歌う狸ブログ

街角狸マニアがあらゆるマニアについて歌う「マニアソングス」誕生秘話

ジャズソングと狸(中編)

2020-04-12 21:21:32 | 自己紹介
信楽狸の誕生

前回ジャズが日本に伝わったのはいつか、という話を書きました。ジャズがいつ生まれたのかというとどうもはっきりしませんが、1900年頃にニューオリンズで生まれたようです。ジャズがはじめて録音されたのは1917年のことで、まだほんの100年程しか経っていません。なんとなくジャズという音楽は遥か昔からあるような気がしていましたが、意外と最近と言えば最近の音楽です。しかし、それから現代に到るまで様々に変遷し、さらにありとあらゆるジャンルとコラボしながら幅を広げていっています。

さて、お待たせしました。そこへいくと我らが狸はどうでしょうか。初めて記録として出てくるのは「日本書紀」だとか「日本霊異記」だとか言われていますので軽く1300年ぐらい昔の話ですが、それは動物のタヌキの話。徳利と通帳を持って笠を被った狸の置物は藤原銕造(てつぞう)さんが作ったのが最初とされていますが、その銕造さんが最初の狸を作ったのが1900年頃とされています。ひょっとしてジャズが生まれたのと同じ頃じゃないですか?その後京都で狸づくりを続けた銕造さんですが、大正時代には京都の料亭「一休庵」に狸を納めたりしてかなり有名になっていたようです。はい、遠くアメリカではジャズが初めて録音されていた頃ですね。1931年には信楽に移り住んだ銕造さんが狸専門の窯「たぬきや」を開いて、ここから信楽が狸の代名詞となっていくのでした。

無理やりジャズの歴史と狸の歴史を並べて書いてみる今回の投稿ですが、次回は信楽狸を一躍有名にした昭和天皇行幸の話あたりを書いてみたいと思います。

それでは今回は1934年に発表された名曲「ブルームーン」をジャズソングバージョンでお楽しみください。次回もどうぞお楽しみに。


ジャズソングと狸(前編)

2020-04-09 20:27:47 | 自己紹介
いまさらながらの自己紹介

前回ようやく初のタヌキソング「化かされたなら」が完成したわけですが、よくよく考えてみると私自身の自己紹介を全くすっ飛ばしていたことに気がつきました。そもそもなんでタヌキソングを作ろうと思ったのか、それは自分の持てる能力全てを使って狸を表現しようとした結果でした。というのも、もともとバンド活動をやっていたから出来るかなと思ったのです。

ジャズソングという失われたジャンル

学生時代にはブルーグラスというマイナーなアメリカ音楽を演奏するバンドをやっていました。その頃から1970年代のウエストコーストロック(The EaglesとかDoobie Brothersとか)に惹かれてバンド活動をしていましたが、就職してメンバーも散り散りになってしまったり、なかなか思うように活動ができなくなってきたので、夫婦でこぢんまり始めたのが村田食堂というバンドでした。ベースを弾くのが食堂の女将こと路上園芸学会さんです。

結成当時はとにかく歌いたい曲を演奏していたのですが、その中に「私の青空」という曲がありました。この曲は実は日本で初めて録音されたジャズなのですが、歴史を辿って行くうちにどんどん古い曲に興味が出てきました。ジャズが日本に伝わったのは1920年代のことで、曲調は日本人には全く馴染みがなく、歌詞はもちろん英語だったので、内容を分かりやすくする為に日本語に翻訳して歌われました。この日本語歌詞を今あらためて聴いてみると、とても素晴らしい独特な響きを持っていて、オリジナルの英語詩ともまた違う良さをまとっています。このように日本語訳詩で歌われるジャズ曲のスタイルはジャズソングと呼ばれ、戦前の音楽シーンを席巻しましたが、戦後進駐軍相手に歌われた英語のジャズ・ボーカルに取って代わられ、今ではすっかり失われたジャンルになってしまいました。そんなジャズソングに魅了された我らが村田食堂は古き良き名曲を掘り起こして演奏するバンドとして活動していくことになりました。

そんなジャズソングが流行っていた時代と信楽狸が誕生した時代を結びつけて記事を書こうと思っていましたが、早くも力尽きてしまったので、今回は前編ということにして、村田食堂バージョン「私の青空」でもお聴き頂きながらお別れしたいと思います。


ちなみにこの村田食堂ですが、大変光栄なことにマニアブログフェスタに参加中の地理人さんからコラボレーションのお誘いを頂きまして、曲を共作中です。もしよろしければこちらの記事もお読み頂けたら幸いです。


歌う狸、はじめました

2020-03-20 18:25:09 | 自己紹介
皆様どうもこんにちは。街角狸マニアのむらたぬきです。
街角狸とは街中でよく見かける信楽焼などの狸の置物のことです。


よく見たことあるという方、あるいは全然気にしたことがなかった方、色々いらっしゃると思いますが、不思議なことに何それ?とおっしゃる方はほとんどいません。
今や日本のあらゆるところに散らばって皆さんの身近に居る存在。
狸は日本人の心に深く刻まれた存在なのです。

街角狸マニアとして、この街角狸を撮り集める活動と並行して取り組んできたのが、
狸にまつわる歌、「タヌキソング」の製作です。
狸にまつわる歌は沢山ありそうで実はそれほど沢山はありません。
少なくともオリコンヒットチャートにはなかなか登場しない類の歌ですが、
日本タヌキクラブさんという方が毎年年末に日本タヌキレコード大賞という催しを行っています。
その概要を抜き出してみると、まさに狸による狸の為のイベントであることが分かります。

■概要
対象年度に発表されたすべてのタヌキソングの中で「作曲、編曲、作詩を 通じてタヌキ愛が顕著な『作品』」、「優れた腹鼓によって活かされた『作品』」、「タヌキ愛好家の強い支持を得た上、タヌキの気持ちを強く反映・代表した と認められた『作品』」、以上3点に該当する『1作品』に贈る。審査対象は、メディア・国籍を問わずその年に発表された全てのタヌキソングとする。※日本タヌキクラブが把握していない場合は審査対象から漏れる場合があります。

ということで、タヌキソング作家=シンガーソングタヌキとして活動をはじめた私は当然ながら日本タヌキレコード大賞受賞を目指し作曲を重ねていくことになって行ったのです。

そんなことで、このブログでは狸と狸にまつわる歌、そして全てのマニアに向けて作った楽曲「マニアソングス」製作についてお話しさせて頂きたいと思っていますので、是非お付き合いください。

まずは1曲、日本で一番有名なタヌキソングをアレンジしたこちらをお聴き頂ければ幸いです。

証城寺の狸囃子(歌と演奏むらたぬき)