なんくるないさ~いい加減の7割と別解で~

「お菓子のようなおいしい人に」(西村滋)。夢やロマンは想像力から。これからどんな人生が…そんな思いをつれづれに

「無駄・遊び」と「効率」は教育・人生にとって シリーズ2

2014-04-15 06:10:16 | 日記
前の記事の続きを。
「効率よく」ということ,「楽に」「ムダを省く」ことだけが是とされていることはないでしょうか。
「うまく」「上手に」「要領よく」という結果だけに目が向いてしまってはいないでしょうか。
「費用対効果」という言葉も聞かれます。
これらの言葉の対局にいるのが,「フーテンの寅さん」や「北の国から」の五郎さんではないかと思うのです。
彼らの存在が,僕たちの生活を「豊か」にしてくれている人たちだと思うのです。
寅さんの山田洋次監督が「人間,このめんどくさいもの」というブックレットを書いています。
僕が尊敬するK先生のブログをもう一度見てみます。


<遊びのコミュニケーション>が為される。この<遊び>こそがリハビリの空間を和ませ、楽しませ、やる気をいっそうおこさせてく   れたのだ。これは、ぼくなどが日本の教育界からつかみとらされていた<無駄の徹底排除>(たとえば、掃除における黙働)という   「教育的正義」の対極にあるものだ。



学校という場は,同一年齢の子どもたちを「教室」という場所に集め,一人の教師が効率よく「教育(学習)内容」を効率よく教えていくところなのでしょうか。
僕は,首を横に振りたいのです。
ちょっとだけタイトルに近づきました。次回,さらに近づきたいと思います。

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