内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/02/13

2022-02-13 08:15:43 | 日記
急性心不全についての総説
Nat Rev Dis Primers 2020; 6: 16

急性心不全 ( acute heart failure: AHF ) は新規発症の心不全 ( de novo heart failure: de novo HF ) と慢性心不全の急性増悪 ( acutely decompensated heart failure: ADHF ) からなり、ほとんどの場合で全身の体液貯留を認める。ふつう、de novo HF でも ADHF でも 1つ以上の誘因を認めるが、心筋梗塞による de novo HF の場合は誘因がないことがある。

AHF は臨床所見は共通しているが病因も誘因も多様であり、病態生理は高度に不均一である。現在の AHF の治療はうっ血の解除に主眼を置いていて、病態生理への配慮は少ない。そのため、現在でも AHF は死亡率および再入院率が高い。病態生理に基づく個別的な急性期治療と退院後の慢性期治療の進歩が求められる。

1.疫学

HFrEF の慢性期治療は進歩したのに対し、AHF は現在でも予後不良である。米国を含む先進国では、AHF 患者は 30日以内に 24%、3ヶ月以内に 30%、半年以内に 50%が再入院する。合併症の管理が不十分であったり、心理社会的要因 (不安、うつ、認知機能低下、社会的孤立)があると、再入院のリスクは高くなる。

世界的に AHF の死亡率は入院中で最大 4%、退院後 60-90日以内で最大 10%、1年以内で 25-30%である。

心筋梗塞や感染症が誘因となった AHF は高血圧や心房細動が誘因となった AHF よりも死亡率が高い。心原性ショックをともなう AHF はともなわない場合よりも死亡率が 10 倍以上高い。

AHF の原因に占める虚血性心疾患の割合は欧米では 50%以上であるのに対し、アジア太平洋地域の先進国では、30-40%である。

2. 病態生理

左室拡張期末期圧が上昇すると心室壁応力が上昇し、心筋リモデリングが進行する。その結果、心収縮能の低下、弁閉鎖不全、全身のうっ血が起こる。壁応力が上昇すると、生理的な代償機構として心房や心室の心筋細胞から Na 利尿ペプチドが分泌される。Na 利尿ペプチドは血管拡張と利尿作用を持つ。さらに 多くの AHF の患者では、非虚血性の心筋障害・壊死を反映して高感度トロポニンが上昇する。

僧帽弁逆流と左房圧上昇が進むと、肺の毛細血管の静水圧が上昇し、肺の間質に血漿が漏出する。その結果、肺が拡張しにくくなり、呼吸困難が生じる。

静水圧と間質液の量との関係は単純ではなく、リンパ系が間質液の恒常性の維持に重要な働きをしていることが分かってきた。肺うっ血の初期にはリンパ管が大量の間質液を吸収する。しかし、リンパ管の排出能が限界に達すると胸膜外や肺胞内に間質液が溢れだし、胸水や肺水腫が生じる。実際、リンパ管形成因子である VEGF-D は心不全や腎不全における肺や全身のうっ血を緩和する効果があることが示されている。

中心静脈圧が上昇すると腎静脈圧、さらに腎間質の静水圧が上昇する。腎間質の静水圧が尿細管内の静水圧を越えると尿細管が虚脱し、糸球体ろ過量が減少する。さらに、腎静脈圧が上昇すると腎血流が低下し、腎への酸素の供給が低下する。他にも炎症や医原性 (造影剤、腎毒性のある薬剤) 、心拍出量の低下、腹腔内圧の上昇が腎機能低下の要因となり得る。

肝うっ血している患者では、しばしばアルカリフォスファターゼ、ビリルビン、γ-グルタミルトランスフェラーゼ (グルタチオンヒドロラーゼ 1 プロエンザイム) が上昇する。

心原性ショックなど重度の低灌流により低酸素性肝炎 (hypoxic hepatitis) を合併すると、小葉中心性壊死を来たしてトランスアミナーゼ (アラニンアミノトランスフェラーゼとアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ) が著明に上昇する。

腸管のうっ血により絨毛が虚血になると、腸管からの栄養吸収が障害され、腸内細菌叢も乱される。その結果、腸内のグラム陰性桿菌が産生するリポポリサッカライドが血流に流入し、全身性炎症反応を惹起する。

3. 診断

AHF の臨床像は LVEF とは関係がない。最も多い症状は労作時または安静時の呼吸困難、起坐呼吸、倦怠感である。身体所見としては、末梢の浮腫、頚静脈怒張、聴診で III 音を聴取 ( S3 ギャロップ ) が挙げられる。III 音は拡張早期の低音で、左室の急速充満が急に終了した時に発生する音だと考えられている。

末梢の皮膚が冷たく湿っている、乏尿、意識障害は心原性ショックを疑わせる所見である。

最初のトリアージで心原性ショック、呼吸不全、心筋梗塞、不整脈は除外する。一般的な 集中治療室または cardiac care unit ( CCU ) の入室基準は循環不全 (心拍数 40 /分未満または 130 /分以上、収縮期血圧 90 mmHg 未満または低灌流を示唆する所見あり)または呼吸不全 (呼吸数 25 /分以上、酸素投与下で SpO2 90%未満、努力呼吸、機械換気) があることである。

AHF の症状や身体所見は感度も特異度も低く、それだけでは診断も除外もできない。AHF が疑わしい患者では Na 利尿ペプチド (BNP, NT-proBNP, MR-pro ANP) を測定するべきである。Na 利尿ペプチドは AHF と CHF の鑑別には役立たないが、心不全に対する感度は高いので、症状や身体所見と組み合わせれば AHF の診断に有用である。

心臓超音波は de novo AHF については背景の心疾患についての情報を与えるかもしれない。ADHF については、新規の心イベントが疑われる場合に考慮する。心臓超音波で両心機能と弁膜症の有無、心タンポナーデの有無は分かる。

最初のトリアージでは AHF の背景にある心疾患と AHF の誘因、合併症も評価する。

虚血性心疾患については心電図と高感度トロポニンの ( くり返し ) 測定で除外する。不整脈については心電図と心電図モニターで波形を確認する。感染症については炎症マーカー ( CRP やプロカルシトニン) 、各種培養と画像検査で除外する。

4. 治療

利尿薬治療の実際については European Society of Cardiology の心不全委員会のコンセンサスステートメントに詳細に記述されている。

AHF では消化管のうっ血のために消化管からの吸収が低下しているので、利尿薬は経静脈的に投与する。ループ利尿薬は血中では 90%以上がアルブミンと結合しており、有機アニオントランスポーター ( organic anion tranporter: OAT ) を介して近位尿細管内に分泌される。そのため、低アルブミン血症が存在するとループ利尿薬の効果は減弱するし、腎血流が低下しているときには十分な効果を得るために用量を増やす必要がある。ループ利尿薬の効果のピークは投与後 1 時間以内で、投与後 6-8 時間で尿からの Na 排泄はベースラインに戻る。したがって、利尿効果を維持するためには 1 日に 3-4 回注射するか、持続注射するかしなくてはならない。

ループ利尿薬への反応性は、投与後数時間の尿量とスポット尿の尿 Na で評価できる。スポット尿の尿 Na による評価は尿量が低~中等量の場合に特に有用である。尿量が多い場合はだいたい尿の尿 Na は高いが、尿量が少ない場合は尿 Na が高い場合と低い場合がある。最近の研究では、尿量が少ない場合、尿 Na は尿量とは独立した予後予測因子であることが示されている。うっ血性心不全の患者でループ利尿薬投与から最初の 6 時間で尿量 100-150 mL/h 未満 and/or 投与後 2 時間で尿 Na 50-70 mmoL 未満は、ループ利尿薬への反応が不十分だと判断できる。

効果不十分であればループ利尿薬の用量を 2 倍に増やす。反応尿が得られたらそれ以上用量を増やしても追加の利尿効果は得られない。作用点が異なる利尿薬を追加する方が効果的である。利尿薬に全く反応しない場合は透析を検討する。

体液量が正常化したら利尿薬を内服薬に切り替え、体液量を維持できる最少量に減らす。体液量の評価は難しく、症状、身体所見、画像所見 (胸部 X 線写真、心臓超音波) 、バイオマーカーの組み合わせで総合的に評価する。

うっ血に対する治療と平行して AHF の背景疾患の治療も行う。たとえば、心筋梗塞に対する心筋再灌流や細菌感染症に対する適切な抗菌薬治療などである。初期評価で同定した合併症によっては特異的な薬物療法 (ex. アミロイドーシスに対する化学療法)、手術療法 (ex. 弁膜症)、補助循環法、心移植も検討する。

心不全の治療においては、多職種による心不全治療プログラムが治療へのアドヒアランス向上や心臓リハビリテーションの実施、適切なタイミングでのフォローアップに必要である。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7714436/