カフェ こもれび 日記

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憲法9条改訂案

2017-05-14 | カフェ
安部首相が憲法改正論議に一石を投じました。今までの自民党の憲法草案にこだわらず、9条の本丸の改訂に踏み込んでの提案はずいぶん思い切ったことだと思います。自衛隊は国民から認知され存在を認められていますが、憲法で戦力不保持がうたわれているために、一部の憲法学者からは違憲と判断されています。国家の存立を脅かす他国からの攻撃に対して、国民の生命と財産を守るための自衛権の行使は国際的に認められています。
自衛隊違憲合憲論議は不毛な議論であり、これを解消するための憲法改正は必要だと思います。問題は現行の9条の1項と2項に矛盾しない自衛隊の在り方をどう条文化するかということです。そして、9条の改訂は与党だけでやるのではなく、野党第一党の民進党も加えた国民的な議論の中で国会で論議し発議する必要があります。まずは言い出しっぺの自民党内で条文の一本化を図るべきでしょう。それをたたき台にして与野党で議論をすればいいので、入口で不毛な論戦をしても仕方がないと思います。私は第3項以降は下記の通りにしたらどうかと思います。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
3.前項の目的に反しない限りにおいて、我が国の平和、独立と国民の安全を確保するため、国連憲章第51条に基づく必要最小限度の自衛措置として自衛隊を組織する。
4.自衛隊は国連決議に基づき国際の平和と安定に資する活動に積極的に参画する。

これで自衛隊が合憲か違憲かという不毛な憲法論議が解消されると同時に、安保法制や自衛隊法が拡大解釈されないための新たな歯止めと我が国の国際貢献への道筋がはっきり明示されると思います。
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自己本位

2017-05-08 | カフェ
多胡吉郎氏の「漱石とホームズのロンドン」を読むと、漱石の「自己本位」の悟りの境地がいつ頃形成されたかがよくわかります。漱石が留学先のロンドンで、「自己本位」の悟りに行き着いたのが留学から1年以上経過してからだったと講演「私の個人主義」で告白している。1901年12月18日付正岡子規宛書簡の中で漱石は柔術師対レスラーの試合を見に行ったと書いています。一方それまでつけてきた留学生日記は同年11月13日を最後に途絶えてしまっています。なぜ突然日記を書かなくなったのか、それは推察の域を出ませんが、漱石が日記を書かなくなった時期と漱石の柔術師の試合観戦がほぼ同時期であり、自己本位の悟りの境地に達した次期と重なると筆者は指摘しています。実際その試合観戦後は漱石は下宿にこもりっきりになって自己の内部に沈潜していきます。多分この間に自己本位の悟りを開いたのであろうと思います。日記をやめた理由は、どこへ行った、何を見た式の日々の出来事を綴ることよりも、もっと内面的なことに関心が移っていったからでしょう。もしかしたら、これは私の推論ですが、帰国後の自分の職業選択にも「自己本位」が影響したのではないかと思われます。つまり、教師から作家への転身です。コナン・ドイルのホームズ物の大成功を横目で見ながら、自分もああなりたいという気持ちが出てきたとしてもおかしくはない。漱石がドイルのホームズものに「完全黙秘」しているのも、あれくらい俺にも書ける、という自負からかもしれません。日本の柔術が屈強レスラーを投げ倒す試合を見に行ったのもうなずけます。漱石は帰国後、東京帝大教授の誘いを断わって朝日新聞社に入社し作家活動を開始し「吾輩は猫である」「坊ちゃん」「三四郎」と次々に傑作を発表する。その転身のいわば助走期間がロンドン留学ではなかったか。もしロンドン留学がなかったら作家漱石は生まれていなかったかもしれないと思うと複雑な気持ちになりますが。
 一方のコナン・ドイルですが、「回想」シリーズの「最後の事件」で、ホームズをモリアーテイ教授とともにスイスはライヘンバッハの滝壺に飛び込ませて行方不明にさせたあと、3年後の1994年に「帰還」シリーズの「空き家事件」で復活させました。ホームズと教授の決闘でホ-ムズが日本の柔術を使って教授に勝ったということにしています。当時ロンドンはジャポニスムという日本ブームに沸いていました。谷幸雄の柔術師対レスラーの対決試合もこのブームの一翼を担っていました。コナン・ドイルはそんな大衆の関心事を目ざとくホームズ作品中に取り込んだのです。日本の柔術がホームズを救ったなんてすばらしいではありませんか。漱石をして自己本位に目覚めさせ、ホームズを復活させるきっかけになった柔術。筆者の目の付け所が面白い。山田風太郎は漱石とホームズを引き合わせて殺人事件の解決に漱石自身がかかわるという小説「黄色い下宿人」を書いています。このことは後日書きます。
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所在地:東京都日野市南平6-10-5 京王線「南平駅」から徒歩6分 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/a0/fe004781c86c0276a59ab15ea48ff564.jpg 最寄駅は「南平駅」です。改札を出たら右側の階段を下ります。下りたら右へ70メートル進むと浅川の堤防道に突き当たります。堤防道に上がって右へ川の流れに沿って100メートルほど行くと右側に芝生の道が見えてきます。芝生の道の横の通路を30メートル進むとそこがカフェです。