同性愛に気づいてしまった少年が、
キリスト教の矯正施設に入れられて、
そこで驚愕のプログラム体験する、というお話でした。
同性愛は神が認めて無いから、
悪魔がとりついているだとか、
逆にトラウマになりそうな、プログラムに驚愕!
日本人からしてみたら、今の時代にそんな事が!?
しかもアメリカで???
と、なりました。
堂々とゲイカプがドラマになったり、
同性愛に対する偏見ってあんまり無いような気がするけど、
まだまだあるんでしょうか。
自分の悪い部分って直したいと思うけど、
それって、自分を否定してる事になるわけで、
何が良くて何が悪いか、
それが曖昧な時点で、
無駄な事なのかもなーーとおもいました。
無理して矯正したら、
今度はそれを人に強制する事になりかねないもんなーーー。
この方が矯正プログラの教官だったんだけど、
たぶん、自らのゲイを克服したからこそ、熱心に矯正プログラムを強制してたんだと思う。
自分は出来たから、
オマイらも出来る!
って、信じてる!!
愛はあったと思うんだーー。
同じように、この作品の中の校長先生も、
幼少期に最低の生活をしておけば、
大人になったら、どんな生活も耐えられる強い人間になれる。
=それが幸せ
と、信じてた感じ。
宇宙飛行になりたいなんて、あほな夢は捨てろーって!
(だって、なれないから、そんな夢、持つだけ辛いだろ?)
単に虐待してるとかではなく、
愛はあった感じなんだよねーー。
そっちのが問題なのかなーーー。
って、私も?
私もこういう所あるのかな???
だから、こういう作品観たのかな??
俺は我慢したから
俺は克服したから
俺は耐えたから
お前も頑張れ!!
って、ネガティブを強要するのはやめたい。
そういう性質があるなら、断ち切りたいって思います。
水晶が必要だ\(^o^)/
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