経験としては具体的ですが、
表現としては
抽象的な決意表明をします。
「目に見えないもの」の力を信じない人にとっては、
以下の記述は単なる駄弁です。
時間の無駄ですので、スル―しちゃって下さい。
分からん人にとっては、どこまでも分からん事柄です。
――
聖書に「彼は必ず栄え、私は衰える」とあります。
「ヨハネの第一の手紙」に出てくる言葉です(4-16)。
仏教の枠組みに準(なぞら)え考えるなら、
「寂滅為楽」*というところでしょうか。
(*この言葉の解説は、三法印のサイトが分かりやすいです)
お袋が亡くなって、
海にたゆたう小船の上にいるような
不安定な気分です。
それでも、お袋に固着しません。
前に記した通りです。(→「ズビズバ~!」)
もちろん、精神の平衡を逸したなら、それっきりかな、という気がします。
しかしながら、何事かを懸命に念じるのは、かえって逆効果でしょう。
ただ、思考の翼を広げたい、
不安感はそれで、退治できるはずだと思います。
また、考えるべきべき方向は、決まっています。
譬えるなら、北極星に向かって舵を切ればいいわけです。
冒頭に掲げた「彼」とは、聖書の世界では「神」を指すのでしょう。
思うに、それは、人類の類性の象徴、その核たる人間同士の牽引力です。
東洋の文化圏では、さしずめ「天」がこの用語に該ります。
人と人を結び付ける接着剤、人の存在性を超えた連綿と続く命の絆です。
他方、「私」とは、個我へと収束する状態を捉えた用語でしょう。
さて、その私(あなた)が「衰弱」、すなわち、忘我の境地に立ち至るのは、
喜びの中でなら、たやすいです。
逆に、生存に関する、体を引き裂くような不安、不愉快さの中では、
難しいです。
しかし、感情を鎮めないと、波に翻弄されます。
何としても、一歩前進します、
衰えるため。
表現としては
抽象的な決意表明をします。
「目に見えないもの」の力を信じない人にとっては、
以下の記述は単なる駄弁です。
時間の無駄ですので、スル―しちゃって下さい。
分からん人にとっては、どこまでも分からん事柄です。
――
聖書に「彼は必ず栄え、私は衰える」とあります。
「ヨハネの第一の手紙」に出てくる言葉です(4-16)。
仏教の枠組みに準(なぞら)え考えるなら、
「寂滅為楽」*というところでしょうか。
(*この言葉の解説は、三法印のサイトが分かりやすいです)
お袋が亡くなって、
海にたゆたう小船の上にいるような
不安定な気分です。
それでも、お袋に固着しません。
前に記した通りです。(→「ズビズバ~!」)
もちろん、精神の平衡を逸したなら、それっきりかな、という気がします。
しかしながら、何事かを懸命に念じるのは、かえって逆効果でしょう。
ただ、思考の翼を広げたい、
不安感はそれで、退治できるはずだと思います。
また、考えるべきべき方向は、決まっています。
譬えるなら、北極星に向かって舵を切ればいいわけです。
冒頭に掲げた「彼」とは、聖書の世界では「神」を指すのでしょう。
思うに、それは、人類の類性の象徴、その核たる人間同士の牽引力です。
東洋の文化圏では、さしずめ「天」がこの用語に該ります。
人と人を結び付ける接着剤、人の存在性を超えた連綿と続く命の絆です。
他方、「私」とは、個我へと収束する状態を捉えた用語でしょう。
さて、その私(あなた)が「衰弱」、すなわち、忘我の境地に立ち至るのは、
喜びの中でなら、たやすいです。
逆に、生存に関する、体を引き裂くような不安、不愉快さの中では、
難しいです。
しかし、感情を鎮めないと、波に翻弄されます。
何としても、一歩前進します、
衰えるため。
どう折り合いをつけるかですよね。
ついつい昼休み書き込む癖がつきました。
ブログ楽しみにしています。
甦っては私を苦しめます。
感情を鎮めないと、波に翻弄されます
とおっしゃるように
鎮めるように努力いたします。
それって、非常に人間的です。
でも、容赦なく過去がよみがえり自分の苦しめる。この現象って、何だろう。
思うに、過去に蓋をしたとき、その思い出を体験した自分を自分でないものとして葬り去ることを意味します。しかし、そうされまいとして、突如として蘇る過去の自分、それがフラッシュバックという現象の正体ではないかと思います。
どんなにつらい過去も思い出して、心がチクチクしなくなくなるには、過去の自分に語るべき言葉を与えてあげないといけません。
過去の記憶が蘇って心が痛むとき、
「あなたにきっと言葉を与えてあげるからね」
と約束し、祝福してあげて下さい。
いつか祝福された通りに、言葉を手にした自分を発見することでしょう。
気を抜くと
辛い記憶が甦ります。
こうして昼休みにパソコンに向かってるのもそれがに立ち向かうのが恐いからですね。
忠太さんがおっしゃるようにキチンと
向き合って
祝福の言葉をかけれる自分になりたいです。
とりあえず、朝起きたとき、感謝するというのはどうでしょう?