ミュージカル手紙2022
原作
東野圭吾『手紙』(文春文庫刊)
脚本・作詞
高橋知伽江
作曲・音楽監督・作詞
深沢桂子
演出
藤田俊太郎
出演
村井良大 spi 三浦透子……他
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凄い作品だった。
村井さんもspiさんも、もちろん他のキャストの皆さんも!皆さん素晴らしかった。
でも、最初にちょっと前置きさせて貰うと、私は この作品の弟の直貴君、少し好きになれないのです。
それだけを言ってしまうと誤解を招きそうなのですが。村井さんの演技、素晴らしかったです。と、言うかこの兄弟のバランスが村井さんとspiさんにしか出せない世界だっただろうから余計に。これは、褒め言葉として。
どう説明すれば良いのか……以前、松本清張の原作の映画を観た時に、被害者よりも犯人の方が憐れに思えてしまって そちらに心を寄せてしまった気持ちに似ている…とでも言えば良いのか。罪は重いし消える訳ではないけれど、だからこそ哀しい犯人像が浮かんで来るというか(分かりにくくてすみません)
剛志が憐れで愚かで哀しくなるほどに、弟に対して もどかしい気持ちを抱えてしまうのです。
もちろん、大前提で表の構造として、青天の霹靂のように 兄のせいで強盗殺人犯の家族になってしまった弟が世の中の残酷さに晒され苦労する話では、あるのですが…。
何と言うか。その、表裏一体の二重構造が物凄いと言うか。1度でも剛志を憐れに思ってしまうと、無条件に弟が可哀想なだけの話では無くなる。藤田さんの演出も凄いのだと思うし、spiさんの剛志が観客にそう思わせてしまう所が本当に凄い。
弟が何処までも弟気質で、周りからの助けや庇護が当たり前に生きて来て、18歳であの事件が起きてもなお、彼の根底の弟気質が変わらない。それが村井さんの役作りによって貫かれれば貫かれる程に兄弟の悲劇が加速していく。由美子や社長は傍で見ていて、とても もどかしい思いを抱いただろうなと。
19歳の頃、最初から恋も夢も諦めてる直貴、逃げてるだけなんじゃないの?って由美子の言葉。兄のせい、にして何も求めなければ、目立たずに世間から隠れるようにしていれば、差別を受けて社会から拒絶される中でも この頃の直貴は少しだけ息がしやすかったのかなと思われる。
でも貴方なら出来ると由美子に背中を押されて通信制で大学に行くことになって、祐輔を通じて出会った仲間と音楽活動をして。この時くらいから兄を避け始める。兄のせいで、色々差別され苦労して我慢してきたと言う思いがあっただろう。そして、兄は自分の代わりに被害者遺族に会いに行って線香を上げて来て欲しい、墓参りに行ってほしい、謝罪の気持ちを伝えて来て欲しいと…繰り返される兄からのこれらの言葉が直貴にとっては重荷だったのだろう。強盗殺人をしてしまったのは自分じゃない。なのに自分が差別され社会から爪弾きにされ…何故自分が被害者遺族の所に行って線香を上げなければならないのか、と言う気持ちがあったのではないだろうか。ただでさえ被害者遺族に逢いに行くのは気が重い事だろう。まだまだ庇護されていたかった(何もなければまだ庇護されている側だった)直貴にとっては、無意識に理由を付けて避けて通ってしまった道なのだろう。裁判の時には、『兄の罪は弟の自分の為に犯した罪だから共にに償っていきたいです』みたいな内容の事を言ったけれど…何処かテストの答案用紙に書く模範解答のようだったし、その後の行動は伴わなかった印象を受けた。もちろん、事件当時まだ18歳だった直貴には、被害者遺族に1人で会いに行く事は全ての勇気を振り絞っても難しかった事だろう。それでも、兄が弟に行って来て欲しいと、言ってしまったのは血の繋がった弟にだからこそ甘えで言ってしまった面もあると思うし家族が弟しか居なかったのもあるだろう。自分が逆の立場なら決死の覚悟をしてでも迷わず行く(それこそ、後に出てくる ひったくり犯の前山の母のように)と言うのも無意識のうちにあるのではとも思う。兄の剛志は想像力と言うものが少し足りない印象を随所で受けるのだが、行って欲しいと伝えたからきっと時間がかかっても行ってくれる、何度も言わなくては、絶対行かなければ…と。彼の果てしない後悔と懺悔に基づき、被害者遺族に毎月手紙を出し弟に線香を上げて来て欲しいと言い…全て手紙を通したやり取りだからこそ相手の顔が見えず押し付けがましいものになる可能性を孕んでいるのだが、そういう想像力は剛志には足りない。そして、ここが重要なのだが劇中に歌われる曲 m4『俺さえ居なければ』とm6『手紙』。
m4 『俺さえ居なければ』自分が居なければ母が死ぬことも無かったし、弟を苦しめる事も無かったと言っていて。母が死んでから(剛志が高校卒業するかしないかくらいの時?)弟の保護者代わりを当然のようにしてきたと思われる兄。しょうもない自身の唯一の存在意義が、保護者である兄としての彼だったと思われるのに『俺さえ居なければ』という思考になる剛志。でも、m6『手紙』に繋がるのだけれど…兄であり保護者であるが故の心が、弟を遺して死ぬに死にきれないという…。m6『手紙』は、自分の心に蓋をして、剛志としては、なるべく暗くならないように直貴が読んで返事し易い話題を選んで書くようにしていったターニングポイントでもある。兄心でありつつも幼い印象を受ける気遣い。直貴に呑気な刑務所暮しと思わせてしまい、すれ違いが加速していく原因でもある皮肉さ。観る回を重ねる毎にこの曲が深く響いた。そんな曲だった。