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芸術の価値を金額で示すことは好きではないが、世の中には高額な金額で取引される絵画が存在し、その時点でその金額で評価されたということは事実である。
多くの日本人にとって印象深い高額な絵画の購入は、1987年の安田火災海上によるゴッホの『ひまわり』の購入だろう。ロンドンのクリスティーズで2250万ポンド (当時の為替レートで約53億円、最終的には手数料込みで約58億円) で落札した。
日本ではバブルの象徴的に報道されたが、それまで1800年以前のオールド・マスターの作品が絵画オークションの中心だったところに、初めてゴッホという「モダンな」絵画が高額売買の記録されたことに意義があった。
これを機会に絵画の取引価格が高騰し、その後30年以上で多くの絵画がより高額な価格で取引されている。また現代絵画や印象派が多くを占める傾向にある。

『ひまわり』以降の高額な絵画の一覧は以下に記されている。

List of most expensive paintings List of highest prices paid
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_most_expensive_paintings#List_of_highest_prices_paid

2022年4月時点で最も高額で取引された絵画は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』だ。青いローブをまとったイエス・キリストの肖像画である。

サルバトール・ムンディ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3

1500年ごろフランスのルイ12世のために描かれたとみられる。後に、イギリスのチャールズ1世の手に渡ったが、1763年以降行方不明となる。
1958年にオークションに出品されたが、複製とされてわずか45ポンドで落札された。2005年に美術商が1万ドル足らずで入手した後、修復の結果ダ・ヴィンチの真筆と証明される。2008年にロンドンのナショナル・ギャラリーが世界中の権威5人に鑑定依頼。結果は賛成1、保留3,反対1であった。2011年にはロンドンのナショナル・ギャラリーで展示された。2013年にサザビーズのオークションでスイス人美術商に8000万ドルで落札された後、ロシア人富豪ドミトリー・リボロフレフが1億2750万ドルで買い取った。
2017年11月15日にクリスティーズのオークションにかけられ、手数料を含めて4億5031万2500ドル(当時のレートで約508億円)で落札された。この額は、2015年に落札されたパブロ・ピカソの「アルジェの女たち バージョン0」の1億7940万ドル(約200億円)を抜き、これまでの美術品の落札価格として史上最高額となった。
落札後の所有者は不明とされていたが、サウジアラビアの王太子ムハンマド・ビン・サルマーンが所有する高級ヨットの中にかかっていたことが2021年に報道されている。クリスティーズでの落札後は一度も一般公開されていない。




絵画として波乱に満ちた歴史を歩んでいるようだ。所有者が絵画を一般公開するしないは自由だが、くれぐれも大事に扱ってほしい。

高額ランキングとしては、2位はウィレム・デ・クーニングの『インターチェンジ』、3位はポール・セザンヌの『カード遊びをする人々』 と、現代絵画やポスト印象派が上位に続いている。多くが個人間取引であることも特徴として挙げられる。



さて、これらは取引された絵画であり、特に1800年以前のオールド・マスターの作品は通常は美術館が所有していて所蔵品が売却されるは希である。従って多くの名画の価格は「値段がつけられない」ということが実際のところである。
参考までに最高額の絵画と推定されているのはレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』で、1962年にアメリカ国内各地での展示における保険の査定が1億ドルだったそうだ。2020年の価格最低でも推定約8億6000万ドルであり、『サルバトール・ムンディ』の約2倍である。実際に取引されたら本当に値がつかないのではないだろうか。

さて、高額で取引された絵画は多くが西洋美術であるが、ここにきて東洋美術もリストアップされるようになってきた。その筆頭として現代中国画の巨匠と評される 斉白石 (せい/さい はくせき、Qi Baishi) の『十二景図屏風』 (1925年) が2017年12月の北京でのオークションで1億4080万ドルで落札された。

Qi Baishi Just Became the First Chinese Artist to Break the $100 Million Mark at Auction | Artnet News
https://news.artnet.com/market/qi-baishi-record-140m-beijing-1182881

The painter Qi Baishi has become the first Chinese artist to join the $100 million club.
A set of Qi’s ink-brush panels, Twelve Landscape Screens (1925), sold for $140.8 million at Poly Beijing. It is the highest price ever paid for a work of Chinese art at auction.
The artist—best known for his calligraphy and brush painting—created the work in 1925, when he was 62 years old, according to a description on Poly’s website. “It can be regarded as the most expressive style from Qi Baishi’s stylistic transformations but is also the largest in dimension of the twelve landscape screens format,” the auction house says.




斉白石
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%89%E7%99%BD%E7%9F%B3

白石は湖南省湘潭県杏子塢星斗塘の貧農に生まれ、幼い頃から絵を描くことを好んだ。7歳で数カ月間、私塾に通い初等教育を受けたが家計が貧窮したため学業が継続できず放牧などの手伝いをしながら独学で絵を描いて過ごした。少年期は体が病弱で鋤などを使う農作業ができず、12歳で大工見習いになり1年後に家具職人となった。10年余、木工として生活したが、その並外れた技能によって全郷に知れ渡ったという。木工の傍ら表具師出身の蕭薌陔(伝鑫)について肖像画を習い後に美人画も描いた。
27歳になってからようやく文人画家の胡沁園に就いて本格的に画の勉強を始め、精緻な花鳥画・鳥獣画を学んだ。また詩文を陳少蕃、山水画を地元画家の譚溥に学んでいる。30歳になると書法や篆刻も独学し、文人的な資質を培った。篆刻は大工だったこともあり鑿を使うように大胆に鉄筆を揮るい、拙劣な枯れた作風とされた。
40歳以後の7年間で「五出五帰」といわれるように5度にわたり中国全土を巡遊し名山や大河を堪能した。同時に過去の名家の真筆や銘文などを実見し芸術的な視野を広げた。その後10年を「家居十年」と呼び、故郷にじっくり腰を据え読書に耽り、詩書画印の製作に没頭した。「借山図巻」・「石門二十四景」などの大作もこの頃の作品である。
故郷での争乱事件を避けて、55歳で北京に居宅を定め、売画・売印で生計を立て始めた。当時の北京は臨模や倣古を重んじ文人的素養を第一とするような保守的な風潮が色濃く、農民出身で木工だった白石は白眼視され、ときに排撃された。このような辛い状況にあって高名な画家で日本に留学経験のあった陳師曽は白石の才能を見出し芸術的な交流を深めるとともに様々な形で白石を支援した。1922年、東京で開催された日中共同絵画展に白石の作品を出典したのも陳師曽だったが、これをきっかけに白石の国際的な評価が高まった。




東京国立博物館 - 1089ブログ 斉白石作品のたのしみかた
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2018/12/11/%E6%96%89%E7%99%BD%E7%9F%B3%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%82%92%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%82%80/

斉白石の作品は『松柏高立図・篆書四言聯』 (1946年) も2011年に6550万ドルと高額で取引されている。
金額での評価の是非はともかく、世界の中で東洋美術がプレゼンスを高めることは喜ばしい。是非世界の人々に東洋の文化の奥深さをもっと知ってもらいたいのだ。


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