背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

MOTION

2023年05月12日 21時49分24秒 | CJ二次創作
「ただいま」
「あ、お帰り。ジョウ。遅かったわね」
帰還した彼を、アルフィンが出迎える。もう夜更け。アルフィンはシャワーも浴び終え、もうラフな部屋着に着替えていた。
今日は昔の知り合いに呼び出され、夕方から一人で出かけていたのだが。
「あれ?ジョウ、もしかして呑んでる?」
かすかに薫る香気。夜の空気に紛れそうなほどだったが、アルフィンはすぐに気づいた。かすかに漂うのは、ブランデー……いや、ウイスキーか。
「ん、一杯だけな」
勘がいいなと内心舌を巻きながら、ジョウは頷く。
「えーいいな。どこで呑んできたの」
あたしに黙ってずるい、とアルフィンが頬を膨らませる。
「まさか女と一緒じゃないでしょうね」
じろっと目の端に疑いの色が浮かぶ。ジョウはいや、と首を横に振った。
「まさか。一人でだよ。ふっと呑みたくなってさ、目についた店に立ち寄ったんだ」
でもすぐ出てきたと話した。
正確には店と言ってもバーではなく、巷で流行りのクラブでだが。
そこで一人で呑んだのは嘘ではない。だが途中、女が隣に来て誘いをかけられた。少しだけ、相席というか肩を並べて呑む時間はあった。
しかし、そのあたりは敢えて自分から打ち明ける必要はあるまいとジョウは思った。
すべてを打ち明けることが相手に対して誠実であることと同義である、とは俺は思わない。うん。


用事を終えたのが21:00で、まっすぐ帰ってもよかったのだが、港に戻る道すがらたまたまクラブの看板が目に留まった。そういや最近外で呑んでないなと気づいて、まっすぐ<ミネルバ>に戻るのもと思い直し、何気なく店のドアを開けた。
少し酒を呑んで、咽を潤してから帰りたいと思ったのだ。
薄暗い店内、絞った照明の中重低音のグルーブが満たしている。客はそこそこの入り。なんだか水族館にいるみたいだなと思ったのを覚えている。
カウンターの中にいるバーテンにウイスキーを注文し、スツールに腰を預けて少しずつ味わう。そうしていると、一日の疲れが脳の奥からわずかにほぐれる気がした。
そのときだった。出し抜けに、
「今晩は、隣、いい?」
と声がした。
見ると、左のスツールに女がするりと座った。こちらの返事を待つ気はないらしい。
そしてギムレットとバーテンに注文して、ジョウに目を移した。
キャミソール風のワンピースに短いボレロを羽織っている。そこそこ美人だ。スタイルは悪くないと思うのだが、幾分スカートの丈が短い気がした。蓮っ葉な感じに見える。スツールが高いため床につま先しか届かず、ミュールのかかとが不安定にぶらついている。
こういうクラブで女性からのナンパは珍しい。連れ合いはいるのかと周りを確認したが、見当たらない。一人で来ているようだった。
ジョウの内心を見透かしたように彼女は言った。
「あたしは一人よ。あなたも?」
「ああ」
グラスを口に運びながらジョウは言った。
「クラブに一人って珍しくない? さっきから見てたけど、踊らないのね」
ああ、とジョウはグラスを持ち直す。
「踊るっていうより、今夜はただ一杯引っかけたくて寄っただけだから」
「ふうん。呑みたい気分なんだ?」
甘えるように女はジョウにわずか身を寄せた。
ジョウはそれに気がつかない振りをして、ダンスフロアで身体を揺らす男女を見遣った。
「そういう日もあるだろう」
「そうね。あたしもどっちかっていうと、今夜は踊るより呑みたい気分」
女は、頼んだギムレットで咽を潤した。
白い首が、こくりと震える。
ジョウは水槽越しに眺める魚の腹みたいな色だと思った。ウイスキーが頭に回り始めていた。
しばし、アルコールと低く流れる音楽に身を委ねる。
沈黙を破ったのは女の方だった。
「提案があるの。聞いてくれる」
「……」
ジョウはグラスを傾けたまま目線で先を促す。女はアルコールのおかげでか滑らかになった口を動かし、続けた。
「ここで出会ったのも何かの縁ってことで、それぞれこのグラスを空けたら一緒にここを出るの。そして、場所を変えて二人で仕切り直す。どうかしら?そう悪い話じゃないと思うけど」
ねえ? と仇っぽい笑みを絡めて、目で誘ってくる。
ジョウはその目線を受け止めた。
女が、アルフィンと同じ、碧眼なことにその時気づいた。


「ねえ、聞いてるの、ジョウ」
少し語調を強めてアルフィンが言った。
ジョウはそこで我に返る。どうやら夢想に耽っていたらしい。というより、数十分前の、クラブでのやりとりを思い出していた。
「あ、すまん。何だ?」
「なあに?そんなに呑んだの。ぼうっとしちゃって」
酔っ払ってんのね。とふくれる。
アルフィンは所用だと言って、ジョウだけ今夜出かけることが元々面白くなかった。一緒に連れていってくれてもいいのにさ、と文句をぶつぶつ漏らしていた。
ジョウはふっと表情を和らげて彼女を見つめた。
「呑み直すか。キッチンで、少しだけ」
言うと、アルフィンの顔がぱあっと明るくなる。
「いいの?」
「うん。寝る前に少し、ナイトキャップは必要だろ」
「やったあ!行こ行こ。ジョウの気が変わらないうちに」
アルフィンはジョウの腕に腕を絡めて、キッチンに誘導する。
ジョウは「そんなに急がなくても、酒は逃げないよ」と笑った。


それから二人、ダイニングテーブルで好きな銘柄の酒をグラスに注いで、差しつ差されつゆるりと呑んだ。
気がつくと日にちをまたいでいた。
ジョウは、頬を赤く染めてしどけなくなるアルフィンの相手をした。
酒乱の彼女が許容量を超えて取り乱さないように水に差し替えたり、話題を振ったりと気を配る必要があったが、心からリラックスできるひとときだった。
「あーなんか、愉しいねえ。お酒も美味しい~」
ろれつが怪しくなったアルフィンが、けらけら笑う。今夜は明るい酒みたいだ。
「そうだな」
ジョウは目を細める。
どんなに魅力的な女に、ナンパされても。魅惑的な誘いの言葉を掛けられても。
俺にとって、アルフィン以外に一緒に呑みたい相手はいない。彼女より他にこうやって時間を共有したい相手はいない。
外に出て、アルフィンから離れて動いたときに、気づくこともあるよな。
……本人には言わないけれどな。まだ。
だからどこかに出かけて俺が誰かと呑んだかとか、女にモーション掛けられたのかとか、心配する必要はないんだよ。アルフィン。
いつか言おう。そう思いながら、ジョウは酔いに心地よく身を委ねた。

END

アルフィンは幸せ者だと思います。
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2 コメント

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新作ありがとうございます。 (ゆうきママ)
2023-05-15 08:42:48
「言わないのが、花」の場合もあるよね。
昔の知り合いって、クラッシャー仲間じゃないのね。
誰だ?気になる~
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Unknown (toriatama)
2023-05-17 02:08:29
新作ありがとうございます。
アルフィンは幸せものって、ホントそう。酒乱の相手をしてくれて、ペース配分考えてくれるだけじゃなく楽しい話題も振ってくれるなんて。もはや接待ではなかろうか。いや、ジョウも心からリラックスできてるのよね。なんて相性の良い二人。
こんないい男を無自覚に侍らせてどんなに前世で善行を積んだのか。羨ましい。
この無自覚さ、世の中の一部の女子からは確実にやっかまれる事間違い無しですよね。
まあ、なんと言っても生まれが姫ですから、そんな視線は瞬殺でしょうけど。 なんかもうお幸せに!と言いたい。
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