「3年間通ったこの高校とも、お別れかあ」
「閉校記念式典、長かったねー」
「校長先生や来賓の祝辞が長いのは、お約束だろう」
「だねえ」
今日はそれぞれスーツのような改まった服装をしている。
地元の、卒業した高校が学校改編のため廃校となることに決まり、今日がそのセレモニーだった。
卒業後、揃って顔を合わせるのは成人式以来、5年ぶり。
5人の仲間。そのうち、男子の1人は大学卒業後に他界していた。社会人になってこれから、という時だった。重い病を得た。
だから今、高校3年の時の教室に集まったのは4人。女が2人、男も2人。
「かっちゃん、お父さんが来てたね。代わりに。体育館で見た」
亡くなった仲間は克也という。あまり口数は多くなく、授業中も眠ってばかりいたが、地元では有名な陸上選手だった。実業団からスカウトも来ていた。
「まだなぁ、なんかピンとこないんだよな、克也が死んだってことが。……成人式で元気だったろ、あの後なあ、まさか就職してすぐ入院するなんてなあ」
「かっちゃん、あたしたちに病気のこと知られたくなくて、親御さんとかにも口止めしてたからね……。最期も会えなかったし」
「マナミも会えなかったんだよね」
「あ、うん。最期はね。でもお見舞いには行けたよ、まだ元気な頃に。でも、不機嫌そうに大丈夫だから早く帰れって言われたよ」
「克也はなー、マナミのこと好きだったからな。弱ってくところ見られたくなかったんだよ」
マナミは困った風に微笑った。
「そんなことないよ。かっちゃんにそういうこと言われたこと、ないし」
「……」
他の3人は黙った。何を慰めても取りなしても、故人はもう帰らない。
マナミは「懐かしいなあ、かっちゃん、席替えしてもいつもこの席譲らなかったよね。窓際の最後列。よく突っ伏して寝てたっけ」と場の空気を変えるように言った。そして、その席に歩み寄り、天板を優しくなぞる。
椅子を引いて、腰を下ろした。克也がよくやっていてように、腕を枕にして右頬を突っ伏す。早春の陽光が眩かった。
そこでふと、マナミは気づいた。この姿勢、この机でなければ目に映らなかったものがある。いま、この高校ともお別れという段になり、神様が奇跡を見せてくれた。
「……マナミ、どうした?」
じっと机に伏せたままでいる彼女に、仲間が声をかける。マナミはやっとそこで顔を上げ、かすかに滲んだ涙を指先で押さえた。
「どうした?大丈夫?」
「うんーー大丈夫。なんだかなぁ、もっと早く伝えてよって感じ。今日の今日、式典の後にこれ、見せてくる?遅いよー、ほんとに……」
言ったきりまた嗚咽を漏らし、顔を手で押さえてしまう。
他の3人は顔を見合わせ、彼女の座る机を囲んだ。そして、促されるがまま、天板の端、左下の隅っこに細くカッターのような鋭利な刃物で彫られたとおばしき文字に目を近づける。
経年劣化した木板には、情熱的な愛の言葉が刻まれていた。
マナミ、世界一好きだ
ハタチ越えたら結婚しような K
仲間たちがマナミの背を、肩を、頭を優しく撫ぜた。彼女の頬を温かい涙が濡らす。
もう鳴らないはずの授業のチャイムが何処からか聞こえた気がした。
#愛言葉