背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

IN THE BOX【最終話】

2010年03月22日 07時49分41秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


「……って言ってきかないの。柴崎がああなると梃子でも動かないって分かるでしょ? どうしよう」
 ほとほと手を焼いて、病室から出てきた郁が手塚に伝えた。
 手塚に会えないと突っ張る柴崎の気持ちも分からないでもない。特にプライドの高い彼女のことだ。エレベータに閉じ込められて意識を失ったということで、いたたまれない思いでいるのは想像に難くない。
それにしたって。あんまし大人気なくないかと郁は呆れる。
でもよく考えてみると、こういう態度を柴崎が取るのは相手が手塚のときだけなのだ。他の者だったら「ご迷惑おかけしてごめんあそばせ」ぐらいしらっと言ってのけるに違いない。
そう思うと、んん? といらなく邪推してしまいそうになるが、郁は取り敢えず二人の間を取り持たなくてはならない。なるべく角が立たないように。
 待合の椅子に座って柴崎の言い分を聞いた手塚はなんとも複雑な顔を見せた。
 ほっとしたような、肩透かしのような。
 ためらったのち、こう言って立ち上がった。
「元気ならいいんだ。じゃあ俺、先にタクシーで帰るから」
「ごめんねえ。何か柴崎に伝言は?」
 行きかけた手塚の肩のラインがぴくっと強張る。
 郁に背を向けたまま、
「――いや。特にない。お前も気をつけて帰れよ」
「なんなの今の間は」
「なんでもない」
 間とか、案外聡いやつだな。手塚は内心ひやりだ。
 郁はあやしいぞ~という目で彼を送る。でも手塚も疲れている風だったので追及はしないであげた。
「明日はきっと何食わぬ顔して向こうから声かけてくると思うから。気い悪くしないでね」
「分かってる」
郁にひらりと右手を上げて、手塚は病院を後にした。


いいんだ。あいつが無事なら。
手塚は自分に言い聞かせる。これでよかったんだと。
今は、俺も会わせる顔がないというか、会ってしまったら何を口走るか分からんというか……。
だから、よかったのだと言い聞かせる。手塚は病院の車寄せからタクシーに乗り込み、武蔵野図書館と行く先を告げた。


点検の結果、エレヴェータの制御回路に異常が発生したためエラーが生じたという判断が下された。
一歩間違えば大事故となりえたため、図書館側はエレヴェータの管理会社に徹底的な調査と修理を命じた。結局一週間まるっと、柴崎と手塚が閉じ込められた機は使用禁止となった。
地階の書庫へ行き来する業務部員からは悲鳴が上がった。階段での往復に完全に参ってしまったのだ。
 郁や手塚など特殊部隊班は普段から鍛え方が違うため、「これもうちの訓練の疑似体験だと思え」とへばる業務部を横目に階段の上り下りもスムーズだった。そしてさりげなく、彼らの仕事をフォローしてやった。


「手塚」
 柴崎が声をかけてきたのは、郁の予想通り、事故に遭った次の日。昼休みのこと。
 天気がよかったので、コンビニでパンとコーヒーを買って、外のベンチでランチを採っていたときだ。
 午前の訓練を終えたばかりだったので、手塚は迷彩服で物々しい格好だった。それでも重装備を解いてほっと一息ついていたとき、いきなり来たので手塚は慌てた。
 ぐ、と食べかけのパンが喉に詰まる。苦し紛れにコーヒー缶に手を伸ばして喉を潤す。
「お、おう」
 なんとかかんとか息を継いで柴崎を振り仰いだ。柴崎は腕を後ろで組んで、小首を傾げている。
「大丈夫?」
 その様子はいつもと同じで手塚は安心する。
 もうすっかりよさそうだ。顔色もいつもどおりだ。
「平気だ。お前こそ、身体は?」
「なんともないわ。その、昨日は悪かったわね」
 あらぬ方向へ目をやりながら、柴崎がごめんとか何とか、聞こえぬ声量で謝罪の言葉を口に載せる。照れくさいのだろう、手塚をちっとも正視できない。
「いいんだ。別に。なんともなくてよかったな」
 心からそう思い、手塚が目を細める。柴崎はすっかり内心を見透かされているような気がして唇をちょっとだけ尖らせた。
「いつもはあんなんじゃないのよ。昨日は、非常事態であんな醜態さらして悪かったと思ってる」
「醜態とか言うな。俺がそんな風に思ってないってことは知ってるんだろ」
「……」
 柴崎は自分の靴の爪先を眺める。手塚はベンチの隣を勧めるべきか否か迷ったが、なんとも切り出しづらい雰囲気ではあった。
「忘れてって言っても無理よね。昨日あそこであたしが打ち明けたこととか、いろいろ」
 上目で窺う。歯切れ悪いのは照れを引きずっているせいだ。
 手塚は鷹揚に頷く。
「お前が忘れろって言うんなら忘れるよ。俺は忘れたくないけどな」
 閉所恐怖症の話とか蔵に閉じ込められた昔の話とか。
 みんな、今のお前を形作ってる大事な要素だ。
 聞いてよかったと思うし、聞いたからには大切にしたいと思う。
 柴崎は俯いた。
「……あんたのそういうとこ、素できらい」
「きらいとか言うな。傷つくだろ一応」
 そこらへんは上手くスルーして柴崎が話題を変えた。
「ところでさ、お医者様が褒めてたんだけど、あんたの手際のよさ」
「手際?」
 手塚は首を捻る。
 柴崎はだからあ、と焦れた。
「あたしが発作を起こしたとき、処置してくれたんでしょ? あたしの記憶は完全に飛んでるんだけど。過呼吸って本人もだけど周りがびっくりして手を施せないことも多いらしいじゃない。だけど、あんたはちゃんとしてたんだろうって。すごいって」
 柴崎はそこだけは素直に感謝の気持ちを表したかった。
 なのに手塚ははっきりと分かるほどうろたえた。
「い、いやそんな」
 別にたいしたことは、してないし。と口ごもって何か腰が引けている様子だ。
 柴崎は怪訝に思って更に言い募った。
「紙袋とかスーパーの袋とか口に当てて処置するのがいいっていうじゃない。一般的に。ペーパーバック法とかっていうのよね。あれをやってくれたんでしょう?」
「あ、ああそうだけど」
 なぜか非常に後ろめたそうな風情になる。柴崎は言ってからふと思い出したように続けた。
「でも、あのとき袋とかは持ち合わせてたんだっけ……」
 手塚は手ぶらだったような。記憶を辿るけれど、どうしても思い出せない。
「ああ持ってた。昼飯の入ったコンビニ袋をな。ほら。こんなの」
 手塚は脇に置いてあった袋を柴崎に押し付ける。
 柴崎は、むうっと眉根を寄せた。
「あんた、怪しい。何か隠してるわね」
 柴崎は女王さまよろしく、腕を組んでベンチに腰掛ける手塚を見下ろした。
 手塚のわきの下に嫌な汗が流れる。
「隠してない隠してない」
「本当?」
 ジト目で追及する。けれども手塚はもう話を切り上げようと腰を浮かしかけた。
「ああほんとだ。いいじゃないか別に何で処置したって。大事なかったんだからさ」
 ご馳走さん。会話を畳んで、すっかり立ち上がった。
「じゃあ俺もう行くから」
「あ、待ってよ。まだ話があんのよあんたには」
「なんだよ話って」
「だから、昨日のエレヴェータの中で話した件は全部オフレコにしてよってこと。わざわざ言わなくても分かってるとは思うんだけどさ」
 ましてやあたしに口止めの交換条件提示しようなんて思ってたらとっちめてやるんだけど。いいわよね?
 ぎろりと睨みをきかせてくる。
 手塚はなんとも優しい気分になった。
「何よ、何で笑うの」
「なんでもない」
 手塚は口許が緩むのを必死で堪える。でもなかなか上手くいかない。
 凄みを出して脅したってだめだよ。
手塚は追いかけてくる柴崎を見ながら思う。
 怖いと言って涙目になって、あんなに必死に俺にすがり付いてきたお前が、今更虚勢張ったって無駄だから。
 と言いたいけれど、言ったら恐ろしいことになるので賢く胸のうちにしまう。
 それに、秘密もあるし。何事も言わぬが花ってことで。
「ちょっと手塚、聞いてるの。人の話。少し待ちなさいよ」
「忙しいんだ俺は」
「ま! 何よその言い方、いくら昨日人を助けたからってね、威張るんじゃないわよ」
「威張ってない威張ってない」
 適当にあしらいつつ歩を進める。でも、柴崎の歩調に合わせてやることは忘れず。


 ――過呼吸に陥って、意識が混濁したお前を助けるために、袋もハンカチも持たない俺がどうやってお前の口を塞いだのかなんて、絶対に言えないよ。


 先を行く手塚の口許にはうっすらと笑みが刻まれている。
 あのエレヴェータに乗るたび、きっと俺は思い出すはず。一抹の後ろ暗さと、それよりも甘い唇の感触の記憶とともに。
 あれは、あの箱に閉じ込めておかなきゃならない秘密だ。
 ずうっとな。
「手塚、待ってったら」
 背中を追いかけてくる声が元気なのを嬉しく感じながら、手塚は、柴崎の意識がないならあれは四回目にはカウントできないよな、と生真面目に自分に言い聞かせるのだった。

                       (了)

(あとがきのようなもの)

過呼吸は自分ではなったことがないのですが、
発作を起こした人の処置には立ち会ったことが何度かあります。。。

手塚の処置で治るかよ! という突っ込みは置いておいて、生温かい目で見ていただけると有難いです。(これは創作の話ですのでね、あくまで)

エレベータに閉じ込められる話は、古今東西色んな方が書いたり映像化したりしていますが、「非常事態の密室」という空間はとてもドラマチックで人間の本性が見えるものだと感じています。また「吊り橋効果」もあり、恋愛度も高まるし。
実生活でこのような事態に遭遇するのは嫌ですけど、もしものシチュで、柴崎と手塚の本当の姿とか想いとかが少しでも描き出せていればいいなあと感じています。
最後までお付き合いありがとうございました。

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8 コメント

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毎回コメありがとうございましたv (あだち)
2010-03-22 08:02:55
>たくねこさん
箱の中と外のお話、お付き合いくださって誠にありがとうございました。
いつもコメントくださって励まされましたです。本当にどうもでした。
返信する
お疲れ様でした (まききょ)
2010-03-22 08:14:14
連載お疲れ様でした♪
過呼吸、手塚なら処置できると思いますww
ついこの間、過呼吸の処置を手塚と同じ方法で行ってた漫画を読んだばかりだったので、なんか嬉しかったです(偶然リンクする出来事大好きなんです笑)
昔何度か過呼吸になりましたが…そんな素敵な処置してくれる人はいなかったなぁ笑

昨日、ちょっと辛い事があったので、温かい話が読めて心が軽くなりました。ありがとうございます。
返信する
お読みくださりありがとうございますv (あだち)
2010-03-23 05:29:32
>まききょさま
それは偶然のリンクですね~ よろしければマンガのタイトルをお教えください。
過呼吸の症状をお持ちの方には失礼な(というか不適切な)描写があったかもしれません。すみません。

私も実生活ではいろいろ失敗したりへこんだりとしんどいこともありますが、せめて創作の中では幸せな気分になりたいし、少しでも読み手の方がそういう気持ちになっていただけたらと思っております。コメントの残してくださってありがとうございました。励みとなりました。
返信する
うわ~~~~! (たくねこ)
2010-03-24 20:31:51
手塚~~~、ナイスな手当だ!!と喜んだのは私だけでしょうか…うん、私にはそんな手当をしてくれる人はいなかったよ・°・(ノД`)・°・大抵、ほっとかれました…orz ふっふっふ、自己手当得意です!  手塚スキーな私ですので、手塚目線で調子にのったり、どきどきしたり、楽しみでした!手塚においしい思い(なのか??)ありがとうございました!楽しかったです!(って、柴崎に怒られるか??)
返信する
遅くなりました (まききょ)
2010-03-27 15:48:06
携帯からなのでこちらに書きに参りました。
漫画は藤崎真緒さんの「1+1」最新刊(9巻)です。

失礼な描写なんてとんでもない!!
逆に羨ましくて笑
また素敵なお話楽しみにしています☆
オフ本も楽しみにしています♪
返信する
ご丁寧にありがとうございます。 (あだち)
2010-03-28 05:16:44
>まききょさん
お申込み有難うございますv
ご期待に添えるといいのですが(どきどき)
お手元に早めに届けられるように頑張りますね。
有難うございました。
返信する
ふとした疑問 (かつみ)
2011-02-01 17:42:45
楽しく読ませていただきました。
エレヴェーターのカメラはずっと動いてたんですよね。
座り込んだのが死角だったとしても、過呼吸発作で倒れた所は写ってなかったんでしょうか?
エレヴェーターの管理会社から映像が提供されたらどうなるんでしょうね。
玄田隊長あたりが喜びそう。
返信する
あんまし細かい設定考えて書いてないので(汗 (あだち)
2011-02-07 05:19:31
>かつみさん
つじつまの合わないところはごめんなさいってことでよろしくお願いします。
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