のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

内田樹先生 / 「東北論」

2013年04月29日 07時25分52秒 | Weblog
内田樹先生の「研究室」というブログに

「東北論」(2013.04.22)

というテーマの

記事が掲載されていました。

☆ 記事URL:http://blog.tatsuru.com/

高校生の

インタビューを受ける形で

福島で起きた

原発事故についての

思いを述べられています。

内田先生って、

祖先が

東北人でいらっしゃるのですね。

粘り強い考察の下、

随所にある鋭い指摘は、

言葉を

箴言のレベルまで

高めているという印象を受けました。

いくつか紹介します。

――今回は、まだ16万人ぐらいの人が家に帰れないでいる。東電からの補償もほとんどされてない。本当だったら革命が起こるくらいの怒りが住民の側にはたまっているはずなんだけど、じっと耐えてる。その一方で、政府はTPPだとか改憲だ原発再稼働だとかいう話ばかりしている。被災地支援よりも、「まず経済成長」という話になっている。被災地は見捨てられているというのが僕の実感です。東北のことなんか、もう考えたくないというのが政府の本音なんじゃないかな。

――一番遅れているのは情報開示です。…(略)…第二に、なぜこんな事が起きたのかを問うこと。

――自民党政権になってからは、原発は再稼働を前提にしていますから、どうやって原発のリスクを有権者に過小評価させるかが今は政策的に優先されている。

――国民の健康のためには行政はある程度ナーバスになっていいと思います。国民の健康についてのリスクを過大評価したせいで失うものと、過小評価して失うものは桁が違うんですから。

――被災地の生産物が売れなくなったのなら、その経済的な損失は一億三千万の国民で分かち合う、ということでいいと思うんです。

――総理官邸の危機管理室には電話が2回線しか通っていなかったとか、地下なので携帯の電波が届かなかったということが後から報道されましたけれど、そういう基本的なミスが起きるということは、「危機管理室を実際に使う場合」を設計した人間が想定していなかったということですよね。危機を想定していない危機管理って、何ですか。

――(災害対応の訓練の仕方を学生に問われ)だから武道やってるの(笑)。


――武道というのは、危機的状況をどうやって生き延びるか、その能力を開発するためのプログラムですから。ルールがあるところでライバルと競争するためのものじゃない。

――よく「どうして合気道では試合がないんですか?」って訊かれるけど、あるわけがない。試合があるのはスポーツでしょう? アリーナがあって、レフェリーがいて、ルールがあって、時間制限があって、何月何日何分試合開始って決まっていてやるのはスポーツ。

――マンハッタン計画が成功したときにわかったのは「どうやって原爆を作るか」じゃなくて、「核爆発しても地球は吹っ飛ばない」ということだったんです。

――理想的には、一回の株取引で、一生かかっても使い切れないくらいの個人資産を手に入れたい。企業がいつまで存続するかなんて、投資家にしてみたら、どうでもいいことなんです。

――グローバル企業には気づかうべき国土もないし、扶養しなければいけない国民もない。誰のことも気づかわなくていい。株価のことだけ考えていればいい。

――彼らの政策適否の判断基準は四半期なんです。3ヶ月。とりあえず四半期の収益のことだけしか考えない。

――大飯の原発再稼働のときの財界のロジック覚えてますか? 原発を動かさないと、火力だと製造コストが高くなる。だったら、もう日本を出てゆくしかない、と言ったんですよ。こんなコストの高い国ではもう製造業なんかやってられない。生産拠点を中国とかインドネシアとかに移すぞって、政府を脅しをかけた。

――「電力コストが高い」という程度の理由で、外国に出て行くと公言している企業が、「原発事故で環境が汚染された」というときに日本にとどまると思いますか? 当然、真っ先に出てゆくでしょう。

――原敬は爵位を拒否したんです。あれは東北人の意地なんです。

――産業がないのは福島県人の自己努力が足りないからじゃなくて、戊辰戦争以来150年間の、東北に対する政治的・経済的な制裁の結果なんですよ。

――君たちも東北人の証言には耳を傾けるべきだと思う。ぜひ読んでおいて欲しい本がある。『ある明治人の記録』。

――戊辰で勝った側と負けた側の原発設置比率は。歴然とした差がある。要するに、賊軍にされた地域は貧しいままにとどめおかれたということですよ。

――真崎甚三郎は佐賀、相沢三郎は仙台、ポスト争いで相沢に斬殺された永田鉄山は信州、統制派の東条英機は岩手、満州事変を起こした石原莞爾は庄内、板垣征四郎は岩手。藩閥の恩恵に浴する立場になかった軍人たちが1930年代から一気に陸軍の前面に出てくる。

――あの戦争があそこまで暴走したのは、東北人のルサンチマンが多少は関係していたかもしれないと僕は思う。結果的に近代日本を全部壊したわけだから。ある意味で大日本帝国に対する無意識的な憎しみがないと、あそこまではいかないよ。戦争指導部は愚鈍だったと言われるけれど、僕はここまで組織的に思考停止するのは、強い心理的抑圧があったからじゃないかと思う。

――2.26事件とか5.15事件の関係者には東北諸藩の出身者が多いでしょ。農本主義的なテロリズムには東北の怨念に通じるものがあるんじゃないかな。現に、故郷では親族が飢えているとか、身内が娼婦に売られるとか、そういうことが青年将校たちの場合はあった。

――日本軍国主義って、アーシーなの。地面に近いんです。だから、戦前の右翼思想って、一筋縄ではゆかない。

――軍国主義者を輩出したという事実がまた、東北が戦後社会で無意識のうちに差別される理由の一つにもなったんじゃないかと僕は思う。東北の問題って、根が深いんですよ。

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