また春が巡ってきた。
何も手入れをしていない庭に、今年も一人ばえの様々な色の草花が次々と咲いている。
食事は近所のスーパーやコンビニの弁当で済ませているが、正代の居なくなった家は寂しい。
正代が家を出て行ってからは、茶道教室も花道教室も弟子たちが誰一人として来なくなった。
健吾は広い部屋にポツンと一人で座って考える。
<俺は何も悪いことをしていない。なのにどうしてこの部屋は寂しいのか>
辺りが暗くなってくると、以前娘の行儀作法を頼みに来た陶器店の女主人、真美の美しい姿が目に浮かんでくる。
毎夜、毎夜、健吾を誘うように目に浮かんでくる。
想い続けていていたある夜、ふと気が付くと陶器店の前まで来ていた。
店の灯りは消えブラインドが下りているので、店の横の路地を入って住居の玄関へ回ってみた。
店の方は木造の純和風建築だが、住居は茶色のレンガ風タイルが張った壁に、アルミサッシのドアで洋風建築だ。
玄関にガス灯のような形をした洒落た玄関灯が点いていて、チャイムのボタンが赤く光っている。
ボタンを押すとドアが開き、普段着の洋服姿で素顔の真美が出てきた。
「あら、先生。」
と少し驚いた表情をしている。
化粧気のない顔は、この前見た真美と違う人のように見える。
しかし長い髪をおろした姿が健吾の情欲を駆りたて、思うがままに真美の体に抱き付いた。
「キャー。」という悲鳴を聞き付けた真美の息子が、玄関に現れて健吾を突き飛ばした。
健吾は尻もちをつき、すごすごと家に帰ってきたが腹が立ってどうしようもない。
どうしてあんな息子に、手荒い仕打ちを受けなければならないんだ。
翌日も、その翌日も夜になると真美の姿が頭にちらつく。
また気が付くと陶器店の前に来ていた。
今夜もチャイムを鳴らす。
今度は真美ではなく息子が現れた。
「この色ボケじじい。帰れ。早く帰れ。」
大きな声で罵声を浴びせられ、怒り心頭に発した健吾は、
「家に火を点けてやるから覚えておけ。」
捨て台詞を残して帰ってきた。
寝室の布団に入っても、隣の娘の胸や尻、真美の体が頭を巡る。
翌朝、目が覚めても食欲がない。
教室だった部屋に一人で座っていると寂しさが募ってくる。
ぼんやり外を眺めていると、庭木越しに赤や黄色の花が見える。
切り花が咲いても、花道教室で使うこともなくなった。
健吾の家の花瓶には一輪の花も飾られてない。
花畑の向こうに白いワゴン車が停まるのが見えた。
車の横に大きな字で<○○市福祉○○>と書かれているのが見える。
中から三人の男が出てきて、健吾の家にずかずかと入ってきた。
「さあ、老人ホームへ行きましょう。医師もいますしね。」
抵抗する健吾を無理やり車の中へ押し込んだ。
「老人ホームへ入らなくても、俺は一人で暮らせる。」
健吾は喚き暴れたが、両側の男たちに押さえられ、どうすることも出来ない。
健吾は車の中から後ろを振り返る。
生まれ育ち、正代と暮らした大好きな祖父からの家と、花の咲き誇る庭は小さくなって遠くへ去っていく。
「きっと また帰ってくる。」
完
何も手入れをしていない庭に、今年も一人ばえの様々な色の草花が次々と咲いている。
食事は近所のスーパーやコンビニの弁当で済ませているが、正代の居なくなった家は寂しい。
正代が家を出て行ってからは、茶道教室も花道教室も弟子たちが誰一人として来なくなった。
健吾は広い部屋にポツンと一人で座って考える。
<俺は何も悪いことをしていない。なのにどうしてこの部屋は寂しいのか>
辺りが暗くなってくると、以前娘の行儀作法を頼みに来た陶器店の女主人、真美の美しい姿が目に浮かんでくる。
毎夜、毎夜、健吾を誘うように目に浮かんでくる。
想い続けていていたある夜、ふと気が付くと陶器店の前まで来ていた。
店の灯りは消えブラインドが下りているので、店の横の路地を入って住居の玄関へ回ってみた。
店の方は木造の純和風建築だが、住居は茶色のレンガ風タイルが張った壁に、アルミサッシのドアで洋風建築だ。
玄関にガス灯のような形をした洒落た玄関灯が点いていて、チャイムのボタンが赤く光っている。
ボタンを押すとドアが開き、普段着の洋服姿で素顔の真美が出てきた。
「あら、先生。」
と少し驚いた表情をしている。
化粧気のない顔は、この前見た真美と違う人のように見える。
しかし長い髪をおろした姿が健吾の情欲を駆りたて、思うがままに真美の体に抱き付いた。
「キャー。」という悲鳴を聞き付けた真美の息子が、玄関に現れて健吾を突き飛ばした。
健吾は尻もちをつき、すごすごと家に帰ってきたが腹が立ってどうしようもない。
どうしてあんな息子に、手荒い仕打ちを受けなければならないんだ。
翌日も、その翌日も夜になると真美の姿が頭にちらつく。
また気が付くと陶器店の前に来ていた。
今夜もチャイムを鳴らす。
今度は真美ではなく息子が現れた。
「この色ボケじじい。帰れ。早く帰れ。」
大きな声で罵声を浴びせられ、怒り心頭に発した健吾は、
「家に火を点けてやるから覚えておけ。」
捨て台詞を残して帰ってきた。
寝室の布団に入っても、隣の娘の胸や尻、真美の体が頭を巡る。
翌朝、目が覚めても食欲がない。
教室だった部屋に一人で座っていると寂しさが募ってくる。
ぼんやり外を眺めていると、庭木越しに赤や黄色の花が見える。
切り花が咲いても、花道教室で使うこともなくなった。
健吾の家の花瓶には一輪の花も飾られてない。
花畑の向こうに白いワゴン車が停まるのが見えた。
車の横に大きな字で<○○市福祉○○>と書かれているのが見える。
中から三人の男が出てきて、健吾の家にずかずかと入ってきた。
「さあ、老人ホームへ行きましょう。医師もいますしね。」
抵抗する健吾を無理やり車の中へ押し込んだ。
「老人ホームへ入らなくても、俺は一人で暮らせる。」
健吾は喚き暴れたが、両側の男たちに押さえられ、どうすることも出来ない。
健吾は車の中から後ろを振り返る。
生まれ育ち、正代と暮らした大好きな祖父からの家と、花の咲き誇る庭は小さくなって遠くへ去っていく。
「きっと また帰ってくる。」
完