内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/06/02

2022-06-02 07:53:58 | 日記
急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を特徴とする抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の 1例
BMJ Neurol 2019; 19: 19

1. 背景
抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性脳炎は稀な自己免疫性脳炎であり、急性または亜急性に進行する認知機能低下と、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (リンク参照)、低ナトリウム血症が特徴である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は早期に診断して治療を開始できれば、治療に良く反応し、予後良好な疾患である。

2. 症例
急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した 56歳男性。血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認め、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎と診断した。Mini Mental State Examination と Montreal Cognitive Assessment はそれぞれ 19/30 と 15/30 だった。頭部 MRI では FLAIR および DWI で両側海馬に高信号を認めた。arterial spin labeling による MR 脳血流イメージングおよび 18F-FDG-PET では異常所見を認めなかった。免疫グロブリン療法と糖質コルチコイドで治療を開始すると、患者の症状は著明に改善した。

3. 結論
この症例で示されるように、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は急速に進行する記憶障害主体の認知症を呈する。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎を認識することは、早期診断、早期治療を可能にし、予後を改善させる可能性がある。

1. 背景

自己免疫性脳炎 (autoimmune encephalitis: AE) は最近になって知られるようになった稀な神経炎症性疾患であり、特定の抗体と関連する。自己抗体の種類によって、AE は臨床所見および予後が異なるサブグループに分類される。この中で、抗 leucine-rich glioma inactivate 1 (LGI-1) 抗体陽性自己免疫性脳炎は治療可能な脳炎である。

抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎は急速に進行する認知機能低下、精神障害、fasciobrachial dystonic seizure (FBDS) 、治療抵抗性の低ナトリウム血症を特徴とする。抗 LGI-1 抗体陽性自己免疫性脳炎はまた、辺縁系脳炎に含まれると考えられており、通常は傍悪性腫瘍症候群ではない。抗 LGI-1 抗体陽性脳炎は免疫グロブリン療法 (intravenous immunogloblin: IVIG) や糖質コルチコイド、その他の免疫抑制剤による免疫療法によく反応する。残念なことに、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎はしばしばウイルス性脳炎や精神疾患と誤診され、免疫療法開始が遅れる。その結果、病態が悪化し、てんかんや昏睡に至る場合もある。

fluorine-18-fluorodeoxyglucose positron emission tomography (18F-FDG-PET) および arterial spin labeling (ASL) は脳局所の血流の変化を感度良く検出できる画像検査である。抗 N-methyl-d-aspartate 受容体抗体陽性脳炎では ASL で局所的な脳の血流増加が特徴であると報告されている。一方、抗 LGI-1 抗体陽性脳炎において ASL で脳の局所的な血流を評価した例は 1例しかない。そこで、著者らは ASL および 18F-FDG-PET で脳局所の血流を評価した。

2. 症例提示
56歳男性が 3週間前からの発熱と、2週間前からの記憶障害を主訴に受診した。記憶障害は特に前行性健忘 (anterograde amnesia) が目立った。

神経学的評価では、急速に進行する認知機能低下を認めた。Mini Mental State Examination (MMSE) と Montreal Cognitive Assessment (MoCA) はそれぞれ、19/30、15/30 だった。経過中にけいれんは認めなかった。

髄液検査では、軽度の白血球上昇 (19 /μL, 基準値: 0-8 /μL) 、糖上昇 (5.39 mmol/L, 基準値: 2.5-4.5 m mol/L)、クロール低下 (113.5 mmol/L, 基準値: 120-130 mmol/L) 、蛋白正常 (44 mg/dL, 基準値: 20-40 mg/dL) を認めた。

血液検査では、血清ナトリウム 126 mmol/L, 血清クロール 94.2 mmol/L, 血糖 7.26 mmol/L だった。その他の検査項目には異常を認めなかった。

抗 LGI-1 抗体は髄液および血清で強陽性だった。一方、その他の自己免疫性脳炎のバイオマーカー (NMDAR-Ab, AMPAR2-Ab, GABABR-Ab, Caspr2-Ab) 、腫瘍マーカー (CEA, AFP, CA125, CA19-9, CA15-3, CA724, SCCAg, NSE, T-PSA, CYFRA21-1)、傍腫瘍性抗神経抗体 (paraneoplastic
neuronal antibody) (抗 Hu 抗体、抗 Ri 抗体、抗 Yo 抗体、抗 Ma/Ta 抗体、抗 Amphiphysin 抗体、抗 CV2 抗体、抗 SOX-1 抗体、抗 Tr 抗体) はすべて陰性だった。

脳波は正常だった。

頭部 MRI では FLAIR と拡散強調像で、両側の海馬に高信号を認めた。12日後に撮影した MRI でも同様の高信号を認めた (リンク参照)。

胸部 CT と 18F-FDG-PET では腫瘍性病変を認めなかった。認知機能低下出現から 1か月後に行った ASL および 18F-FDG-PET では、海馬の血流低下や代謝異常は認めなかった。

患者は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎と診断され、メチルプレドニゾロンと IVIG で治療を開始された。その後、6ヶ月間プレドニゾロン内服を継続した。入院 15 日目には明らかに症状が改善し、軽度の認知機能低下を残した状態で退院した。免疫治療開始から 30日以内に完全寛解し、MMSE では 30/30 に改善した。

3. 議論
今回、著者らは急速に進行する認知機能低下と低ナトリウム血症を呈した辺縁系脳炎の症例を報告した。臨床所見、血清および髄液から抗 LGI-1 抗体を認めたこと、画像所見、免疫療法によく反応したことから、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎だと診断した。

抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎は稀な疾患で、認知機能低下、FBDS、てんかん発作、精神障害、低ナトリウム血症を認める。低ナトリウム血症は抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎に特徴的な所見で、60-88%で治療抵抗性の低ナトリウム血症を認めると報告されている。低ナトリウム血症の病態生理としては不適合抗利尿ホルモン分泌症候群が想定されており、視床下部と腎臓に LGI-1 が発現し、抗利尿ホルモンの分泌を刺激するのではないかと考えられている。今回の症例でも、血清ナトリウム 126 mEq/L の低ナトリウム血症を認め、治療抵抗性だった。

認知機能低下、特に短期記憶の障害も抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎によく見られる症状である。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の最大 15%で急速に進行する認知機能低下を認める。しかし、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう認知機能障害に特徴的な画像所見や長期予後については不明な点も多い。

認知機能障害は抗 LGI-1 抗体が海馬の構造を障害することによるのかもしれない。日本の研究者らは LGI1-ADAM22-AMPAR 系の障害が抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にととなう記憶障害において重要なはたらきをしているかもしれないと報告している。

幸い、抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎にともなう記憶障害は早期に免疫療法を行うことで予防できる可能性がある。

18F-FDG-PET は脳炎の治療への反応性を評価するのに有用なツールである。最近は自己免疫性脳炎の補助診断としても利用される。自己免疫性脳炎では頭頂葉と後頭葉の代謝が低下し、基底核の代謝が亢進するのが特徴である。自己免疫性脳炎の PET 所見を検討した別の観察研究では、急性期は両側の辺縁系で FDG の取り込みが著明に亢進し、治療後は緩やかに低下して正常化することが報告されている。

ASL は非侵襲的に脳局所の血流の変化を高感度でとらえることができる。ASL で血流亢進は急性期または亜急性期の局所の炎症を反映していると考えられている。抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎で ASL 所見を検討した研究は 1件あり、急性期に海馬および扁桃で血流亢進を認め、治療後は正常化したと報告している。

今回の症例では、18F-FDP-PET および ASL では有意と取れる所見は認めなかった。これは発症から 4週間経過した時点で撮影したからかもしれない。

抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の ASL 所見について前向きの観察研究が必要だろう。

抗 LGI-1 抗体陽性辺縁系脳炎の MRI 所見
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/figure/Fig1/?report=objectonly

fasciobrachial dystonic seizure
https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/observation/020.html

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6366039/#__ffn_sectitle

2022/05/29

2022-05-29 21:03:45 | 日記
腎におけるカルシウム、リン、マグネシウムの恒常性制御についての総説
Clin J Am Soc Nephrol 2015; 10: 1257-1272

腎臓はカルシウム、リン、マグネシウムの恒常性の維持において中心的な役割をしている。これらのイオンが欠乏すると、腸管からの吸収、骨吸収、および腎における再吸収が亢進する。生理的には、カルシウム、リン、マグネシウムの腎からの排泄量は正味の吸収量とバランスするように細かく調整されている。

1. カルシウム

ヒトの体のカルシウムの総量は 1000-1200 g であり、そのうち 99%程度は骨に存在する。一方、カルシウムは神経伝導、筋収縮、ホルモン分泌、細胞間接着などさまざまな生理機能を有し、血清カルシウム濃度は厳格に制御されている。

血清カルシウム濃度は腸管での吸収、腎での再吸収、骨吸収によって調節される。これらの過程はカルシウムの必要量に応じて、カルシウムを動員させるホルモン (calcitropic hormone) によって制御されている (リンク参照)。

健常な成人では毎日 800-1000 mg のカルシウム摂取が必要である。1 g のカルシウムを摂取した場合、800 mg が糞便中に、200 mg が尿中に排泄される。経口摂取した 1000 mg のうち腸管から吸収されるのは 400 mg で、腸管からの分泌量は 200 mg である。したがって、正味の吸収量は 200 mg (20%) である。消化管のうち、カルシウムを吸収できるのは十二指腸、空腸、回腸に限られる。

腸管でのカルシウムの吸収は細胞間を通る経路 (paracellular pathway) と細胞内を通る経路 (transcellular pathway) とがある (リンク参照)。前者は受動的であり、腸管内のカルシウム濃度が高い場合は吸収量のほとんどを占めている。

paracellular pathway は間接的にカルシトリオール (1, 25-(OH)2 ビタミン D) の影響を受ける。カルシトリオールはプロテインキナーゼ C の活性化を介して、細胞間のタイトジャンクションの構造を変化させ、カルシウムの透過性を亢進させる作用があるからである。ただし、カルシトリオールの主な作用は腸管においてカルシウムの吸収を促進させることである。

腸管上皮の絨毛にはカルシウムチャネルが発現しており、腸管内と細胞内とのカルシウムの濃度勾配にしたがってカルシウムが細胞内に流入する。ふつう腸管内は細胞内と比べてはるかにカルシウム濃度が高いので、細胞内へのカルシウム流入は受動的である。細胞内に流入したカルシウムは速やかかつ可逆的にカルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体に結合する。その後、カルシウムは小胞輸送で腸管上皮の基底膜側に輸送される。カルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体がカルシウムで飽和されると、カルシウムの濃度勾配は低下し、腸管上皮内へのカルシウムの流入は低下する。

カルシトリオールは腸管上皮のカルビンディン (calbindin) の発現を亢進させる。カルビンディンはカルシウムと結合し、カルモジュリン-アクチン-ミオシン I 複合体に結合するカルシウムを減らす。カルビンディンから遊離したカルシウムは Na-Ca ポンプ (sodium-calcium exchanger) によって細胞外に排出される。このしくみによってカルシウム濃度勾配は維持される。

2. 腎におけるカルシウムの再吸収

血清カルシウムのうちイオンの状態で存在しているのは 48%、タンパク質と結合しているのが 46%、リンやクエン酸と塩を形成しているのが 7%である。遊離カルシウムはカルシウムイオンとカルシウム塩を測定している。

血清カルシウム濃度の基準値は 8.9-10.1 mg/dL である。カルシウムはアルブミンやグロブリンと結合できる。アルブミン濃度が 1.0 g/dL 低下する毎に血清カルシウムは 0.8 mg/dL 低下する。また、グロブリン濃度が 1.0 g/dL 低下する毎に血清カルシウムは 1.2 mg/dL 低下する。急激にアルカローシスが進行するとカルシウムイオン濃度が低下する。

24時間あたりの糸球体ろ過量が 170 L の場合、およそ 10 g/日 のカルシウムがろ過される。尿中に排泄されるカルシウムは 100-200 mg/dL であるから、98-99%のカルシウムが再吸収されることになる。カルシウムは 60-70%が近位尿細管、20%がヘンレのループ、10%が遠位尿細管、5%が集合管で再吸収される。ネフロン遠位部はカルシウム再吸収の 5-10%を担うに過ぎないが、カルシウム排泄量の制御においては中心的な役割を果たしている (リンク参照)。

近位尿細管におけるカルシウムの再吸収は水とナトリウムの再吸収とパラレルに起こる。カルシウムの再吸収は受動的な過程であり、主に拡散と溶媒牽引 (soluvent drag) によると考えられている。これは近位尿細管におけるカルシウムの再吸収量が糸球体ろ過量と比例するという観察に基づく推察である。

近位尿細管におけるカルシウムの再吸収のおよそ 80% は受動的な paracellular pathway によっている。10-15%は能動的なカルシウム輸送によっており、PTH およびカルシトニンによって制御されている。

糸球体でろ過されたカルシウムのうち 20%はヘンレのループの太い上行脚で再吸収される。これは paracellular pathway と transcellular pathway による。ヘンレの太い上行脚では、頂端側に発現している Na-K-Cl の共輸送体である NKCC2 と腎外側髄質カリウムチャネル (renal outer medullary potassium channel: ROMK) が管腔内外の電気化学的勾配を形成する。これにより paracellular pathway による陽イオンの再吸収が駆動される。

NKCC2 はナトリウムイオン 1個とカリウムイオン 1個、塩化物イオン 2個を尿細管腔内から細胞内に輸送し、電気的に中性である。細胞内に流入したカリウムイオンはROMK を経て尿細管腔内に拡散する。細胞内に蓄積されたナトリウムイオンと塩化物イオンは基底膜側に発現している Na-K ATPase および Cl チャネルにより血管内に排出される。以上の過程により、1. 塩化ナトリウムが再吸収され、 2. 尿細管内腔が正に荷電する。後者のためにカルシウムの再吸収が駆動される (リンク参照)。

ヘンレの太い上行脚におけるカルシウムの再吸収は尿細管上皮細胞の基底膜側および側面に発現しているカルシウム感受性受容体 (Calcium sensing receptor: CaSR) の影響も受ける。ラットの上行脚を用いた ex vivo の実験では、CaSR を阻害しても塩化ナトリウムの再吸収や尿細管腔内外の電気化学的勾配は変化はないが、paracellular pathway の透過性が亢進した。

太い上行脚のタイトジャンクションには何種類かのクローディン (claudin) が発現しており、通常の二価の陽イオンの再吸収にはクローディン-16、クローディン-19 が必要である。CaSR を阻害すると、クローディン-16 の発現量が低下し、クローディン-14 の発現が誘導される。また、シナカルセトはクローディン-14 の発現を亢進させ、尿細管細胞にクローディン-14 を過剰発現させるとカルシウムの paracellular pathway の透過性が低下する。

PTH およびカルシトニンはヘンレの太い上行脚におけるカルシウムの能動輸送を促進させる。

近位尿細管やヘンレの太い上行脚とは対照的に、遠位尿細管ではもっぱら transcellular pathway でカルシウムが再吸収される。この過程は能動的であり、3つのステップからなる。

まず、カルシウムは尿細管上皮の頂端側に発現している transient receptor potential vanilloid 5 (TRPV5) を経て細胞内に取り込まれる。細胞内に取り込まれたカルシウムはカルビンディン-D28k に結合し、基底膜側まで輸送される。基底膜ではナトリウム-カルシウム交換輸送体である NCX1 およびカルシウム-ATPase である PMCA1b によってカルシウムは細胞外に排出される。

3. カルシウム再吸収の調節因子

i) PTH
腎におけるカルシウムの再吸収を促進するものとしては、副甲状腺機能亢進、カルシトリオール (活性型ビタミン D)、低カルシウム血症、細胞外液量減少、代謝性アルカローシス、サイアザイド系利尿薬がある。一方、カルシウムの再吸収を抑制するものとしては副甲状腺機能低下症、カルシトリオール低下、高カルシウム血症、細胞外液量過剰、代謝性アシドーシス、ループ利尿薬がある。

腎におけるカルシウムの再吸収を調節するものとして最も重要なものは PTH である。PTH は副甲状腺から分泌されるペプチドホルモンで、血漿中のカルシウム濃度を上昇させる作用がある。

PTH が血漿カルシウム濃度を上昇させるメカニズムは以下の 3つがある。1. 骨吸収を促進させる、2. 腎における 1, 25-(OH)2 ビタミン D の合成を促進し、腸管からのカルシウムとリンの吸収を促す、3. 腎におけるカルシウムの再吸収を促進する。

血漿カルシウム濃度が上昇すると、PTH 分泌は抑制される。PTH の発現は細胞外のカルシウム濃度によって、転写および転写後の段階で厳格に制御される。

PTH の遺伝子発現は低カルシウム血症や糖質コルチコイド、エストロゲンによって亢進する。一方、高カルシウム血症は細胞内での PTH の分解を促進する。PTH 分泌は低カルシウム血症やアドレナリン、ドーパミン、プロスタグランジン E2 によって増加する。

血漿カルシウム濃度の変化は副甲状腺の細胞膜上に発現している CaSR によって感知される。

ii) ビタミン D
ビタミン D3 (コレカルシフェロール) は脂溶性のステロイドであり、食品中に存在する。また、紫外線存在下で皮膚において 7-デヒドロコレステロールから合成される。

肝臓の酵素である 25-ヒドロキシラーゼはビタミン D の 25位の炭素を水酸化し、25-OH ビタミン D (カルシジオール) を合成する。肝臓で合成された 25-OH ビタミン D は血流に乗って腎臓に運ばれ、ビタミン D 結合蛋白と結合する。尿細管には、1α-ヒドロキシラーゼと24-α ヒドロキシラーゼのふたつの酵素が発現している。25-OH ビタミン D が 1α-ヒドロキシラーゼによって水酸化されると、最も生理活性の強い 1, 25-(OH)2 ビタミン D になる。一方、24α-ヒドロキシラーゼによって水酸化されると生理的に不活性な 24, 25-(OH)2 ビタミン D になる。なお、ビタミン D の貯蔵量をよく反映するのは 25-OH ビタミン D である。

1, 25-(OH)2 ビタミン D は血流に乗って小腸に運ばれ、小腸におけるカルシウムの吸収を促進する。1, 25-(OH)2 ビタミン D は腎臓においては 1α-ヒドロキシラーゼの合成を抑制し、24α-ヒドロキシラーゼの合成を促進する。これにより、1, 25-(OH)2 ビタミン D 合成は厳格に制御される。1, 25-(OH)2 ビタミン D の受容体以下のシグナル経路は (常時および PTH 刺激時の) 破骨細胞の誘導に対して重要なはたらきをしている。破骨細胞は骨からカルシウムとリンを放出させ、それぞれの血漿中の濃度を維持するために重要なはたらきをしている。

iii) 血清カルシウム
高カルシウム血漿になると腎臓の血管を収縮させる結果、糸球体ろ過量が低下する。高カルシウム血症はまた、PTH 依存性あるいは非依存性に腎からのカルシウム再吸収を抑制する。逆に低カルシウム血症は腎におけるカルシウムの再吸収を促進する。

iv) 細胞外液量
細胞外液量が増えると、代償するためにナトリウム(と塩化物イオン)の尿からの排泄量が増加する。これにともないカルシウムの排泄量も増加する。細胞外液量が低下した場合は逆のことが起こる。

v) 代謝性アシドーシス
代謝性アシドーシスは PTH 非依存性に尿からのカルシウム排泄を増加させる。カルシウム排泄量の増加の一部は骨において水素イオンが緩衝される結果、カルシウムが溶けだすためかもしれない。しかし、アシドーシスが尿細管に作用してカルシウムの再吸収を低下させることも原因のひとつのようである。

vi) 利尿薬
ループ利尿薬はヘンレの上行脚において NKCC2 の塩化ナトリウムの取り込みを阻害する結果、カルシウムの再吸収を低下させる。一方、サイアザイドは遠位尿細管で作用し、低カルシウム尿症に関連する。

4. カルシウム異常の症状

i) 低カルシウム血症
低カルシウム血症の原因は以下の 3 つに分類される。1. PTH の欠乏 (遺伝性または後天性副甲状腺機能低下症)、2. ビタミン D の欠乏 (摂取不足、吸収不良、日光不足、肝疾患または腎疾患によるビタミン D 合成の障害、3. カルシウム錯体形成 (ハングリーボーン症候群、横紋筋融解症、急性膵炎、腫瘍崩壊症候群など)

血漿カルシウム濃度が低下すると、PTH の合成と分泌の両方が促進される。低カルシウム血症および PTH は近位尿細管において 1α-ヒドロキシラーゼの発現を誘導し、1, 25-(OH)2 ビタミンD 合成を促進する。PTH は破骨細胞による骨吸収を促す。さらに、PTH と 1, 25-(OH)2 ビタミン D は遠位尿細管におけるカルシウムの再吸収を促進する。1, 25-(OH)2 ビタミン D は腸管においてカルシウムの吸収を促進する。これらにより、血中カルシウム濃度は正常域に戻る。

ii) 高カルシウム血症
高カルシウム血症の原因としては、1. PTH 過剰 (原発性副甲状腺機能亢進症など)、2. 1, 25-(OH)2 ビタミン D 過剰 (ビタミン D 中毒、サルコイドーシス) 、3. 骨吸収促進 (がんの骨転移、PTHrP、不動、パジェット病)、4. カルシウム吸収過剰 (ミルクアルカリ症候群など)、5. 腎からのカルシウム排泄低下 (サイアザイドなど)、6. 骨形成低下 (無形成骨症など) がある。

血中カルシウム濃度が上昇すると、PTH の合成および分泌が低下する。高カルシウム血症および PTH 低下は 1α-ヒドロキシラーゼの発現量を低下させ、1, 25-(OH)2 ビタミン D の合成を抑制する。

高カルシウム血症は甲状腺 C 細胞においてカルシトニン合成を促進する。破骨細胞による骨吸収はカルシトニン濃度の上昇と PTH 濃度低下により抑制される。1, 25-(OH)2 ビタミン D の低下は腸管におけるカルシウムの吸収量を低下させる。PTH 低下および 1, 25-(OH)2 ビタミン D 低下は腎臓におけるカルシウムの再吸収を低下させ、カルシウムの排泄量を増やす。さらに高カルシウム尿症はヘンレの太い上行脚において CaSR を介して ROMK を阻害する。その結果、Bartter's 症候群と同様に、paracellular pathway のナトリウム、カルシウム、マグネシウムの再吸収が低下する。これらは全て血清カルシウム濃度を低下させる。

高カルシウム血症の治療は生理食塩水輸液とフロセミド投与により、尿からカルシウムを排泄することである。

5. リン
正常では食事からのリンの摂取量は尿からのリンイオンの排泄量とバランスしている。リンの摂取量は 700-2000 mg/日と幅がある。これは、乳製品などリンを多く含む食品の摂取量に依る。吸収されたリンはリン酸に変換される。そして、細胞内に取り込まれるか、骨や軟部組織に沈着するか、腎から排出される。体内では大部分のリンは骨に貯蔵されている。

血清リンは体内のリンの 1%未満に過ぎないが、血清リンを狭い濃度幅 (成人で 2.5-4.5 mg/dL) にコントロールすることはさまざまな細胞内過程 (エネルギー代謝、骨形成、シグナル伝達、リン脂質や核酸の構成要素) に重要である。血清リンの制御には腸管での吸収や骨形成·骨吸収、細胞内外の移動、腎からの排泄が関わる。

血清リン濃度の制御においては腎臓が中心的な役割を果たすが、IIb 型 Na-Pi 共輸送体 (type IIb NaPi cotransporters: Npt2b) による腸におけるリンの吸収も重要である。Npt2b リン摂取量と 1,25-(OH)2 ビタミン D で制御される。

血清リン濃度の制御で最も重要なはたらきをしているのは腎臓である。健常者では、1日あたり 3700-6100 mg のリンがろ過されるが、正味の 1日あたりのリンの排泄量は 600-1500 mg である。つまり、ろ過されたリンのうち 75-85%が尿細管で再吸収されるのである。

リンの再吸収の 85% は近位尿細管で起こる。近位尿細管におけるリンの再吸収は能動的輸送であり、ナトリウムを必要とする。近位尿細管の頂端側には Npt2a, Npt2c, PiT-2 が発現しており、いずれもナトリウムの能動的輸送によって形成された電気化学的ポテンシャルを駆動力として無機リンを細胞内に取り込む (リンク参照)。リンの再吸収量はこれらのチャネルの発現量で決まる。動物モデルでは、リンを摂取すると近位尿細管のNpt2a, Npt2c, Pit-2 の発現量が低下し、リンの再吸収が低下する。逆にリン摂取を制限すると、これらのチャネルの発現量が増加し、リンの再吸収が増加する。

カリウムが欠乏すると腎からのリンの排泄量が増加する。しかし、近位尿細管における Npt2a の発現量は増加している。これは矛盾のようだが、カリウム欠乏は尿細管の脂質の構成を変化させることで、Npt2a の活性を低下させるのではないかと考えられている。

6. リン再吸収の調節因子

i) PTH
PTH は近位尿細管における Npt2a, Npt2c, Pit-2 の発現量を低下させることでリンの排泄量を増加させる (リンク参照)。PTH が作用すると Npt2a は数分以内に除去される。一方、Npt2c と Pit-2 は除去されるまでに数時間かかる。

ii) FGF23
血清リン濃度が上昇すると、骨芽細胞が線維芽細胞増殖因子 23 (fibroblast growth factor 23: FGF23) の合成を促進する。FGF23 の近位尿細管における作用には腎臓で合成される Klotho が必要である。Klotho は FGF receptor 1 を活性化する。

FGF23 は近位尿細管におけるナトリウム-リン共輸送体の発現量および活性を低下させ、腸管におけるナトリウム-リン共輸送体の発現量を低下させる。また、FGF23 は腎における 1α-ヒドロキシラーゼの発現を抑制し、24α-ヒドロキシラーゼの発現を促進して、1, 25-(OH)2 ビタミン D の濃度を低下させる (リンク参照)。さらに、FGF23 は PTH 合成を抑制する。ただし、PTH は腎機能低下が進行すると、FGF23 による抑制によらず高値になると信じられている。

iv) 1, 25-(OH)2 ビタミン D
1, 25-(OH)2 ビタミン D にも近位尿細管におけるリンの再吸収を促進させる作用があると信じられている。しかし、1, 25-(OH)2 ビタミン D による血清カルシウム濃度と PTH 濃度上昇の影響もあるので 1,25-(OH)2 ビタミンD 自体にリンを再吸収する作用があるかどうかはよく分からない。

v) 糖質コルチコイド
糖質コルチコイドは近位尿細管における Npt2a の合成を抑制させ、尿細管上皮の脂質の構成を変化させることにより、リンとナトリウムの再吸収を減少させる。

vi) エストロゲン
エストロゲンは Npt2c の発現量は変えないが、 Npt2a の発現量を低下させ、尿中へのリンの排泄量を増やす。また、エストロゲンは FGF23 の合成も増やす。

vii) 甲状腺ホルモン
Npt2a の遺伝子には甲状腺ホルモンと結合する転写調節因子がある。甲状腺ホルモンにより、Npt2a の遺伝子発現が促進し、リンの再吸収量が増加する。

viii) ドーパミン
ドーパミンは尿細管管腔側の細胞膜に発現している Npt2a を細胞内に取り込ませることによって、尿中へのリンの排泄量を増加させる。

ix) 代謝性アシドーシス
代謝性アシドーシスがあると、リン排泄が増加する。リン酸は滴定酸であるからである。逆に代謝性アルカローシスではリンの再吸収は増加する。マウスでは、アシドーシスでは Npt2a と Npt2c の発現量が増加するので、アシドーシスはナトリウム-リン共輸送体の発現量を低下させるのではなく、活性を低下させることで、リンの再吸収量を減らすのだろうと考えられている。

x) 高血圧
急に血圧が上昇すると、尿細管管腔側の細胞膜に発現している Npt2a がエンドソームにトランスロケーションすることにより、リンの再吸収量が低下する。

7. リン異常による症状

i) 低リン血症
低リン血症は腸管におけるリン吸収低下、細胞内へのリンの移動、あるいは腎におけるリン排泄量の増加によって起こる。低リン血症は遺伝的なナトリウム-リン共輸送体の活性低下や PTH 高値、FGF23 高値によっても起こる。

低リン血症は一般的には無症状であることが多いが、血清リン <1.5 mg/dL になると食思不振、混乱、横紋筋融解症、麻痺、痙攣を来し得る。さらに、血清リン <1.0 mg/dL になると呼吸抑制を来し得る。軽度の低リン血症は経口補充で治療されるが、重度の低リン血症は経静脈的な補充が必要である。

ii) 高リン血症
糸球体ろ過量が低下すると、血清カルシウム濃度が低下し、血清リン濃度が上昇する。低カルシウム血症および高リン血症は PTH の分泌を刺激する。PTH は近位尿細管における Npt2a および Npt2c の発現量を低下させ、尿中のリン排泄量を増加させる。高リン血症は FGF23 濃度も上昇させる。FGF23 は Npt2a および Npt2c の発現量を低下させる。また、1, 25-(OH)2 ビタミン D の産生を低下させ、腸管におけるリン吸収を低下させる。

糸球体ろ過量が低下し続けると、上記の代償機構は破綻し、高リン血症が明らかになる。

下部消化管内視鏡の前処置などで瀉下薬としてリン酸ナトリウム経口投与し、急激な高リン血症を来すと acute phosphate nephropathy が起こり得る。acute phosphate nephropathy は慢性腎不全の患者に起こる急性腎障害として発症し、腎生検では尿細管障害と尿細管および腎間質へのリン酸カルシウムの沈着を認めることが特徴である。

高リン血症は心血管合併症、死亡、カルシフィラキス (calciphylaxis) 発症リスクと強く関連している。現在行われている高リン血症に対する治療としては、リン吸着剤 (沈降炭酸カルシウムなど) の経口投与がある。

8. 二次性副甲状腺機能亢進症
腎機能が低下するに従い、PTH 濃度は上昇する。糸球体ろ過量が低下すると、FGF23 や血清リン濃度が上昇し、1α-水酸化酵素の発現が抑制される。その結果、1, 25-(OH)2 ビタミン D 合成が低下し、血清カルシウム濃度が低下する。これにより、二次性副甲状腺機能亢進症が進行する。健常者では、FGF23 は PTH 分泌を抑制するが、腎機能が低下すると副甲状腺は FGF23 に反応しなくなり、PTH を分泌し続けるようになる (リンク参照)。

透析患者の二次性副甲状腺機能亢進症は主に1. リン吸着剤、2. ビタミンD、3. シナカルセトの組み合わせで治療させる。

9. マグネシウム

マグネシウムは細胞内で二番目に多い二価イオンであり、さまざまな生理過程 (シグナル伝達、さまざまな酵素の補因子、DNA 合成、酸化的リン酸化、心血管の緊張: cardiovascular tone、神経·筋の興奮性: neuromauscular excitability、骨形成) に関与する。

体内のマグネシウムの総量は 24 g であり、99%が細胞内に存在する。臓器別では、筋、骨、軟部組織にほとんどが存在する。

健常者の血清マグネシウム濃度は 1.7-2.6 mg/dL であり、そのうち 60%は生理的に活性のあるイオンとして存在し、10%は陰イオンと塩を形成し、30%はアルブミンと結合している。

血清マグネシウムは腸管における吸収、腎臓における再吸収、骨形成·骨吸収によってダイナミックに制御されている。

10. マグネシウムの腸管における吸収

一般的なマグネシウムの摂取量は 300 mg/日である。マグネシウムが豊富な食事を摂っている場合の吸収率は 25%だが、マグネシウムが少ない食事を摂っている場合の吸収率は 75%である。

マグネシウムはほとんどは小腸から吸収され、一部は大腸から吸収される。だいたい 120 mg/日のマグネシウムが腸管から吸収され、20 mg/日が腸管から排泄されるので、正味の吸収量は 100 mg/dL である。

マグネシウムの吸収は飽和しうる transcellular pathway または飽和しない paracellular pathway を経る。通常のマグネシウム摂取量では、腸管におけるマグネシウムの吸収における transcellular pathway の割合は 30%であるが、マグネシウムの摂取量が低下するとこの割合が低下する。マグネシウムの摂取量が多い場合は paracellular pathway によるマグネシウム吸収が増加する。

transcellular pathway は陽イオンチャネルである trancient receptor potential melastatin:
TRPM のうち、TRPM6 および TRPM7 を介する。TRPM6 の遺伝子変異は二次性の低マグネシウム血症の原因になる。また、マウスにおいて TRPM7 の2つあるアレルの一方を欠損させると、腸管からのマグネシウム吸収が低下する一方で腎における再吸収の代償が働かないので、低マグネシウム血症を呈する。

プロトンポンプインヒビターを長期間使用すると、低マグネシウム血症になることがある。これはマグネシウムの吸収が低下する一方で、腎での再吸収が増えないことによるようである。考えられる機序としては、1. マグネシウムの腸管からの排泄が増える、2. 腸管内の酸性度が低下すると、TRPM6 の活性が低下し、transcellular pathway によるマグネシウム吸収が低下する、3. paracellular pathway によるマグネシウム吸収が低下する、が挙げられる。

11. 腎におけるマグネシウムの再吸収

糸球体ろ過量が正常の場合、腎臓は 1日あたり 2000-2400 mg のマグネシウムをろ過する。このうち 96%が尿細管で再吸収される。

ろ過されたマグネシウムのうち 10-30%は近位尿細管で再吸収される。詳しいメカニズムは分かっていないが、paracellular pathway によってマグネシウムが再吸収されると信じられている。

ろ過されたマグネシウムの40-70%は太いヘンレの上行脚で paracellular pathway で再吸収される。このマグネシウム再吸収の過程では、クローディン-16 とクローディン-19 が重要なはたらきをしている。CaSR もマグネシウムの再吸収に対して重要なはたらきをしている。CaSR が活性化されると、マグネシウムの再吸収量が低下する。CaSR は頂端側のカリウムチャネルとおそらくは Na-2CL-K 共輸送体を阻害することによって尿細管内腔の正電荷を減少させる。これにより、電気化学的ポテンシャル差を駆動力とするマグネシウムの再吸収が低下する。

バーター症候群は NKCC2 や ROMK、ClC-Kb、Barttin (ClC-Ka チャネルおよび ClC-Kb チャネルのβ-サブユニットに必須) 、CaSR の変異で起こる。しかし、不思議なことにバーター症候群では必ずしも低マグネシウム血症は認めない。

クローディン-16、クローディン-19 の変異により、マグネシウムの尿排泄が増加し、低マグネシウム血症を来す。

対照的にクローディン-10 を欠損すると、高マグネシウム血症と腎石灰化を来す。クローディン-10 欠損マウスの太い上行脚を用いた ex vivo の実験ではナトリウムの paracellular pathway の透過性は低下し、カルシウムとマグネシウムの透過性は亢進していた。さらに、フロセミドで阻害される尿細管内外の電位差が大きくなっていた。これらがカルシウムおよびマグネシウムの再吸収が増加する原因だろうと考えられている。

糸球体でろ過されたマグネシウムの 5-10%は遠位尿細管で再吸収される。これは TRPM6 を介した能動的な輸送による。

上皮成長因子 (epithelial growth factor: EGF) は TRPM6 を介したマグネシウムの輸送を増加させる。EGF 受容体を阻害するセツキシマブやパニツムマブは EGF 感受性の悪性腫瘍の治療に用いられ、腎におけるマグネシウムの再吸収を阻害することで低マグネシウム血症を来す。

体内のマグネシウムのうち、少なくとも 50%以上は骨にヒドロキシアパタイトとして存在している。マグネシウムの摂取制限を行うと、骨のマグネシウム含有量が低下する。げっ歯類では、低マグネシウム血症になると骨のターンオーバーが亢進し、骨減少症となる。骨量は低下し、骨の強度も低下する。骨におけるマグネシウムの動態はダイナミックに変化するが、骨におけるマグネシウムの輸送体は同定されていない。

12. マグネシウム異常による症状

i) 低マグネシウム血症
低マグネシウム血症は血清マグネシウム 1.7 mg/dL 未満と定義される。低マグネシウム血症は頻度が高く、一般集団の 15%、集中治療室に入室している患者では最大 65%が低マグネシウム血症である。さまざまなホルモンや薬剤の作用により腸管におけるマグネシウムの吸収や腎臓におけるマグネシウムの再吸収が低下することが低マグネシウム血症の原因となる (リンク参照)。臨床においてはマグネシウムの貯蔵量の評価や低マグネシウム血症の原因の同定は難しい。血清と尿のマグネシウムを同時に測定することは低マグネシウム血症の原因の鑑別に有用かもしれない。

プロトンポンプインヒビターは腸管におけるマグネシウムの吸収量を低下させるが、他のほとんどの薬剤は直接あるいは間接的にヘンレの太い上行脚におけるマグネシウムの再吸収を阻害することで低マグネシウム血症の原因となる。

低マグネシウム血症があると ROMK が活性化され、カリウムの排泄が亢進し、低カリウム血症の原因になる。また、低マグネシウム血症は PTH の分泌を低下させ、PTH への感受性を低下させることで、低カルシウム血症の原因にもなる。

低マグネシウム血症の症状としては、脱力、倦怠感、筋痙攣、テタニー、しびれ、痙攣、不整脈がある。

ii) 高マグネシウム血症

マグネシウムを含む緩下剤や制酸薬、子癇の治療で静脈注射または筋肉注射したマグネシウムが高マグネシウム血症の原因になる。

高マグネシウム血症の症状としては、嘔気·嘔吐、神経障害、低血圧、心電図変化 (QRS、PR、QT 延長など) 、重度の場合は、完全房室ブロック、呼吸抑制、昏睡やショックが起こることがある。

低マグネシウム血症の原因
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/table/t3/?report=objectonly

二次性副甲状腺機能亢進症の病態生理
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig9/?report=objectonly

PTH が血清リンを低下させるしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig7/?report=objectonly

FGF23 が血清リンを低下させるしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig8/?report=objectonly

尿細管におけるリンの輸送
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig6/?report=objectonly

尿細管におけるカルシウム、リン、マグネシウムの再吸収
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig3/?report=objectonly

近位尿細管における塩化ナトリウムとカルシウムの再吸収のしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig4/?report=objectonly

遠位尿細管におけるカルシウムの再吸収のしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig5/?report=objectonly

血清カルシウム濃度を制御するしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig1/?report=objectonly

腸管上皮でカルシウム、リン、マグネシウムを吸収するしくみ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/figure/fig2/?report=objectonly

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/

2022/05/14

2022-05-14 08:55:47 | 日記
腎におけるカルシウム、リン、マグネシウムの恒常性制御についての総説
Clin J Am Soc Nephrol 2015; 10: 1257-1272

高カルシウム血症による急性腎障害の機序としては、 1. 腎性尿崩症を起こす他に、2. 尿細管に発現しているカルシウム感受性受容体を介して ROMK を阻害することでループ利尿薬様の利尿作用を発揮し、3. カルシウム自体の血管収縮作用で糸球体ろ過量を低下させるが考えられている。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4491294/

2022/05/11

2022-05-11 23:05:23 | 日記
高カルシウム血症による腎性尿崩症の初期においてはオートファジーによるアクアポリン-2 の分解が起こる。
Kidney Int 2017; 91: 1070-1087

高カルシウム血症では腎性尿崩症が起こるが、機序は不明である。著者らは、ラットにビタミンD または PTH を投与することで、高カルシウム血症による腎性尿崩症の動物モデルを作成した。このモデルの集合管におけるタンパク質の発現と分解を詳細に検討した結果、高カルシウム血症による腎性尿崩症の初期においてはオートファジーによるアクアポリン-2 の分解が起こっており、集合管に発現しているアクアポリン-2 の蛋白量が減少していることを確認した。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28139295/

2022/05/11

2022-05-11 05:37:49 | 日記
原発性副甲状腺機能亢進症についての総説
Nat Rev Endocrinol 2018; 14: 115-125

原発性副甲状腺機能亢進症 (primary hyperparathyroidism: PHPT) は比較的頻度の高い内分泌疾患で、高カルシウム血症にも関わらず血清パラトルモン濃度が正常~高値であることが特徴である。

血清カルシウム濃度をルーチンで測定される地域では、PHPT は無症候性の高カルシウム血症として見つかることが多い。

PHPT では高カルシウム血症以外に、1. 高カルシウム尿症と腎結石、2. 骨粗鬆症と椎体骨折を合併しうる。しかし、いずれも無症候であることが多い。

PHPT を根治できるのは副甲状腺摘出術だけであり、症候性の PHPT あるいは無症候性で臓器障害をともなう場合または進行が予測される場合には手術を検討するべきである。

副甲状腺摘出術は骨密度を増加させ、腎結石を減らす効果が示されている。

薬で骨密度を増加させたり、血清カルシウム濃度を低下させたりすることは可能だが、どの薬剤も単独で両方を達成することはできない。

PHPT の精神神経症状、孤発性 PHPT の病態生理、PHPT の合併症のリスク因子については今後追究されるべき問題である。

1. 疾患概念

PHPT はおよそ 90年前に米国と欧州でほぼ同時期に初めて記載された。当初は症候性の症例が多く、'stone, bone, and groans (腎結石、骨折、うめき声(精神症状のことか))' が典型的な症状だと言われたものだが、時代が下るにつれて無症候性の PHPT が偶然発見されるケースがほとんどになった。

医学が発展し、現在ではパラトルモン (parathyroid hormone: PTH) を正確に測定し、副甲状腺を画像検査で同定することが可能になった。また副甲状腺摘出術の技術も進歩した。

一方で、根治が期待できるのは現在でも副甲状腺摘出術のみである。

2. 疫学

PHPT の 80%は単腺の腺腫で 10-15%では 4腺全てが腫大している。2~3腺の腫大は 5% で 1%未満はがんである。

罹患率は報告によって異なり、0.4-82人/10万人·年である。血清カルシウムがルーチンで測定されるようになる 1970年代までは PHPT は全て症候性で稀な疾患だった。血清カルシウム濃度の測定が広く行われるようになると、無症候性の PHPT が発見されるようになり、罹患率は 5倍に上昇した。その後、米国では罹患率は低下傾向だったが、1998年に骨粗鬆症のスクリーニングが行われるようになると、罹患率は再び増加した。

PHPT の罹患率は年齢とともに上昇し、女性の方が男性よりも多い。どの年齢層でも発症し得るが、患者の半数以上は閉経後の女性である。

孤発性の PHPT の原因については多くの場合不明である。小児期の放射線療法は PHPT 発症のリスクとなる。また、リチウム製剤を長期にわたって使用すると、副甲状腺のカルシウムに対する感受性が低下するために PHPT 発症しやすくなると言われている。

孤発性 PHPT 発症の遺伝的要因についても多くの場合は不明である。しかし、細胞周期を制御している遺伝子が副甲状腺腺腫の発生に重要なはたらきをしているだろうと考えられている。PHPT 発症との関連が指摘されている遺伝子としては、CCND1 (サイクリン D1 をコードしている) と MEN1 (menin をコードしている) がある。MEN1 の体細胞性変異は孤発性 PHPT の 12-35% で認め、CCND1 の遺伝子再編成または過剰発現は 20-40%で認める。最近の研究では、CDC73、CTNNB1、CDKN1B、CDKN1B、AIP の変異も少数の症例で認めると報告されている。

PHPT の 5-10% は家族性で、いくつかの遺伝子について生殖細胞系列変異が同定されている。例を挙げると、多発内分泌腫瘍症 1型 (multiple endocrine neoplasia type 1: MEN1) および家族性孤立性副甲状腺機能亢進症(familial isolated hyperparathyroidism: FIHP) におけるがん抑制遺伝子 MEN、MEN2A における原がん遺伝子 RET、MEN4 における CDKN1B、FIHP における CASR (Ca 感受性受容体をコードしている) の機能欠失変異、FIHP における GCM2、副甲状腺機能亢進症顎腫瘍症候群 (hyperparathyroidism -jaw tumor syndrome) および副甲状腺癌における CDC73 がある。他にも PRUNE2 や micro RNA 296 の変異は副甲状腺癌と関連するとされている。

3. 鑑別診断

PHPT に共通する病態生理は、副甲状腺腫大かつ/または副甲状腺細胞上のカルシウム感受性受容体の発現量低下により、血清カルシウム濃度上昇による PTH の発現抑制がかからないことである。つまり、PTH の発現を抑制するためには血清カルシウム濃度が高くなる必要がある (リンク参照)。

PHPT の診断は、高カルシウム血症と PTH 高値を同時に認めることで確定される。高カルシウム血症にも関わらず不適切に PTH が正常値 (PTH >20 pg/mL) の場合も PHPT であると診断して良い。

PTH は、intact PTH を検出する第2世代または第3世代の測定系で測定されるべきである。第1世代の測定系では生理活性のない PTH 関連蛋白と intact PTH を区別できない。

PHPT では自然に血清カルシウムが正常域に低下することがある。

悪性腫瘍や肉芽腫性病変による高カルシウム血症では PTH 分泌は抑制されている。異所性 PTH 産生腫瘍は極めて稀だが、進行した悪性腫瘍において報告されることがある。

副甲状腺の画像検査は PHPT の診断には必要ない。画像検査は外科医が異常な副甲状腺の解剖学的な位置を確認し、手術の計画を立てるのに有用である。

画像検査で異常な副甲状腺を認めないことは PHPT の診断を否定するものではないし、手術で根治しないことを意味しない。逆に画像検査で異常を認めることは PHPT の診断を裏付けるものではなく、偽陽性の場合も多い (超音波で甲状腺結節と副甲状腺を区別するのは難しい)。

PHPT と家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症 (familial hypocalciuric hypercalcemia: FHH) は検査所見が似るが、両者の鑑別のために昔から FeCa が計算されている。FeCa く1% は FHH らしいが、FHH と PHPT の FeCa の値についてはオーバーラップを認める。

ビタミン D が欠乏している PHPT の患者では、FeCa が低値になるので、ビタミン D 欠乏を認める場合は、補充するまで FHH と診断するべきではない。

腎機能が低下している場合、FeCa は低値になるので PHPT と FHH の鑑別には役立たない。その場合は、過去の血清カルシウム濃度 (FHH では一貫して高値のはずである) と高カルシウム血症の家族歴が参考になる。FHH の疑いが高い場合は、CASR 変異 (FHH1 で認める)、GNA11変異 (FHH2 で認める)、AP2S1変異 (FHH3 で認める) の有無を調べても良いだろう。

原発性副甲状腺機能亢進症と二次性副甲状腺機能亢進症、三次性副甲状腺機能亢進症とは生化学検査および病歴で鑑別することができる (リンク参照) 。

二次性副甲状腺機能亢進症は、1. ビタミン D 欠乏や 2. 吸収不良、3. 腎臓病、4. 高カルシウム尿症など血清カルシウム濃度が低下するような病態がある場合に PTH 分泌が亢進するものである。結果として、血清カルシウム濃度は低値~正常値になる。

著者らの経験では、二次性副甲状腺機能亢進症の一部の症例ではビタミン D 欠乏などの原因を補正すると、血清カルシウム濃度が高値となり、PHPT を合併していたことが明らかになる。

三次性副甲状腺機能亢進症は、終末期腎不全患者などで長期にわたる重度の二次性副甲状腺機能亢進症が存在する場合、副甲状腺の過形成と PTH の自律的産生が起こることを指す。三次性副甲状腺機能亢進症は透析患者で認めることが多いが、腎移植後でも認めることがある。三次性副甲状腺機能亢進症はふつうは病歴から明らかである。

正カルシウム血症性原発性副甲状腺機能亢進症 (normocalcemic primary hyperparathyroidism: NPHPT) は血清カルシウム濃度が正常だが PTH が高値で、二次性副甲状腺機能亢進症が除外されているものを指す。

2007年の観察研究によれば、3年間の観察期間で最大 19% が高カルシウム血症となる。

4. 症状および合併症

i) PHPT の症状および検査所見
古典的な PHPT は血清カルシウム濃度測定が一般的ではなかった 1970年代以前には見られ、骨、腎、消化器、精神神経症状および死亡率上昇を認めた。

20世紀前半に記述された PHPT の臨床像では、著明な高カルシウム血症 (11.5-16.8 mg/dL) と線維性嚢胞性骨炎 (osteitis fibrosa cystica) が特徴とされた。後者は骨痛および骨折 (特に椎体骨折) を認め、X線写真では脱灰、線維症、褐色腫、嚢胞を特徴とする。また腎結石·腎石灰化、多飲·多尿および腎機能低下もよく認めた。他の症状としては、食思不振、便秘、胃潰瘍、膵炎、筋力低下、精神障害、全身倦怠感がある。

欧米では古典的な PHPT は稀であり、PHPT の80%超が無症候性である。米国では、PHPT の患者で線維性嚢胞性骨炎を認めるのは 2%未満であり、腎結石は過去 70年間で減少し続け、60%から 20%未満に低下した。

診断の契機はほとんどの場合、偶発的に高カルシウム血症を認めることによる。多くの場合、血清カルシウムは基準値上限 + 1 mg/dL を越えない。また PTH は基準値上限の 2倍を越えないことが多い。血清リンは PTH によるリンの尿への排泄により、基準内低値か低値であることが多い。骨吸収の増加と代償性の骨形成を反映してアルカリフォスファターゼが高値であることはあるが、多くの場合は基準範囲内である。ビタミン D の補充量を表す 25-OH ビタミン D はやや低値 (20-29 ng/mL) か明らかに低値 (く20 ng/mL) であることが多い。一方、活性型ビタミン D (1, 25-ジヒドロキシビタミン D, 1, 25-(OH)2 ビタミンD) は正常上限近いか高値であることが多い。

PHPT でビタミン D が欠乏しやすい原因は以下のように考えられている。まず PTH は腎において 1α-ヒドロキシラーゼの発現を誘導し、25-OH ビタミン D から 1, 25-(OH)2 ビタミン D への変換を促進する。また肝臓でのビタミン D の不活化が亢進するため、25-(OH)2 ビタミン D の半減期が短縮する。慢性的にビタミン D が欠乏すると、副甲状腺の過形成が促進され、PTH の分泌がさらに亢進する。

米国の同じ地域で行った実施時期が異なる二つのコホート研究 (1984-1991年と2010-2014年) を比較すると、後者ではビタミン D のサプリメントが普及しているため、25-OH ビタミン D 濃度が上昇し、PTH が低下していた。また、多くの横断研究では、25-OH ビタミン D と PTH の濃度は逆相関することが示されている。以上より、PHPT においてビタミン D 欠乏は PTH の濃度を上昇させるかもしれない。

さらにすべての研究で認めているわけではないが、PHPT においてビタミン D が欠乏すると、血清カルシウム濃度が上昇し、血清リンが低下し、1, 25-(OH)2 ビタミン D が上昇、さらにアルカリフォスファターゼの濃度が上昇する。

PHPT に対するビタミン D 補充が PTH 濃度を低下させることは観察研究およびランダム化比較試験で確認されている。

ii) 骨合併症
DEXA による骨密度の評価では、PHPT は特に皮質骨 (橈骨遠位端など) の骨密度が低下しやすく、海綿骨 (椎体など) の骨密度は比較的保たれる。PHPT における骨粗鬆症の有病率は報告によって異なり、39-62.9%である。

骨密度低下のパターンからは椎体骨折よりも末梢骨骨折の方が多そうなものだが、疫学研究からは椎体骨折も末梢骨骨折も増えることが示されている。PHPT において椎体の骨密度は保たれるにも関わらず椎体骨折が増える原因は最近まで分かっていなかった。骨の微細構造を明らかにする新しい非侵襲的な画像検査 (高解像度末梢定量 CT, high resolution periferal quantitative CT: HR-qCT や海綿骨スコア, trabecular bone score: TBS) は PHPT においては橈骨や脛骨と同様に椎体の海綿骨が疎になることを明らかにした (リンク参照)。しかし、現時点では海綿骨の粗雑化が骨折の危険因子であるかどうかは確認できていない。

PHPT における骨粗鬆症の危険因子は一般集団と同様で、高齢と低体重である。一方、ビタミン D 欠乏はあまり骨密度には影響しないようである。実際、橈骨遠位端の骨密度はビタミン D が欠乏していてもわずかに低下するのみである。しかし、ビタミン D 補充は特に椎体の骨密度を増加させる。他に骨折の危険因子としては骨代謝マーカー高値や PTH 高値がある。

最近の研究では PHPT は無症候性の椎体骨折をしばしば合併することが明らかになっている。そのため 2014 年の無症候性 PHPT についてのガイドラインでは椎体骨折のスクリーニングを推奨している。そして、椎体骨折を認めた場合は副甲状腺摘出を推奨している。後者の推奨については最近のランダム化比較試験で裏付けられている。すなわち、副甲状腺摘出した場合は、観察のみの場合と比較して椎体骨折の再発が少なかった。

iii) 腎合併症
症候性の腎結石は PHPT の 10-20% で認める。2014年の無症候性 PHPT のガイドラインでは腎結石のスクリーニングを推奨している。

腎結石の危険因子としては若年であることと男性であることがある。一方、高カルシウム血症や高カルシウム尿症、PTH 高値の程度などの腎結石との関連については一貫していない。

腎石灰化についてはデータが限られているが、現代では多飲·多尿と同様に頻度の低い合併症であるようである。

腎機能障害 (eGFR く60 mL/min/1.73 m2) も頻度は高くなく、最近の報告では有病率は 15-17% だと報告されている。2014年の研究では、高齢、高血圧、降圧剤の使用、空腹時高血糖などの古典的な慢性腎臓病の危険因子が PHPT における腎機能低下の危険因子である一方で、PHPT の重症度や腎結石は危険因子ではないとされた。また、副甲状腺摘出は腎機能を改善させないことが示されている。

iv) 精神神経症状
血清カルシウム濃度が高い場合は精神神経症状が出現しえる。カルシウムはシナプスにおける神経伝達物質の分泌の制御において重要なはたらきをしており、高カルシウム血症はこの過程に影響しえる。一方、PTH は血管に対する作用があることが知られており、PTH が高値の場合は脳の循環が変わって認知機能や気分に影響する可能性もある。

古典的な PHPT の症状として精神神経症状の記述はあり、そのうちの一部は現代でも認める。一方で、筋力低下や筋萎縮は古典的 PHPT では報告されているが、現代では認めない。多くの観察研究では、血清カルシウム濃度 く12 mg/dL の軽度の高カルシウム血症を認める場合でも、抑うつや不安、倦怠感、生活の質の低下、睡眠障害、認知機能障害との関連が指摘されている。しかし、これらの症状が副甲状腺摘出で改善するかどうかについては一貫した結果が得られていない。

v) 心血管合併症
スカンジナビアの研究から、中等度から重度の PHPT では心血管死が増えると報告されている。無症候性 PHPT についてはデータが限られているが、いくつかの研究では高カルシウム血症が軽度の場合は死亡率は上昇しないと報告されている。

5. 副甲状腺摘出術

副甲状腺摘出は PHPT 根治が期待できる唯一の治療法であり、症候性の PHPT では副甲状腺摘出が推奨されている。

無症候性 PHPT の治療に関する第四次国際作業部会では、臓器障害 (骨、腎) をともなう場合および進行が予測される場合は手術を推奨するとした。具体的には、血清カルシウム濃度が基準値上限 + 1 mg/dL の場合、骨粗鬆症 (T-スコア -2.5以下) または椎体骨折あり、eGFR く60 mL/min、重度の高カルシウム尿症 (>400 mg/day) 、腎結石ありまたは腎結石のリスクが高い、50歳未満の場合は、手術を検討する。

手術による侵襲を最小限にするためには、術前に腺腫の位置を確認しておくことが必要である。頚部超音波は腺腫の同定に有効である。テクネシウムセスタミビ (99mTc) は副甲状腺シンチグラフィとして最も広く行われている。テクネシウムセスタミビは多腺に病変がある場合の感度は高くない。超音波と組み合わせることで、感度が高くなり、正確な腺腫の位置が確認できる。通常の CT の利用価値は低いが、4D CT は腺腫の同定に利用できる。しかし、4D CT も病変が多腺におよぶ場合は感度が低い。

6. 保存療法

手術の適応でない場合、あるいは手術を拒否する場合は経過観察するのが安全である。全身状態不良で全身麻酔を行うべきでなく、誤嚥や睡眠時無呼吸のリスクが高いので局所麻酔も難しい場合は、保存的に経過を見ることになる。

PHPT の自然経過についての観察研究では、生化学的異常や骨密度については数年間は変化がないが、10年を過ぎると皮質骨の骨密度が低下し始め、15年目にはおよそ 40%の患者が 1つ以上の手術の適応基準を満たすようになる。

経過観察する場合は生化学検査と DEXA による骨密度評価を定期的に行うことが推奨されている。また椎体骨折や腎結石が疑われる場合は脊椎や腎の画像検査を再検することが推奨されている。

いくつかの研究では、薬物療法および経過観察よりも手術の方が費用は少なくて済むと報告されている。

経過観察している患者に対しては、飲水励行し、カルシウム摂取を控えないように助言するべきである。食事によるカルシウム摂取で高カルシウム血症が増悪することはない。逆にカルシウム摂取を控えると副甲状腺機能亢進症が増悪し得る。PHPT と骨粗鬆症がある場合で食事からのカルシウム摂取が不十分な場合、サプリメントでのカルシウム補充については推奨はされていないものの、高カルシウム血症や高カルシウム尿症を悪化させることはなさそうである。

最近のガイドラインでは、ビタミン D 補充が PTH 濃度を低下させるという知見に基づいて、PHPT の患者では 25-OH ビタミン D 21-30 ng/mL を目標に 600-1000 IU/日を目標にビタミン D を補充することを推奨している。さらに高用量のビタミン D 補充も利益があるようである。2014年のランダム化比較試験では、PHPT 患者に 2800 IU/日のコレカルシフェロールまたはプラセボを投与し、経過を観察した。その結果、コレカルシフェロール投与群では 25-OH ビタミン D が 20-37.8 ng/mL に上昇し、脊椎の骨密度が上昇した。一方、高カルシウム血症や高カルシウム尿症の悪化は認めなかった。

現在使用できるどの薬剤も単独で、1. 血清カルシウムと PTH、尿中カルシウムの濃度を正常化させ、2. 骨密度を増加させ、3. 骨折リスクを減らし、4. 腎結石を減らす、の全てを達成することはできない (リンク参照)。

72名の PHPT 患者を対象にした後ろ向き観察研究では、健常者とは異なりサイアザイドは血清カルシウム濃度を上昇させないようだった。ヒドロクロロチアジド (12.5-50 mg/day, 観察期間平均 3.1年) は尿中カルシウム排泄を減らすが、血清カルシウム濃度を上昇させなかった。しかし、ヒドロクロロチアジドが腎結石を減らすかどうかは不明である。現時点では PHPT 患者にサイアザイドを推奨する根拠は不十分だが、手術を拒否しているあるいは手術の適応ではなく、腎結石のリスクが高い場合はサイアザイド使用を検討しても良いだろう。

PHPT 患者に対してホルモン補充療法 (エストロゲン 0.625 mg/日+メドロキシプロゲステロン 5 mg/day) を行うと、プラセボと比較して全身の骨密度を有意に増加させることが 1件のランダム化比較試験で示されている。特に椎体の骨密度上昇が大きかった。しかし、骨折を減らすというデータはない。小規模なランダム化比較試験でラロキシフェン 60 mg/day は 8週間の観察期間で骨代謝マーカーと血清カルシウム濃度を低下させた。

いくつかの小規模なランダム化比較試験では、アレンドロン酸は椎体と大腿骨頚部の骨密度を増加させることが示されている。しかし、アレンドロン酸はPHPT の生化学的異常については改善させない。また骨折のリスクを低下させるかどうかについてはデータがない。アレンドロン酸以外のビスホスホネートの PHPT 患者の骨密度に対する効果についてもデータがない。さらに、PHPT 患者におけるデノスマブの効果についてもデータはない。骨粗鬆症をともなう PHPT の患者で副甲状腺摘出を行わない場合は、アレンドロン酸の使用を検討しても良いだろう。

シナカルセトはカルシウム感受性受容体作動薬であり、PHPT 患者において効果的に血清カルシウム濃度を低下させる。しかし、シナカルセトは骨密度を増加させず、尿中カルシウム濃度を低下させない。また腎結石を減らせるかどうかについてはデータがない。シナカルセトは副甲状腺摘出術が行えない重度の高カルシウム血症を呈する PHPT 患者に適応がある。シナカルセトの頻度の多い副作用として、頭痛、嘔気·嘔吐がある。

各薬剤の原発性副甲状腺機能亢進症に対する効果
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/

原発性副甲状腺機能亢進症における椎体の海綿骨の粗雑化
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/figure/F2/?report=objectonly

原発性副甲状腺機能亢進症ではカルシウム感受性受容体のセットポイントが上昇している
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/figure/F1/?report=objectonly

二次性副甲状腺機能亢進症および三次性副甲状腺機能亢進症
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/table/T2/?report=objectonly

家族性原発性副甲状腺機能亢進症
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/table/T1/?report=objectonly

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6037987/#__ffn_sectitle