付き合ってから、マックスというくらい嫉妬した。
高科に触れる、看護師を見て。
彼の身体にごく自然に触れ、さすり、指先で肌に刻印を刻む。さも仕事をしていますよ、という様を見せ付けているものの、あきらかにあの手つきは挑戦だと思う。
婚約者である自分への。
だから絵里は病院で奪う。高科の貞操を守るために。
ベッドの上で、彼を抱く。
結婚式まであと一ヶ月。
という段になって高科が怪我をした。
複雑骨折で自衛隊病院に強制入院だという。絵里は一報を受け、新幹線に飛び乗った。
外科病棟の四人部屋に搬送されていた高科は、絵里が到着するなり渋い顔をした。
お袋が知らせたんですねと、眉を寄せる。
「何があったんです」
取るものもとりあえず駆けつけたので、見舞いの品も用意していなかった。少しそれを気に掛けながらも、絵里は痛々しい高科の右足を見やった。
ギプスのせいでいつもの倍の大きさに膨れているような。
高科が、軽く動揺したのを絵里は見逃さなかった。どうも突かれたくないようで、歯切れ悪く答える。
「訓練中に、足を踏み外しました。……面目ないです」
タラップから、転落したのだと言う。絵里はそっと包帯に手を添えた。
「足でよかったです。頭とか打ったんじゃなくて」
お義母さまから大怪我したって電話もらったときは、心臓が冷えました。そう言うと、
「すみません。心配かけて」
伏し目がちになる。
「いえ。骨折って、治るまでずいぶんかかるんですか」
「複雑ですから……。完治まで数ヶ月は。式、もしかしたらギプスつきで出なきゃならないかもな」
苦る高科に絵里はかすかに首を横に振ってみせる。
「今は考えるのよしてください。治すことに専念して」
「絵里、ごめん。来てくれた御礼を言ってなかった」
高科が、包帯に置かれた絵里の手を取った。
「駆けつけてくれてありがとう。……みっともないとこ、見られて少しへこんですぐに言えなくてごめん」
絵里はかぶりを振る。高科の手を握りなおし、
「いいんです。顔見られてよかった」
怪我に感謝ね。不謹慎かと思ったがそう言って微笑む。
高科は目を細め、ベッド脇に立つ絵里を見上げた。
「俺もです」
甘いムードがふと訪れかかる。が、そこで外野から声が飛んだ。
「お取り込み中すみませんが高科三尉、そろそろ紹介していただけませんか」
幾分遠慮がちに。そのくせ好奇心をたっぷりと練りこんで。
「そうそう。そんな美人さんをひとりじめなんて、ずるいであります」
絵里はそこで、四人部屋の病室のベッドが、高科のほかに二つ埋まっていることに、ようやく気がついた。
今まで高科しか目に入っていなかったのだ。
「ずるくない。隠しても居ない」
憮然と返すが、パジャマ姿の二人はとにかく紹介を、とせっつく。話しぶりでは、下士官のようだった。高科には敬語を崩さない。
高科は、「お前らに紹介すると、尾ひれがついてあらぬうわさが広まりそうだ」と苦く前置きしてから、
「こちらは宮田絵里さん。俺の婚約者だ手を出すなよ」
とじろりと向かいのベッドの二人を一瞥した。
絵里は高科の官舎に寝泊りして、毎日足しげく病室へ通う。
完全給食なので、料理は持ち込めない。高科は甘いものも食べないので、見舞いにスイーツも持っていけない。
代わりに、時間が余って仕方がないというので本を数冊とDVDを差し入れしてあげた。ラインナップを見て、「絵里はこういうの好みなんですね」と驚いた風に言う。
「気に入らなかったですか?」
「いや。こういうときじゃないと手が伸びないので。楽しみです」
膝の上に本やDVDのケースを置いて嬉しそうに笑う。
そんな二人のやり取りを見て、向かいから「いいなあ高科三尉でれでれでありますね」
と冷やかしが飛ぶ。
名前は早川といった。壁のはめ込み式のネームプレートに早川幸二と手書きのマジックで書かれてある。
「俺らにも後で貸してください。もう暇で暇で何していいか分からないぐらいで」
窓際のベッドに半身起こしてにこにこしているのが、鷲崎雅光だ。これも、ネームプレートで知った。
「又貸しはしない主義だ」
高科が言うと、
「そんなあ素っ気無いことを」
「宮田さん何か言ってやってくださいよ~」
「宮田さんなんて気安く呼ぶな」
「あ、やきもち? もしかして焼いてるんですか三尉どの」
「お前ら相手に焼いてもなんにもならん」
呆れ顔で返す。
「男扱いなしですか俺ら」
「絵里に聞いてみるか? お前らに男を感じるかどうか」
いきなり振られて、絵里が「えっ」と声を出す。
それよりも、人前で絵里と名を呼ばれたことに動揺していた。初めてだった。
ダブルの戸惑いに、とっさに言葉が出てこない。
そこを突いて、
「あ、感じてる? そのリアクションは感じてるってことですよね?」
鷲崎が嬉しげに鼻の下を伸ばす。
「あほか。感じなさ過ぎて、呆気に取られてるに決まってる」
「高科三尉あまりにも容赦ないであります」
苦笑しつつ、絵里に目配せしてくる鷲崎。
いつもこんななんですよ、と目線に含ませてくる。
「まあ。柔道で組み手やって互いに骨折って入院してる可哀相なやつらだ。あまり構うと図に乗るからほどほどにしておいてやってください」
高科が爆弾を投げる。二人はムンクの絵のように顎を外さんばかりの大口を開けて抗議した。
「あーばらしたー! ひでえです、三尉」
「横暴!」
「骨折るほど深追いするほうが悪い」
追及されても高科は気にするそぶりも見せない。
「だってこいつがマジになって俺の奥襟とって投げにくるから」
「ばっかお前が黙って俺に投げられてればこんな羽目には」
「誰がお前ごときに素直に投げを打たれるやつがいるよ」
「なんだとう」
ベッドに並んで横になりながら、喧嘩を始める。
その様が面白くて絵里が吹き出した。
明るい笑い声が上がり、「あ、笑った」と途中でやめて二人が見る。
「ご、ごめんなさい」
不謹慎だったかな。絵里が口を押さえると、
「女の人の笑顔はいいですね」
「高科三尉は普段めったに笑いませんし」
「お前らに笑いかけて、何の得がある」
憮然として言うその顔もおかしくて、絵里はうっかりま
た笑みを漏らした。
結婚式にギプスは正直、様にならないけれど。
それでも絵里にとって高科の入院は思いがけないプレゼントだった。
官舎に泊まり込んで毎日病院に通い、高科に会う。
遠距離恋愛を続けてきた絵里にとってそれは、何よりも嬉しい贈り物だ。週末だけ訪れるのにもなんとなく人目をはばかっていた。けれども今回は堂々と高科のそばにいる理由がある。
一緒にいられる。それが、何よりも嬉しい。
鷲崎と早川はどたばたコンビのように見えて、やはりしっかりオトナだった。
さりげなく、本当にさりげなく「俺ちょっとご不浄へ」「待合室でジュース買ってきます」「とか言って、お前はアルコール買うつもりだろ」「ばっか、病院の自販機でアルコール置いてあるわけないだろ」「あそっか」と不毛なやり取りをして、頃合を見計らって病室を外してくれる。
高科と、二人きりにさせてくれるのだ。
彼らが出て行って、足音が遠ざかるのを待ってから
「仕切りのカーテンを引いてください」
と高科が言う。
閉めてしまうと、かえってばればれなのではと思うけれども、絵里としても待ち焦がれていた瞬間なので、言われたとおりに動く。
カーテンをあわせたところで、高科に腕を取られる。軽く引かれ、バランスを崩してベッドに倒れこむ。
優しく、そして強引にキスを紡がれる。
「……」
「……は」
息をする権利を奪われる。至福の時間に目がくらむ。
骨折のせいでベッドに括り付けられてはいるものの、高科の上半身は自由だ。唇を重ねつつ、絵里のブラウスの胸もとから指が滑り込む。
絵里は身を竦め、彼の唇から逃れる。
「……高科さん、二人が戻ってきます」
これ以上は、だめ。
目で言っても高科は聞かない。
「あいつらには当分戻ってくるなって言ってあります。大丈夫」
人の悪い微笑を湛える。絵里は「ええ~」と声を上げてしまう。
「だって、そ、そんな」
そんなことしたら、何かしてるってばれちゃう。
「上官命令ですから、絶対ですよ」
「そんなあ」
恥ずかしくて身が縮む。腰が引ける絵里を自分の傍らに座らせて、
「触らせて。ずっと我慢してた」
耳元で囁く。柔らかい羽毛でなぞられたように、ぞくっと背筋に何かが走る。
そしてためらいのない指使いで絵里の服の中を探っていった。
(この続きは、2010年夏・発刊予定 オフセット冊子「fetish」で。
興味のある方はどうぞ一押しお願いします↓)
web拍手を送る
高科に触れる、看護師を見て。
彼の身体にごく自然に触れ、さすり、指先で肌に刻印を刻む。さも仕事をしていますよ、という様を見せ付けているものの、あきらかにあの手つきは挑戦だと思う。
婚約者である自分への。
だから絵里は病院で奪う。高科の貞操を守るために。
ベッドの上で、彼を抱く。
結婚式まであと一ヶ月。
という段になって高科が怪我をした。
複雑骨折で自衛隊病院に強制入院だという。絵里は一報を受け、新幹線に飛び乗った。
外科病棟の四人部屋に搬送されていた高科は、絵里が到着するなり渋い顔をした。
お袋が知らせたんですねと、眉を寄せる。
「何があったんです」
取るものもとりあえず駆けつけたので、見舞いの品も用意していなかった。少しそれを気に掛けながらも、絵里は痛々しい高科の右足を見やった。
ギプスのせいでいつもの倍の大きさに膨れているような。
高科が、軽く動揺したのを絵里は見逃さなかった。どうも突かれたくないようで、歯切れ悪く答える。
「訓練中に、足を踏み外しました。……面目ないです」
タラップから、転落したのだと言う。絵里はそっと包帯に手を添えた。
「足でよかったです。頭とか打ったんじゃなくて」
お義母さまから大怪我したって電話もらったときは、心臓が冷えました。そう言うと、
「すみません。心配かけて」
伏し目がちになる。
「いえ。骨折って、治るまでずいぶんかかるんですか」
「複雑ですから……。完治まで数ヶ月は。式、もしかしたらギプスつきで出なきゃならないかもな」
苦る高科に絵里はかすかに首を横に振ってみせる。
「今は考えるのよしてください。治すことに専念して」
「絵里、ごめん。来てくれた御礼を言ってなかった」
高科が、包帯に置かれた絵里の手を取った。
「駆けつけてくれてありがとう。……みっともないとこ、見られて少しへこんですぐに言えなくてごめん」
絵里はかぶりを振る。高科の手を握りなおし、
「いいんです。顔見られてよかった」
怪我に感謝ね。不謹慎かと思ったがそう言って微笑む。
高科は目を細め、ベッド脇に立つ絵里を見上げた。
「俺もです」
甘いムードがふと訪れかかる。が、そこで外野から声が飛んだ。
「お取り込み中すみませんが高科三尉、そろそろ紹介していただけませんか」
幾分遠慮がちに。そのくせ好奇心をたっぷりと練りこんで。
「そうそう。そんな美人さんをひとりじめなんて、ずるいであります」
絵里はそこで、四人部屋の病室のベッドが、高科のほかに二つ埋まっていることに、ようやく気がついた。
今まで高科しか目に入っていなかったのだ。
「ずるくない。隠しても居ない」
憮然と返すが、パジャマ姿の二人はとにかく紹介を、とせっつく。話しぶりでは、下士官のようだった。高科には敬語を崩さない。
高科は、「お前らに紹介すると、尾ひれがついてあらぬうわさが広まりそうだ」と苦く前置きしてから、
「こちらは宮田絵里さん。俺の婚約者だ手を出すなよ」
とじろりと向かいのベッドの二人を一瞥した。
絵里は高科の官舎に寝泊りして、毎日足しげく病室へ通う。
完全給食なので、料理は持ち込めない。高科は甘いものも食べないので、見舞いにスイーツも持っていけない。
代わりに、時間が余って仕方がないというので本を数冊とDVDを差し入れしてあげた。ラインナップを見て、「絵里はこういうの好みなんですね」と驚いた風に言う。
「気に入らなかったですか?」
「いや。こういうときじゃないと手が伸びないので。楽しみです」
膝の上に本やDVDのケースを置いて嬉しそうに笑う。
そんな二人のやり取りを見て、向かいから「いいなあ高科三尉でれでれでありますね」
と冷やかしが飛ぶ。
名前は早川といった。壁のはめ込み式のネームプレートに早川幸二と手書きのマジックで書かれてある。
「俺らにも後で貸してください。もう暇で暇で何していいか分からないぐらいで」
窓際のベッドに半身起こしてにこにこしているのが、鷲崎雅光だ。これも、ネームプレートで知った。
「又貸しはしない主義だ」
高科が言うと、
「そんなあ素っ気無いことを」
「宮田さん何か言ってやってくださいよ~」
「宮田さんなんて気安く呼ぶな」
「あ、やきもち? もしかして焼いてるんですか三尉どの」
「お前ら相手に焼いてもなんにもならん」
呆れ顔で返す。
「男扱いなしですか俺ら」
「絵里に聞いてみるか? お前らに男を感じるかどうか」
いきなり振られて、絵里が「えっ」と声を出す。
それよりも、人前で絵里と名を呼ばれたことに動揺していた。初めてだった。
ダブルの戸惑いに、とっさに言葉が出てこない。
そこを突いて、
「あ、感じてる? そのリアクションは感じてるってことですよね?」
鷲崎が嬉しげに鼻の下を伸ばす。
「あほか。感じなさ過ぎて、呆気に取られてるに決まってる」
「高科三尉あまりにも容赦ないであります」
苦笑しつつ、絵里に目配せしてくる鷲崎。
いつもこんななんですよ、と目線に含ませてくる。
「まあ。柔道で組み手やって互いに骨折って入院してる可哀相なやつらだ。あまり構うと図に乗るからほどほどにしておいてやってください」
高科が爆弾を投げる。二人はムンクの絵のように顎を外さんばかりの大口を開けて抗議した。
「あーばらしたー! ひでえです、三尉」
「横暴!」
「骨折るほど深追いするほうが悪い」
追及されても高科は気にするそぶりも見せない。
「だってこいつがマジになって俺の奥襟とって投げにくるから」
「ばっかお前が黙って俺に投げられてればこんな羽目には」
「誰がお前ごときに素直に投げを打たれるやつがいるよ」
「なんだとう」
ベッドに並んで横になりながら、喧嘩を始める。
その様が面白くて絵里が吹き出した。
明るい笑い声が上がり、「あ、笑った」と途中でやめて二人が見る。
「ご、ごめんなさい」
不謹慎だったかな。絵里が口を押さえると、
「女の人の笑顔はいいですね」
「高科三尉は普段めったに笑いませんし」
「お前らに笑いかけて、何の得がある」
憮然として言うその顔もおかしくて、絵里はうっかりま
た笑みを漏らした。
結婚式にギプスは正直、様にならないけれど。
それでも絵里にとって高科の入院は思いがけないプレゼントだった。
官舎に泊まり込んで毎日病院に通い、高科に会う。
遠距離恋愛を続けてきた絵里にとってそれは、何よりも嬉しい贈り物だ。週末だけ訪れるのにもなんとなく人目をはばかっていた。けれども今回は堂々と高科のそばにいる理由がある。
一緒にいられる。それが、何よりも嬉しい。
鷲崎と早川はどたばたコンビのように見えて、やはりしっかりオトナだった。
さりげなく、本当にさりげなく「俺ちょっとご不浄へ」「待合室でジュース買ってきます」「とか言って、お前はアルコール買うつもりだろ」「ばっか、病院の自販機でアルコール置いてあるわけないだろ」「あそっか」と不毛なやり取りをして、頃合を見計らって病室を外してくれる。
高科と、二人きりにさせてくれるのだ。
彼らが出て行って、足音が遠ざかるのを待ってから
「仕切りのカーテンを引いてください」
と高科が言う。
閉めてしまうと、かえってばればれなのではと思うけれども、絵里としても待ち焦がれていた瞬間なので、言われたとおりに動く。
カーテンをあわせたところで、高科に腕を取られる。軽く引かれ、バランスを崩してベッドに倒れこむ。
優しく、そして強引にキスを紡がれる。
「……」
「……は」
息をする権利を奪われる。至福の時間に目がくらむ。
骨折のせいでベッドに括り付けられてはいるものの、高科の上半身は自由だ。唇を重ねつつ、絵里のブラウスの胸もとから指が滑り込む。
絵里は身を竦め、彼の唇から逃れる。
「……高科さん、二人が戻ってきます」
これ以上は、だめ。
目で言っても高科は聞かない。
「あいつらには当分戻ってくるなって言ってあります。大丈夫」
人の悪い微笑を湛える。絵里は「ええ~」と声を上げてしまう。
「だって、そ、そんな」
そんなことしたら、何かしてるってばれちゃう。
「上官命令ですから、絶対ですよ」
「そんなあ」
恥ずかしくて身が縮む。腰が引ける絵里を自分の傍らに座らせて、
「触らせて。ずっと我慢してた」
耳元で囁く。柔らかい羽毛でなぞられたように、ぞくっと背筋に何かが走る。
そしてためらいのない指使いで絵里の服の中を探っていった。
(この続きは、2010年夏・発刊予定 オフセット冊子「fetish」で。
興味のある方はどうぞ一押しお願いします↓)
web拍手を送る
原作があの終わり方なので、安達さんの二次が楽しくて仕方ありません(^w^)
楽しく書かせていただいております。
ひとえに読んでくださるロールアウトファンの皆様のおかげ。。。有難いことですv
有川作品で一番好きなお話です。もう夏まで待てません(泣)原作が短かったのであだちさんの二次を心待ちにしてます。
こんにちは
クジラの中のカップルには萌え萌えですわv
でもまさかこんなにたくさん二次を書かせてもらえるなんて、広がりのあるカップルなんでしょうねえ>高科×絵里