「今日どうする? 一日おうちにいてゆっくりする?」
司がここ数日の猛暑の中、営業であちこち回って疲れているのは分かっていた。おそらく今日は、どこかへおでかけするよりも冷房の効いたところでゆっくり休みたいと思っているだろうことも。
「アンタは何したいの。どっか行きたいところは?」
司が千歳の頭を撫でて訊いた。猫の毛をくすぐる手つきに似ていた。
たぶん、自分が何かをしたいと言ったら司は二つ返事で叶えてくれる。たとえいくら疲れていてもだ。
だから千歳は「特にないよ。司さんと一緒にいられれば」と返した。
司はこぶしで千歳をこづく。
「変に気を遣わなくてもいいの。素直にリクエストしてくれたほうが夫としては嬉しいもんだぞ」
「はあい」
促され、千歳はそれじゃとおねだりしてみる。
「私ドライブ行きたいな。近場でいいから、車に乗せてほしい」
言うと、司の目元がほころぶ。
普段滅多に見せない甘い笑み。仕事の営業でも、劇団員にも絶対見せない、ガードの緩んだ微笑だった。レアもの。
「いいよ。連れていってやるよ。ちゃんと服着てからな」
千歳がむうと膨れて司の太ももをぴしゃりとはたく。
「あったりまえでしょう、もう」
都内を適当に流して、司が車を乗り付けた先は、こじゃれたラブホテルだった。
今はプチホテルとかブティックホテルとか言うらしいが。白い外壁に車のナンバーまですっぽりと隠れる目隠しのゲートは見まごうはずもなくラブホだった。
ええ、と千歳は内心思う。だって、朝二回もしてきたの
に。司さんって、絶倫だなあ。半ば呆れ、それをしのぐ分量でなんだか嬉しくなり、千歳は黙って司が駐車場に車を入れるままに任せた。
くどいようだが、結婚してからこっち、司と抱き合うのは一日何回でもOKな気分なのだ。
司はごくスマートに部屋を確保して、キイを受け取った。手馴れた様子に千歳の中の嫉妬心がわずかに疼く。でももはや自分たちは、前に誰と来たのと拗ねて揉めるような薄っぺらい関係ではない。千歳には自分は司の妻なのだという自負がある。
だから、部屋に案内されてもはしゃぎもせず、好奇心丸出しで設備を覗いたりもせず、千歳は落ち着いて司のアクションを待った。私だって、前にラブホくらい来たことありますという無言のアピールでもあった。
千歳があまり平然としているので司のほうがなんだか居心地悪そうだった。
「なんか飲むか」
「ううん、今はいい」
「アンタとこんなとこ来るの、初めてだな」
「うん。どういう風の吹き回し?」
「ん。うち、築年数古いし、隙間とか多いだろ。普段けっこうアンタに我慢させてるからさ」
声とか。
言いづらそうに司はあらぬほうを向いてつぶやく。
確かに、行為の最中の声は、どんなときでも千歳の気がかりだった。感極まるごとに声をあげて、うっかりご近所に聞こえでもしたらと思うと、気が気でない。セックスのさなか、必死で歯を食いしばって耐え凌いでいた。
その堪え方がまた司に火をつけると見え、声を噛み殺せば噛み殺すほど、司は千歳を攻め立てた。
「たまには思いっきり出させたいと思って。ここは防音だから、いくら叫んでも聞こえない」
千歳はベッドの端に腰をちょこんとかけて、司を見上げた。
「それだけ?」
「え」
「他にもあるんじゃないの。ここに来たわけ」
じっと目に力を込めて司を見つめる。こうすると、彼が弱いというのは熟知している。言い逃れはできまい。
腹を決めて、司は打ち明けた。
「……実は、プレゼントをもらってた」
「え」
予想外の返答に千歳は面食らう。
プレゼント?
司は開き直り、全部吐いた。
「劇団のな、男連中からこっそりあるものを、アンタに内緒でさ。鉄血宰相のために、男子一同心を込めて選びました、って石丸が結婚式の前に代表で渡しに来たんだ」
決死の形相でな。ありゃあ俺に渡す役を押し付けられて、心底怯えてた。貧乏くじ引かされたんだろうな。
司が思い出していると、
「ええ? 知らないよ、そんなの」
千歳は声を上げた。初耳だった。
噛んで含めるように司は言う。
「当たり前。男同士の秘密だったんだから。アンタだって女子連中からなんか贈り物受け取ってただろう」
「あ。うんそれは」
牧子たちが選んでくれた結婚祝いは、オーガニックコットンのリネンセットだった。みんなでお金を出し合って贈ってくれたそれは、千歳の宝物だ。たんすで眠らせておくより普段使いにするのが、みんなの気持ちに添うことだと思って、有難くそうさせてもらっている。
「……いったい、何をもらったの」
ホテルにわざわざやってきて、打ち明けるということは、男子から贈られたものが家では使いづらい、夜関係のものだろうとなんとなく当たりをつけることができた。千歳だってうぶな小娘ではない。
でも具体的になんなのかと訊かれたら、想像もつかない。
司は渋い顔をこしらえた。
「ドSの俺にぴったりの品だとよ。どうせ提案者は 黒川あたりだろ」
なぜかつっけんどんな口調になってしまっている。千歳はええええ~と慄く。
「な、なんなの、ドSの司さんにぴったりって」
「だから今日それをアンタに試すんだ」
ここに来たわけ、わかった? と目顔で訊かれる。
全然わからない、わかるけどなんか怖い、と千歳はかぶりを振る。
「言っておくけどな。俺がチョイスしたわけじゃないからな。やつらが寄越したんだからな」
司の弁解が、余計不安を煽る。
じりっと間合いを詰められ、千歳は気持ち、後退さった。
「つ、司さん、目が怖い」
「生まれつきだ。気にするな」
「き、気にするよ。だって、」
司が何をしようとしているのか。さっぱり分からないのだから。
どきどきと、胸が乱れ打ちをし始める。司は千歳の反応を窺いながら、持ち込んだデイパックからラッピングされた「プレゼント」をもったいぶった手つきで取り出した。
(この続きは、2010年夏・発刊予定 オフセット冊子「fetish」で。
興味のある方はどうぞ一押しお願いします↓)
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司がここ数日の猛暑の中、営業であちこち回って疲れているのは分かっていた。おそらく今日は、どこかへおでかけするよりも冷房の効いたところでゆっくり休みたいと思っているだろうことも。
「アンタは何したいの。どっか行きたいところは?」
司が千歳の頭を撫でて訊いた。猫の毛をくすぐる手つきに似ていた。
たぶん、自分が何かをしたいと言ったら司は二つ返事で叶えてくれる。たとえいくら疲れていてもだ。
だから千歳は「特にないよ。司さんと一緒にいられれば」と返した。
司はこぶしで千歳をこづく。
「変に気を遣わなくてもいいの。素直にリクエストしてくれたほうが夫としては嬉しいもんだぞ」
「はあい」
促され、千歳はそれじゃとおねだりしてみる。
「私ドライブ行きたいな。近場でいいから、車に乗せてほしい」
言うと、司の目元がほころぶ。
普段滅多に見せない甘い笑み。仕事の営業でも、劇団員にも絶対見せない、ガードの緩んだ微笑だった。レアもの。
「いいよ。連れていってやるよ。ちゃんと服着てからな」
千歳がむうと膨れて司の太ももをぴしゃりとはたく。
「あったりまえでしょう、もう」
都内を適当に流して、司が車を乗り付けた先は、こじゃれたラブホテルだった。
今はプチホテルとかブティックホテルとか言うらしいが。白い外壁に車のナンバーまですっぽりと隠れる目隠しのゲートは見まごうはずもなくラブホだった。
ええ、と千歳は内心思う。だって、朝二回もしてきたの
に。司さんって、絶倫だなあ。半ば呆れ、それをしのぐ分量でなんだか嬉しくなり、千歳は黙って司が駐車場に車を入れるままに任せた。
くどいようだが、結婚してからこっち、司と抱き合うのは一日何回でもOKな気分なのだ。
司はごくスマートに部屋を確保して、キイを受け取った。手馴れた様子に千歳の中の嫉妬心がわずかに疼く。でももはや自分たちは、前に誰と来たのと拗ねて揉めるような薄っぺらい関係ではない。千歳には自分は司の妻なのだという自負がある。
だから、部屋に案内されてもはしゃぎもせず、好奇心丸出しで設備を覗いたりもせず、千歳は落ち着いて司のアクションを待った。私だって、前にラブホくらい来たことありますという無言のアピールでもあった。
千歳があまり平然としているので司のほうがなんだか居心地悪そうだった。
「なんか飲むか」
「ううん、今はいい」
「アンタとこんなとこ来るの、初めてだな」
「うん。どういう風の吹き回し?」
「ん。うち、築年数古いし、隙間とか多いだろ。普段けっこうアンタに我慢させてるからさ」
声とか。
言いづらそうに司はあらぬほうを向いてつぶやく。
確かに、行為の最中の声は、どんなときでも千歳の気がかりだった。感極まるごとに声をあげて、うっかりご近所に聞こえでもしたらと思うと、気が気でない。セックスのさなか、必死で歯を食いしばって耐え凌いでいた。
その堪え方がまた司に火をつけると見え、声を噛み殺せば噛み殺すほど、司は千歳を攻め立てた。
「たまには思いっきり出させたいと思って。ここは防音だから、いくら叫んでも聞こえない」
千歳はベッドの端に腰をちょこんとかけて、司を見上げた。
「それだけ?」
「え」
「他にもあるんじゃないの。ここに来たわけ」
じっと目に力を込めて司を見つめる。こうすると、彼が弱いというのは熟知している。言い逃れはできまい。
腹を決めて、司は打ち明けた。
「……実は、プレゼントをもらってた」
「え」
予想外の返答に千歳は面食らう。
プレゼント?
司は開き直り、全部吐いた。
「劇団のな、男連中からこっそりあるものを、アンタに内緒でさ。鉄血宰相のために、男子一同心を込めて選びました、って石丸が結婚式の前に代表で渡しに来たんだ」
決死の形相でな。ありゃあ俺に渡す役を押し付けられて、心底怯えてた。貧乏くじ引かされたんだろうな。
司が思い出していると、
「ええ? 知らないよ、そんなの」
千歳は声を上げた。初耳だった。
噛んで含めるように司は言う。
「当たり前。男同士の秘密だったんだから。アンタだって女子連中からなんか贈り物受け取ってただろう」
「あ。うんそれは」
牧子たちが選んでくれた結婚祝いは、オーガニックコットンのリネンセットだった。みんなでお金を出し合って贈ってくれたそれは、千歳の宝物だ。たんすで眠らせておくより普段使いにするのが、みんなの気持ちに添うことだと思って、有難くそうさせてもらっている。
「……いったい、何をもらったの」
ホテルにわざわざやってきて、打ち明けるということは、男子から贈られたものが家では使いづらい、夜関係のものだろうとなんとなく当たりをつけることができた。千歳だってうぶな小娘ではない。
でも具体的になんなのかと訊かれたら、想像もつかない。
司は渋い顔をこしらえた。
「ドSの俺にぴったりの品だとよ。どうせ提案者は 黒川あたりだろ」
なぜかつっけんどんな口調になってしまっている。千歳はええええ~と慄く。
「な、なんなの、ドSの司さんにぴったりって」
「だから今日それをアンタに試すんだ」
ここに来たわけ、わかった? と目顔で訊かれる。
全然わからない、わかるけどなんか怖い、と千歳はかぶりを振る。
「言っておくけどな。俺がチョイスしたわけじゃないからな。やつらが寄越したんだからな」
司の弁解が、余計不安を煽る。
じりっと間合いを詰められ、千歳は気持ち、後退さった。
「つ、司さん、目が怖い」
「生まれつきだ。気にするな」
「き、気にするよ。だって、」
司が何をしようとしているのか。さっぱり分からないのだから。
どきどきと、胸が乱れ打ちをし始める。司は千歳の反応を窺いながら、持ち込んだデイパックからラッピングされた「プレゼント」をもったいぶった手つきで取り出した。
(この続きは、2010年夏・発刊予定 オフセット冊子「fetish」で。
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でら(すごく)楽しみにしてます!!!
こちらも楽しみにしてます♪
もうちょっと長く読んでいたい、あの劇団員たちといっしょにいたいと思わせてくれるお話でしたよね。続編出そうなラストなので実は期待しております>有川先生お願いします。