結局、宮崎勤は最後までわけのわからないことを言い続けて殺されたみたいで、なんだかとても残念。
幼い命を4人も、自分の勝手な思いで理不尽に奪っておいて、しかもまともに人間らしい対話も成立しないままだったというのは、遺族にとってはたまらないことだろう。死刑が執行されても、もやもやはいっさい消えないんだろうなと思うと、ひとごとながら割り切れない思いでいっぱいになる。
それにしても、この大臣はよく執行を許可するものだ。この前の大臣も多かったみたいで、この2年ほどで23人が死刑を執行されていた。さかのぼって、ここ15年ほどでは70人。70人も!と、意外だった。
国家の名で人殺しをおこなうんだから、なんだか死刑というものは気持ちの悪いものだ。
もちろん被害者の家族にとっては、犯人は殺してやりたい気持ちになると思う。私が家族を殺されたなら、私が犯人をこの手で殺すかも知れない。これが普通の感情だろう。でも、自らの手で殺すと、犯人と同じ罪になり、国家の名で殺すと合法、罪にならない。私にはどうもこのあたりが腑に落ちないのです。
だからといって、憎っくき人殺しを税金で生かし続けるのもどうかと思うが、自分が人殺しにならないだけでもましだと思うかも知れないなぁ、などと思ったりする。
ただ、この宮崎みたいなのには、被害者の立場だったらどう思うんだろう?
死刑について賛否があるが、どうも同じところをグルグル回る議論のような気がする。
私は、どちらかを選べと言われたら、やっぱり死刑より終身刑支持。人殺しになりたくない。ただ、実際にその立場になったら、そんな気持ちでいられる自信はないけどね。
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みらパパ

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