映画の話
ハリウッド女優ニッキー・グレース(ローラ・ダーン)は未完のポーランド映画『47』のリメイク『暗い明日の空の上で』の主演で再起を狙うも、映画の展開とリンクするように、私生活でも相手役デヴォン・バーク(ジャスティン・セロー)と不倫をし、現実と映画の区別が付かなくなり、そして……。
以上のようなストーリーなのだが、ストーリーは有って無いようなもの。映画は大きく分けて五つのパートから成り立っている。
ハリウッドを舞台とした「女優ニッキー・グレイスの世界」と「映画内映画『暗い明日の空の上で』」。
ポーランドを舞台とした「ロスト・ガールの世界」と「映画内映画『47』」
そして、その空間を繋げる「RABBITSの部屋」。
この五つのパートに、更に細かいシークウェンスが絡んで時間軸も微妙にねじれていて見ていて頭の中が混乱してくる。
映画は、リンチお得意の物凄い重低音を含んだインダスト・ノイズで幕を開ける。劇場の壁や天井もビリビリとビビッている。
顔にボカシの掛かった男女が情事をする部屋。その姿をテレビで見ている女。
つまらない笑いに観客の爆笑が被さるウサギ人間の部屋。
凄い形相の老婦人が女優ニッキー・グレイスの家に訪問して、ニッキーの未来を暗示するような話をし始めて話が動き出す。
この映画はリンチの家の近所に、たまたま近所に引っ越してきたローラ・ダーンの為に、リンチが運営する有料サイト用に70分の作品を作るはずだったのが、リンチ興が乗り、ロサンゼルスとポーランドで、その都度脚本を書いて撮影を続けた結果、3時間の超大作になったと言う。
その要因に一躍かったのはデジタルビデオ撮影(以下DV撮影と記載)なのではないだろうか?
本作は全編DV撮影がされていて、オートフォーカスのピンボケや手振れもお構いなしに、ブレーキの利かなくなった暴走列車のように映画は全編突き進む。
映画の感想
リンチ節炸裂である。私も自称“リンチフリーク”であるが、私のような凡人が理解するまでもなくリンチは、はるか遠い向こうの世界を歩いている。リンチは一旦「ストレイト・ストーリー」で我々凡人に歩み寄ったようだったけど、その後の「マルホランド・ドライブ」でまた向こうの世界に行ってしまい、本作では更に違う次元に行ってしまった。
この滅茶苦茶な世界観に、一本筋の通ったリアリティを与えたのは紛れも無く本作の共同制作と主演を勤めたローラ・ダーンの力だったような気がする。リンチのデタラメナ撮影にめげずにリンチの世界観を理解して同じテンションを維持して美しい顔をしわくちゃにして苦悩の表情で、リンチの脳内世界である「内なる帝国(インランド・エンパイア)」の住民を熱演している。
映画には、リンチ映画でお馴染みの真っ暗闇にインダスト・ノイズや、リンチ作品のキーワードの“赤”が映画の中に散りばめられていて、赤い椅子、赤い照明、ビロードのカーテン、赤いドレスなどがリンチワールドを盛り上げる。
この映画を3時間の陶酔と見るか、拷問と感じるかは見た人の感性しだいである。
映画「インランド・エンパイア」の関連商品はこちらをクリック。