「ノックス先生って、付き合っているんですか、彼女と」
彼女というのが誰のことか分かっているので、ああと軽く頷いたが、それを返事とは受け取らなかったようだ、若い軍人はどうなんですと聞いてきた。
「先生の事をさんづけで呼んでいるし、講義の後は一緒にいることも多いみたいですし」
マルコーもなとノックスは付け足した。
(こいつか、付き合おうと行ってくる若い奴というのは)
「ネェちゃんは居候だ、俺んとこにな」
「い、一緒に住んでるんですか」
青年は驚いた顔になった、まさかといいたげな半信半疑の顔つきだ。
「い、いえ、でも、彼女はマルコー先生とも一緒にいること多いですよね」
「そうみたいだな、で、おまえさんになんか、関係があるのか」
飯ぐらいゆっくり食わせてくれよと思いながらノックスは、皿の上のビフカツサンドを手に取ると一口かぶりついた。
そのとき、食道に二人の男が入ってきた。
こっちだとノックスが手招きすると、やってきたのはマルコーとスカーだ、二人が来ると若い軍人は軽く会釈をして去って行く、不思議そうな顔をするマルコーに。
「ネェちゃんと俺は付き合ってるのかと聞いてきた、暇人が多いな」
呆れたようにノックスは呟いた。
「そうなのか、で」
「俺のところに居候してると言ったから分かったと思うがな、バツイチだから期待してたのか、まあ、若いってことだな、ああいうのも」
「一緒に、住んでるのか」
マルコーの言葉に成り行きだとノックスはむっとした顔になった。
「この間から、鼻水ずるずるで風邪だ、聞けば公園で野宿してるっていうもんだから、まったく、女ってだけで襲われても不思議はねえから、家に居候させてるよ」
友人は一見、粗野でデリカシー、見た目とは違い優しい人間だ、ほっとしたマルコーだが、次の言葉にえっとなった。
「掃除、洗濯、飯の支度で宿泊料はタダだ、優しいだろう、俺は、人間、甘やかしたら駄目だ、だから、パンツまで洗わせてるがな」
マルコーとスカーは顔を見合わせた、内心、ひどいと思ったのかもしれない。
「そうだ、今日の夕方、家へ飯を食いに来ないか、スカーの兄ちゃんも」
飯と聞いてマルコーは微妙な顔つきになった。
「出前なら店に行った方が、おまえさん、料理は得意ではなかった筈だが」
若い頃から、いつも店で買ってきたサンドイッチや酒のつまみになりそうなものばかりを食べていたはずだ、自分と同年代でありながら腹が、それほど出ていないのは医者という仕事が忙しいからだろう、マルコーの表情に俺が料理なんてかするわけないだろうとノックスは笑った。
「もしかして彼女が、作るのか」
「おう、ついでにサバトの報告もしてくれ」
「いや、あれは結局、行かなかった、用ができて」
「うまいこと逃げたのか、まあいい、頼みたいこともあるしな」
もし行ったら、報告しろと言われていただろう、人の不幸は蜜の味ではないが、友人は、こういう話を肴にして酒を飲むと飲む量が増えて酒癖も悪くなる。
友人の自宅へ向かう途中、ふと足を止めたのはケーキ屋の看板を見つけたからだ、手土産に買って行くかと考えた、友人は甘党というわけではないし、ケーキなど甘い物を好んで食べるタイプではない、彼女へのお土産だ。
しかし、様々な種類がある、しかもネーミングが、仕方ない、大人買いをするしかないのかと思ったとき、視線を感じて振り返るとスカーが立っていた。
「ああ、手土産をね、種類がありすぎて迷っているんだよ、好みは分かるんだが」
苺、ベリー、甘酸っぱいものが好きなんだと説明するとスカーはウィンドーのケーキを見ながら次々と注文を始めた。
人間は見たことのない食べ物を初めて目にするとびっくりするようだが、まさに、今のスカーがそれだった、白い小麦粉の皮を練った皮に肉や野菜を刻んで茹でたものをタレにつけて食べるらしい、肉まんを小さくして茹でたものだとノックスの説明に、だったら肉まんじゅうを蒸して食べればすぐに腹が一杯になるだろう、こんな小さなものをちまちま作って手間も時間もかかるだろうと思ったが、それを口には出さなかった。
「旨そうに食うな、兄ちゃん」
ノックスの言葉に顔を上げたスカーは自分が無言で、皿の半分を食べていたことに気づいた、マルコーはといえばシン国の料理に似ているなと酢醤油、ごまだれと試している。
「良かったら作り方を教えてくれないかね」
「いつもレシピは適当なんですけど、美味しいですか」
「ああ、さっぱりしていていくらでも食べられる」
皮を薄くして焼きにするのもありですよと言いかけて女はスカーを見た。
「あっさりしすぎてません、良かったら焼き餃子、すぐにできますよ」
「遠慮するな、傷の兄ちゃん、ついでに酒だ」
ノックスの言葉に女は、台所に姿を消す。
「しかし、こういう旨いのを食うと、バツイチというのもわかるぜ」
ノックスの言葉にマルコーとスカーは意味が分からないという顔だ。
「食いもんだ、まあ、好みというのもあるが、別れた旦那はヴィーガンだったらしいからな」
「もしかして菜食主義者ということかね」
かなりストイックだったらしい、おまえケーキを買ってきただろうとノックスは友人を見た。
「最初は肉と魚、それから甘い物だ、卵、乳製品、動物性脂肪は駄目だとか、ケーキも駄目とか、きついぜ」
この時、マルコーは彼女がケーキを食べていた時の事を思い出した。
「山羊や羊みたいに草だけ食って生きるって訳にはいかねぇだろ、人間様はよ」
確かにとマルコーは頷いた、女性ならダイエットでカロリーの高い肉や魚を食べないということもあるだろう、しかし、菜食主義が健康にいいとか、嗜好品まで制限されたら大変だろう。
あー、食った、食ったとノックスの言葉に確かにとマルコーとスカーはテーブルの上の皿を見た、最初は水餃子と酒、焼き餃子が追加されて、汁物が欲しいとフォー、米で着くったライスヌードルだ、これは鶏胸肉でだしを取ったのであれだけ食べたのにと思うマルコーでさえするすると、胃袋に入ってしまった。
腹一杯だ、うまかったとノックスはご機嫌だ、だったら、お願いの一つぐらい聞いてください、疲れて酒を飲む気分にもなれないという彼女はデートがしたいとぽつりと呟いた。
「なんだ、そんなことか、よし、マルコー、任せたぞ」
任せたぞ、なんだ、マルコーは、えっとなった。
「はい、これ、鳥飯のおにぎりです、朝ご飯にどうぞ」
帰り際、新聞紙に包まれたおにぎりの包みを手渡されて、ありがとうと言いながら帰ろうとしたマルコーだが、ふと、立ち止まり振り返った。
「よかったら、今度、ケーキを食べに行くかね」
それってデートですかと聞かれてしまい思わず返事に困ってしまう。
「デートなのか、マルコー」
帰り道、スカーに聞かれてマルコーは困った表情で隣をみた。
「私は今まで結婚というものをしたことがない、だから、こんなことを言える立場ではないが、色々とあったんだろうと思う、別れるにあたってはね、だがね、嗜好が原因で別れるというのは、なんというか、つまり、ああ、うまく説明できないが」
何が言いたいのか、わからない、いや、少し、分かるような気がする、だが、聞くんじゃなかったとスカーは思った。
デートか、なんてとスカーは思ってしまった。
マルコーさん、聞き上手ですよねと言われ、意味が分からず、どう答えればいいのか迷っていると笑われてしまった。
「ちゃんと話を聞いてくれて、答えて、返事をしてくれるし、さっきから、ずっと、喋りっぱなしですけど、うるさくないですか」
苺のショートケーキ、ベリームースと紅茶を食べ終わって散歩がてら街中を歩いているのだが、セントラルの街に詳しくない彼女は建物を見て質問するのだが、自分はそれに答えているだけだ。
「いや、自分は喋るのは得意でないというか」
「そうですか、説明してくれるの、とてもわかりやすいですよ」
「疲れないかね、一時間以上も歩いているが」
腕時計を見たマルコーに、そんなにと驚く彼女は喉、乾きませんかと尋ねた、どこか喫茶店でもと思ったが、ホットドッグとドリンクの屋台が目に入ると、今度は自分が奢りますよと言われてマルコーは思わず笑ってしまった。
「ノックスのところで毎日忙しいみたいだね」
「少し手伝ったりするだけなんですけど」
「いや、助かってると言ってたよ」
本当ですかと言われて、ああと頷く。
「信用しましょう、マルコーさんのいうことですからね、ノックスさんはちょっと胡散臭いところがあります」
胡散臭いという、その言葉に思わず吹き出しそうになる自分がいた。
その日、午後の講義が終わり、帰ったら洗濯、掃除をしてと頭の中で予定をたてながら、それからどうしようと思い外に出たところで、おいと声をかけられた。
「スカーさ、先生」
慌てて先生と言い直すと、呼び捨てでいいと言われて彼女は、んっっという顔になった、自分に何か用でもあるのだろうかと思っていると、何かを突き出された、小さな紙袋だ。
「焼き菓子だ」
はあっ?と間の抜けた返事をしてしまったが、この間の飯の礼と言われて思わず頷く、以外と律儀、いや、礼儀正しいんだと思いながら受け取る。
ところが、このやりとりを見ていた女達がいた
「スカーさんが、桜さんに付き合ってくれって」
「告白、スカーさん彼女いなかったんだ、でもムンクでしょ」
「外国のお坊さんって戒律とか厳しいんじゃないの、一生、女を知らないい人もいるって
いうし、バツイチと童貞って、なんかいいわね」
「萌えるわーっ」
「で、その後は」
「直接、聞くしかないでしょ」
知らないところで、こんな話が進んでいるなど本人達は少しも知らなかった。
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