内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/01/28

2022-01-28 08:52:04 | 日記
中枢性塩分喪失症候群 (cerebral salt wasting syndrome: CSWS) の総説
Front Neurosci 2019; 13: 1130

1疾患概念

CSWS と不適合抗利尿ホルモン分泌症候群(syndrome of inappropriate ADH secretion: SIADH) は神経症状をともなう低ナトリウム血症の主要な原因である。

CSWS と SIADH は主な検査所見が同じであるが、治療が異なるので鑑別が重要になる。しかし、CSWS の明確な診断基準はなく、60年にわたってCSWS と SIADH の鑑別は問題となっていた。

SIADH は自由水の貯留が原因で低ナトリウム血症を来す。ADH の過剰分泌または V2 受容体の機能獲得変異で起こる。臨床的には、体液量が正常~増加しており、低張低ナトリウム血症と高張尿、尿ナトリウム高値が特徴で、診断には他の低ナトリウム血症の原因(副腎皮質機能低下症、甲状腺機能低下症)が否定されていることが必要である。

CSWS は 1950 年に Peters らが急性または慢性の中枢神経の障害にともなう低ナトリウム血症の原因として報告された(SIADH の最初の報告は 1957年) が、長らく忘れられていた。1981年にネルソンらが検査所見上は SIADH の診断基準を満たすが、血管内容量が低下している 12症例を報告し、再認識された。

CSWS はナトリウム喪失と血管内容量の低下が特徴的だが、正確な病態生理は不明である。いくつかの病態生理が提案されている。


2. 病態生理

CSWS の病態生理については主にの二つの仮説が提案されている。

ひとつは交感神経機能低下(Bitew et al., 2009) である。これは交感神経の傍糸球体装置への入力が低下すると、レニン・アルドステロンの分泌が低下し、近位尿細管におけるナトリウム、水、尿酸の再吸収が低下するという仮説である。

もうひとつはナトリウム利尿ペプチドの関与(Berendes et al., 1997) である。これは心房性ナトリウムペプチド(atrial natriuretic peptide: ANP) や脳性ナトリウムペプチド(brain natriuretic peptide: BNP) の過剰が尿細管からのナトリウムと水の排泄を促進するという仮説である。

CSWS の診断基準はいくつか提案されているが、統一されていない。病態進行の過程で尿からのナトリウム排泄が増加する所見は CSWS の診断に有用である。

著者らは 2016年に臨床の場で使用できる診断基準を提案した。SIADH との鑑別点は血管内容量の低下で、下記4項目のうち2つ以上を満たすことが CSWS の診断に必要としている。

1. 身体所見上で脱水を示唆する所見を認める、すなわち、低血圧、粘膜の乾燥、頻脈、起立性低血圧、2. 検査所見上で血管内脱水を示唆する、すなわち、ヘマトクリット、アルブミンまたは尿素窒素の上昇、3. 体重減少または in out balance が負、4. 中心静脈圧 6 cm 未満


3. 中枢神経系の疾患と低ナトリウム血症の関係

くも膜下出血、頭部外傷、脳腫瘍、脳梗塞、中枢神経系の感染症、ギランバレー症候群はしばしば低ナトリウム血症をともなうことが知られている。

くも膜下出血の 4-6割には低ナトリウム血症が生じる。特に重症で水頭症を合併する場合、前方循環に動脈瘤がある場合は低ナトリウム血症を来しやすい。くも膜下出血にともなう低ナトリウム血症の 4割 は出血後 3日以内に出現し、3割は一週間以内に出現する。したがって、くも膜下出血から 1週間以内はナトリウムを確認するべきである。低ナトリウム血症の原因は不明で、CSWS が多いとする報告と、SIADH が多いとする報告がある。

頭部外傷(特に脳挫傷と硬膜下血腫) では、3日後から2週間後の間に 5割以下の確率で低ナトリウム血症を来す。特に脳挫傷と急性硬膜下血腫で低ナトリウム血症を認めることが多いと報告されている。

脳梗塞の 1-4割に低ナトリウム血症をともなうと報告されている。特に高齢者に多く、入院から1週間以内に一過性の頭蓋内出血後に起こると報告されている。

内視鏡的経蝶骨洞下垂体手術を行った患者の 22.6% が低ナトリウム血症を来したと報告されている。通常術後 4-10日後に低ナトリウム血症を認める。

髄膜炎も低ナトリウム血症の原因となり得る。特に結核性髄膜炎は低ナトリウム血症をともなうことが多く、4-7割と報告されている。結核性髄膜炎にともなう低ナトリウム血症は CSWS だと言われており、自然軽快しない場合はたいていフルドロコルチゾン投与が行われる。

ダニ媒介脳炎の 4割で低ナトリウム血症をともなうと報告されている。

自己免疫性脳炎の 6割で低ナトリウム血症をともなうと報告されている。IVIG が低ナトリウム血症および神経症状を増悪させる可能性が示唆されている。

ギランバレー症候群の 1-5割で低ナトリウム血症をともなうと報告されている。しかし、IVIG で偽性低ナトリウム血症を来すので、注意が必要である。

54778名のギランバレー症候群の患者を対象とした観察研究では、低ナトリウム血症はギランバレー症候群の重症度と関連しており、退院時転帰の独立した予測因子である (オッズ比 2.07, 95%信頼区間 1.91-2.25, p 0.0001未満) と報告されている。したがって、高リスク(高齢、欠乏性貧血、アルコール多飲、高血圧、IVIG の使用、すべて p 0.0001 未満) では注意深く血清ナトリウムをモニターするべきである。ギランバレー症候群にともなう低ナトリウム血症はギランバレー症候群発症後平均8日で出現すると報告されている。

結核性髄膜炎は細菌性髄膜炎や無菌性髄膜炎よりも低ナトリウム血症をともなうことが多く、 4-7割で低ナトリウム血症を認める。


4. CSWS と SIADH との鑑別

SIADH でも CSWS でも血清尿酸値は低く、FEUA は高値(11%以上、正常: 4-11%) となっている。

しかし、SIADH ではナトリウムを補正すると、FEUA は正常化するが、CSWS では 11%以上のままであると報告されている。

SIADH で低尿酸血症になるのは V1受容体の作用亢進が主な原因であると考えられるが、CSWS で FEUA が高値になる理由は不明である。

2018年に Tobin らが報告したコホート研究では、CSWS または SIADH が疑われる患者に対して、NT-pro BNP 125 pg/mL をカットオフとすると、CSWS 診断についての陽性的中率93.3%は、陰性的中率は87.5%だった。

また、NT-pro BNP は血管内容量の客観的な指標であり、NT-pro BNP 518 pg/mL をカットオフとすると、感度 94.4%、特異度 100% で血管容量低下と正常とを区別することができると報告されている。

一方、Misra ら (2018a) は、結核性髄膜炎および急性脳炎にともなう低ナトリウム血症、特に CSWS では BNP および ANP はナトリウム補正後も持続的に高値だったが、CSWS と SIADH との間で ANP および BNP には有意な差はなかったと報告している。NT-pro BNP は半減期が短く変動が大きい上に、呼吸器疾患や低年齢や高齢では高値となるため、この研究では CSWS と SIADH との鑑別に ANP および BNP は役立たないと結論されている。

結局、CSWS と SIADH との鑑別に ANP および BNP が有用であるかについては意見が一致していない。


5. 治療

CSWS では、低ナトリウム血症と血管内容量の低下を生理食塩水または高張食塩水の輸液で治療する。

治療抵抗性の場合には、鉱質コルチコイドの一種であるフルドロコルチゾン投与が行われる。Misra ら (2018b) は、結核性髄膜炎にともなう中枢性塩分喪失症候群に対するフルドロコルチゾンの効果を検討するためにランダム化比較試験を行った。その結果、フルドロコルチゾン (0.1-0.4 mg/day, 少量から開始) は食塩水輸液のみと比較して早期に血清ナトリウムを正常化できること、6か月後の評価で有害事象が増えないことが示された。同様の結果はくも膜下出血にともなう低ナトリウム血症を対象としたランダム化試験でも示されている。

中等度~重症の SIADH では飲水制限が治療の第一選択とされるが、多くの場合飲水制限だけでは低ナトリウム血症は十分に改善しないし、そもそも飲水制限の実施が難しいこともある。

V2受容体拮抗薬であるトルバプタンは投与後4日目、30日目の血清ナトリウムを安全に上昇させ得ることが示されている。SIADH の治療においてトルバプタンの重要性は疑いないが、高価な薬であることと長期的な安全性が確立していないことがネックである。

そのため、SIADH の治療にトルバプタンを使用する場合は、1. 少量から始めること、2. 飲水制限と同時に行わないこと、3. 開始直後は 4-6時間毎に血清ナトリウムを確認すること(急激に血清ナトリウムが上昇するリスクがあるため)、4. 投与前に肝機能を確認すること(トルバプタンの長期使用により肝障害が出現することがあるため) に注意する必要がある。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6857451/