前々回のレッスンで先生から
「この曲弾こう。私も今度弾くから。」と勧められ頂いた楽譜は「ラストエンペラーのテーマ」でした。
映画「ラストエンペラー」の存在、その音楽を坂本龍一さんが作っていることは知っていましたが、映画を見たことがない
そしてと言うか当然曲も知らない
「ラストエンペラーのテーマ」を弾きたくて二胡を習い出したと言っていた方にもこれ迄に数人にお会いしたこともあります。それくらい名曲ってこと。
私が弾けるようになる日は来るんか?
というわけで映画を見ました。
あまりに衝撃で…
見終わる頃には苦しくなりました。
これ迄中国史に興味が全く無かったわけではないです。でも私の知識は気になった所をつまみつまみで。三国志の時代は少しだけ知っています。ほんの少し
私の知っている中国史で統治する国が変わる、時代が変わる時に起こった政変を思い浮かべると前の統治者が生き続けたってことはあるんやろうか?ないような。知らんだけなんだろうけど。
溥儀は生きたけどそれは壮絶過ぎる人生やったんやと感じました。
時代の流れに身を置く、いや置いて生活を毎日毎日していることに今も違いはないのだけど。その流れに脅威を感じたりしました。
もう少し溥儀さんのことを知りたくなり本を読みはじめました。
みたいな事を思ったりし曲の練習をはじめたのです。拍とりからでまだ弾くこともままなりませんが
ただ気づいた事があります。
弾く、弾けるようになるという言葉には深い意味があると。
ただ弾けると、奏者の思いを音色にのせて弾く、その音色を誰かの心に何かを伝えることは違うんやと気づきました。
プロ、音楽家、演奏家は凄い!