山口県訪問団は2017年9月15日この地を訪れた。
青海島の東端い位置する周囲15キロが通である。通には三つの史跡、重要文化財がある。江戸時代から明治の終わりまで古式捕鯨で栄えた町である。当時陸のたたら産業、海のクジラ産業ともいわれ、通 鯨組は1673年長州藩に取り立てられ、明治41年1908年まで235年間にわたって、綱捕り捕鯨を続け、当時四大古式捕鯨基地として
「紀州捕鯨」の太地
「土佐捕鯨」の室戸
「西海捕鯨」の呼子、生月
「長州・北浦捕鯨」の通浦、瀬戸崎(現在の仙崎)、川尻
があり、4番目が一番規模が小さかった。
1846年には通浦はクジラがよく捕れた年である。この年には一日鯨5頭、半年で24頭捕獲した。当時鯨が一頭捕れた時の平均収入は、銀
10貫〈170両)、今の日本円で約3400万円である。しかしながら時代の流れは皮肉である。この年に米国は鯨銃を発明し、西洋各国は日本海近海に鯨油を求めて徹底的に鯨を乱獲した。その後鯨は一頭も寄らなくなった。
毎年7月に行われる「通」クジラ祭りでは当時の勇壮な古式捕鯨の様子がそのまま再現される。(現地通鯨ツーリズム推進協議会のパンフより)
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