王子から東十条へ、(北区役所がある)京浜東北線に沿った道を徒歩で進む。区役所近辺は既に道路が整備されている。どんどん進むと、中十条一丁目の歩道橋がある十条台小学校の脇の分岐路を真っ直ぐ進むと、そこは道路拡張工事の真っ最中。ここら辺は、既に拡幅は終わっており、後は一気に道路を通すのを待っている感じだ。
何か、嫌な予感がする。歩道橋の上から見渡すと、その先々まで拡幅済み道路が続いている。あの富士塚の先まで拡幅してしまっているんだろうか、、、。
暫く、この幅広ろ道路を行っても、一向に富士塚は見えて来ない。矢張り、既に撤去されてしまったのだろうか。更に進むと、また、歩道橋が見えて来る。そうそう、そうだった、思い出した。この歩道橋のそばに富士塚が有るはずだ。
▲写真正面の水色の歩道橋の左側に、富士塚があるはずだったが、、、。
しかし、あるはずの富士塚に植わっている木々が見えない。
そう、もう撤去済みだったのだ。正しく言うと、富士塚の移設に向けて、塚の木や石碑は撤去され、塚の土を削っているところだった。遂に、工事が入った訳だ。
塚は、この後、何処へ行っちゃうのか?
そんなことを考えながら撤去中の富士塚に近づくと、道路脇に、金網の囲いがある。拡幅工事なのに、何んでまた道路用地に造り物するの?って、よぉ~く見ると、「う~ぅ!?」。。。以前、富士塚の頂上にあった小祠が展示なのか仮置きなのか、厳重に金網の中に置かれている。
いづれは、移設した富士塚のてっぺんに、復、戻るんだろうか?
此処には、富士塚の説明書きと、移設計画の説明板があった。
工事は、今年の夏、7月の山開き後に開始された様だ。確か今年の山開きの日は天気が良くなかった。午後からやや持ち直した感じだったので、コロナ禍の中、山開きはやったのかなぁ。そして、来年の夏頃まで工事は掛かるみたいだ。山開きの祭礼は、令和4年かららしい。ちょっと暫くの間はお預けだ。
▲近くの歩道橋の上から、富士塚を見る。土だけになっている。
▲正面から見たところ。この仮設の階段のところに、石段があったのかなぁ、、、
▲富士塚北道路の西側から見る。
富士塚は、江戸時代から明治時代、数は少ないが昭和の初め頃までだろうか、造られたのは。今は造られていない。となると、令和の時代に造られた富士塚ってどんな感じの仕上がりになるのか、今から凄く楽しみだ。
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北区中十条2丁目14 (富士神社)
令和2年11月18日(水) 22℃超・やや暑い