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ギシギシと鳴る、その洋酒バーの階段を上って行くと・・・・・
「いらっしゃ~い」・・・変なイントネーションの日本語が聞こえる。
先程のコック服のばあさんは意味深な笑いを浮かべながら厨房らしき小部屋の奥に消え去ってしまった。
いよいよもって、ヤバイ。私の中の警報装置は先程までの電子音から、大きな大きなけたたましいほどのサイレンになり代わっていた。
「みやちゃん、ヤバイなぁ・・・」
「いいじゃないですかぁ、なんとかなりますよ」私よりも年下なのだけれども、よく言えば物事に動じないみやちゃんの目はすこーしだけ期待に輝いていた。ふと気が付くと付いて来ている筈の残りの四人がいない。
丁度その頃店の外では、しり込みしてしまっているゆたくんをうさちゃんが懸命に説得を続けていたらしいのだけれど・・・
店の中は素敵なほどに昭和であった。うなぎの寝床のような造り。間口は二間ほどなのだけれども奥行きは・・・五間くらいはある。ステンドグラスのようなシェードの天吊りライト。ゆうに15人ほどが座れる絶妙にうねったカウンター。照明に綺麗に照らされたバックバー。
どこもかしこも古く、年月を感じさせるのだけれどよく磨きこまれて微妙な美しさを保っている。ただ気掛かりなのは怪しい日本語を繰り出すホステスと思しきおばちゃん達と、奥のボックスに陣取っている、スーツ姿にスカーフを巻いたような怪しき年配者の集団である。
そのおじさん達のカラオケをバックに、こちらもちょっと困り顔になってしまった、怪しい日本語のおばちゃんが・・・
「は・はじめててすねぇ、うっちのおみせ、さいしょにシステムせっつめいします」
「ひとり、しぇんえんかかります、これはおりょうりがててくるのでぇ、ビールちょっとたかい、ちゅうびんしぇんえん、あとしょっちゅー、みずわーりはろくひゃくえんでーす」
「それ以上はかかんないよねぇ」と私・・・
「かっからない・・・ちゅもんしただけぇ」
「いいかぁ、みやちゃん、一杯づつ飲んで帰ろうよ。電車の時間もあるし」
その時にはみやちゃんの目は輝きを増し始め・・・「うん、楽しそうじゃないですかぁ」と・・・
丁度その時、これはもう渋々、本当にしょうがないという表情のゆたくんが、うさちゃん、たもちゃん、かずちゃんに背中を押されるように階段を上ってきた。
「ゆたちゃん、いいだろぅ、一杯だけ飲もうぜ」
「いいですよ、僕は・・・」ちょっと俯いてしまうゆたくん。
そんなこんなでようやく席に付いた私たちに、そのおばちゃんホステスが・・・
「じゃ~ぼくはなにする?」・・・ニコって笑う。
ぼく・・・何年ぶりに言われたのだろう・・・しばし固まってしまった。
「ぼ・ぼくですかぁ~・・・ビ~ル」どもりながら声が裏返ってしまう私・・・
回りを見るとみんな笑いを堪えている。この中では一番年長者の、とてもとてもぼくではない私がぼくと呼ばれてしまっている。30年ぶりくらいになるんじゃないか・・・そんな呼ばれ方は。
他のみんなにも注文したお酒が運ばれてくる。洋酒バーなんだけれども洋酒なんかは一つもなく某有名メーカーのスタンダード品の水割りだ。
もうなんだか分からなくなってきてしまった私は、この異空間とも言うべき場所に少しだけ身を埋めてしまおう、と覚悟を決めた。
「ゆたくん、楽しんじゃおうぜ、いろんなとこ見ておくのも大事だからさ」・・・私の言葉は煙草の煙のように薄く、この空気のなかに消えていった。
一生懸命にお話をしてくれるおばちゃんホステス、聞けば中国の出身だという。もう一人来た、みやちゃんの横に座ったおばちゃんはミャンマーだと言う。二人共、久々に来たのであろう、若い?私たちに最大限の気遣いをみせながら、次から次へといろんな話題を提供してくれる。私たちの郷里の話しなんかでは、
「わたし、いったことあるよ、くだものおいしい、すきねわたし」
「てんしゃ、じっかんだいじょぶ?ゆっくりしてよ」
強張った顔で下を向いてたゆたくんまでが顔を上げ始めた。
「面白いっすねぇ、なんでもありだぁ」
「そうだよ、こんなに楽しませようとしている。嬉しいじゃん」
それなりに楽しい時間が過ぎていく・・・
カウンターのなかに白髪のおばあさんが一人いる。たまに奥から出て来るコック服姿のばあさんと、なにやらボソボソ話しをしている。曰く・・・
「なんとかちゃん、またカラオケ間違えたでしょう、またこっちから200円取れないじゃない」
「言ってやらなきゃ、ちゃんとさせないと、あの娘はいい加減だから」
「まったく、そりゃそうと、さっきの嫌味な若いの、あれはほら、そこの文具屋の若旦那だよ」
「あ~だからなのね、お高くなっちゃって」・・・などなど・・・
気になってしょうがない私は横にいるおばちゃんに・・・
「あの人はなんなの」
「あ~あれ、うちのママさん。80さい、もう57ねんここしてるぅ」
全てが解かってきた・・・ここはあのママの人生なんだ。古いのだけれども生き生きとして、すべてはあの人のコントロールの中にある。より一層私の腰は深く固いソファーに沈み込む・・・凄すぎる。
そんないい気分に浸っていると対面の奥のボックスからの視線が痛い。もう70歳を過ぎているであろう、品の良さそうなじいさんが私を睨んでいる。微笑を返す私・・・応答はない・・・
なにかが理解出来た私はちらと時計に目をやり、
「ボチボチ行こうかぁ、電車の時間もあるし」「トイレに行ってくるから、その間に勘定をして」
「もういくかぁ、わかった」何かを察したかのように彼女はカウンターに行った。
トイレに向かいながら、先程のじいさんに軽く頭を下げ、
「待たせてねごめんね」と小さく呟いてみる。
トイレも素敵だ・・・何十年ものガード下での振動に耐え続けた小便器には微細なひびが入り、あたかも一個のオブジェのように存在を主張する。
「俺も頑張ろう・・・」なんだか解からないのだけれど言葉が零れる。
トイレから戻り勘定書きを見てみる。言った通りの値段がそこには書かれていた。
「ひとり2千円通しね、釣りは気持ちでやっちゃうよ」
「うんうん、いいのかなぁ言った通りだね」ってみんな。
どうしてもママさんとしゃべりたかった私はカウウンターに向かい・・・
「ごちそうさま、少しで悪いんだけど、よかったら釣りでママさん一杯飲んで」
「私、お酒はたくさんいただくのよ、でも今日はちょっと体の具合が悪いから・・・ゴメンなさい」優しいのだけれど毅然とした態度でママさんは言った。
「じゃ~とっといて下さい。楽しませてもらったみんなの気持ちです」
「それはいけないわ、じゃ~丁度にしましょう」なんとも言えない下町のイントネーションで返される。
「いや、6人できっちり割ってるんで釣りもらうと割り算出来なくなるんで」
「わかった、ぼく、顔は覚えましたよ、またいらしてね、ありがとう」
なんなのだろう、この爽快感は、プロに逢えた・・・それも人生の達人のような。
「ありがとございます。また寄らせていただきます」
みんなもうんうんと頷いている。
「写真撮らせてもらっていいですか」
「いやねぇ、こんなおばあさんでいいの」ってちゃんとポーズをとってくれた。
すごい人がいたもんだ・・・ゼンマイ仕掛けの私は極限までねじを巻かれてしまった。
「いらっしゃ~い」・・・変なイントネーションの日本語が聞こえる。
先程のコック服のばあさんは意味深な笑いを浮かべながら厨房らしき小部屋の奥に消え去ってしまった。
いよいよもって、ヤバイ。私の中の警報装置は先程までの電子音から、大きな大きなけたたましいほどのサイレンになり代わっていた。
「みやちゃん、ヤバイなぁ・・・」
「いいじゃないですかぁ、なんとかなりますよ」私よりも年下なのだけれども、よく言えば物事に動じないみやちゃんの目はすこーしだけ期待に輝いていた。ふと気が付くと付いて来ている筈の残りの四人がいない。
丁度その頃店の外では、しり込みしてしまっているゆたくんをうさちゃんが懸命に説得を続けていたらしいのだけれど・・・
店の中は素敵なほどに昭和であった。うなぎの寝床のような造り。間口は二間ほどなのだけれども奥行きは・・・五間くらいはある。ステンドグラスのようなシェードの天吊りライト。ゆうに15人ほどが座れる絶妙にうねったカウンター。照明に綺麗に照らされたバックバー。
どこもかしこも古く、年月を感じさせるのだけれどよく磨きこまれて微妙な美しさを保っている。ただ気掛かりなのは怪しい日本語を繰り出すホステスと思しきおばちゃん達と、奥のボックスに陣取っている、スーツ姿にスカーフを巻いたような怪しき年配者の集団である。
そのおじさん達のカラオケをバックに、こちらもちょっと困り顔になってしまった、怪しい日本語のおばちゃんが・・・
「は・はじめててすねぇ、うっちのおみせ、さいしょにシステムせっつめいします」
「ひとり、しぇんえんかかります、これはおりょうりがててくるのでぇ、ビールちょっとたかい、ちゅうびんしぇんえん、あとしょっちゅー、みずわーりはろくひゃくえんでーす」
「それ以上はかかんないよねぇ」と私・・・
「かっからない・・・ちゅもんしただけぇ」
「いいかぁ、みやちゃん、一杯づつ飲んで帰ろうよ。電車の時間もあるし」
その時にはみやちゃんの目は輝きを増し始め・・・「うん、楽しそうじゃないですかぁ」と・・・
丁度その時、これはもう渋々、本当にしょうがないという表情のゆたくんが、うさちゃん、たもちゃん、かずちゃんに背中を押されるように階段を上ってきた。
「ゆたちゃん、いいだろぅ、一杯だけ飲もうぜ」
「いいですよ、僕は・・・」ちょっと俯いてしまうゆたくん。
そんなこんなでようやく席に付いた私たちに、そのおばちゃんホステスが・・・
「じゃ~ぼくはなにする?」・・・ニコって笑う。
ぼく・・・何年ぶりに言われたのだろう・・・しばし固まってしまった。
「ぼ・ぼくですかぁ~・・・ビ~ル」どもりながら声が裏返ってしまう私・・・
回りを見るとみんな笑いを堪えている。この中では一番年長者の、とてもとてもぼくではない私がぼくと呼ばれてしまっている。30年ぶりくらいになるんじゃないか・・・そんな呼ばれ方は。
他のみんなにも注文したお酒が運ばれてくる。洋酒バーなんだけれども洋酒なんかは一つもなく某有名メーカーのスタンダード品の水割りだ。
もうなんだか分からなくなってきてしまった私は、この異空間とも言うべき場所に少しだけ身を埋めてしまおう、と覚悟を決めた。
「ゆたくん、楽しんじゃおうぜ、いろんなとこ見ておくのも大事だからさ」・・・私の言葉は煙草の煙のように薄く、この空気のなかに消えていった。
一生懸命にお話をしてくれるおばちゃんホステス、聞けば中国の出身だという。もう一人来た、みやちゃんの横に座ったおばちゃんはミャンマーだと言う。二人共、久々に来たのであろう、若い?私たちに最大限の気遣いをみせながら、次から次へといろんな話題を提供してくれる。私たちの郷里の話しなんかでは、
「わたし、いったことあるよ、くだものおいしい、すきねわたし」
「てんしゃ、じっかんだいじょぶ?ゆっくりしてよ」
強張った顔で下を向いてたゆたくんまでが顔を上げ始めた。
「面白いっすねぇ、なんでもありだぁ」
「そうだよ、こんなに楽しませようとしている。嬉しいじゃん」
それなりに楽しい時間が過ぎていく・・・
カウンターのなかに白髪のおばあさんが一人いる。たまに奥から出て来るコック服姿のばあさんと、なにやらボソボソ話しをしている。曰く・・・
「なんとかちゃん、またカラオケ間違えたでしょう、またこっちから200円取れないじゃない」
「言ってやらなきゃ、ちゃんとさせないと、あの娘はいい加減だから」
「まったく、そりゃそうと、さっきの嫌味な若いの、あれはほら、そこの文具屋の若旦那だよ」
「あ~だからなのね、お高くなっちゃって」・・・などなど・・・
気になってしょうがない私は横にいるおばちゃんに・・・
「あの人はなんなの」
「あ~あれ、うちのママさん。80さい、もう57ねんここしてるぅ」
全てが解かってきた・・・ここはあのママの人生なんだ。古いのだけれども生き生きとして、すべてはあの人のコントロールの中にある。より一層私の腰は深く固いソファーに沈み込む・・・凄すぎる。
そんないい気分に浸っていると対面の奥のボックスからの視線が痛い。もう70歳を過ぎているであろう、品の良さそうなじいさんが私を睨んでいる。微笑を返す私・・・応答はない・・・
なにかが理解出来た私はちらと時計に目をやり、
「ボチボチ行こうかぁ、電車の時間もあるし」「トイレに行ってくるから、その間に勘定をして」
「もういくかぁ、わかった」何かを察したかのように彼女はカウンターに行った。
トイレに向かいながら、先程のじいさんに軽く頭を下げ、
「待たせてねごめんね」と小さく呟いてみる。
トイレも素敵だ・・・何十年ものガード下での振動に耐え続けた小便器には微細なひびが入り、あたかも一個のオブジェのように存在を主張する。
「俺も頑張ろう・・・」なんだか解からないのだけれど言葉が零れる。
トイレから戻り勘定書きを見てみる。言った通りの値段がそこには書かれていた。
「ひとり2千円通しね、釣りは気持ちでやっちゃうよ」
「うんうん、いいのかなぁ言った通りだね」ってみんな。
どうしてもママさんとしゃべりたかった私はカウウンターに向かい・・・
「ごちそうさま、少しで悪いんだけど、よかったら釣りでママさん一杯飲んで」
「私、お酒はたくさんいただくのよ、でも今日はちょっと体の具合が悪いから・・・ゴメンなさい」優しいのだけれど毅然とした態度でママさんは言った。
「じゃ~とっといて下さい。楽しませてもらったみんなの気持ちです」
「それはいけないわ、じゃ~丁度にしましょう」なんとも言えない下町のイントネーションで返される。
「いや、6人できっちり割ってるんで釣りもらうと割り算出来なくなるんで」
「わかった、ぼく、顔は覚えましたよ、またいらしてね、ありがとう」
なんなのだろう、この爽快感は、プロに逢えた・・・それも人生の達人のような。
「ありがとございます。また寄らせていただきます」
みんなもうんうんと頷いている。
「写真撮らせてもらっていいですか」
「いやねぇ、こんなおばあさんでいいの」ってちゃんとポーズをとってくれた。
すごい人がいたもんだ・・・ゼンマイ仕掛けの私は極限までねじを巻かれてしまった。
ちなみにちょっと怪しげな場所に行くときのみやちゃんはとても心強いです!池袋の時も、群馬の時もそうでした。