『年々彩々』(秀良子/祥伝社)
女子に人気の落語マンガといえば、真っ先に思い浮かぶのが『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ/講談社)だろう。これは噺家の八雲と、ムショで彼が演じた「死神」が忘れられず、惚れこんで出所後に弟子入りしてしまった与太郎の話。BL作品ではないが、もともと作者の雲田はるこがBL出身というだけあって、やはり彼らの微妙な距離感や関係性にはそれを匂わせるものがある。また、雲田以外にも落語を扱ったBL作品を描いている人はいるのだが、それはあくまでも噺家を主人公にしたものだった。
でも、10月25日に発売された『年々彩々』(秀良子/祥伝社)は、噺家ではなく落語の演目を題材にした新しい落語BLになっているのだ。この作品で扱われるのは、2つの演目。ひとつは、なんだかんだと理由をつけて働きに出ず、嫁にも逃げられて借金をしながら暮らす男の元に貧乏神がやってくるという「貧乏神」。この主人公は貧乏神にも金の無心をするので、結局貧乏神自身が洗濯の代行などをしてお金を稼ぐことに。そして最後には、とうとう貧乏神まで出て行ってしまうのだ。もうひとつは、あの有名な「寿限無」。「寿限無寿限無…」と続く冒頭はみなさんもご存知だろうが、その中身は寿限無とケンカしてこぶをつくられた子どもが、自分の親に説明しながらやりとりするうちにこぶが引っ込んでしまうというもの。『年々彩々』では、それらがどんなふうに語られているのだろう?
まず「貧乏神」をモチーフにした「金魚すくい」では、怠け者の与平が登場する。ある日、彼の元に貧乏神が現れるのだが、与平はその貧乏神にまでお金を借りて、使い果たしてしまう。そんな彼を見て呆れた貧乏神は、なんと自らつま楊枝削りや洗濯の代行をして稼ぐことに。そうやって苦労している貧乏神に対して、与平は「おめぇが喜ぶかと思って」と金魚を買ってくる。次第に夫婦のような間柄になっていく彼らだったが、与平が貧乏神のへそくりを使い果たしてしまったことでとうとう貧乏神が家を出て行ってしまうのだ。落語の「貧乏神」なら、この場面で話は終わりなのだが、この作品では数年後、今度は貧乏神ではなく死神になった彼が与平の前に現れる。そして、彼にキスをしてあのとき言えなかった金魚のお礼を言い、最期をみとるのだ。
2編目の「デラシネの花」の主人公は、寿限無(中略)長介と名付けられた男。彼はその名前のせいで、自分の子や孫よりも長生きするどころか、何世紀もの時代を超えて若い見た目のまま生きながらえてしまう。そして生きるのに疲れ果てた彼が出会ったのが、昔見た死神だった。その死神は、もちろんかつて貧乏神だったあの死神。でも、これでやっと死ねると思ったのに「人の命を取るようなことはできませんよ」と断られてしまうのだ。それでも、ずっと孤独に生きてきた寿限無は、決して死ぬことのない死神を心の拠り所にして生きることに。それが恋なのかは自分でもわからないが、時間さえあれば死神を呼び出して一緒に行動するようになる。お互いに惹かれていく彼らだったが、あるとき寿限無の命が残り少ないと知った死神は、彼の前から姿を消してしまう。そして、寿限無の死の間際に再び現れ、彼の願いを聞いてあげるのだ。
本来なら、落語の「寿限無」に死神など登場しないし、寿限無が長生きを願ってつけられた名前でも、実際に長生きしたかどうかはわからない。しかし、こんなふうにほかの演目と関連付けていくと妄想も膨らむし、落語自体にも興味がわく。いきなり落語を聞くのはちょっとハードルが高いし、いくら噺家が主人公のマンガを読んでもなかなか演目の中身まできちんと理解するのは難しいもの。だからこそ、今後は噺家をメインにした職業BLよりも作品をモチーフにした新たな落語BLが人気になっていくのかもしれない。
文=小里樹
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