では続きでどうぞ。
疲れ探偵 あれを聞いてしまったが故に
妙に暑い五月の休日の昼。ここ数年そんな気はしてたのだ、なんか気づいたら五月は灼熱化する時があるなあ、とは。だが今年はなんとなく肌寒い日が多く、要は全く油断していた。それも朝は少し冷えっとしたのでちょっと厚着だったのだ。暑さ寒さは油断するとすぐ体にこたえる。まあちょっと年なのもあるかもしれない。あんまり言いたくないけど。
まあ、そんなこんなでしばらく歩き回って無駄に消耗した後、私は仄暗い喫茶店に入った。純喫茶…?とまでは言わないでもそれなりにきちんとしたところに見える。仄暗い店を選んだ理由はとりあえず、これだ。「明るい場所はとにかく暑く思える。」暗いところは、なんとなく涼しそうに見えるわけで、要するに暑さに疲れていた。
「星野源のエッセイで見たけど、AVに出てる女に幸せは一瞬たりとも味合わせちゃいけないって言うセリフ、どう思う?」
「えー、何、星野源そんなこと言うの?」
「星野源じゃなくって、登場人物がね…」
いきなり斜め向かいから聞こえてきた会話。どうやら女子の二人組らしい。
星野源はともかくとして、ちょっと女子らしくない会話だなあ。と耳をそばだてていると…。
「でもAV女優なんてそれこそ私たちにはなんの関係もなくない?別に不幸だろうが幸せだろうがどうだっていいわよ」
横目で見た彼女は、そんな台詞を吐くような感じには見えなく、むしろ幼そうに見えるタイプだろう。くるくると巻いた髪は天然なのかパーマなのか。なので余計に、ドキドキした。
「私が一瞬たりとも幸せを味あわせちゃいけないって思うのは、他の女の幸せを一瞬たりとも邪魔した女よ。そんな女に幸せあげちゃダメ」
な、な、な、なんてーーーーーー!?
頼んだミルクティーをゴボッと吐きそうになった勢いで、私はこんこんとむせた。
ごもっともな感じもするけどそれもまたひどいよ!?
あまりのショックにその後意識が宙を浮いた感じで、私はその店を出た。彼女たちはまだ会話していたのだった。
「って、ことがあったんです、探偵さん。これ、事件に結びつきそうですか?」
行きつけの散髪屋さんで、疲れた探偵はいきなりそんな相談をされていた。
相談をしてきたのは横で散髪されている主婦である。主婦といっても子供はまだいなくて、三十代半ばといったところ。
「事件というか…うーん、まあ、そのー…。女性は大体ちょっとそういうエキセントリックなところがあるというか、まあいってるだけという感じですよね。あんまり考えとかなくて」
「ですかー…」
と、呟いた主婦は盛大に髪が切られている。あんまり喋ってると髪が口に入りますよ、と疲れ探偵は言いたいところだったが自分も前髪を切ってもらってるところだったので、黙っていた。
「まあ、でも多分その人も辛い目にあったんですよね、多分」
「そうかなあ、可愛い感じだったし苦労してるようにも見えなかったけど」
「そういう人は結構見えない感じの苦労してるんですよ。」
探偵の言葉に、主婦はそっかあ…と呟いた。
「じゃあ、事件じゃないんだ」
「ええ、別に大丈夫だと思いますよ」
「でも私、なんかあれ聞いてから私生活さえないのよねえ…呪い、かけられちゃったかしら?」
「そんなそんな。気候がしんどいからでしょう。」
ほどなくして、主婦の方の散髪が終わったので、話がそこで終わってしまった。
いうまでもなく、探偵ももともと短く揃えていたのでそれほど散髪には時間はかからず、すぐに終わったのだが。
(それにしても、女性というのは面倒くさいというのかなんというのか…)
うーん、と探偵は伸びをする。
(そんなことばっかり考えてるから肩がこるんじゃないのかなあ…)
(まあ事件的なものに結びつけるなら、その話を聞いていたもう一人の女性が女性に迷惑をかける女性だった場合だけれども…)
(ま、僕も事件のこと、考えすぎか…)
過激なことを言ってるからといって、過激な行動をするわけではない、というのはなんとなくこの頃わかってきたところだ。いちいち敏感に反応していたらくたびれてしまう。くたびれたものとくたびれたものが出会ったところで、癒されるわけではなく、反発し合うだけだ。
(今の社会の息苦しさはそういうところにあるんだな、きっと。)
今の人が悪いわけではなく、きっとみんな敏感すぎるだけなのだ。まあ、せっかく髪を切ってさっぱりしたところでぐじぐじ悩んでるのも、馬鹿らしい。
さっさと忘れてしまおう。きっとそれが一番いい。忘却は人類の宝だ。
最新の画像もっと見る
最近の「ネタ、小説」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事