秋月八幡宮(あきづきはちまんぐう)
【鎮座地】〒838-0019 福岡県朝倉市上秋月1717 旧筑前国 夜須郡
【御祭神】應神天皇 高良大神 住吉大神
【旧社格等】県社
【御由緒】
秋月八幡宮由来
秋月八幡宮の歴史は古く、平安時代中期の940年、朝廷に謀反を起こした藤原純友の追補使としてこの地に来た大蔵春実が、神功皇后の旧地とされる宮の丘(現在の社のある周辺)で戦運を祈願したところ、たちまち純友の乱を平定することが出来たことから、946年、この地に武人の守護神として神社を建立したのが始まりと記されています。その後、鎌倉時代に移り1203年、秋月氏の祖といわれる秋月種雄公(大蔵種実の八世孫)が秋月の地に移り住むようになり、現在の社の本宮を造営したとされています。社は秋月氏によって400年にわたって代々修造が加えられて多くの信仰を集めてきましたが、秋月氏の高鍋への移封によって久しく退廃していったとあります。江戸時代に入り、1624年、秋月藩初代藩主黒田長興公が就封されてからは、15年ごとに数次にわたって社の本宮、拝殿の改修が行われて施設が完備されると共に、夏秋二度の祭事が賑やかに行われるなど、近隣の住民の信仰がたいへん厚かったと記されています。現在も七月の夏祭り、十月の御神幸の御降りなどが行われています。
歴史ある郷土秋月でも由緒ある建造物として800年にわたって現在まで受け継がれている八幡宮は数少ない歴史的建造物となっています。
(参道入口案内板より)
本来の参道から境内
拝殿
社殿全景
【鎮座地】〒838-0019 福岡県朝倉市上秋月1717 旧筑前国 夜須郡
【御祭神】應神天皇 高良大神 住吉大神
【旧社格等】県社
【御由緒】
秋月八幡宮由来
秋月八幡宮の歴史は古く、平安時代中期の940年、朝廷に謀反を起こした藤原純友の追補使としてこの地に来た大蔵春実が、神功皇后の旧地とされる宮の丘(現在の社のある周辺)で戦運を祈願したところ、たちまち純友の乱を平定することが出来たことから、946年、この地に武人の守護神として神社を建立したのが始まりと記されています。その後、鎌倉時代に移り1203年、秋月氏の祖といわれる秋月種雄公(大蔵種実の八世孫)が秋月の地に移り住むようになり、現在の社の本宮を造営したとされています。社は秋月氏によって400年にわたって代々修造が加えられて多くの信仰を集めてきましたが、秋月氏の高鍋への移封によって久しく退廃していったとあります。江戸時代に入り、1624年、秋月藩初代藩主黒田長興公が就封されてからは、15年ごとに数次にわたって社の本宮、拝殿の改修が行われて施設が完備されると共に、夏秋二度の祭事が賑やかに行われるなど、近隣の住民の信仰がたいへん厚かったと記されています。現在も七月の夏祭り、十月の御神幸の御降りなどが行われています。
歴史ある郷土秋月でも由緒ある建造物として800年にわたって現在まで受け継がれている八幡宮は数少ない歴史的建造物となっています。
(参道入口案内板より)
本来の参道から境内
拝殿
社殿全景
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