車窓の景色をしばらく眺めていたマルコーは小腹が空いたと思い、貰った紙袋を開けてみた、サンドイッチや飲み物以外にも飴や焼き菓子も入っている、汽車に乗り込む
まで色々とノックスと今後の相談をしていたので、食べ物を買う時間もぎりぎりで我慢するしかないと思っていたので有りがたかった。
何を食べようかと迷っていたがふと視線を感じて顔を上げると、底には自分を見下ろしている大男がいた。
「スカー君じゃないか、どうしたんだね」
仕事か、どこかへ出掛ける途中なのだろうか、良かったら座らないかと声をかけると同時に、自分が抱えている紙袋を見ている事を気づいて沢山有るんから食べないかと
飲み物とパンを差し出した。
「帰るとは聞いていたが、今日だったのか」
「ああ、予定が早まってね、君は」
「行き先は同じだ、良かったら泊めてくれるか」
構わないと頷いたマルコーは仕事かねと尋ねた。
「今、イシュヴァールに移住する人間が増えている、土地が安い事もあるんだろう、それで区画整理だけでなく、色々と」
一人で帰らなければならないと思っていただけに、連れができたのは嬉しかった、たとえ日頃から無口な相手でもだ、長いと思っていた汽車の旅もあっという間だった。
自宅に着いたときはほっとした、二ヶ月、いや、それ以上か、なのに自分の住んでいた付近には新しく家が数軒、軍から派遣された医者が自宅近くで診療所を開いていた
のでほっとした。
夜になったらノックスに連絡しようと思い、早めの昼食を食べようとしていたとき電話が鳴った。
「おう、そろそろ着く頃じゃねぇかと思ってな、実はな、錬金術講座のことだが、近いうちに廃止になるみたいだ」
えっ、何故と聞き返す、急すぎないかというとノックスも昨日、聞かされたばかりだという、だが、それだけではない、軍が学校を作る準備をしていると聞いて驚いた。
「誰でも入れるのかい」
すると入学金とか、色々と金が結構かかかるらしい、講座を金儲けに使おうと考えている連中の仕業だといわれて納得した。
錬金術講座に最初は見向きもしなかった高官が、ここにきて考えを変えたらしい、講座の事を知った金持ちが自分の子供達を錬金術師にしたいと高官達に金、つまり賄賂
だと聞いてマルコーは、がっくりとなった。
「まあ、そういうことを考えてるのは老害と呼ばれても文句は言えねぇ連中だ、正直なところ、学校が成功するかは半分賭け、博打じゃねぇかと俺は思ったね、他の皆
も、そう思っている」
偉い教師が手取り足取り教えたところで全員が錬金術師になれるわけではないといわれて確かにとマルコーは頷いた。
「で、キンブリーやイズミ、希望のある奴は弟子にしたいと言ってるしな、退役軍人が養子先とか、弟子入りできそうなところを進んで斡旋してくれるみたいだ」
「そうなのか、退役というと」
ブラッドレイ、マルコーの脳裏に退職して暇だ、やることがないとぼやいていた男の顔が浮かんだ。
「ところで、おまえさんが以前、気になっていた医術書だったか、再版がかかったぞ」
驚いたのも無理はない、するとノックスは笑った、作者が亡くなって出版業界も変わったんだろう、医術の独占は進退の妨げになるとか、一部の人間が言い出したらし
い、ただ、内容が難しく、情報量もかなりだからと続く言葉を遮った。
「金は出す、頼む」
「おおっ、即決か、流石だな、多分遺族の最後のあがきだな、冊数まで限定されて高額だが」
任せろという友人の言葉にマルコーは、ほっとした。
その日、マルコーの元に客が来た、セントラルの職人の元で働いているという二人の男女は先生は甘い物が好きですよねとクッキーと焼き菓子の詰め合わせを持ってき
た。
「すまないね、それにしても、こんなところまで来るとは仕事なのかい」
「支店を出さないかって話があるんですが、その前に下見をしようということになって、他の職人達も、こっちに来ているんです」
「そうか、ところで」
この時、気になっていた事を尋ねようと思った、ノックスとの電話の後、医術書の事に夢中になって聞きそびれたのだ。
「彼女、木桜さんは元気かね」
すると二人は、マルコーをじっと見た、青年が何か言いかけようとした瞬間、どかっと隣の女性が青年の脇腹に肘鉄を食らわせた。
「あんた、余計な事を言わない、当人は気にしてないわよ、余計な事を言ったら先生が気にするでしょ」
なんだ、今のやりとりだけで凄く気になるんだがとマルコーは二人をじっと見た。
ぶんぶんと首を振る女に青年の方がやっかみですと呟き、隣の女を見た、話した方がいいよと促すように声をかけた。
「少し前からノックス先生の助手として軍の医療室で働いているんですけど、そしたら桜さんに文句を言ってくる人がいて」
「ノックス先生も、ほっとけって言ってるわ」
「おまえ、言ったのか、先生に」
ま、まあねと曖昧な返事が返ってきた。
「なんだよ、それ、俺より先に告げ口してたのかよ」
ぶつぶつと呟く青年は俺たちも詳しい事は知らないんですと言われてそうか、マルコーは頷いた、ノックスに聞いた早いと思ったのかもしれない。
「困っていることはないのか」
夕食が終わった後、いきなりかかってきた電話を受けたノックスは珍しく、興奮しているなと落ち着けよと声をかけた。
教え子が自分の家に来た事を話すと、ノックスは笑いながら話を切り出した。
「まず、報告だが、俺は明日で軍医はやめる、ただの町医者に戻ったよ」
肩の荷が下りた気楽なもんだ、笑い出す友人の声に、どうしてだと聞き返した。
「学校建設だよ」
「それは以前」
「まあ、聞け、自国、アメ人を優先ということになっている、裕福な金持ち学校ってのが本音だろうとキンブリーの兄ちゃんが言ってたがな、だが、そういうのは馬鹿げ
ていると言ったんだが、そしたら重箱の隅をつつくみたいに俺の粗探しだ、軍医としてどうなんだ、異国の女を助手にしてときたもんだ」
で、こっちから辞めてやったというわけだ、とにかくこれで軍とは無関係だ、今後一切呼び出しをするなと大佐に嫌みを言ってやったぜと笑うノックスにマルコーは頷い
た。
「ところで本の予約だが、喜べ」
手に入ったら送ると言われて喜んだが電話を切った後、また、彼女のことを聞き損ねてしまったとマルコーは、はっとした。
「おうっ、ネェちゃん、頼まれてくれねぇか」
途中で事故にあったり、盗まれたりしたら大変だからな、旅費と弁当代を出すぞと言われて不思議そうな顔になったのはいうまでもない。
数日後、荷物を抱えた彼女はイシュヴァール行きの汽車に乗り込むこととなった。
汽車の旅なんて久しぶりだと窓の外を見ながら、マルコーさん喜んでくれるだろうかと、その瞬間の事を考えた。
ノックスさんに頼まれて医術書を届けに行くのだが、セントラルからイシュヴァールまでは結構かかるらしい、汽車で乗り換えをしながら三日ほどと聞いて驚いた。
慌てることはない、途中で下車してゆっくりと行けばいいと言われたので気楽なものだ。
講座がなくなって、暇になったなあと思ったら色々と教えてやるからとノックスさんに医術書、助手として働けと色々と教えてやると言われて本を読みあさり、消毒薬や
簡単な治療の仕方を教えて貰っていたら一日、数日なんてあっという間だ。
少し悲しかったのは巨大ベアとお別れすることだ、あれはノックスさんの診療所待合室で子供達のアイドルになってしまった。
午前中の診察は殆ど終わり、少し遅めの昼食を食べていると車のエンジン音が聞こえてきた、誰か来たのかと思って外に出るとスカーが、続いて降りて来たのは知らな
い女性だ、ところが。
お久しぶりです、マルコーさんと声をかけられて驚いた。
「おう、着いたのか、時間かかったな」
電話の向こうの友人に聞きたい事があるとマルコーは低い声で呟いた、隣の部屋で寝ている彼女は疲れきっていて起きることはないだろう。
「顔色がよくないぞ、体調、病気じゃないだろうな、それに少し痩せている」
「化粧のせいじゃねぇか」
「本気で言ってるのか」
あー、まあ、間延びした声で色々とあったんだと電話の向こうの声のトーンが少し下がった。
「おっ、患者だ、すまん」
患者と言われては話を続ける事ができない、とりあえず、彼女が目を覚ましたら、消化のいいものを食べさせようとマルコーは台所に向かった。
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