NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

寂しい部屋(8)

2012-02-24 20:40:16 | 寂しい部屋
 健吾は花道や茶道をこれまでと同じように教えることができて、生活も普通にしている。
ただ色情が異常に膨らんでいる状態で、これまで欲望を抑制していた理性のタガが一気に外れてしまったかのようだ。
正代は近所の人が外で立ち話をしているのを見ると、夫の噂話なのでは、と気をまわしてストレスが溜まりノイローゼになりそうだ。
いや、もうなっているかもしれない。
買い物も薄暗くなって、人影が見えなくなってから少し遠くのスーパーまで行く。
健吾と顔を合わせるのも話すのも嫌悪感が襲ってきて、彼のために食事を作ることさえ煩わしく思える。
もうこの人とは一緒に暮らせないと思うようになった。
悩んだ末に離婚届を取り寄せ、健吾の前に差し出した。
「お願いです。離婚をしてください。」
「急にどうしたんだ。」
健吾は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「あなたは病院へも行かず、私の忠告を聞き入れないで、まだ時々女の子の体を触っているでしょう。
今にセクハラで訴えられますよ。
もう恥ずかしくて一緒には暮らせません。」
「俺は自分のやりたいことをしているだけだ。
何も悪いことをしていない。」
やっぱりこの人の頭はおかしいと正代は思う。
「あなたのような色に呆けた爺さんと、もうこの家に一緒に居たくないのっ。」
正代は突き放すように言って、ボールペンと印鑑を離婚届と一緒に健吾の前に並べた。
「何を言う。俺こそお前のような煩い女と一緒にいたら頭が痛くなる。
出て行きたければ、出て行けばいい。」
健吾は顔を真っ赤にして怒り出した。
震える手で手荒く署名をして捺印し、正代の前に離婚届を放り投げた。
翌日、驚くことに健吾はこれまで貯めた預金の中から相当額を正代に分け与えることにした。
狂っているのかと思えば、金銭的なことはしっかりしている。
一人で自由に暮らしてみたいと思っていた正代も、自分を心配してくれているようにも見える夫が心配になってくる。
こんな状態で、この人を一人にして出て行くのは辛い。
悩んだ末の離婚の決断だったが、決心がゆらぐ。
長年住んだ家の中を見回すと、健吾と一緒に選んで買った家具類や置物、絵が正代を引き止めているようにも思える。
しかし、何時までも今の状態を続けていたら、こちらの精神も病んでしまいそうだ。
この歳になるまで夫を支えるだけで、他に手に職を持たない正代だが、経済的には健吾から分け与えてもらったものと年金で何とか生活ができる。
考えればいろんな思いが甦ってくるが、それらを断ち切って実家の兄が経営するアパートに入ることにして家を出て行った。