のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

映画「標的の村」(予告編)

2013年08月17日 12時21分41秒 | Weblog




seaside‏@s_seasideさんが

次のようなツイートをされてました。

――映画『標的の村』 http://youtu.be/rJcJSZJ4qoI 沖縄の人達の嫌悪や怒りは、米国に向けられているのではなく「反ヤマト」だということ。沖縄県人同士(住民と警官)がもみ合うのを離れた場所からニヤニヤ眺める米兵。これは本土の日本人の姿でもある…核心を突いている話。(2013年8月17日 - 10:35 )――

☆ 映画公式サイト:http://www.hyoteki.com/

<映画公式サイト・コメント>

――日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の74%が密集する沖縄。5年前、新型輸送機「オスプレイ」着陸帯建設に反対し座り込んだ東村(ひがしそん)・高江の住民を国は「通行妨害」で訴えた。反対運動を委縮させるSLAPP裁判だ。[※1]わがもの顔で飛び回る米軍のヘリ。自分たちは「標的」なのかと憤る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村[※2]の記憶がよみがえる。10万人が結集した県民大会の直後、日本政府は電話一本で県に「オスプレイ」配備を通達。そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。

2012年9月29日、強硬配備前夜。台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に身を投げ出し、車を並べ、22時間にわたってこれを完全封鎖したのだ。この前代未聞の出来事の一部始終を地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちが記録していた。真っ先に座り込んだのは、あの沖縄戦や米軍統治下の苦しみを知る老人たちだった。強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。闘いの最中に響く、歌。駆け付けたジャーナリストさえもが排除されていく。そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち……。

本作があぶりだそうとするのは、さらにその向こうにいる何者かだ。復帰後40年経ってなお切りひろげられる沖縄の傷。沖縄の人々は一体誰と戦っているのか。抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」。奪われた土地と海と空と引き換えに、私たち日本人は何を欲しているのか?――


   


■資料

「標的の村 国に訴えられた沖縄・高江の住民たち 」 

   琉球朝日放送 報道部  2012/12/01
 
☆ 記事URL:http://www.qab.co.jp/village-of-target/

反対意見を封じ込めることを目的に権力のある側が個人を訴えることをアメリカではSLAPP裁判とよび、多くの州で禁じている。しかし日本にその概念はなく、被告にされた高江の住民らは3年半に及ぶ裁判の間、資金も時間も奪われ身体的・精神的な苦痛を強いられた。沖縄の住民運動が最後の抵抗手段にしてきた「座りこみ」。それを「通行妨害」に矮小化して住民を裁判にかける手法が成立するなら、国に都合が悪い沖縄の声はますます封殺されてしまう。




「標的の村 なぜ、『劇場映画化』なのか」

   三上智恵




テレビドキュメンタリー「標的の村」は過去二回、放送しています。テレビ朝日系列のテレメンタリーとして全国放送したのは2012年の9月。10月のオスプレイ配備の1か月前、どうしてもその前に全国にこの状況を知って欲しいと企画をねじ込んだ30分の番組作りでした。

2回目は12月1日、こちらは46分ですが沖縄ローカル放送です。本来は東村高江のお話ですから、9月の放送以降、10月に予定どおりオスプレイが配備されてついに高江にオスプレイがとんだという絶望的な結末が想定され正直、そんな番組は作るこちらの気持ちが持たないとディレクターの私自身腰が引けていました。

しかし、10月1日配備を前にした沖縄の抵抗はかつてなく激しいものでした。普天間基地を封鎖するという県民の怒りの渦中にあって、座り込む方も、排除する方も、そして報道する側も泣きながらという修羅場そのものでした。ところが、気がつくとこれは全国ネットには全く載っていませんでした。正確には、QABとテレビ朝日だけが、大山ゲート始めすべてのゲートを封鎖した前代未聞のライオットを放送したことになります。

辺野古と高江をずっと取材してきた私達にとってオスプレイはこの17年の欺瞞の象徴であり普天間を封鎖するほどの怒りは充分想定していたことでした。どうやって逮捕者が出ないよう、また出たらそれをどう報道するのかシミュレーションをしながら迎えた事態でもありました。

だからこそ、複数のカメラマンと取材者を配置して一部始終を捕えることができたのです。でも、結果的にはその意味をきちんと報道するメディアが放送局は特に少なかった。その記録を世にきちんと提示する義務があると思い直し、素材をプレビューするのさえ胸が詰まる映像でしたが歯を食いしばって向き合い、46分バージョンを作りローカルで放送しました。

すると、直後にその映像がネットにあがり、一人歩きを始めます。アクセス数あっという間に3万を超え、基地問題のドキュメンタリーという地味な内容にもかかわらず、DVDで欲しいという依頼が報道部に殺到し始め、許可のあるなしにかかわらず、全国放送されていないために、そのDVDを使って上映会や勉強会をする方々が後を絶たないという状況が生まれました。

ローカルを超えて、全国の方々にそこまで求められる内容を含む映像であるのならば、なんとかそれにこたえたい。元々沖縄のこの問題を広く知ってもらいたいために報道しているのですから、地域に密着したテレビ報道マンの日々積み重ねている貴重な時代の証言や記録を電波という枠にこだわらずお届けするというのも立派なテレビ報道マンの仕事ではないかと思い至りました。

テレビドキュメンタリーの劇場映画化はANN系列でも初めての試みでいろいろと越えねばならぬ壁もあり、テレビ朝日始め多方面のみなさまのご理解ご協力なしには成立致しませんでした。この場をお借りして深く感謝申し上げます。

91分に編集しなおした「標的の村」テレビではお見せできなかったシーンテレビでは味わえない長いカットそしてまたテレビ局の機動力無くしては捕えられなかった普天間基地のゲート前に身を投げ出した人々の生々しい怒りと悲しみ、有形無形の暴力今、まさに進行中の沖縄の基地を取り巻く現状を是非大きなスクリーンで見届けて下さい。

この島と、国の、不幸な関係をもうこれ以上次の世代に丸投げしたくはない。

そんな思いで制作致しました。そのためには、全国も皆さんのお力が必要です。どうか劇場に足をお運び頂いて、91分間おつきあい下さい。

2013/06/26



「是非、映画館に足を運んで下さい」

   撮影・編集 寺田俊樹




標的の村を映画化にしたいと思った率直な理由は、今まで米軍や日本政府がひた隠しにしてきた事を全国の人に知ってほしい、観てほしい、考えてほしいという思いからです。

オスプレイ用のヘリパットの建設に反対し東村高江の人達が5年前から座り込んだ。それだけで、国が住民を訴えると言う前代未聞の事が起き……沖縄の人間としてはガッテンならん!!(合点がいかない)と叫びたい気持ちです。

静かで平和な暮らしをしたい!子供達の将来の為に反対するのは当然のこと。それなのに国はいったい何をしてくれてるんだと高江に通うたびに、疑問が膨らんでいきます。

10万県民の声を無視したオスプレイ配備はガッテンならん!

県民の怒りに火がつき普天間基地を封鎖する事態になりましたがそれも全国には伝わっていません。今まで県内でしか放送されなかった沖縄県民の思いが「標的の村」にはぎっしり詰まっていると思います。

それを、91分というテレビではなかなか許されない長尺で、しかも大きなスクリーンで見て頂けるということはカメラマンとしては非常にありがたく、貴重なチャンスを頂き幸せなことだと思っています。





最新の画像もっと見る

コメントを投稿