1. カルシウム
ヒトの体のカルシウムの総量は 1000-1200 g であり、そのうち 99%程度は骨に存在する。一方、カルシウムは神経伝導、筋収縮、ホルモン分泌、細胞間接着などさまざまな生理機能を有し、血清カルシウム濃度は厳格に制御されている。
血清カルシウム濃度は腸管での吸収、腎での再吸収、骨吸収によって調節される。これらの過程はカルシウムの必要量に応じて、カルシウムを動員させるホルモン (calcitropic hormone) によって制御されている (リンク参照)。
健常な成人では毎日 800-1000 mg のカルシウム摂取が必要である。1 g のカルシウムを摂取した場合、800 mg が糞便中に、200 mg が尿中に排泄される。経口摂取した 1000 mg のうち腸管から吸収されるのは 400 mg で、腸管からの分泌量は 200 mg である。したがって、正味の吸収量は 200 mg (20%) である。消化管のうち、カルシウムを吸収できるのは十二指腸、空腸、回腸に限られる。
腸管でのカルシウムの吸収は細胞間を通る経路 (paracellular pathway) と細胞内を通る経路 (transcellular pathway) とがある (リンク参照)。前者は受動的であり、腸管内のカルシウム濃度が高い場合は吸収量のほとんどを占めている。
paracellular pathway は間接的にカルシトリオール (1, 25-(OH)2 ビタミン D) の影響を受ける。カルシトリオールはプロテインキナーゼ C の活性化を介して、細胞間のタイトジャンクションの構造を変化させ、カルシウムの透過性を亢進させる作用があるからである。ただし、カルシトリオールの主な作用は腸管においてカルシウムの吸収を促進させることである。
腸管上皮の絨毛にはカルシウムチャネルが発現しており、腸管内と細胞内とのカルシウムの濃度勾配にしたがってカルシウムが細胞内に流入する。ふつう腸管内は細胞内と比べてはるかにカルシウム濃度が高いので、細胞内へのカルシウム流入は受動的である。細胞内に流入したカルシウムは速やかかつ可逆的にカルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体に結合する。その後、カルシウムは小胞輸送で腸管上皮の基底膜側に輸送される。カルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体がカルシウムで飽和されると、カルシウムの濃度勾配は低下し、腸管上皮内へのカルシウムの流入は低下する。
カルシトリオールは腸管上皮のカルビンディン (calbindin) の発現を亢進させる。カルビンディンはカルシウムと結合し、カルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体に結合するカルシウムを減らす。カルビンディンから遊離したカルシウムは Na-Ca ポンプ (sodium-calcium exchanger) によって細胞外に排出される。このしくみによってカルシウム濃度勾配は維持される。
2. 腎におけるカルシウムの再吸収
血清カルシウムのうちイオンの状態で存在しているのは 48%、タンパク質と結合しているのが 46%、リンやクエン酸と塩を形成しているのが 7%である。遊離カルシウムはカルシウムイオンとカルシウム塩を測定している。
血清カルシウム濃度の基準値は 8.9-10.1 mg/dL である。カルシウムはアルブミンやグロブリンと結合できる。アルブミン濃度が 1.0 g/dL 低下する毎に血清カルシウムは 0.8 mg/dL 低下する。また、グロブリン濃度が 1.0 g/dL 低下する毎に血清カルシウムは 1.2 mg/dL 低下する。急激にアルカローシスが進行するとカルシウムイオン濃度が低下する。
24時間あたりの糸球体ろ過量が 170 L の場合、およそ 10 g/日 のカルシウムがろ過される。尿中に排泄されるカルシウムは 100-200 mg/dL であるから、98-99%のカルシウムが再吸収されることになる。カルシウムは 60-70%が近位尿細管、20%がヘンレのループ、10%が遠位尿細管、5%が集合管で再吸収される。ネフロン遠位部はカルシウム再吸収の 5-10%を担うに過ぎないが、カルシウム排泄量の制御においては中心的な役割を果たしている (リンク参照)。
近位尿細管におけるカルシウムの再吸収は水とナトリウムの再吸収とパラレルに起こる。カルシウムの再吸収は受動的な過程であり、主に拡散と溶媒牽引 (soluvent drag) によると考えられている。これは近位尿細管におけるカルシウムの再吸収量が糸球体ろ過量と比例するという観察に基づく推察である。
近位尿細管におけるカルシウムの再吸収のおよそ 80% は受動的な paracellular pathway によっている。10-15%は能動的なカルシウム輸送によっており、PTH およびカルシトニンによって制御されている。
糸球体でろ過されたカルシウムのうち 20%はヘンレのループの太い上行脚で再吸収される。これは paracellular pathway と transcellular pathway による。ヘンレの太い上行脚では、頂端側に発現している Na-K-Cl の共輸送体である NKCC2 と腎外側髄質カリウムチャネル (renal outer medullary potassium channel: ROMK) が管腔内外の電気化学的勾配を形成する。これにより paracellular pathway による陽イオンの再吸収が駆動される。
NKCC2 はナトリウムイオン 1個とカリウムイオン 1個、塩化物イオン 2個を尿細管腔内から細胞内に輸送し、電気的に中性である。細胞内に流入したカリウムイオンはROMK を経て尿細管腔内に拡散する。細胞内に蓄積されたナトリウムイオンと塩化物イオンは基底膜側に発現している Na-K ATPase および Cl チャネルにより血管内に排出される。以上の過程により、1. 塩化ナトリウムが再吸収され、 2. 尿細管内腔が正に荷電する。後者のためにカルシウムの再吸収が駆動される (リンク参照)。
ヘンレの太い上行脚におけるカルシウムの再吸収は尿細管上皮細胞の基底膜側および側面に発現しているカルシウム感受性受容体 (Calcium sensing receptor: CaSR) の影響も受ける。ラットの上行脚を用いた ex vivo の実験では、CaSR を阻害しても塩化ナトリウムの再吸収や尿細管腔内外の電気化学的勾配は変化はないが、paracellular pathway の透過性が亢進した。
太い上行脚のタイトジャンクションには何種類かのクローディン (claudin) が発現しており、通常の二価の陽イオンの再吸収にはクローディン-16、クローディン-19 が必要である。CaSR を阻害すると、クローディン-16 の発現量が低下し、クローディン-14 の発現が誘導される。また、シナカルセトはクローディン-14 の発現を亢進させ、尿細管細胞にクローディン-14 を過剰発現させるとカルシウムの paracellular pathway の透過性が低下する。
PTH およびカルシトニンはヘンレの太い上行脚におけるカルシウムの能動輸送を促進させる。
近位尿細管やヘンレの太い上行脚とは対照的に、遠位尿細管ではもっぱら transcellular pathway でカルシウムが再吸収される。この過程は能動的であり、3つのステップからなる。
まず、カルシウムは尿細管上皮の頂端側に発現している transient receptor potential vanilloid 5 (TRPV5) を経て細胞内に取り込まれる。細胞内に取り込まれたカルシウムはカルビンディン-D28k に結合し、基底膜側まで輸送される。基底膜ではナトリウム-カルシウム交換輸送体である NCX1 およびカルシウム-ATPase である PMCA1b によってカルシウムは細胞外に排出される。
3. カルシウム再吸収の調節因子
i) PTH
腎におけるカルシウムの再吸収を促進するものとしては、副甲状腺機能亢進、カルシトリオール (活性型ビタミン D)、低カルシウム血症、細胞外液量減少、代謝性アルカローシス、サイアザイド系利尿薬がある。一方、カルシウムの再吸収を抑制するものとしては副甲状腺機能低下症、カルシトリオール低下、高カルシウム血症、細胞外液量過剰、代謝性アシドーシス、ループ利尿薬がある。
腎におけるカルシウムの再吸収を調節するものとして最も重要なものは PTH である。PTH は副甲状腺から分泌されるペプチドホルモンで、血漿中のカルシウム濃度を上昇させる作用がある。
PTH が血漿カルシウム濃度を上昇させるメカニズムは以下の 3つがある。1. 骨吸収を促進させる、2. 腎における 1, 25-(OH)2 ビタミン D の合成を促進し、腸管からのカルシウムとリンの吸収を促す、3. 腎におけるカルシウムの再吸収を促進する。
血漿カルシウム濃度が上昇すると、PTH 分泌は抑制される。PTH の発現は細胞外のカルシウム濃度によって、転写および転写後の段階で厳格に制御される。
PTH の遺伝子発現は低カルシウム血症や糖質コルチコイド、エストロゲンによって亢進する。一方、高カルシウム血症は細胞内での PTH の分解を促進する。PTH 分泌は低カルシウム血症やアドレナリン、ドーパミン、プロスタグランジン E2 によって増加する。
血漿カルシウム濃度の変化は副甲状腺の細胞膜上に発現している CaSR によって感知される。
ii) ビタミン D
ビタミン D3 (コレカルシフェロール) は脂溶性のステロイドであり、食品中に存在する。また、紫外線存在下で皮膚において 7-デヒドロコレステロールから合成される。
肝臓の酵素である 25-ヒドロキシラーゼはビタミン D の 25位の炭素を水酸化し、25-OH ビタミン D (カルシジオール) を合成する。肝臓で合成された 25-OH ビタミン D は血流に乗って腎臓に運ばれ、ビタミン D 結合蛋白と結合する。尿細管には、1α-ヒドロキシラーゼと24-α ヒドロキシラーゼのふたつの酵素が発現している。25-OH ビタミン D が 1α-ヒドロキシラーゼによって水酸化されると、最も生理活性の強い 1, 25-(OH)2 ビタミン D になる。一方、24α-ヒドロキシラーゼによって水酸化されると生理的に不活性な 24, 25-(OH)2 ビタミン D になる。なお、ビタミン D の貯蔵量をよく反映するのは 25-OH ビタミン D である。
1, 25-(OH)2 ビタミン D は血流に乗って小腸に運ばれ、小腸におけるカルシウムの吸収を促進する。1, 25-(OH)2 ビタミン D は腎臓においては 1α-ヒドロキシラーゼの合成を抑制し、24α-ヒドロキシラーゼの合成を促進する。これにより、1, 25-(OH)2 ビタミン D 合成は厳格に制御される。1, 25-(OH)2 ビタミン D の受容体以下のシグナル経路は (常時および PTH 刺激時の) 破骨細胞の誘導に対して重要なはたらきをしている。破骨細胞は骨からカルシウムとリンを放出させ、それぞれの血漿中の濃度を維持するために重要なはたらきをしている。
iii) 血清カルシウム
高カルシウム血漿になると腎臓の血管を収縮させる結果、糸球体ろ過量が低下する。高カルシウム血症はまた、PTH 依存性あるいは非依存性に腎からのカルシウム再吸収を抑制する。逆に低カルシウム血症は腎におけるカルシウムの再吸収を促進する。
iv) 細胞外液量
細胞外液量が増えると、代償するためにナトリウム(と塩化物イオン)の尿からの排泄量が増加する。これにともないカルシウムの排泄量も増加する。細胞外液量が低下した場合は逆のことが起こる。
v) 代謝性アシドーシス
代謝性アシドーシスは PTH 非依存性に尿からのカルシウム排泄を増加させる。カルシウム排泄量の増加の一部は骨において水素イオンが緩衝される結果、カルシウムが溶けだすためかもしれない。しかし、アシドーシスが尿細管に作用してカルシウムの再吸収を低下させることも原因のひとつのようである。
vi) 利尿薬
ループ利尿薬はヘンレの上行脚において NKCC2 の塩化ナトリウムの取り込みを阻害する結果、カルシウムの再吸収を低下させる。一方、サイアザイドは遠位尿細管で作用し、低カルシウム尿症に関連する。
4. カルシウム異常の症状
i) 低カルシウム血症
低カルシウム血症の原因は以下の 3 つに分類される。1. PTH の欠乏 (遺伝性または後天性副甲状腺機能低下症)、2. ビタミン D の欠乏 (摂取不足、吸収不良、日光不足、肝疾患または腎疾患によるビタミン D 合成の障害、3. カルシウム錯体形成 (ハングリーボーン症候群、横紋筋融解症、急性膵炎、腫瘍崩壊症候群など)
血漿カルシウム濃度が低下すると、PTH の合成と分泌の両方が促進される。低カルシウム血症および PTH は近位尿細管において 1α-ヒドロキシラーゼの発現を誘導し、1, 25-(OH)2 ビタミンD 合成を促進する。PTH は破骨細胞による骨吸収を促す。さらに、PTH と 1, 25-(OH)2 ビタミン D は遠位尿細管におけるカルシウムの再吸収を促進する。1, 25-(OH)2 ビタミン D は腸管においてカルシウムの吸収を促進する。これらにより、血中カルシウム濃度は正常域に戻る。
ii) 高カルシウム血症
高カルシウム血症の原因としては、1. PTH 過剰 (原発性副甲状腺機能亢進症など)、2. 1, 25-(OH)2 ビタミン D 過剰 (ビタミン D 中毒、サルコイドーシス) 、3. 骨吸収促進 (がんの骨転移、PTHrP、不動、パジェット病)、4. カルシウム吸収過剰 (ミルクアルカリ症候群など)、5. 腎からのカルシウム排泄低下 (サイアザイドなど)、6. 骨形成低下 (無形成骨症など) がある。
血中カルシウム濃度が上昇すると、PTH の合成および分泌が低下する。高カルシウム血症および PTH 低下は 1α-ヒドロキシラーゼの発現量を低下させ、1, 25-(OH)2 ビタミン D の合成を抑制する。
高カルシウム血症は甲状腺 C 細胞においてカルシトニン合成を促進する。破骨細胞による骨吸収はカルシトニン濃度の上昇と PTH 濃度低下により抑制される。1, 25-(OH)2 ビタミン D の低下は腸管におけるカルシウムの吸収量を低下させる。PTH 低下および 1, 25-(OH)2 ビタミン D 低下は腎臓におけるカルシウムの再吸収を低下させ、カルシウムの排泄量を増やす。さらに高カルシウム尿症はヘンレの太い上行脚において CaSR を介して ROMK を阻害する。その結果、Bartter's 症候群と同様に、paracellular pathway のナトリウム、カルシウム、マグネシウムの再吸収が低下する。これらは全て血清カルシウム濃度を低下させる。
高カルシウム血症の治療は生理食塩水輸液とフロセミド投与により、尿からカルシウムを排泄することである。
5. リン
正常では食事からのリンの摂取量は尿からのリンイオンの排泄量とバランスしている。リンの摂取量は 700-2000 mg/日と幅がある。これは、乳製品などリンを多く含む食品の摂取量に依る。吸収されたリンはリン酸に変換される。そして、細胞内に取り込まれるか、骨や軟部組織に沈着するか、腎から排出される。体内では大部分のリンは骨に貯蔵されている。
血清リンは体内のリンの 1%未満に過ぎないが、血清リンを狭い濃度幅 (成人で 2.5-4.5 mg/dL) にコントロールすることはさまざまな細胞内過程 (エネルギー代謝、骨形成、シグナル伝達、リン脂質や核酸の構成要素) に重要である。血清リンの制御には腸管での吸収や骨形成·骨吸収、細胞内外の移動、腎からの排泄が関わる。
血清リン濃度の制御においては腎臓が中心的な役割を果たすが、IIb 型 Na-Pi 共輸送体 (type IIb NaPi cotransporters: Npt2b) による腸におけるリンの吸収も重要である。Npt2b リン摂取量と 1,25-(OH)2 ビタミン D で制御される。
血清リン濃度の制御で最も重要なはたらきをしているのは腎臓である。健常者では、1日あたり 3700-6100 mg のリンがろ過されるが、正味の 1日あたりのリンの排泄量は 600-1500 mg である。つまり、ろ過されたリンのうち 75-85%が尿細管で再吸収されるのである。
リンの再吸収の 85% は近位尿細管で起こる。近位尿細管におけるリンの再吸収は能動的輸送であり、ナトリウムを必要とする。近位尿細管の頂端側には Npt2a, Npt2c, PiT-2 が発現しており、いずれもナトリウムの能動的輸送によって形成された電気化学的ポテンシャルを駆動力として無機リンを細胞内に取り込む (リンク参照)。リンの再吸収量はこれらのチャネルの発現量で決まる。動物モデルでは、リンを摂取すると近位尿細管のNpt2a, Npt2c, Pit-2 の発現量が低下し、リンの再吸収が低下する。逆にリン摂取を制限すると、これらのチャネルの発現量が増加し、リンの再吸収が増加する。
カリウムが欠乏すると腎からのリンの排泄量が増加する。しかし、近位尿細管における Npt2a の発現量は増加している。これは矛盾のようだが、カリウム欠乏は尿細管の脂質の構成を変化させることで、Npt2a の活性を低下させるのではないかと考えられている。
6. リン再吸収の調節因子
i) PTH
PTH は近位尿細管における Npt2a, Npt2c, Pit-2 の発現量を低下させることでリンの排泄量を増加させる (リンク参照)。PTH が作用すると Npt2a は数分以内に除去される。一方、Npt2c と Pit-2 は除去されるまでに数時間かかる。
ii) FGF23
血清リン濃度が上昇すると、骨芽細胞が線維芽細胞増殖因子 23 (fibroblast growth factor 23: FGF23) の合成を促進する。FGF23 の近位尿細管における作用には腎臓で合成される Klotho が必要である。Klotho は FGF receptor 1 を活性化する。
FGF23 は近位尿細管におけるナトリウム-リン共輸送体の発現量および活性を低下させ、腸管におけるナトリウム-リン共輸送体の発現量を低下させる。また、FGF23 は腎における 1α-ヒドロキシラーゼの発現を抑制し、24α-ヒドロキシラーゼの発現を促進して、1, 25-(OH)2 ビタミン D の濃度を低下させる (リンク参照)。さらに、FGF23 は PTH 合成を抑制する。ただし、PTH は腎機能低下が進行すると、FGF23 による抑制によらず高値になると信じられている。
iv) 1, 25-(OH)2 ビタミン D
1, 25-(OH)2 ビタミン D にも近位尿細管におけるリンの再吸収を促進させる作用があると信じられている。しかし、1, 25-(OH)2 ビタミン D による血清カルシウム濃度と PTH 濃度上昇の影響もあるので 1,25-(OH)2 ビタミンD 自体にリンを再吸収する作用があるかどうかはよく分からない。
v) 糖質コルチコイド
糖質コルチコイドは近位尿細管における Npt2a の合成を抑制させ、尿細管上皮の脂質の構成を変化させることにより、リンとナトリウムの再吸収を減少させる。
vi) エストロゲン
エストロゲンは Npt2c の発現量は変えないが、 Npt2a の発現量を低下させ、尿中へのリンの排泄量を増やす。また、エストロゲンは FGF23 の合成も増やす。
vii) 甲状腺ホルモン
Npt2a の遺伝子には甲状腺ホルモンと結合する転写調節因子がある。甲状腺ホルモンにより、Npt2a の遺伝子発現が促進し、リンの再吸収量が増加する。
viii) ドーパミン
ドーパミンは尿細管管腔側の細胞膜に発現している Npt2a を細胞内に取り込ませることによって、尿中へのリンの排泄量を増加させる。
ix) 代謝性アシドーシス
代謝性アシドーシスがあると、リン排泄が増加する。リン酸は滴定酸であるからである。逆に代謝性アルカローシスではリンの再吸収は増加する。マウスでは、アシドーシスでは Npt2a と Npt2c の発現量が増加するので、アシドーシスはナトリウム-リン共輸送体の発現量を低下させるのではなく、活性を低下させることで、リンの再吸収量を減らすのだろうと考えられている。
x) 高血圧
急に血圧が上昇すると、尿細管管腔側の細胞膜に発現している Npt2a がエンドソームにトランスロケーションすることにより、リンの再吸収量が低下する。
7. リン異常による症状
i) 低リン血症
低リン血症は腸管におけるリン吸収低下、細胞内へのリンの移動、あるいは腎におけるリン排泄量の増加によって起こる。低リン血症は遺伝的なナトリウム-リン共輸送体の活性低下や PTH 高値、FGF23 高値によっても起こる。
低リン血症は一般的には無症状であることが多いが、血清リン <1.5 mg/dL になると食思不振、混乱、横紋筋融解症、麻痺、痙攣を来し得る。さらに、血清リン <1.0 mg/dL になると呼吸抑制を来し得る。軽度の低リン血症は経口補充で治療されるが、重度の低リン血症は経静脈的な補充が必要である。
ii) 高リン血症
糸球体ろ過量が低下すると、血清カルシウム濃度が低下し、血清リン濃度が上昇する。低カルシウム血症および高リン血症は PTH の分泌を刺激する。PTH は近位尿細管における Npt2a および Npt2c の発現量を低下させ、尿中のリン排泄量を増加させる。高リン血症は FGF23 濃度も上昇させる。FGF23 は Npt2a および Npt2c の発現量を低下させる。また、1, 25-(OH)2 ビタミン D の産生を低下させ、腸管におけるリン吸収を低下させる。
糸球体ろ過量が低下し続けると、上記の代償機構は破綻し、高リン血症が明らかになる。
下部消化管内視鏡の前処置などで瀉下薬としてリン酸ナトリウム経口投与し、急激な高リン血症を来すと acute phosphate nephropathy が起こり得る。acute phosphate nephropathy は慢性腎不全の患者に起こる急性腎障害として発症し、腎生検では尿細管障害と尿細管および腎間質へのリン酸カルシウムの沈着を認めることが特徴である。
高リン血症は心血管合併症、死亡、カルシフィラキス (calciphylaxis) 発症リスクと強く関連している。現在行われている高リン血症に対する治療としては、リン吸着剤 (沈降炭酸カルシウムなど) の経口投与がある。
8. 二次性副甲状腺機能亢進症
腎機能が低下するに従い、PTH 濃度は上昇する。糸球体ろ過量が低下すると、FGF23 や血清リン濃度が上昇し、1α-水酸化酵素の発現が抑制される。その結果、1, 25-(OH)2 ビタミン D 合成が低下し、血清カルシウム濃度が低下する。これにより、二次性副甲状腺機能亢進症が進行する。健常者では、FGF23 は PTH 分泌を抑制するが、腎機能が低下すると副甲状腺は FGF23 に反応しなくなり、PTH を分泌し続けるようになる (リンク参照)。
透析患者の二次性副甲状腺機能亢進症は主に1. リン吸着剤、2. ビタミンD、3. シナカルセトの組み合わせで治療させる。
9. マグネシウム
マグネシウムは細胞内で二番目に多い二価イオンであり、さまざまな生理過程 (シグナル伝達、さまざまな酵素の補因子、DNA 合成、酸化的リン酸化、心血管の緊張: cardiovascular tone、神経·筋の興奮性: neuromauscular excitability、骨形成) に関与する。
体内のマグネシウムの総量は 24 g であり、99%が細胞内に存在する。臓器別では、筋、骨、軟部組織にほとんどが存在する。
健常者の血清マグネシウム濃度は 1.7-2.6 mg/dL であり、そのうち 60%は生理的に活性のあるイオンとして存在し、10%は陰イオンと塩を形成し、30%はアルブミンと結合している。
血清マグネシウムは腸管における吸収、腎臓における再吸収、骨形成·骨吸収によってダイナミックに制御されている。
10. マグネシウムの腸管における吸収
一般的なマグネシウムの摂取量は 300 mg/日である。マグネシウムが豊富な食事を摂っている場合の吸収率は 25%だが、マグネシウムが少ない食事を摂っている場合の吸収率は 75%である。
マグネシウムはほとんどは小腸から吸収され、一部は大腸から吸収される。だいたい 120 mg/日のマグネシウムが腸管から吸収され、20 mg/日が腸管から排泄されるので、正味の吸収量は 100 mg/dL である。
マグネシウムの吸収は飽和しうる transcellular pathway または飽和しない paracellular pathway を経る。通常のマグネシウム摂取量では、腸管におけるマグネシウムの吸収における transcellular pathway の割合は 30%であるが、マグネシウムの摂取量が低下するとこの割合が低下する。マグネシウムの摂取量が多い場合は paracellular pathway によるマグネシウム吸収が増加する。
transcellular pathway は陽イオンチャネルである trancient receptor potential melastatin:
TRPM のうち、TRPM6 および TRPM7 を介する。TRPM6 の遺伝子変異は二次性の低マグネシウム血症の原因になる。また、マウスにおいて TRPM7 の2つあるアレルの一方を欠損させると、腸管からのマグネシウム吸収が低下する一方で腎における再吸収の代償が働かないので、低マグネシウム血症を呈する。
プロトンポンプインヒビターを長期間使用すると、低マグネシウム血症になることがある。これはマグネシウムの吸収が低下する一方で、腎での再吸収が増えないことによるようである。考えられる機序としては、1. マグネシウムの腸管からの排泄が増える、2. 腸管内の酸性度が低下すると、TRPM6 の活性が低下し、transcellular pathway によるマグネシウム吸収が低下する、3. paracellular pathway によるマグネシウム吸収が低下する、が挙げられる。
11. 腎におけるマグネシウムの再吸収
糸球体ろ過量が正常の場合、腎臓は 1日あたり 2000-2400 mg のマグネシウムをろ過する。このうち 96%が尿細管で再吸収される。
ろ過されたマグネシウムのうち 10-30%は近位尿細管で再吸収される。詳しいメカニズムは分かっていないが、paracellular pathway によってマグネシウムが再吸収されると信じられている。
ろ過されたマグネシウムの40-70%は太いヘンレの上行脚で paracellular pathway で再吸収される。このマグネシウム再吸収の過程では、クローディン-16 とクローディン-19 が重要なはたらきをしている。CaSR もマグネシウムの再吸収に対して重要なはたらきをしている。CaSR が活性化されると、マグネシウムの再吸収量が低下する。CaSR は頂端側のカリウムチャネルとおそらくは Na-2CL-K 共輸送体を阻害することによって尿細管内腔の正電荷を減少させる。これにより、電気化学的ポテンシャル差を駆動力とするマグネシウムの再吸収が低下する。
バーター症候群は NKCC2 や ROMK、ClC-Kb、Barttin (ClC-Ka チャネルおよび ClC-Kb チャネルのβ-サブユニットに必須) 、CaSR の変異で起こる。しかし、不思議なことにバーター症候群では必ずしも低マグネシウム血症は認めない。
クローディン-16、クローディン-19 の変異により、マグネシウムの尿排泄が増加し、低マグネシウム血症を来す。
対照的にクローディン-10 を欠損すると、高マグネシウム血症と腎石灰化を来す。クローディン-10 欠損マウスの太い上行脚を用いた ex vivo の実験ではナトリウムの paracellular pathway の透過性は低下し、カルシウムとマグネシウムの透過性は亢進していた。さらに、フロセミドで阻害される尿細管内外の電位差が大きくなっていた。これらがカルシウムおよびマグネシウムの再吸収が増加する原因だろうと考えられている。
糸球体でろ過されたマグネシウムの 5-10%は遠位尿細管で再吸収される。これは TRPM6 を介した能動的な輸送による。
上皮成長因子 (epithelial growth factor: EGF) は TRPM6 を介したマグネシウムの輸送を増加させる。EGF 受容体を阻害するセツキシマブやパニツムマブは EGF 感受性の悪性腫瘍の治療に用いられ、腎におけるマグネシウムの再吸収を阻害することで低マグネシウム血症を来す。
体内のマグネシウムのうち、少なくとも 50%以上は骨にヒドロキシアパタイトとして存在している。マグネシウムの摂取制限を行うと、骨のマグネシウム含有量が低下する。げっ歯類では、低マグネシウム血症になると骨のターンオーバーが亢進し、骨減少症となる。骨量は低下し、骨の強度も低下する。骨におけるマグネシウムの動態はダイナミックに変化するが、骨におけるマグネシウムの輸送体は同定されていない。
12. マグネシウム異常による症状
i) 低マグネシウム血症
低マグネシウム血症は血清マグネシウム 1.7 mg/dL 未満と定義される。低マグネシウム血症は頻度が高く、一般集団の 15%、集中治療室に入室している患者では最大 65%が低マグネシウム血症である。さまざまなホルモンや薬剤の作用により腸管におけるマグネシウムの吸収や腎臓におけるマグネシウムの再吸収が低下することが低マグネシウム血症の原因となる (リンク参照)。臨床においてはマグネシウムの貯蔵量の評価や低マグネシウム血症の原因の同定は難しい。血清と尿のマグネシウムを同時に測定することは低マグネシウム血症の原因の鑑別に有用かもしれない。
プロトンポンプインヒビターは腸管におけるマグネシウムの吸収量を低下させるが、他のほとんどの薬剤は直接あるいは間接的にヘンレの太い上行脚におけるマグネシウムの再吸収を阻害することで低マグネシウム血症の原因となる。
低マグネシウム血症があると ROMK が活性化され、カリウムの排泄が亢進し、低カリウム血症の原因になる。また、低マグネシウム血症は PTH の分泌を低下させ、PTH への感受性を低下させることで、低カルシウム血症の原因にもなる。
低マグネシウム血症の症状としては、脱力、倦怠感、筋痙攣、テタニー、しびれ、痙攣、不整脈がある。
ii) 高マグネシウム血症
マグネシウムを含む緩下剤や制酸薬、子癇の治療で静脈注射または筋肉注射したマグネシウムが高マグネシウム血症の原因になる。
高マグネシウム血症の症状としては、嘔気·嘔吐、神経障害、低血圧、心電図変化 (QRS、PR、QT 延長など) 、重度の場合は、完全房室ブロック、呼吸抑制、昏睡やショックが起こることがある。
低マグネシウム血症の原因
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/table/t3/?report=objectonly
二次性副甲状腺機能亢進症の病態生理
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig9/?report=objectonly
PTH が血清リンを低下させるしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig7/?report=objectonly
FGF23 が血清リンを低下させるしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig8/?report=objectonly
尿細管におけるリンの輸送
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig6/?report=objectonly
尿細管におけるカルシウム、リン、マグネシウムの再吸収
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig3/?report=objectonly
近位尿細管における塩化ナトリウムとカルシウムの再吸収のしくみ
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遠位尿細管におけるカルシウムの再吸収のしくみ
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