CS放送で「傷だらけの天使」を再放送している。もう何回も再放送されているから、再々々々・・・放送くらいなのかもしれないけれど、飽きずにまた見ている。このブログの読者は同世代が多いので解説は不要かもしれないが、一応知らない人のために書いておくと、昭和49(1974)年に日本テレビ系で放映されたテレビドラマ。主演は萩原健一(木暮修:こぐれおさむ)と水谷豊(乾亨:いぬいあきら)で、ちょっと陳腐な言い方になるが、当時の青春群像を描いた人間ドラマであった。
表題の「愛の情熱に別れの接吻を」はその第16話。DVD版の予告編によれば「修はディスコで知り合った少女と一夜を共にする。修にとってはゆきずりの相手だったが、 少女は真剣に修を愛してしまう。一方、修は仕事で、ホストクラブに潜入。修は客に大モテし、ホスト仲間の嫉妬をかう。だが…。」となっている。この回は2つの極端な愛情表現がからみあっており、全26話の中でも私の好きな回である。
少女役のゲスト俳優は高橋洋子(写真は別の作品でのスチールです。)で、彼女が修を大好きになり、彼に近づく女性を殺してしまい、もう一人を殺そうとする直前に修に止められるのだが、これがまた何とも可愛くてせつない。ストーリーを冷静に眺めてみれば、「自己中心的な恋愛感情からの殺人及び殺人未遂事件」でしかないし、今時の言葉でいえば、ただのストーカーということになるのであろう。ただ、そこにあるのは一途に思いつめて不器用に愛情を全うしようとしているあどけないまでの少女の笑顔である。こんないい子に思われているんだから、もうあきらめて一緒になっちゃえばいいのにと思わずテレビに声をかけてしまいたくなる。
リアルな事件に対してこんな考え方をしたら非難囂々なんだろうけれど、こういった愛情表現をそう簡単に切って捨てていいものだろうかと考えてしまう。愛している人を他人に奪われたくないという感情は恋愛の基本とも言うべきものだろう。それに愛情表現というのは、個人あるいはケースごとにそれぞれ不思議で特別なものである。だから、それを単に「ストーカー」とか「自己中心的」とかいう言葉でラべリングして、ただ「いけないこと」と捉えてしまうことに、単純さゆえの危うささえ感じてしまうのである。誰にでもそれぞれの人生が紡ぎあげてきた恋愛観というのがあり、それが自分らしさという形で愛情を表現していけば、他人には理解できない部分が生じるのは当然なのである。それが反社会的行動として処断されることがあるのもまた当然ではあるが、そうした愛情表現の底に潜み、外からはうかがい知ることもできない複雑で混沌とした愛情が存在することを容認しない世の中はどこかファシズムに通じるような気がするのである。私自身の恋愛観がちょっと屈折しているのかもしれないが・・・。
ただまあ、正直に言えば、相手役が高橋洋子でなければそんな気持ちになったかどうか・・・。本当に私ってダメな奴ですねえ。
表題の「愛の情熱に別れの接吻を」はその第16話。DVD版の予告編によれば「修はディスコで知り合った少女と一夜を共にする。修にとってはゆきずりの相手だったが、 少女は真剣に修を愛してしまう。一方、修は仕事で、ホストクラブに潜入。修は客に大モテし、ホスト仲間の嫉妬をかう。だが…。」となっている。この回は2つの極端な愛情表現がからみあっており、全26話の中でも私の好きな回である。
少女役のゲスト俳優は高橋洋子(写真は別の作品でのスチールです。)で、彼女が修を大好きになり、彼に近づく女性を殺してしまい、もう一人を殺そうとする直前に修に止められるのだが、これがまた何とも可愛くてせつない。ストーリーを冷静に眺めてみれば、「自己中心的な恋愛感情からの殺人及び殺人未遂事件」でしかないし、今時の言葉でいえば、ただのストーカーということになるのであろう。ただ、そこにあるのは一途に思いつめて不器用に愛情を全うしようとしているあどけないまでの少女の笑顔である。こんないい子に思われているんだから、もうあきらめて一緒になっちゃえばいいのにと思わずテレビに声をかけてしまいたくなる。
リアルな事件に対してこんな考え方をしたら非難囂々なんだろうけれど、こういった愛情表現をそう簡単に切って捨てていいものだろうかと考えてしまう。愛している人を他人に奪われたくないという感情は恋愛の基本とも言うべきものだろう。それに愛情表現というのは、個人あるいはケースごとにそれぞれ不思議で特別なものである。だから、それを単に「ストーカー」とか「自己中心的」とかいう言葉でラべリングして、ただ「いけないこと」と捉えてしまうことに、単純さゆえの危うささえ感じてしまうのである。誰にでもそれぞれの人生が紡ぎあげてきた恋愛観というのがあり、それが自分らしさという形で愛情を表現していけば、他人には理解できない部分が生じるのは当然なのである。それが反社会的行動として処断されることがあるのもまた当然ではあるが、そうした愛情表現の底に潜み、外からはうかがい知ることもできない複雑で混沌とした愛情が存在することを容認しない世の中はどこかファシズムに通じるような気がするのである。私自身の恋愛観がちょっと屈折しているのかもしれないが・・・。
ただまあ、正直に言えば、相手役が高橋洋子でなければそんな気持ちになったかどうか・・・。本当に私ってダメな奴ですねえ。
この回の話は覚えてないけど、たまらん節とか、最終回の"あきら、夢の島にねむる"、には衝撃的な感動がありました。
最近、"傷だらけの天使"の記事を書こうと思っていたので、先を越されてしまいましたね?!
高橋洋子も清純派な中にもドキッとする色気を持ち合わせた女優でした。
最近は作家に転身したんでしたっけ…
魅力的な女性です。
私はいまだに口ずさんだりしてますよ。
たまら~ん、たまら~ん、たまら~んぜぇ♪
たまら~ん こけたら みなこ~けたぁ♪
この無意味さが、らしいですよねえ
ショーケン関連の記事を、ブログで紹介したいので、この記事をリンクさせていただけないでしょうか。
よろしくお願いします。
リンクの件はまったく問題ありませんよ。
こんな記事でよければどうぞお使いください。
初めまして。
昨日、テレ玉(テレビ埼玉)の再放送で見ました。
あのストーカー少女が誰なのか調べているうちにここにたどり着きました。
高橋洋子さん何ですね。
昔だったら大ファンになりそうです。
不思議な事に水谷豊つながりでしょうか。相棒の伊丹刑事と辰巳さんって顔付きから雰囲気からキャラクターまで似ていますね~。
今度のテレ玉での傷だらけの天使の再放送は5月7日だそうです。