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ダウン症の娘が早期教育を受け、短大卒後、仕事をしている現在まで

2022-06-28 16:02:23 | 日記

生まれてから幼稚園入園前まで、団地に暮らしていたため、砂場で知り合った長女と同年代の子供とその親立ちが仲良しになっていたため、恵まれた刺激のある環境がとても良かったと思います。毎日、色々な家庭を長女が行き来するので我が家にも2歳ぐらい離れた子供達が遊びに来てくれました。時には昼寝が出来ず疲れすぎて寝ぐずる時もありましたが、そんな時はベビーカーで散歩すると直ぐに寝てくれました。自宅では玩具は勿論のことトイレや引き出しに色々な物を貼りました。少し後ですが、言葉が遅かったので、トイレに貼ったあいうえお表や公文のカルタで、長女が表の絵でカルタを取ったのち裏面のひらがなを見せてそれを読み、覚えさせるという方法で読むことで言葉が広がった気がします。引き出しには、数字と、その数だけ丸を書いたものを張り、1の引き出しから取ってとか、お風呂にはプラスチックのあいうえおを置きお父さんに伝言と言って貼らせました。兎に角出来ることはやらせる様にし、子供向けの雑誌や学研や公文の幼児向けの物を利用し、遊具は団地内にあったので手伝いながらやらせたりしました。長女にも本当の親切とはやらせてあげることだと教えて、手伝わない様に言いました。この教育が後に長女を酷い事件に巻き込んでしまうことになるとは、この時は思いもしませんでした。そのことはさておき、赤ちゃん体操や乳幼児期の早期教育のお陰で、1歳7か月で歩き始め、おむつも早く取れ、ダウン症と聞いて買った大きなオムツカバーも不要になりました。長女が3歳になったのでダウン症の次女も受け入れてくれる幼稚園を探しました。2つほどいいと思う所があったのですが、1つはキリスト教系の幼稚園で、凄く親切にしてくれすぎて娘には良くないと思い、少し遠かったのですが、園児が泥んこになって輝いていた幼稚園を選び、人気があったので前日から、並んで入りました。バス通園なので先生方にお会いする事が出来なかったので、たまたま幼稚園の近くに売りに出されていた、戸建てに転居しました。国立特殊教育総合研究所の先生から孟母三遷だといわれた一遷目です。それから約半年後に年少から入園を希望したのですが、年少から障がい児を受け入れた事が無いとのことで、赤ちゃん体操や早期教育の先生方に大丈夫だと言っていただき、集団生活にならすために別の幼稚園に週2回通わせました。お陰で無事に年少から幼稚園に通うことができ、近いため先生からのもお話が伺えました。次は幼稚園時代を書きたいと思います。