本当は・・・朝一番で書こうかと思った・・・
ついに、と言うかやっと岡部騎手が引退出来た。と言うのもここ何年かは見ていて痛々しいほどだったからである。絶妙のペース配分、ここぞと言う時の騎手の勝負強さでなんとかしてきたのだけれども・・・
追えなくなっていた。満身創痍だったのだろう・・・なんべんもの休養と復帰を繰り返しながら、出来うる限り若手ジョッキーに何かを伝えようとしている姿はちょっとだけど、素敵だった・・・
10何年か前の天皇賞・春で・・・トウカイテイオーに乗り、最終追い切りが終わったあと・・・
「地の果てまでも伸びて行く」って言った。
それを伝え聞いてコメントを求められた、天才・武は・・・
「でもゴール板を越える時には、僕のクリークが先にいる・・・」
そしてそれは天才の言う通りになった。
その後、2000勝を達成したり、数々の記録を打ち立てるたびに、
「記録は豊が全部塗り替えるから・・・」ってのが口癖のようになっていた。それでも若手から慕われて、だからこその厳しさを持って騎乗を続けていた。
馬事公苑時代には、同期に天才・福永洋一、職人・柴田政人、エリート伊藤正徳らがいて、競馬サークルの外からやってきた、群馬県出身のこせがれは下足番までやらされた。それでも早くから海外に目を向け、野平さんとの運命的とも言える出逢い、そして二人で育て上げた皇帝シンボリルドルフを擁しての無敗の三冠達成と・・・
底から這い上がり、常に勝つ・・と言う事を念頭に置いた騎乗はやはり、凄みを感じさせられた。
私は基本的に彼を好きではない。ただそれは・・・大した問題ではないのだ。
JRA最多2943勝・・・
最多騎乗18646回・・・
重賞最多騎乗1252回・・・
28年連続重賞勝ち・・・
唯一、豊に破られそうもない・・・最年長G-1優勝(53歳11ヶ月28日)
やはり凄かったんだなぁ・・・あらためて見ると。
確実に時代は変わり・・・そして何かが綿々と続いて行く。本当にお疲れさまでした。華やかではなかったのかも知れない引退会見だったのだけれど、そっとファーストベースにミットを置いた、王選手と重なる程にかっこよかった・・・
ついに、と言うかやっと岡部騎手が引退出来た。と言うのもここ何年かは見ていて痛々しいほどだったからである。絶妙のペース配分、ここぞと言う時の騎手の勝負強さでなんとかしてきたのだけれども・・・
追えなくなっていた。満身創痍だったのだろう・・・なんべんもの休養と復帰を繰り返しながら、出来うる限り若手ジョッキーに何かを伝えようとしている姿はちょっとだけど、素敵だった・・・
10何年か前の天皇賞・春で・・・トウカイテイオーに乗り、最終追い切りが終わったあと・・・
「地の果てまでも伸びて行く」って言った。
それを伝え聞いてコメントを求められた、天才・武は・・・
「でもゴール板を越える時には、僕のクリークが先にいる・・・」
そしてそれは天才の言う通りになった。
その後、2000勝を達成したり、数々の記録を打ち立てるたびに、
「記録は豊が全部塗り替えるから・・・」ってのが口癖のようになっていた。それでも若手から慕われて、だからこその厳しさを持って騎乗を続けていた。
馬事公苑時代には、同期に天才・福永洋一、職人・柴田政人、エリート伊藤正徳らがいて、競馬サークルの外からやってきた、群馬県出身のこせがれは下足番までやらされた。それでも早くから海外に目を向け、野平さんとの運命的とも言える出逢い、そして二人で育て上げた皇帝シンボリルドルフを擁しての無敗の三冠達成と・・・
底から這い上がり、常に勝つ・・と言う事を念頭に置いた騎乗はやはり、凄みを感じさせられた。
私は基本的に彼を好きではない。ただそれは・・・大した問題ではないのだ。
JRA最多2943勝・・・
最多騎乗18646回・・・
重賞最多騎乗1252回・・・
28年連続重賞勝ち・・・
唯一、豊に破られそうもない・・・最年長G-1優勝(53歳11ヶ月28日)
やはり凄かったんだなぁ・・・あらためて見ると。
確実に時代は変わり・・・そして何かが綿々と続いて行く。本当にお疲れさまでした。華やかではなかったのかも知れない引退会見だったのだけれど、そっとファーストベースにミットを置いた、王選手と重なる程にかっこよかった・・・