※表紙写真 北野天満宮
2021.10.17(日)曇り
5 歩行内容


さすが京都協会、各所にスタッフを配置、ヤバリも丁寧に設けられている。














堀川から今出川通りに入り東進。
同志社大学の角を右折し、京都御苑に向かう。
門を入り、中立売休憩所で休憩をとる。

リスタートし、中立売御門を出て烏丸通を南下。

菅原院天満宮神社に詣でる。





文子(あやこ)天満宮に詣でる。



東洞院通リを南下し、京都府ウォーキング協会前でIVV 認定シールを受け取る。



1 例会名
菅原道真を巡る
(10月ファミリーユース)
2 主催
京都府ウォーキング協会
3 参加者数
154人(スタッフを含む)
4 コース
JR円町駅→北野天満宮→水火天満宮→京都御苑→菅原院天満宮→綾西公園→菅大臣神社→文子天満宮→JR京都駅

5 歩行内容
天満宮(通称・天神さん)を巡った。この神社、平安時代の公卿菅原道真公を祀る。
菅公と呼ばれた道真、類稀なる才能を有し、人々から厚い信頼を得ていたが、政略により太宰府に左遷され没した。
その後、道真の怨霊が恐れられるようになり、太宰府と北野2箇所に神として祀られる。すなわち太宰府天満宮と北野天満宮である。
以来全国の道真縁(ゆかり)の地等に神社が造られた。
今日のコース、京都市内の道真公縁の神社等を巡った。
円町駅にて受付。地図を受け取り自由歩行でスタート。

遥か北九州市からM様御一行も参加される。久しぶりにお会いした。

さすが京都協会、各所にスタッフを配置、ヤバリも丁寧に設けられている。

春日通りを北上、今出川通りに出てしばらく東進、北野天満宮を目指す。


北野天満宮に到着、境内を北に抜ける。境内に修学旅行生を見かけた。
これまでに幾度となく訪れた場所、説明を略す。


寺之内通りを通り、鞍馬口通りを東進する。




堀川通りに出て南下。



水火(すいか)天満宮に詣でる。
都の水害・火災を鎮めるため、醍醐天皇の勅願で、道真の師でもあった延暦寺の善意僧正に命じ、「水火の社天満自在天神宮」という新号の勅許を賜り、水火社天神天満宮として、道真公の神霊を勧進し建立された。「日本最初の天満宮」と号している。
(当日配布されたマップに記載された文章より。)



堀川から今出川通りに入り東進。

同志社大学の角を右折し、京都御苑に向かう。

門を入り、中立売休憩所で休憩をとる。


リスタートし、中立売御門を出て烏丸通を南下。


菅原院天満宮神社に詣でる。
菅原氏の邸宅「菅原院」があった場所。道真、その父祖が祀られる。道真生誕の地と伝えられる。




丸太町通りを経由し、西洞院通を南下する。



綾西公園を抜け、
菅大臣神社に詣でる。
この地はもと道真の邸や、菅家廊下といわれた学問所の跡で、誕生の地とも伝えられる。


五条通りへと進み東進。 



右折し、間之町通りを南下。

文子(あやこ)天満宮に詣でる。
太宰府に左遷された道真は、延喜3年(903年)59歳で没した。没後、道真の乳母多治比文子は「われを北野の右近の馬場に祀れ」との託宣を受けたという。しかし文子は貧しく、社殿を建立出来ず、右京七条の二坊の自宅に小さな祠を建て、祀ったといわれており、北野天満宮の前身ともいわれている。以後、天明、安政、元治の大火で類焼したが、その都度再建された。現在の社殿は大正7年(1918)に造営されたものである。
(マップ記載の説明文より)
(マップ記載の説明文より)



東洞院通リを南下し、京都府ウォーキング協会前でIVV 認定シールを受け取る。


JR京都駅まで歩き、嵯峨嵐山線の電車で、愛車が待つ円町駅まで帰った。
雨に会わず完歩出来て良かった。
スタッフの皆様、お世話になりました。

