日暮しトンボは日々MUSOUする

2種類に別けられる漫画好き

昔の漫画家のスタイルと言ったら、裸電球の四畳半で、机の代わりにみかん箱で漫画を描く、というスタイルが定番だった。まぁ、ギャラが安いのでそれを自虐的に皮肉った誇張はされているが、そのくらい漫画家は貧乏だったと言う事だ。 今は、漫画家という職業は、社会的にも市民権を得ている。 昔の多兄弟の家庭とは違い、一人っ子で最初から自分の部屋が用意されているのがほとんどだ。 漫画好き少年少女たちは、部屋に閉じこもって、どっぷりと漫画浸けの毎日を送っていられる。 親が用意したわけだから、子供は遠慮なくその環境に胡坐をかき、楽園を築き、身を投じる毎日を送るわけだ。 まだまだ子供だとばかり思っていたら、年月の経つ感覚が鈍った親たちは、精神が未熟で体だけが成熟した異質な我が子に動揺し、過ちに気付いた頃には、子供部屋の前に3度の食事を運ぶ羽目になっている。
まぁ、これは極端な例だが、しかし、このような子供を(正確にはハタチを過ぎた立派な大人)を何人か知っている。 あながち楽観視できない、まだまだ増殖するオタク大国が抱える国家的問題になりうる可能性は大いに有る。(いや、もうなっているか…) 三度の飯より漫画が好きなら、いっそプロになってしまえばいい。 いや、それが自然の成り行きだと思うのだが、そうはならない。 毎日同じ興奮や快楽に浸って、そこから一歩も踏み出さない“”与えられるだけの環境”だから、そこには自立心が存在しないのである。

よくプロダクションに訪ねて来る漫画家志望の子供たちは、大きく2種類のタイプに別けられる。 ひとつは 漫画オタクタイプ。 これは漫画好きと言う選別を消去法で選んで、自らレッテルを貼っている子である。 要するに、漫画を読む以外これといった特技がないから、安易に漫画好きを選んだというパターン。 苦労する覚悟を持たないまま、好きな道ならどうにかなるという極めて楽観的な選択によって、自分自身に暗示をかけている状態である。
こういった者は、見よう見まねでは有るが、ある程度は描ける。 しかし、やはり描ける物が偏っていて、好きなモチーフしか描けない。 いや、“描かない”と言った方が正しいかな。 オリジナリティーに乏しいのもひとつの特徴である。 だから、ちょっとでも躓くとすぐに諦めてしまうのだ。 こういった子らにとって、必ずしも“好きだから描ける”ではない。 彼らが好きなのは“漫画を読む”である。
もうひとつのタイプは、“漫画を創る”タイプである。 
これは正確に言うと、 物語(ストーリー)を描きたいと言う欲が強く、自分独自の世界観を持っている。 その自分の頭の中に有る創作物を表現したくてたまらない。 前者の飽きっぽさとは逆で、何時間でも机に向かっていられる集中型タイプである。 大体において漫画家に向いているのはこのタイプだと言っていい。 彼らは実に前向きで、描けない壁に突き当たっても、とりあえずどんどん先に進む。 いつまでも絵にこだわって立ち止まるよりも、先の物語を自分自身で見てみたい、あるいは完成させたいという願望が強いのである。
この“完成させたい”という欲が有るか無いかで大きく決まるといっても過言ではない。
なんたって漫画は完成させなければ意味が無いから、好きなキャラだけ落書きしてるのとは訳が違うのだ。






私が所属していた とある漫画家のプロダクションに、新人のアシスタントのH君が入ってきた。 彼は21歳、、高校を出てから定職にも付かず、家でふらふらしていた。
アルバイト代わりに、たまに同人誌を出しては小遣いを稼いでいる。そんな日々を送っていた。 二十歳を過ぎ、いい加減 家にも居辛くなり、安いアパートを借り、自立をはかったのだと言う。 今まで社会に出て働いたことのない彼は、先輩や目上の人に敬語を使うことを知らず、成人として身に付けておかなければならない一般常識さえも欠如していた。 なりは大人だが、中身が未成熟のH君は、仕事と遊びの区別がまだついていない。 仕事中にもかかわらず彼は、漫画やアニメの話をしてばかりで、ちっとも手が動かず、たまに真面目に仕事をやってるかと思えば、線はフニャフニャ、ベタははみ出したっきり直さず、ホワイト(修正)さえもろくに出来ない始末。 これでは戦力にならない。 当然のことながら、H君に背景はおろか、仕上げの仕事も回ってこなくなった。 それでも彼は落ち込むこともなく、平然とアニメの話をしている。 普通、漫画家を目指す者なら、少しでも時間が空いたら自分の漫画のネーム(セリフの入ったラフ画)を作ったり、原稿を描いたりするものだが、H君にはそんな気がまるっきりなさそう。 喋りながら なにかのアニメのキャラを落書きしている。 緊張感や焦りなどまるでない様子。 私が「少しは練習したら?」と言うと、H君は定規で線を引く練習を始めたが、10分くらいでやめてしまった。 私が「練習したの?」と聞くと、「うん やったよ」と言い、また落書きをしながらアニメの話を始めた。 仕上げの仕事も満足に出来ないのなら、 彼に残った仕事と言えば買い物や飯炊き、部屋の掃除などの雑用係しかない。 ところがH君はそれさえも満足に出来ないのであった。 ご飯の炊き方を知らないのである。一人暮らしを始めたとはいえ、毎日コンビニ弁当やほか弁で済ませている彼の部屋には炊飯器がない。 買い物を頼んでも領収書の貰い方が分からない。 ゴミの分別さえも任せられない。 天下無敵の非常識っぷりである。そのうち彼は「オレはここに飯炊きや掃除しに来たんじゃない!」と言い出した。 「じゃあ 何しに来たの?」と尋ねると「決まってるじゃん、漫画を教わりに来たんだ」とH君は言う。  私は呆れてものも言えなかった。 仕事が終わり、先生はH君を呼んで、「君は今回限りでいいから」と言い、予定額の半分のギャラの入った封筒をH君に手渡した。 さすがのH君も突然の解雇には驚いた様子。
帰り道、私はH君が心配で駅まで一緒に帰った。 歩きながらH君が愚痴をこぼす。
「オレがヘタなのは仕方がないじゃないか、だったら何で教えてくれないんだ。これはいじめだよ…」


アシスタントに来る新人の中で、この様な勘違いをしている人がごくたまにいる。
漫画のアシスタントはれっきとした仕事であって、学校ではない。 少しでもいい漫画を描こうと、寝る間も惜しんで仕事をしているのである。人に教えている暇なんかこれっぽっちも無い。漫画を習いたいなら授業料を払って漫画家養成スクールにでも通えばいい。
そもそも、漫画家を目指すのならば漫画の描き方くらい自分で勉強するのがあたり前である。それさえも人から教わろうと言うのは甘い考えとしか言いようがない。 自分の漫画の勉強すら自主的に出来ないようでは、とうてい漫画家なんかなれっこないのだ。 楽をしたいのなら別の職を選んだ方がよい。 安定した職業について、趣味で漫画を描けばいい。
何度も言う。ただ好きなだけではやっていけない厳しい世界です。





駅に着いた。
別れ際にH君は泣きそうな声で
「オレこれからどうしよう… これじゃ今月の家賃も払えないし…」と洩らした。
かなり応えている様子だ。   これを機に彼の考えが少しは変わることだろう。


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