「ごめん、待ったか」
午後の緩やかな光が差し込むカフェの窓辺の席に、彼が歩み寄る。
「ううん、全然」
彼女が、かぶりを振る。満面の笑みを浮かべて。頬杖をほどき、対面の席に座る彼を見つめる。
日差しが彼女の金髪を縁取り、淡く輝きを放っている。まるで一幅の絵画、肖像画でも見ているかのような美しさだった。
彼は目を細めて、注文を取りに来た店員に「コーヒーをひとつ」と頼む。
そして、
「嘘だな。30分以上も前に着いてただろう」
既に空に近い彼女のカップを見ながら言った。
アルフィンは紅茶党。銘柄は分からないが、もうカップの底がうっすら見えるほどに減っている。
「ご名答」
「ご名答も何も、今日は先に出る.待ち合わせしたいって言ったのはそっちだろ」
いったいどういう風の吹き回しだ? ジョウは尋ねた。
前から今日はデートの約束をしていた。久しぶりのオフなので、買い物がしたいとアルフィンがねだった。
ジョウも異論もなく、出かける時間など打ち合わせようとしたのだが、アルフィンが今回は待ち合わせがしたい。出先で落ち合いましょうと別々に<ミネルバ>を出たがった。
そして、今に至る。
「たまには、デートっぽいことしたいなって思っただけ」
アルフィンは少しだけ肩をすくめた。
「デートっぽいこと?」
「好きな人とおしゃれなカフェで待ち合わせて。先に着いちゃって、まだかな、まだこないかな、待ち合わせの時間まであと少しだな。もう来るかな、どきどきするなって、そういうときめきをたまには感じてみたいなあって思ったのよ」
悪い? と少しだけふくれる。
ジョウは、首を横に振る。
「悪かない。全然」
「発想が子どもっぽいとか思ってるんでしょ、あなた」
上目で掬うように見上げる。碧い瞳。
「思ってない。思ってない。……ただ、」
「ただ?」
「――たまには外で待ち合わせたいだなんて、めっちゃ可愛いこと言うなって思うだけだ」
言ってジョウはほのかに赤くなった。窓の外に視線を逃がす。
一緒に暮らしていると、公私の境目があやふやになって、買い出しで出かけているのかデートなのか目的がごっちゃになることもある。買い出しのついでに映画を見たり、ふらっとアトラクションに立ち寄ったりもするからな。
自分としてはアルフィンと出かけられるのであれば、それがたとえスーパーへの雑貨や食材の買い出しでもデートだと思うのだが、女の子はそうもいかないのだろう。
ちゃんと「デート」として定義できるような、そんな一日にしたいのだ。だから今日、アルフィンは一人で先に「うち」を出て行った。そして、自分にこの店に来るよう地図を携帯に送って寄越した。
その手間が、かけた時間が、なんだか愛おしかった。
アルフィンは少し面食らった様子だったが、つられて赤くなりながら、
「そ、そう?」
と動揺を見透かされないようにカップの取っ手に指をかけた。
中身がないことに、あらためて気づいてソーサーに戻す。
ジョウは手を挙げて店員を呼んだ。
そして、
「今日は買い物したいんだろ? 付き合うよ、何がほしいんだ」
「ん。夏物の洋服と靴とアクセサリーと……あたしの、女物ばかりだけど。いいの?」
アルフィンがジョウを窺う。
普段、ウインドーショッピングをジョウはあまり好まないのを知っている。自分の買い物の時間が長いのも、自覚がある。
でも、今日は付き合ってくれるの? そんな考えが顔に出てしまったんだろう。ジョウは笑った。
「いいよ。久々のデートだから。ショップの荷物もお持ちしましょう」
恭しい所作で、胸に手を当てる。お姫様に仕える従者のように。
ま、とアルフィンが目を丸くした。それから蕩けるように顔をほころばせた。
「嬉しい。ジョウの意見も聞かせてね、お買い物の時」
「もちろん」
そんなことぐらいで君が喜んでくれるなら、なんなりと。
時間をずらして出かけて、外で待ち合わせして、デートをしたいというアルフィン。いじらしい俺の恋人。
はしゃぐアルフィンを優しいまなざしで見ながら、ジョウは内心考える。
――今日がいいかもしれない。ずっと、タイミングを探していた。いつ渡そうか、どのタイミングがベストなのか。ちゃんとした「デート」のときにもらったと、彼女の記憶に残るのなら。
一生に一度だけ、女性に渡す指輪。今日も、胸ポケットに小箱を忍ばせて持ち歩いている。
アルフィンの左の薬指のサイズを知るのに、難儀したやつだ。あらかじめ女性に尋ねて用意する男もいるらしいが、俺はサプライズで贈りたいからな……。
驚く顔が見たい。目を見開いて、感動で唇を震わせ、頬を紅潮させる君が見たいんだ。
だから、とびきりの日を探していたんだが。
今日にしよう、うん。ジョウは頷いて呼んだ店員に「彼女の飲み物をもう一杯追加で。あと、甘いものも何か」とオーダーする。
「えっ」
「何がいい? ケーキか。奢るよ」
「う、うん。嬉しいけど、でも太っちゃうかなあ」
「君はもう少し太ってもいいぐらいだよ」
なあ? と店員に目で話しかけると、自分たちより少し年かさのその女性の店員は控えめに頷いた。
「じゃあレアチーズケーキも頼んじゃおうかな」
アルフィンが言う。ジョウは「それで」と店員に告げた。
彼女が下がってから、
「ジョウ、今日はあまあまね。どうしたの?」
「さあ、どうしてでしょう」
「機嫌がいいのね。あたしとの待ち合わせが嬉しかったのね。でしょう」
「そうだよ。デートだからな」
「ふふ」
アルフィンが微笑む。ややあって、紅茶とケーキが来た。ますます嬉しそうに笑顔が弾ける。
俺は、この笑顔が見られるのならそれでいい。
なんだってするし、なんだってできる気がするんだ。
待ち合わせたカフェの一角で、幸せそうなアルフィンを見て幸せな気分になるジョウだった。
END
そして、デート終わりにはプロポーズが待ってるみたいですよ、姫。
午後の緩やかな光が差し込むカフェの窓辺の席に、彼が歩み寄る。
「ううん、全然」
彼女が、かぶりを振る。満面の笑みを浮かべて。頬杖をほどき、対面の席に座る彼を見つめる。
日差しが彼女の金髪を縁取り、淡く輝きを放っている。まるで一幅の絵画、肖像画でも見ているかのような美しさだった。
彼は目を細めて、注文を取りに来た店員に「コーヒーをひとつ」と頼む。
そして、
「嘘だな。30分以上も前に着いてただろう」
既に空に近い彼女のカップを見ながら言った。
アルフィンは紅茶党。銘柄は分からないが、もうカップの底がうっすら見えるほどに減っている。
「ご名答」
「ご名答も何も、今日は先に出る.待ち合わせしたいって言ったのはそっちだろ」
いったいどういう風の吹き回しだ? ジョウは尋ねた。
前から今日はデートの約束をしていた。久しぶりのオフなので、買い物がしたいとアルフィンがねだった。
ジョウも異論もなく、出かける時間など打ち合わせようとしたのだが、アルフィンが今回は待ち合わせがしたい。出先で落ち合いましょうと別々に<ミネルバ>を出たがった。
そして、今に至る。
「たまには、デートっぽいことしたいなって思っただけ」
アルフィンは少しだけ肩をすくめた。
「デートっぽいこと?」
「好きな人とおしゃれなカフェで待ち合わせて。先に着いちゃって、まだかな、まだこないかな、待ち合わせの時間まであと少しだな。もう来るかな、どきどきするなって、そういうときめきをたまには感じてみたいなあって思ったのよ」
悪い? と少しだけふくれる。
ジョウは、首を横に振る。
「悪かない。全然」
「発想が子どもっぽいとか思ってるんでしょ、あなた」
上目で掬うように見上げる。碧い瞳。
「思ってない。思ってない。……ただ、」
「ただ?」
「――たまには外で待ち合わせたいだなんて、めっちゃ可愛いこと言うなって思うだけだ」
言ってジョウはほのかに赤くなった。窓の外に視線を逃がす。
一緒に暮らしていると、公私の境目があやふやになって、買い出しで出かけているのかデートなのか目的がごっちゃになることもある。買い出しのついでに映画を見たり、ふらっとアトラクションに立ち寄ったりもするからな。
自分としてはアルフィンと出かけられるのであれば、それがたとえスーパーへの雑貨や食材の買い出しでもデートだと思うのだが、女の子はそうもいかないのだろう。
ちゃんと「デート」として定義できるような、そんな一日にしたいのだ。だから今日、アルフィンは一人で先に「うち」を出て行った。そして、自分にこの店に来るよう地図を携帯に送って寄越した。
その手間が、かけた時間が、なんだか愛おしかった。
アルフィンは少し面食らった様子だったが、つられて赤くなりながら、
「そ、そう?」
と動揺を見透かされないようにカップの取っ手に指をかけた。
中身がないことに、あらためて気づいてソーサーに戻す。
ジョウは手を挙げて店員を呼んだ。
そして、
「今日は買い物したいんだろ? 付き合うよ、何がほしいんだ」
「ん。夏物の洋服と靴とアクセサリーと……あたしの、女物ばかりだけど。いいの?」
アルフィンがジョウを窺う。
普段、ウインドーショッピングをジョウはあまり好まないのを知っている。自分の買い物の時間が長いのも、自覚がある。
でも、今日は付き合ってくれるの? そんな考えが顔に出てしまったんだろう。ジョウは笑った。
「いいよ。久々のデートだから。ショップの荷物もお持ちしましょう」
恭しい所作で、胸に手を当てる。お姫様に仕える従者のように。
ま、とアルフィンが目を丸くした。それから蕩けるように顔をほころばせた。
「嬉しい。ジョウの意見も聞かせてね、お買い物の時」
「もちろん」
そんなことぐらいで君が喜んでくれるなら、なんなりと。
時間をずらして出かけて、外で待ち合わせして、デートをしたいというアルフィン。いじらしい俺の恋人。
はしゃぐアルフィンを優しいまなざしで見ながら、ジョウは内心考える。
――今日がいいかもしれない。ずっと、タイミングを探していた。いつ渡そうか、どのタイミングがベストなのか。ちゃんとした「デート」のときにもらったと、彼女の記憶に残るのなら。
一生に一度だけ、女性に渡す指輪。今日も、胸ポケットに小箱を忍ばせて持ち歩いている。
アルフィンの左の薬指のサイズを知るのに、難儀したやつだ。あらかじめ女性に尋ねて用意する男もいるらしいが、俺はサプライズで贈りたいからな……。
驚く顔が見たい。目を見開いて、感動で唇を震わせ、頬を紅潮させる君が見たいんだ。
だから、とびきりの日を探していたんだが。
今日にしよう、うん。ジョウは頷いて呼んだ店員に「彼女の飲み物をもう一杯追加で。あと、甘いものも何か」とオーダーする。
「えっ」
「何がいい? ケーキか。奢るよ」
「う、うん。嬉しいけど、でも太っちゃうかなあ」
「君はもう少し太ってもいいぐらいだよ」
なあ? と店員に目で話しかけると、自分たちより少し年かさのその女性の店員は控えめに頷いた。
「じゃあレアチーズケーキも頼んじゃおうかな」
アルフィンが言う。ジョウは「それで」と店員に告げた。
彼女が下がってから、
「ジョウ、今日はあまあまね。どうしたの?」
「さあ、どうしてでしょう」
「機嫌がいいのね。あたしとの待ち合わせが嬉しかったのね。でしょう」
「そうだよ。デートだからな」
「ふふ」
アルフィンが微笑む。ややあって、紅茶とケーキが来た。ますます嬉しそうに笑顔が弾ける。
俺は、この笑顔が見られるのならそれでいい。
なんだってするし、なんだってできる気がするんだ。
待ち合わせたカフェの一角で、幸せそうなアルフィンを見て幸せな気分になるジョウだった。
END
そして、デート終わりにはプロポーズが待ってるみたいですよ、姫。
ホワイトデーに寄せて短編もUPしました。こういう未来もありえるのかな、と・・・
よろしければお目通しください。