、最近は殆ど使っていなかった。
床の間や襖、障子を新しくして、いびつになっている窓も修理した。
畳も入れ替え、部屋の隅には茶室用の炉も設けた。
健吾はすっかり綺麗に新しくなった部屋に座り、周りを見回すと違う家にいるようで、ワクワクと気分が高揚してくる。
窓の外を見ると早春に植えた草花が赤、青、黄、色とりどりに初夏の光を浴びて咲き誇っている。
満足感に浸って庭を見ていたが、何か違和感を感じる。
そうだこの部屋に面した庭は、和風でなくては心静かにお茶を点てることが出来ない。
そう思うと即、小さな庭を造るよう造園業者に依頼する。
大きな石で囲われ、松やツゲ、サツキ等の木と踏み石のあるこじんまりとした庭が、広い花畑の一部に造られた。
あとは弟子の募集だが、部屋のリホームや造園工事をしている頃から、近所の人たちが見に来ていて、ありがたいことに口コミで広がり、お茶やお花を習いたいという娘たちが集まった。

寂しい部屋(3)

2012-02-07 20:54:14 | 寂しい部屋
 健吾の帰宅に気付いて正代が裏口から入ってきた。
目じりに皺を寄せたいつもの笑顔で、
「お帰りなさぁい。」
健吾はこの笑顔を見ると、仕事の疲れなど吹き飛んでしまう。
鼻歌を歌いながら夕食の準備をする正代を、いま直ぐに抱きしめたいほど可愛く思える。
「今日は特に機嫌が良さそうだね。何か良いことがあった?」
「うふっ。」
正代は少女のように首をすくめた。
「今、裏の立花さんの奥さんがね。あなたが真面目で優しいから、私が幸せですって。」
この妻を更に愛おしく感じる健吾であった。

 三月、担任をしていた生徒たちは大学に進学したり、予備校に入ったり、一部は就職して巣立って行った。
健吾は今月で定年、同僚の教師たちがお祝いを兼ねた送別会を学校近くの料亭で開いてくれた。
大きな花束を女性の教師が、「ご苦労様でした。」と健吾に渡し、一同が拍手をした。
健吾は思った。
この花束を正代に感謝を込めて渡そうと。
「これからどうされますか。」
同僚から訊かれて、
「そうですね。地域のボランティアでもして過ごそうかと思っています。」
そう答えはしたが、はっきりと決めているわけでもない。
定年前に塾の講師を勧められたが、暫くはのんびりしていたいと断った。

 4月に入って市役所でボランティアを探してみた。
地域の観光案内やシニア・老人向けの幾つかの講座の講師や手伝いもある。
歴史は専門ではないが、とりあえず歴史講座の手伝いをすることにした。
月一回ある講座の資料集めやテキスト作りで、ボランティア仲間とする仕事はそれなりに楽しい。
買い物に行くにも庭仕事をする時も、いつも夫婦二人一緒でそのことに健吾は幸せを感じていた。
9月に入って、正代は市で催されている俳句と俳画の講座に週一回通い始めた。
これまで物置代わりに使っていた四畳半の部屋を整理して、彼女は自分の趣味部屋と決めた。
毎日この部屋に閉じこもって、絵を描いたり、俳句を考えたりしている。
健吾が部屋を覗こうとすると、
「見ないで。」
正代は襖を閉めてしまう。
その講座で親しい友人が出来たのか、時折仲間で旅行に行くようにもなった。
健吾が旅行に誘うと、
「この前行ってきたところだから。」
正代はにべもない返事をする。

寂しい部屋(2)

2012-02-03 20:53:35 | 寂しい部屋
 翌日、ホームルームで出席簿を読み上げていた健吾は奈々と目があった。
彼は狼狽して目を泳がせたが、奈々には自分が昨日持った不埒な気持ちなどには気付いていないと、直ぐに気を取り直した。
一時間目は隣のクラスの地理の授業で、黒板にヨーロッパの簡単な地図を書き始め、生徒たちの方に振り向いた。
その目に入ったのは、一番前の席の女子生徒が暑いのか、スカートでパタパタと脚をあおいでいる姿で、白い太腿やその奥の下着まで見える。
最近は高校でもミニスカートが流行っているが、この学校は規律が厳しくスカート丈は膝までとなっているので、校内で女生徒の太腿を露わに見ることは殆どない。
健吾はまた情欲がムラムラと湧き上がってきた。
今、何を説明しようとしていたかも忘れて、顔がカッカと熱くなってくる。
何とかその場を取り繕って授業は終わったものの、来年は定年を迎えようとしているこの歳で、自分は何をしているのかと情けない気持ちになる。
教員室に戻って、他の教師と雑談をしているうちに高揚している気持ちが落ち着いてきた。
しかし、奈々と顔を合わせる度に校庭での光景が目に浮かび、胸がドキドキし頭が熱くなる。

 健吾の家は小さいが敷地は広くて、正代が花を植えたり野菜を育てたりして楽しんでいる。
休日には健吾も畑を耕したり、草を取ったりして、夫婦で仲良く家の周囲の畑で過ごすことが多い。
ある日、帰宅すると正代が家の裏の庭で、近所の主婦と立ち話をしているのか、声が聞こえてくる。
「お宅のご主人、先生なんて堅いお仕事でいいわねぇ。
それに真面目で優しい方だから奥さんもお幸せよね。
うちの人なんか、どこで何をしているのか、毎晩お酒の臭いをぷんぷんさせて夜遅く帰ってくるんですよ。
この間なんかも・・・・・」
どうも正代がこの主婦の愚痴を聞いてやっているらしい。