にじの木通信

小さな家族の日々のこと。
安心安全栽培の菜園も、カメの歩みで一歩ずつ。

学びニュース

2016-05-22 06:20:26 | カメの歩みで
おはようございます。

わたしは「「なちゅらるハウス Harmonie」」さんという

京都八幡のオーガニックなお店に、

4年と少しお勤めさせていただいております。



仕事に対して元々、‘病んでおられる方のために’と思っていた思いが

実行されているお店であるために、わたしは

心を作る必要がなく、大変癒されてきたのです。


売るためには・・・

好きになっていただくためには・・・

お客様にまた来たいと思っていただくためには・・・

ではなく、

常に、「相手さまの喜ばれること」が中心だからです。


✳お客様とお店のよくなることを、

 考えていることができる。


このことは、‘‘仕事って綺麗事ではないのだな’’と

思ってしまって、社会人として納得しないとと心を作った、

わたしの過去のトラウマの解消となり、

癒しに繋がってきたのでした。


そしていつのまにやら歴代スタッフの方たちや

お客様方からわたしに対し、とても

「安心する」というおことばを、何度も頂戴するようになったのです。


こういうことは今までになかったのでした。


昔自分でしていた仕事では

「癒される」「天職ですね」というお言葉を

何度も言われて参りました。


しかし自分自身は、解決しがたい辛さを抱えていて、

それがおおごとで、わたしのしたい仕事が、

家族にとってのしあわせでないとはきづかなかった。



このことこそもしかしたらオーナーから言われてきました、

「「まずスタッフ自身がしあわせであること」」と

いうお言葉の、ひとつの成果の形かなとも、感じるのです。

目の前の人と花咲かす

2016-04-25 21:03:26 | カメの歩みで
最近は、「??」と思ったことを口に出してしまうわたし。


一人で気づいて、修正するべく、

と思って実行してきた(つもり)の時期は去り、

今や人に疑問を洩らして(^.^)

なんでだか聞いてみて、時間がたって


その日の夕方くらいにきづく意味。


やっぱりあの人この人も、

わたしを本ライのわたしへと、

また導いてくださる。


今日修正すべきことは

今日のご縁に答えが💕✨

戻り具合

2016-03-13 07:38:23 | カメの歩みで
おはようございます。

先の投稿の続きで、思ったことなのですが、

「実は戻っている」、と思い当たることはないですか?


赤ちゃんとして生まれ、ある方は成長され

年配者となると、甘えたりできないことが増えたり、

まるで子どもの頃のようになられることがあったりされますが。。。



そこまで年を重ねてなくても、‘‘わたし’’、

本当はこうだった、生まれながらの性質は、

こんな感じだった。


こういうことが心からの喜びだった、

などということが、

(辛かったであろう)経験も重ね、捨てたはずのそんな

ほんらいの、しあわせ、を再び思い起こすようなこと。。。


ありませんか???


今のあなたを本当にわかってくださっている身近な方に、

あなたの特徴を聞いてみると、

意外に、本来のあなた、を

見てくださっているかもしれない。


それを、人に、世に

喜ばれる形で、表現できますように。。。


そんな人が増えていけば、

世の中はきっと、

明るいはず^^















進み具合

2016-03-12 06:44:58 | カメの歩みで
あの日、東日本大震災のおこった日から、5年。

魂からの叫びはわたしのなかでは現実になって、

今の勤めに結び付いた。


皆さまにおかれましては、いかがお過ごしでしょうか。


もし今日という日しかないとしたら、

目の前に広がる世界、心に浮かぶご縁だけが、

与えられた‘‘現実’’だとしたら、

どんな一日を過ごしたいかと心に問い、

迂回のないよう、誠実にただ歩めたらいいなと。。。


周りを見渡し、耳も心も広げて、

メッセージを聞けるようになれたらいいなと。。。


隣にいてくれる人たちと寄り添い、

笑って歩んでいけたらいいなと思います。

今日も新たに、よろしくお願い致します。



自然の流れに沿って。

2015-12-12 22:00:24 | カメの歩みで
歩めていますか?


自分でできないときは、わたし自身の元々の、

感性をゆがめる必要が、あったからでしょう。


そうして何かに合わせたり、

また反対に、合わさないようにしたり。


でも、しんどいよと、

こころもからだにも無理がたまっていって。


あるときどーーんと響いてくる音。


『こんなのじゃないのよわたしって。』



でもその頃には、本物のこころで生きない、

そしてわからないふりすることが板につき、

元々の、わたしのこころの声が、手の届かないところに隠れ。。


ではどうしたら、‘わたしの声’が、出るように?


一つ。


出している人に、会う、

合わせる、

言われるように、やってみる。


と、

いつのまにやら、自分で考えられるように、なってくる。


そのような道に

‘戻して’、

または‘乗せて’くださる方が、

絶対おられるから、探す(祈る)の。


そんな出会いを求めること

紡ぐことの、大切さ。


その他のことは、あなたの命の灯火にとって、

大したことのないこと(^.^)

とまで、

書いてみたり。