ノックスさんから頼まれた医術書を見るとマルコーさんは喜んだ、だが、その後は何故か、寝ると食べるだけの生活が一週間ほど続いてしまった、掃除や洗濯をしようと思ったら、長旅で疲れただろうから休みなさいと言われてしまうのだ。
いいのだろうか、気を遣われているのだろうかと思ったが、三時のおやつまでついているとお客様扱いされているようで嬉しい反面、もしかしてと嫌な事を考えてしま
う。
具合が悪いのか、あの女はとスカーから聞かれたマルコーは返事をしようとして少し戸惑った。
目の下にはクマは化粧で誤魔化してたのだろうが、風呂上がりの彼女の顔色は自分が知っていた頃とは違う、顔つきも少しほっそりとして、痩せたというよりは肉が落ちたという感じだ。
気になってノックスに聞こうとすると、まあ、色々あってなと言われてしまって詳しい事情はスルーされてしまう。
「説明はちょっと待ってくれ、正直、俺はただの町医者の方が気楽でいい、おまえさんもだろ」
ネェちゃんは、こっちに戻らない方がいいと言われて、仕方なく頷く、もしかして何か知っているかもしれないとスカーに尋ねようとした、ところが。
「お久しぶりです、ドクター、お元気そうで安心しました」
それは珍しい来客だった、キンブリーの訪問にマルコーが驚いたのも無理はない、講座が廃止されて暇なのだろかと思ったが、キンブリーの顔を見て疲れているのかねと聞くと、ええと素直に頷いたので驚いた。
講師をしていた時より今の方が忙しいという。
「実は、ここに来たのは直接、確認したかったというのもあります、療養所の件で」
そのことだがとマルコーは言葉を飲み込んだ、数日前、ノックスから自宅の療養所を改装しないかと言われて迷っていたのだ。
「先生、外に出ませんか、少しこの辺りを案内してほしいんですよ」
外に出るとキンブリーは、元気になったみたいですね、彼女と笑った。
「やはり、イシュヴァールに来たのは正解でしたね」
「ノックスに頼まれて本を届けに来たと思っていたが、それだけではないのかね」
学校建設ですとキンブリーは低い声で呟いた。
「ノックス先生を正式な軍医と思った人間が助手になればと思ったんでしょうね、ところが、生徒だった筈の人間が助手として、しかも異国人となれば、いい気分ではないでしょう」
その話は初耳だ、だから、ノックスは説明しづらかったのかとマルコーは驚いた。
「実は他にも生徒同士の間でも、ありまして」
キンブリーは少し声のトーンを落とした。
「全く、金と権力に固執しすぎると人間は駄目ですね」
聞けば理由を詳しく話してくれるかもしれない、だが、友人の話と照らし合わせると予想がつく。
金のある裕福な自国民の生徒だけで学校を作る、すると扉をくぐって、こちら側に来た彼らは。
最初は錬金術を学ばせたところで意味がないだろうという意見があった、だが、それは軍の怠慢ではないかという意見で上は折れたのだ。
「何かできる事はないかね、私に」
セントラルの事はとキンブリーは首を振った、手を出せないといわんばかりだ、ところで、この辺りの土地は所有者が決まっているのでしょうかと言われてマルコーは首を振った。
「ところで、ここに療養所を新しく立て直す、いや、増築というのはどうですか」
簡単に言ってくれると思ったのは無理もない。
「少しは貯め込んでいるんでしょう、何も大病院を建てるという訳ではありません」
随分と積極的というか後押しをしてくるなと思ったのは無理もない、だが、それだけではない、施工業者を任せて貰えませんかとキンブリーはマルコーを見た。
「実は弟子入りさせた生徒、ドボジョの三人を覚えていますか」
ああとマルコーは頷いた、キンブリーの錬金術は自分達の仕事に必要ではないかと講座を受ける熱心さは有名だったからだ、ところがクビになったんですと意外な言葉が返ってきた。
「それで機械鎧の工房に弟子入りさせました」
「畑違いだろう、彼女らは建築の」
「ええ、ですが、工房の主人、主人のガーフィールと話した結果、そこに収まったんです、彼女らを受け入れてくれるところは難しいだろうと」
「実は、新しい学校の教師にならないかという申し出がありまして」
この男の事だ、受けたのか、いや。
「クビになったのは自分達の仕事が満足できるものでなかったからと報告に来たんです、ですが」
そういってキンブリーは黙ってしまった、沈黙がしばらく続いた後、増築は以前から考えていたんだと、話を進めようかとマルコーは声をかけた。
翌日、土地をならすために重機が運ばれてきた、病院の増築ということで地元の住人も手伝うことになった、ところが、数日後、話を聞きつけてきたのだろう、セントラルから数人の人間が視察という名目でやってきた。
だが、補助金を受けている訳ではない、個人の病院建設に軍が関与する必要があるのかと追い払ったのはキンブリーだけではなかった、アイザック・マクドゥーガル、軍を辞めた後、民間事業でイシュヴァールの復興に助力している男の姿に軍の視察と称する人間は顔色を変えた。
街の近くに古い空き家があって、その家を療養所に改装するつもりだという、業者の手配も施工もすぐに取りかかる事になると聞いて驚いたのも無理はない。
こちらに移住してくる人間も増えている、忙しくなるだろう、手伝って貰えるとありがたい、マルコーの言葉に、でもと言いよどんでいると。
「ノックスの方は息子がいるからな、向こうで色々と手伝っていたんだろう、いや、帰りたいというなら無理強いは」
手伝いますと即答されてマルコーは、ほっとした、今、向こうに帰らないほうがいい、ノックスもだが、キンブリーの話を聞くと益々、そう思える、スカーが生徒達の間のことを何も知らないというのは驚いたが、キンブリーの話を聞くと納得した。
こちらに来てしまった生徒達は、こちらの人間、相手が自分達と同じ子供同士でも喧嘩などをしては問題になると思っているらしい。
難しい顔つきで、その事を話していたキンブリーの顔を思い出すと、マルコーはなんともいえない気分になった。
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