ソファに寝そべりながら、ジョウがねこをじゃらしていた。
「わ、驚いた。何してんの」
リビングに来たアルフィンが、仰向けに寝そべってアームレストに頭を預け、お腹の上にこねこをのせているジョウを見て声を上げた。彼は目だけ彼女に向けて、
「んー。仕事が煮詰まったから、気分転換」
と言う。
ローテーブルを見ると、タブレットが放置され、資料が何種類も散乱していた。次の仕事。要人の護衛計画を練っていたらしい。
こないだ寄港地にミネルバを着けたとき、たまたま迷い込んで飼い始めた猫が、にゃあと鳴いてジョウの鼻さきを舐めた。
「よせよ。くすぐったい」
ジョウは目を細める。最初は、飼うことに難色を示していたくせに、いまやデレデレの彼を見て、
「癒されてるわねえ」
とアルフィンは肩をすくめた。
ジョウの隣に腰を下ろそうかと思っても、でかい彼の身体でソファをふさいでいるため、座るスペースがない。仕方がなく、傍らに立ったまま蜜月モードの1人と一匹を見下ろした。
「ジョウって、犬派なのかと思ってたわ」
言われたジョウは、愛おしそうに猫を抱きかかえ、喉の下を撫でてやりながら、
「昔は実家で飼ってたよ。大きな黒い奴を。猟犬かな? この仕事に就く前は一緒に暮らしてた」
と言った。
「へえ」
「ずっといっしょだった。俺が船に乗るようになって、会わずじまいで結局親父に看取られて死んだよ。辛かったなあ」
彼はまさか、船の中で生き物をまた飼うことになろうとはなあ、とびっくりするぐらい優しい声で言って、ねこの鼻にちゅと口を押し当てる。
「にあ」
なにするの、ご主人さまとばかり、ねこがジョウを見た。
ま。
アルフィンは目を見張った。
すいぶん――オープンに可愛がるじゃない。なんなの、こんなにデレるジョウなんて、見たことないわ。
今だって大切に胸の上に抱いて、何度も何度も手のひらで包み込むようになでてあげて。
なんだか……。
「お前は長生きしろよ」
ねこの肉球をふにふにと触りながらジョウが言う。そんな彼の顎を猫は何度も舐め上げた。毛づくろいをするときのように、ぺろぺろ、ぺろぺろと。
ジョウは笑った。
「こら、くすぐったいよ」
「ちょ、ーーちょっとタイム! ブレイクっ」
堪らずアルフィンが二人のあいだに割って入る。急に手で二人を左右に引き離した。無理やり。
「うわ」「ぎにゃん」
なにするんだ、と抗議の目をしてジョウが上体を起こす。ねこはぴょんとジャンプして床に着地した。警戒するようにアルフィンを見上げる。
アルフィンは興奮したように肩を上下させて「だ、だって、あんまり~~あんまり、だったんだもの。とても見てらんないわ」と喚きたてる。
ジョウは怪訝そうに首を傾げた。
「何を言ってるんだ?おい、だいじょうぶか」
かちんときた。だ、大丈夫ってなによ。まるであたしが、おかしいみたいじゃないよっ。
距離感おかしいのは、雰囲気があんまり近しいのは、ジョウとねこのほうじゃないよ。
そうぐわーっと頭に渦巻いたが、言語化できない。ねこを可愛がってただけだろうと言われたら、ぐうの音も出ない。その通りだから。
でも、アルフィンは我慢ならなかった。ジョウがねこを猫かわいがりする様をとてもじゃないけれど直視できなかったのだ。
「もういいーーなんでもない。ごめん、邪魔して」
いたたまれず、踵を返してリビングを飛び出そうとする。でも、その前にジョウがはっしと彼女の腕を掴んだ。
引き戻す。
「アルフィン、待てよ。ーーもしかして、……君、」
「わあああ。だめお願い言わないでえ」
「錯乱するな。もしかして、もしかすると君、ーーこいつに、このねこに嫉妬したのか?」
とうとう言った。
アルフィンはドカンと真っ赤になる。顔が火を噴いた。
「しし、しっと??? ま、まさかあたしがそんなことーー」
とそこまで言って、あとは酸欠の魚のように口を虚しくパクパク開閉させるだけ。焦っているのか変な汗が背中に出てきた。
ジョウは眉間をふっと開いた。彼女の腕を掴んだまま、「……アルフィン、君さ」とため息を漏らす。
だって。となんだかアルフィンは弁解したくなった。
あんまり優しい目で見てるんだもの。
蕩けそうに甘い声で囁いているんだもの。
長い指で、大きな手で本当に愛おしそうに触れている。それを見ていたら、なんだか、堪らなくなっちゃたの。
言いたい。でも言えない。
言えないよ~、ねこ相手に嫉妬したなんて。
もだもだしながらジョウの手も振りほどけずにいると、彼は不意に「わかった」と言ってアルフィンを手前に引いた。
「あっ」
バランスを失って、アルフィンはソファに座るジョウの膝の上に倒れ込む。ジョウはやすやすと彼女を受け止めて、「ごめんな」と謝った。
「寂しくなっちゃったか。構ってやらなくてーーおいで」
そう言って、いいこいいこ、とアルフィンの頭を撫でてやる。さっき彼がねこにしてやったときよりも心を込めて。
自分の懐に抱き込んで、じっくり可愛がってあげると、アルフィンの身体から力が徐々に抜けていった。
先住の猫を大事にすること。ーー新しいペットを飼い始めるときの注意事項にあったはず。たしか。何かのマニュアルで読んだ。とジョウは思い出す。
アルフィンはうっとりと目を閉じ、ジョウの肩に頬を押し当てた。彼の背に腕を回す。
「うんと可愛がって。あなたがねこばっかり可愛がるから、ちょっぴり拗ねちゃったの」
素直にねだる。ジョウは笑ってごめんごめんとアルフィンをいっそう撫でた。
後にアルフィンの故郷、ピザンの宮殿に引き取られ、ルナという名前を与えられるこねこは、このときも二人のイチャコラも、リビングの片隅で毛づくろいしながら全部ずっと見ていた。
END
pixivさんで連載していた「ねこが見ていた」の番外編。こちらに出張して書いたので、出張版です。